オビ 企業物語1 (2)

太陽光発電で地域活性化と国際貢献

電気一筋社長が創る日本経済が進む道とは

 

株式会社渡辺電設/足利メガソーラー株式会社 代表取締役 渡辺好美氏

 

オビ ヒューマンドキュメント

 

watanabe_densetu栃木県足利市。この小さな市で、全国から注目される大規模な太陽光発電事業が展開している。

 

市内の電気工事会社が共同で行っている同事業は、全国初の公共施設にソーラーパネルを設置した「屋根貸し」による発電事業だ。

 

足利市の電気事業再生と技術者を育てることを目的とし、株式会社渡辺電設渡辺社長(写真)が発起人となり始まった。

現在は、足利工業大学の海外留学生へ太陽光発電技術の継承、支援を行っている。

 

全国でいち早く太陽光発電事業に目をつけ、同社を栃木県下ナンバーワンの電設会社へと築いた渡辺社長に、事業成功の秘訣と日本経済の行く末について伺った。

 

 

ソーラー事業で地域活性化

東京から電車で1時間半、渡良瀬川が流れる栃木県足利市。近づくにつれ、車窓から見える景色には、ソーラーパネルが多く映ることに気づく。

これが株式会社渡辺電設・渡辺好美社長が仕掛けた一大プロジェクト「屋根貸し太陽光発電事業」だ。

 

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同社の太陽光発電システム

 

 

 

「屋根貸し」は、今では珍しくないビジネスモデルであるが、渡辺氏の場合、公立学校や公民館など足利市64箇所の公共施設の屋根を借り、賃料を払って太陽光発電システムを設置するという全国初のモデル。

官民一体となって行うこのプロジェクトは、渡辺氏が発足した足利市の電気工事会社が集まる「足利メガソーラー株式会社」が行っている。

 

画期的な全国初の「屋根貸し」だったが、「最初は文部省から文句が出ました。補助金を受けている建物を使う上にレンタル料で儲けるとは何事か」と当時を振り返る。

 

文部省を半年かけて説得し、ようやくスタートという時、今度は市の建設課からストップがかかった。

不安要素をひとつずつ解決し、スタートできたのは1年後であったという。

 

2016年8月には、足利市に隣接する佐野市「道の駅どまんなかたぬま」へ大型駐車スペースを施工、屋根には太陽光発電システムを設置した。

平常時には道の駅の売電事業として行われているが、自然災害などの非常時には避難所としての役割も持つ。

佐野市の第三セクターである同道の駅の施工であったが、市長の全面協力もあったという。

 

これら地域活性化にもつながる太陽光発電事業。

ユニークな発想で成功した事業であったが、渡辺氏にとって、それまでのビジネスに見切りをつけてからのスタートであった。

 

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佐野市にある「道の駅どまんなかたぬま」の駐車スペースに設置された太陽光発電システム

 

 

 

寄り道しないで電気工事ひとすじ

渡辺電設は、1964年4月に同氏が「渡辺電気工事店」として創立した。1975年に株式会社渡辺電設として設立し、現在に至る。従業員数15名で年間の売り上げは30億円を超える。

 

「中学2年の時から、この道に入ると決めていました」

 

出身は宇都宮。農業が主な土地で兄弟が多く、裕福とは言えない家で育ったという。

 

「雷が多い地域で、停電になると電気屋が来て直してくれたのを見ていたのです。良い仕事だなと思い、電気工事屋になると決めました」

 

技術を身につけ早く親を安心させたい、社会に役に立つ仕事がしたいとの想いで、中学を卒業すると宇都宮工業高校電気科の定時制へ通い、住み込みで電気工事会社へ入社した。

 

4年間みっちり勉強と修行をし、20歳のときに独立。最初は必死に仕事を請けていたが、だんだんと建設業と電設業の関係に不満が出てきたという。

 

