ナーブ株式会社/代表取締役CEO 多田英起氏 Photo by 今井裕治

 

昨今急速に注目され始めたVR(バーチャルリアリティ・仮想現実)。ゲームやアトラクションでの利用は増えつつあるが、ビジネスツールに利用されている例はまだまだ少ない。

「2016年はVR元年。やるなら今しかない」と、VRをビジネスツールとして商品化したのはナーブ株式会社の代表取締役、多田英起氏だ。そのアイディアは、滞っている日本のIT分野にイノベーションを起こしている。

「5年後の当たり前を作る」という、ナーブが目指す未来とは何か。世界のマーケットを見据える多田氏に、VRが巻き起こす革新と同氏のミッションについて伺った。

 

動かずに物件を内見できるVRプラットフォーム

VR端末「CREWL(クルール)」。店舗のカウンターなどではデジタルサイネージとして映像が表示され、画面部分を裏返せば写真下のようにVR端末として利用できる。

ナーブ株式会社はVR(バーチャルリアリティ・仮想現実)コンテンツのプラットフォームの提供を行っている。VRは昨今注目されているIT技術であり、その用途と可能性は計り知れない。

同社が提供するのは、ゲームやエンターテイメント用途ではなく、ビジネスでの利用を前提としたコンテンツだ。

具体的には、VRで不動産内見ができる「VR内見 TM」がある。ユーザーは、動きに連動するVR端末「CREWL(クルール)」で、候補の不動産の室内をバーチャルで移動しながら、空間をリアルに閲覧できる。

店舗に居ながらにして、現地で物件の内見が可能となるのだ。現在、東急リバブル株式会社、大和エステート株式会社が運営する不動産賃貸仲介店舗など、全国500店舗以上に導入されている。

 

さらに、7月1日より、VRシステムを使用した世界初の無人接客店舗「どこでもストア TM」をリリース。第1号店となったイオン品川シーサイド店は、有人店舗とインターネットで繋ぎ接客を行う。物件内見はもちろん「VR内見 TM」だ。

 

これらのVRシステムは、不動産関連業界の他、自動車メーカーや観光業関連など様々な業種の利用を想定しているという。VRでの自動車試乗、VRを使ったホテルの下見やアクティビティの疑似体験など、その多岐にわたる可能性は多くの業界から期待が寄せられている。

 

やるならVR元年の「今」しかない

オフィスで談笑中

これら画期的なシステムを作り出しているのは、同社代表取締役CEOの多田英起氏だ。同氏は在籍していた株式会社エーピーコミュニケーションズ(以下APC)から、自身がマネージャーをしていたVR事業をスピンアウトさせ、2015年10月にナーブ株式会社を創業させた。「やるなら今だ、この流れにどうしても乗りたいと思ったのです」と振り返る。

同氏は、APCのエンジニアであった。「アメリカ留学中に父親が倒れて帰国したのですが、帰国後に入ったベンチャー企業が倒産してしまいました。どこにも行くところがなくなっていたときに、『うちにおいでよ』と誘ってくれたのが、APCです」。縁あって入社したAPCで、同氏はVRと出会う。今から4年前のことだった。

 

VR事業を独立させ世界へ勝負

「VRを知った時、初めてインターネットを見た時と同じ衝撃がありました」。これはすごいことになると確信した同氏は、すぐにAPCでVR事業を立ち上げた。当時はVRの価値に気付けない企業が多く、VR事業に着手したのは「NTTと日立くらいでした」という。

同氏はこの時すでに、VRがもたらす未来を見ていた。「研究すればするほど、興味深いデータが出てくるのです。これを何とかして商品化したいと思いました」。しかし、社会認知度の低さもあり、肝心の売り上げがなかなか生まれない。「道楽事業なんて言われていました」と笑う。

2015年の春、ついにAPCの社長から呼び出された。用件は当然のことながら、VR事業の見直しだ。「年に使っていた予算を、2016年は半分にしろと言われてしまいました」。しかし、同氏が出した予算は10倍。「2016年はVR元年。どうしても勝負したい。そのためにはこれだけかかると出した金額です」。当然会社から稟議はおりない。すると知り合いの経営者から、新しい会社を作って資金調達をするベンチャーキャピタルの話が出た。「その手があったか」と社長に打診をしたところ大賛成。「資金調達ができたら応援する。もしダメだったら、その時は戻って来れば良い」というエールを背に受け、VR事業の独立へと動き出した。

「今やらないと、またアメリカに持っていかれる。こんな思いはもうしたくない」。同氏の胸に沸き起こる焦燥感。原因は、アメリカに搾取され続けても変わらない、日本のIT分野の現状にあった。

 

