日本はこのままずっと、(アメリカから)買うばかりでいいのか──。

この国の半導体用フォトマスクの欠陥検査装置市場で、圧倒的シェアを持つアメリカ系企業に決別を告げて起業するに至った、これがその動機だという。

国内半導体メーカーはもとより、横浜市、神奈川県、更には国(経済産業省)からも大きな期待を集めている新進ベンチャー、アジャイル・パッチ・ソリューションズ(略称APS/横浜市)のリーダー、山本敏氏だ。気概や嘉(よみ)したい。

しかしより注目すべきはその視線の先である。

一両年中にも急拡大するであろう、パワー半導体市場の隙間にピタリと照準を合わせた、斬新でアグレッシブな新ビジネスモデルなのだ。詳しくリポートしよう。

 

 国内でのモノづくりにこだわりたい ガラパゴスでいいじゃないか 

国内に対抗馬を育てようの機運

まずはこの会社が生まれた背景と経緯、更にはその〝技〟についても少しく述べておかねばなるまい。

設立されたのは2009年だが、構想段階、助走段階からいうとなると12年前、2000年に遡る。

国内の有力半導体メーカーが一致協力して進めてきた、SELETE(セリート=半導体先端技術の共同開発)事業がようやく一定の実を結び、さまざまな分野で応用され始めた頃で、最先端のフォトマスク(電子回路のパターンを転写する原版)検査技術を以ってという意味では、この国の半導体業界の黎明期といっていい。

 

これに呼応するというか、持ち前のチャレンジ精神を刺激されて、文字通りIncubation=孵化=を始めたのが、当時、斯界の草分けでありリーディングカンパニーでもあるアメリカ系企業、ケーエルエー・テンコール(KLA-T)に勤め、半導体用フォトマスク欠陥検査装置などの、アプリケーションサポート業務に従事していた山本氏である。

フォトマスク全体のレイアウトを表示し、ビジュアル的に検査指示(仕様)を作成するためのアプリケーションソフト。HOTSCOPE(㈱JEDAT)のパターン・ビューワの上に構築。

 

「90%以上のシェアを持つガリバー企業でしてね。しかもけっこういい値段で売っているんです。それはそれでいいんですが、1人の日本人として考えると、やっぱりどうもしっくりこないんですね(笑い)。

で、常々思っていたわけです。何も日本が、いつまでも一方的に顧客でいる必要はないんじゃないかって。

そこへきて、国内に対抗馬を育てようという機運が高まってきたものですから」(山本氏、以下同)

 

会社を辞して独立、個人で始めたのが国内半導体装置メーカーの開発をサポートし、育成するコンサルティング事業だったという。

余談ながら

「会社を辞めるにあたってその構想を上司に隠さず話したら、呆気ないほどスンナリ了承してくれましてね。おまけに送別会まで盛大にやってくれました(笑い)。余裕ですよ」

 

ちなみに氏は、神戸商船大学大学院(当時)の修士課程修了とともにHOYAに入社、フォトマスクの生産、システム、品質保証等業務に約10年間携わり、KLA-Tでも一貫してその枢要を担ってきた、紛れもないこの道のプロだ。

そのプロのいわば〝敵対行為〟に際しての、この余裕である。同社の自信と度量の程が窺えよう。

 

 

大手メーカーが手を出しづらいニッチ産業に着目

とまれ科学技術は日進月歩である。とりわけこの世界は、5年もあれば状況がまるで一変するといっていい。

「07年から08年頃には、マスクコストの高騰化がいよいよ進み、併せてLSI(大規模集積回路)のアプリケーション的限界が見えてきたんですね。パソコンや携帯電話は、あっと言う間に限界普及率を超えましたし、液晶テレビもせいぜい地デジ移行までで、それ以降はバッタリ止まるのが目に見えていました。

実際にメーカー内部からも、これ以上の微細化は必要ないという議論が、公然と出てきていましたしね」

 

その一方で、古いスペックのミドル・ローエンドデバイス用マスクの需要は依然として残り続ける。

にもかかわらず、多くのメーカーは最先端、ハイエンドばかりを追求してきたことから、それに対応できない(できても間尺に合わないと手を出さない)でいるのが実情だったという。

そこで氏は、ここをチャンスと見て自ら市場に乗り出すことを決意する。アメリカやインドで活躍する旧知のエンジニアから協力を得るなど、周到に準備を重ねていよいよ09年、同社を設立したというわけだ。

 

「自動車でいえば、ユーザーはこれまで、フェラーリやポルシェといった高級車ばかり追い求めてきたといえます。いきおいメーカー側もそれに応じて開発し、製品を供給してきました。

しかし中には、低価格で燃費のいい軽自動車が欲しいという人もいるんです。

それに応えるには、これまで進めてきた高度で過剰なスペックとある意味でキッパリ別れを告げて、高いスキルを維持しつつ、思い切った低価格化を実現する必要があります。

これは大手メーカーがもっとも手を出し辛い、典型的なニッチゾーンといっていいでしょう。

そこで私どもが着目し、開発したのが、省エネ・省コストを標榜するパワー半導体向けに特化した、フォトマスクの欠陥検査装置ということです」

 

なるほど。今や時代の趨勢は完全にグリーンデバイス(省エネ・環境浄化に貢献する電子部品やエネルギー装置)一辺倒である。

言葉にこそしないものの、その表情からは、勝算あり──の4文字がはっきりと見て取れた。

 

 

化合物半導体が世界と戦う決定的アドバンテージをもたらす!?