「建設会社が元請けで、我々は下請け。このままではいつまで経ってもうだつが上がらない。売り上げが3分の1になってもいいから元請けでしか仕事をしないことに決めたのです」

 

今までの元請け会社と一切縁を切って、一からの出直し。32歳の時であった。

 

「今でいう提案営業を、一軒一軒まわって行いました」

 

同氏の人脈の作り方は、地方ならではの特徴がある。

来る人には全員丁寧に対応すること。そして、地域の住民とは親戚同様の付き合いをすることがモットーだ。

宇都宮から足利に移ってきてから、人との付き合いを第一に優先し、そのお客様が持つ問題を誠実に解決してきた。

 

「自分を受け入れてくれた足利での仕事だもの。必死だったから、大変だと思ったことはないよ」

 

地道な営業と提案力が功をなし、自社が元請けとなるための方向転換は大成功。今では建設案件をまるごと契約し、建設会社へ仕事を割り振っている。

 

「うちは手形を切りません。完成後の一括払い。銀行からは1年未満の借入で借金はなし」

 

このことも信用となり、事業はどんどん拡大していった。

 

しかし、ここで時代は大きく変わる。バブルが弾けたのだ。公共工事は談合問題で厳しく制限され、建設業に将来の収益拡大を期待することが難しくなってきた。

 

「常に現状に満足しないで、何ができるのかを考えなくてはならない」

 

そうして2010年、渡辺氏が目をつけたのが太陽光発電事業だ。

 

足利市は、日照時間が全国平均値より2割多く、地震や台風などの自然災害の影響が少ない太陽光発電事業にはもってこいの土地柄である。

すぐに今までのメンテナンス業務を取引先へ移し、新規工事を断り、太陽光発電事業に切り替えた。

 

折しも同氏が方向転換を図った次の年の2011年、「再生可能エネルギーの固定価格買取制度」(FIT制度)が発足し、翌12年7月に開始する。

この制度をきっかけに、様々な企業が参入を表明、一気にソーラービジネスバブルとなった。

 

先んじて着手を開始している同社は、大手企業を退け栃木県でナンバーワンの地位を確立、官民一体となった事業展開を行うこととなり、事業は順調に継続している。

しかし常に先を見る同氏は次のステージを見ていた。

 

「今はもう、太陽光発電事業は終わり。うちの会社はこの先20年は2億4千万の売買収入が入ることになっているけど、業界全体も日本経済も先が見えない」

 

 

足利工業大学とタイアップ。留学生と途上国への技術支援

確かに、現在ソーラービジネスバブルは弾け、発電事業企業の倒産が相次いでいる。

同氏の会社が継続していく時間としての20年は十分かもしれないが、足利市にとって、市が存続していくこれからの時間に比べたら、20年などほんの一時だろう。

 

「自分が今まで稼いでこられたのは、足利市のおかげ。自分がいなくなっても恩返しをするためにはどうしたらよいのかを考えました」

 

こうして始まったのが、足利工業大学との共同プロジェクトだ。

 

昨今の少子化問題は、大学の運営にも影響を与えている。学生数を確保するためには、多くの留学生を迎えることも必要だ。

そこで渡辺電設は同大学とタイアップし、ミャンマー、ブータンなどの発展途上国25カ国の留学生に、同氏が持つ太陽光発電事業と太陽光発電技術の継承を行っている。

 

足利工業大学理事長である牛山泉教授は、自然エネルギー利用の研究に従事。研究室にはブータンの経済産業省から派遣されてきた学生などが、国の発展のために太陽光発電を学びに来ている。

 

「彼らは国のためだから本当に真面目で一生懸命。うちが貢献できるのなら嬉しいね」

 

同氏は、彼らが卒業するときには本国に施設も提供する

 

「大手企業はこういうところ(発展途上国)には行かないでしょう。だから我々が行けるしタイアップできるんです」

 