なぜ日本のITは黒船に侵略されるのか

日本のIT分野が立ち遅れている理由について、同氏は「理念がないままアメリカの後追いをしているから」と考える。「高い技術力がある日本なのに、必ず黒船がやってきてシェアを奪われてしまいます。そのことについて、日本は努力せずに言い訳ばかりしてきたのです」。

モノづくりの日本には、高い技術力に加え、ガラケーやウォークマンに代表される独自性がある。しかし、日本独自の文化や言語の違いを理由にして競争を放棄した途端、ガラケーはiPhoneに変わり、ネット上のサービスやシステムではAmazonとGoogleがメジャーとなった。

さらに、アメリカと日本には徹底的な違いがある。それは「理念」の有無だ。「AmazonやGoogleは、自分たちが目指す世界と未来のためにモノを作っています。日本のITには理念も目標とする未来もない。それでは理念を持っている黒船に勝てるわけがないんです」。

 

ニーズは作るもの。資金は実現に投資するもの

世界に勝つためには、まっすぐに突き進むためのミッションと理念が必要だ。そう考えた多田氏は、VR事業のミッションを「5年後の当たり前を作ろう」とする。そして「人々のライフスタイルを変革するサービスの実現」を理念とし、世界のシェアを取りにいくという目標を掲げた。ナーブ株式会社は世界に向けてスタートを切ったのだ。

資金はベンチャーキャピタルで調達した。実は、最初の資金調達は失敗に終わったのだという。「最初、VRを簡単に高速で作れるシステムを作ったのですが、ニーズがわからないとして却下されました」。

そこで2回目は、ユーザーが何も考えずにメリットを感じることができるシステムを作った。「VR内見 TM」の誕生だ。「月々の使用料1万8千円で、5万円くらいの集客効果があります」と、わかりやすく具体的なメリットを提示し、資金調達は成功した。

「ニーズは喚起するものではなく、作るものなのです」と同氏は言う。初めてのモノを見ても、ユーザーは自分のニーズに気づかない。そのモノを使うことでどんな不満が解消し、何がメリットとなるのかというところまで落とし込んで初めて、ニーズは生まれるのだ。

調達した資金について、同氏は「未来を作るお金」だと言う。「必要なお金を事業に投じて、一気にシェアを取っていくことが必要です。お金は回収するものではなく、投資し続けるものです。このくらいやらなければ、世の中は進んで行きません」。

同氏は、今年に入ってお金の流れの変化を感じているという。「去年のキャッシュは、いわば私のファンが投資してくれたものです。今年は、『VR内見 TMはそのうち当たり前になるだろうから欲しい』と言って申し込んでくれるお客様からのものです。ユーザーは、VRがある未来を〝当たり前〟と感じているのです」。

システム導入の目標は1万店舗以上。「我々が作ろうとしている未来に、まっすぐ進んでいます」と同氏は確信している。

 

日本のモノづくりが再び世界一となる未来へ

「VR内見 TM」は、これからの不動産業界にとって当たり前のシステムになると多田氏はみている。「今の子供達がスマホの無かった時代を信じられないように、物件まで出向いて内見していた時代を過去のものにすることが目標です」と言う。

さらに同氏には、「モノづくりの日本から世界に羽ばたく会社を作る」という信念がある。「日本のマーケットで勝つことはもちろん重要ですが、世界のマーケットに勝ちにいきたいと考えています」。

昨今、アメリカでシステムを構築し、アメリカに投資してもらう日本のIT企業が多いという。「そうではなくて、日本で資金を調達して日本から世界に挑戦することが大事。ちゃんと日本でできるということを、我々が証明したいですね」と同氏は言う。

日本には、世界に誇れるエンジニアと企画力がある。モノづくりの基盤は揃っているのだ。良いところを伸ばし、足りなかった理念を持つことで、日本は世界を超えることができる。「今、未来が変わる波が来ています。VRを通して、未来へと繋がるモノづくりをしていきます」。創造するシステムは未来へとつながる神経となる。この「神経」こそ、社名「NURVE(ナーブ)」の由来なのだ。

多田氏の目標である「世界一の技術をもつ日本企業の見本となる会社」を達成した暁に、言いたい言葉があるという。それは「運が良かった」だ。

「成功の秘訣を『運』と言い切れる人は、やらなければならないことをやりきった人なんだと思っています。そう言える人に憧れますね」

ナーブが日本と世界に巻き起こすイノベーションは、望む未来へ一直線に繋がっている。

 

多田英起(ただ・ひでき)氏…1979年生まれ。7年のアメリカ留学後、株式会社エーピーコミュニケーションズに入社。2015年10月VR事業をスピンアウトして、ナーブ株式会社を創業。代表取締役就任。

 

ナーブ株式会社

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