地域振興は〝おバカさん〟が旗を振れ!?

髙木屋老舗 「寅さん」後の柴又 復活劇

◆取材:加藤俊

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髙木屋老舗/代表取締役社長 石川宏太氏

 

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日本映画史上、比類ない名作「男はつらいよ」。主人公・寅さんこと車寅次郎の生まれ故郷といえば、誰もが知っている葛飾区柴又。実は、映画の中で寅次郎のおいちゃんが経営する団子屋のモデルになったお店が、帝釈天の参道沿いにある。

 

草団子の老舗「髙木屋老舗」さんだ。寅さん需要に沸いた柴又も、寅さん終了後は衰退の憂き目を見たそうだ。その危機を救うため、下町再浮上の旗振り役を買って出たのが6代目・石川宏太氏。柴又の復活劇を伺う過程で地域振興のためのヒントが見えてきた!!

創業130年超。老舗団子屋の若き6代目

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そこには昔懐かしい下町の風情が今なお色濃く残っている。葛飾区柴又帝釈天
京成柴又駅から帝釈天まで続く参道には、戦前からの建物が多く、団子、せんべい、飴など昔ながらの手作りの品を並べる店が軒を連ね、年6回の庚申の日には、格別の賑わいを見せている。

その参道の中ほどに老舗草団子店「髙木屋老舗」はある。参道をはさんで両側に建つ木造瓦葺きの建物は、明治、大正時代に建てられたもの。現在はテイクアウトやおみやげ等の販売店と喫茶店の2店舗を構えている。この髙木屋老舗を、そして商店街をけん引するのが石川宏太氏だ。

 

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「髙木屋が営業許可証を得たのは明治16年。帝釈天の縁日にお菓子を売ったのが始まりです。私が6代目にあたります」

昭和初期まで盛んだったのが庚申信仰。 柴又帝釈天では、長い期間行方不明となっていた日蓮上人自刻と伝えられている板本尊が、安永8年(1779年)の本堂再建の際に発見された。この日が庚申の日だったことから60日ごとの庚申の日を縁日とした。年6回の庚申縁日には、一晩中参拝客が絶えず、門前は大いに賑わったという。明治末から大正にかけて帝釈天参道が形作られ、参道の各店は、参拝客相手の商売で繁盛した。

 

その後、1969年に映画「男はつらいよ」が公開。人気作としてシリーズ化され、柴又帝釈天参道は信仰の街から観光の街へと変貌していったのである。

 

DSC_1311 (1280x853)「我々は帝釈天の参道に出店させていただいている立場なので、自ら積極的にアピールすることをしてきませんでしたし、その必要もありませんでした。近年では寅さん人気で、柴又が有名になりましたしね。

 

ところが、平成7年暮れの48作目で寅さんが終わってしまった。それ以降お客様が激減しました。その時になってはじめて商店街としての街作り、お店としての集客を真剣に考えるようになったわけです」

 

 

柴又復興3本の矢!

石川氏は葛飾区柴又帝釈天門前参道商店街神明会の会長だ。生まれ育った街の振興には人一倍の思いがあった。
寅さんが終わって、目に見えて客が減ってしまった頃、「男はつらいよ」の山田洋二監督と話をする機会を得た。

「山田監督がおっしゃってくれました。『ここには寅さんがいた街並みがあるよね。素朴なお土産も、人情味のある街の気質も。それを売っていけばきっと大丈夫』。この言葉は大きな支えになりました」

 

 

DSC_1285 (1280x838)石川氏が最初に始めたのは「景観ガイドラインの策定」だった。寅さんがいた街並みを意図的に残す必要があったからだ。

「約百数十人(店舗)の権利者に対して、建物の高さを10mとか、参道に面した店は軒を揃えるとか、そういうガイドラインを作りました。最初は皆さん猛反対。老後、土地を有効活用してマンション経営をしたいとなっても、このガイドラインがあったらできませんしね。でも何とか全員の賛成を取り付けることができました」

 

そして、各店が取り扱う土産物にもメスを入れた。

 

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「寅さんの頃はお客様が大勢いらっしゃったので、お土産物は種類を増やして対応していました。これを1店舗1品主義に改めたんです。また、機械化していたものを手作りに戻し、売り切れ御免の商売に変えていきました。こうすることで、値段を高く設定できますし、品質の保証もできる。観光地の土産物屋って、どの店に入っても売っている商品が同じでしょ。1軒あれば事足りてしまうという店作りになっている。これじゃあ意味がない。柴又では、全ての店が揃って始めて一つの商店街になっています」

 

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人々が「柴又」に期待することとは何だろう。多くの人がきっと下町ならではの「人情」と答えるはずだ。実はこれも意識的に醸成させたものだ。

「お客様がこの柴又に何を求めていらっしゃるのか。ファミレスやコンビニのような、一般的な接客マニュアルでは足りません。こちらから積極的なコミュニケーションをとることを皆で心がけました」
この3大施策が功を奏し、客足は戻ってきた。むしろ、昔の寅さん頼みだった時期に比べて、客層が幅広い年代へと変わってきている。

「今やここ柴又は、老若男女様々な層の方が来る街に変わりました。それは昔の下町を実感できるミニテーマパークのような街だからでしょう」

 

 

これからの柴又、これからの地方振興

柴又を復活させた石川氏に地域振興のための秘訣を訊くと、3点明かしてくれた。

 

 

「地域振興のためには、第一に自分の街を知ることです。『街のにおい』を知ること。地域の色をハッキリ出すことです。

それから、3人ぐらい僕のような『おバカさん』がいると、物事は動き出します。地域のために無私になれるバカです。街作りはまず人作りですから。そういうエンジンとなり得る人材を街で育てていく懐の深さが大切なんだと思います。

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そして、お客様を街に呼び込むことと、自分の店の商売は別に考えなければいけません。商店街としての集客と、いらっしゃってくださったお客様に対して各店舗が何をするべきかははっきりと分けて考えないと」
V字回復を果たした柴又は、復活を目指す多くの地方都市にとって有効な「参考書」となるに違いない。

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DSC_1289 (1280x816)いしかわ・こうた氏…1952年東京都生まれ。日本大学商学部卒業後、家業である髙木屋に入社。代表取締役社長として、現在に至る。柴又神明会会長・柴又まちなみ協議会理事長。

 

 

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●株式会社 髙木屋
〒125-0052 東京都葛飾区柴又7-7-4
TEL 03-3657-3136
http://www.takagiya.co.jp/

 

 

 

町工場・中小企業を応援する雑誌  BigLife21 2013年10月号の記事