フォトマスク検査装置の中に組み込まれ、採取した画像をすべて蓄えて一括処理する大容量のメモリバッファシステム

今少し、氏の話を続けたい。そのグリーンデバイスとしてのパワー半導体が持つ、大きな可能性についてだ。

「すでにパワー半導体は、ハイブリッド車や電気自動車に欠かせない基幹部品になっているばかりか、エアコンのインバーター化や太陽電池のパワーコンディショナーなど、我々の生活の様々なシーンで広く使われています」

近年はさらに進んで、化合物半導体と呼ばれる次世代型パワー半導体の実用化も、いよいよ視野に入ってきたという。

 

「かねてより私どもが注目してきたSiC(炭化ケイ素)やGaN(窒化ガリウム)がそれで、設計ルールでいえば、1マイクロメートルの壁を破る集積化を実現し、電力利用の更なる効率化を促すことになります。

これによって何が起きるかというと、ありとあらゆるエネルギー利用の在り方が、ドラスチックな変容を遂げるものと考えられます。

ハイブリッド車や電気自動車の普及はアッという間に進むでしょうし、その経済効果は計り知れません。

SiC市場だけを見てもここ数年は毎年20〜40%ずつ伸びており、2015年にはおそらく8億米ドル(約600億円)くらいにはなると思われます」

 

それだけではない。

「化合物半導体はプロセスがたいへん難しいとされていますが、その分、逆にいうとプロセス技術に優れた日本のメーカーが主導権を握るチャンスでもあるんですね。

更にいうと、需要が伸びるにつれて量産化が求められ、これまでの4〜6インチウエハ(円盤状になった半導体素子の製造材料)中心から、8インチウエハ中心に大径化されるものと考えられます。

これが日本に、世界と戦う上で決定的なアドバンテージをもたらすことが確実視されるんです」

 

日本には「信越半導体」(シェア世界1位)や「SUMUCO」(同2位)といった、世界に誇る有力ウエハメーカーが数多く犇めき合っており、8インチウエハだけを見ても月に100万枚の、圧倒的生産力があるとされているのだ。

 

目の着けどころが恐ろしく的を射ている、といっていいだろう。

それが証拠に、設立から僅か2カ月後(09年6月)には、神奈川県の「インキュベート成長促進事業」に認定されており、更にその2カ月後には、経済産業省の「中小企業高度化支援事業の特定研究開発等計画」事業にも認定。

翌10年1月には、横浜市の「創業ベンチャー促進資金対象」企業としても認定されており、同年9月には、低炭素社会を目指す産学官連携の国家プロジェクト、「SiCアライアンス」に加盟。

昨年は「エンジェル税制適用企業」(経産省)に認定されるなど、文字通りの〝折り紙付き〟である。

 

 

〝オートマチック〟で上昇気流に乗る!!

しかし、かといって、ポッと出のベンチャーがトントン拍子で売り上げを伸ばし、1年か2年でパッと花を開かせるほど資本主義社会は甘くない。

今は認知度アップに更に努力しつつ、しっかりと開発に勤しみ、ガッチリ強固な協力関係を、内外に幅広く構築していく大事な期間でもあるという。

 

「あと一歩なんです。技術的、ライン的にはすでに問題のないところまできているんですが、正直、資金調達であと一歩足りません。

というのもこの1年、大震災からサプライチェーンの寸断、電力不安、タイの大洪水、更にはEUの金融不安やあの光化学機器メーカーの不祥事までが相次ぎ、決まりかけていた投融資が悉く滞ってしまったんですね。

それもここへきてようやく落ち着いてきたようですから、再度、協力関係をきちんと築いていきたいと考えています。

それさえできれば、あとは〝オートマチック〟で上昇気流に乗せられると確信していますよ」

関心のあるエンジェル諸氏には、ぜひ1度、同社のホームページをお訪ねありたい。

 

最後に同社の社名の由来を訊いてみた。

「アジャイルは機敏という意味で、パッチはパッチワークのパッチです。

困ったことがあれば何でも即、機敏に対応し、問題解決(ソリューション)すべく継ぎ充てる会社でありたい、四の五の言う前にいつも痒いところにすぐ手が届く会社でありたい、という思いからネーミングしました。

こういった考えは欧米の企業にはほとんどないんですよ。日本型、それも中小企業型経営のもっとも優れた一面じゃないでしょうか。

その意味では、飽くまで国内でのモノづくりにこだわり続けたいとも思っています。その結果がガラパゴスだっていいんです。何もアメリカ発だけがグローバルとは限りませんからね。

それぞれの国のガラパゴスとガラパゴスが有機的にリンクし、効果的に作用してこそ、初めてグローバルスタンダードといえるんじゃないでしょうか」

I quite agree(まったく同感です)。

 

 

山本 敏(やまもと・びん)氏

1960年、大阪市生まれ。

1986年、神戸商船大学(現神戸大学)大学院修士課程修了と同時にHOYA入社。半導体用フォトマスクの生産技術、システム開発業務から、八王子工場品質保証係長を歴任する。

1995年、米国系企業ケーエルエー・テンコールに入社。アカウントマネージャーとしてやはり半導体用フォトマスクの欠陥検査装置、異物検査装置のアプリケーションサポート業務に従事する。

2000年、同分野のコンサルタント(ビンテクノロジーズ)として独立。日本電気(NEC)やニューフレアテクノロジー(NFT)ほかのフォトマスク用欠陥検査装置の開発をサポートする。

2009年4月、株式会社アジャイル・パッチ・ソリューションズ設立と同時に代表取締役社長兼システム開発部長に就任。

 

 

株式会社アジャイル・パッチ・ソリューションズ

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