これからはモンゴルや中国の留学生も迎えながら、その国へ視察に行き、どのような設備が最適なのかを検討していくという。

 

「まだまだ勉強中ですよ。全くのボランティアですけど、自分がやってる恩返しだから良いんです」

 

また、渡辺氏は韓国慶州にある、戦争によって日本に帰ることができなくなった日本人妻が暮らすナザレ園に慰問、納骨堂へ法要にも訪れている。

 

「日本が語らない歴史にも向き合わなければならない。知ることは、これからもっと必要になるでしょう」

 

これらの活動を行う、渡辺氏の信念は何か。

 

「これだけ稼がせてもらった。年間30億の収入の内、事業を継続して社員に還元して家族を養っても使い切れない。だったらあとは社会貢献に使わないと」

 

そして、海外への技術支援について、もうひとつの理由を同氏は語る。

 

「日本の未来に期待ができない。少子化がこのまま続けば、日本経済が先細りなのは目に見えているからね」

 

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巴波川浄化センターに設置された太陽光発電システム(栃木市)

 

 

 

この先の子供達へ選択肢を

多くの政治家やアナリスト達が危惧する「少子化による日本経済の崩壊」。国は少子化対策に躍起であるが、効果は一向に出ていない。

人工知能が発達しAIが労働不足を補うとすれば、失業問題も深刻化する。

同氏の言う通り、日本経済に明るい材料は皆無なのだろうか。

 

「だから、これからの子供達が海外に出て活躍するという選択肢を作らなくちゃ」

 

大企業が行かない発展途上国への太陽光発電システムの設置を行うことで、いつかその土地で日本人が技術者として活躍できるかもしれない。

日本が向き合わなかった歴史を語ることで、国同士の理解が深まり、経済の発展について協力しあえるかもしれない。

 

「子供達が期待できないような日本じゃ可哀想ですよ」

 

今まで誰もやらないことを、いち早くやろうと常に考えてきた同氏。

「今も、これから自分に何ができるか探している。楽しみだよ」と、日本の経済を憂いていても、実は大きな視点で未来を見据えているのだ。

 

最後に、なぜ同氏はシフトチェンジの度に成功し、チャンスを捉えていくことができたのか、その秘訣を聞いた。

すると「努力すること。神様はちゃんと見ている。やることをやっている人には、仕事を持って来てくれるもの。間違いないよ」と、同氏は笑顔で語った。

 

 

日本経済の未来に希望はない。しかし方法はある。

渡辺氏が持つ「恩返し」の信念は、古来日本人が持っていた「持ちつ持たれつ」の精神にある。

経済が発達し始めた江戸時代の日本は、裕福な大店が町のために橋を架け、弱者を支援し、将来性のある者に投資をし、町の経済活動と福利厚生を担っていた。

同氏の活動は、昔から日本が持っていた独自の経済システムを、地域・国単位から世界へ、グローバルでボーダーレスな経済の在り方へシフトするものかもしれない。

 

足利市から、日本が持つことができる、もうひとつの選択肢が発信されようとしている。

 

 

オビ ヒューマンドキュメント

●プロフィール

渡辺好美(わたなべ・よしみ)氏…株式会社渡辺電設代表取締役。昭和19年3月生まれ。72歳。宇都宮工業高校電気科卒業。住み込みとして電気工事会社で働きながら高校に通い、1964年に渡辺電気工事店として個人創業。1975年に株式会社渡辺電設を設立、代表取締役就任。現在に至る。足利メガソーラー株式会社の代表取締役も務める。

 

●株式会社渡辺電設

〒326-0845 栃木県足利市大前町763

TEL 0284-62-2498

http://www.watanabe-ashikaga.com/

 

●足利メガソーラー株式会社

〒326-0845 栃木県足利市大前町763

TEL 0284-62-3138

http://www.ashikaga-megasolar.com/ 

 

 

 

◆2017年2月号の記事より◆

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