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株式会社スパークル ‐ 次のステージに思いを馳せるスクリーン印刷業界の寵児

◆取材:綿抜幹夫

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05_Sparkle01株式会社スパークル/代表取締役 米山和良氏(よねやま・かずよし)…昭和32年神奈川県茅ケ崎市生まれ。東海大学卒業。大学卒業後、屋根建材の会社に就職。その後事業を興すべく独立。喫茶店をスタートに、現在のスクリーン印刷の世界へ。平成5年有限会社アドワークス(現スパークル)設立

未来を見通す眼力で事業は急拡大!

通常、印刷と言って思い浮かべるのは、大きな印刷機や様々な加工機械。だが、布などに模様を施すスクリーン印刷は手作業が多く、小規模な企業が営むことがほとんどだ。そんな業界に革命を巻き起こしているのが株式会社スパークル。オーダーメイドで模様や名前を入れる小ロットのオリジナルウェアの世界で、圧倒的な物量とスピードを実現。その先見性で業界をリードする米山和良社長の経営戦略をお聞きしよう。

集団へのロイヤリティを示すオリジナルウェア

人が集まればグループができる。そして、そのグループへの帰属意識の証として、みんなが同じものを身につけるというのは古今東西変わらない習性と言っていいだろう。強烈なイメージとしては新撰組の『ダンダラ羽織』(本当は全員が着用していたわけでもなく、後半期にはなくなったそうだが)。『誠の旗』とセットで、新撰組という組織を強烈に印象付けている。

 

現在では幼稚園から大学に至るまで、クラスやクラブに属するものが、様々なアイテムで仲間意識を作り上げている。身近なところで言えばTシャツやポロシャツなどをイベントごとに新調するのも、今ではごく当たり前の光景だ。
しかし、この手のアイテムは量販品と違って大きな数量にはならない。必然的に割高で時間がかかったりするものだ。だが、そんな『常識』を覆し、オリジナルプリントの世界を席巻しているのが株式会社スパークル。その原点は喫茶店にあった。

 

徒手空拳で入った商売の世界

05_Sparkle02平沢工場には自動印刷機を導入。1日4,000枚の加工を可能にし、大型案件にも対応可能。

神奈川県茅ケ崎市に生まれた米山社長は、県下の名門・東海大相模高校に進学。大学の付属高校で生徒のほとんどが進学希望にもかかわらず、卒業後はすぐにでも商売で身を興したかったという。

 

「役人だった父としては、私に何としても大学へ行って欲しかったようで、『兄も姉も大学へ進学したのに、お前だけ高卒で世間に出すわけにはいかない』と言って、強く進学を勧めてきました。幸い付属校に通っていましたしね。東海大学に進んだんですが、勉強はぜんぜんしませんでした(笑い)」

そんな大学生活で打ち込んだのは麻雀とビリヤード。今時はめっきり少なくなったが、当時の学生街には雀荘が林立。そこに入り浸ることで、プロ雀士も裸足で逃げ出すほどの腕前に成長していった。
大学を卒業すると、これも神奈川県にある元旦ビューティ工業という屋根建材の会社に就職した。

 

「父から『3年だけは会社勤めをしろ』と厳命されて入った会社でした。成長著しい会社で揉まれてこいと言うわけです。やがて北陸支店長の話が持ち上がったんですが、雇われの身では会社のトップには立てない。もともと商売で一旗揚げようと思っていましたから、この業界から離れることを約束して会社を辞めさせてもらいました」

身一つになった米山社長は、とにかく何かの商売を始めたかった。そこで母校の近くに出た居抜きの喫茶店をゲット。独立を果たした。

 

「ところが喫茶店は『待ち』の商売。私の性分に合わないんですよ。何か打って出られる商売はないかと探し当てたのが、このシルクスクリーン印刷の仕事だったわけです。立地も幸いしました。店のお客様、東海大の部活や同好会相手に年商2千万くらいになりましたから」

 

 

小さな業界の常識を打ち破れ!

05_Sparkle08本社2Fの事務所には受付スタッフとデザイナーが常駐し、お客様の要望に素早く対応できる体制を整えている。

すべてが順調に進んだわけではない。だが、様々な危機を乗り越えて、何とか会社を成長軌道に乗せることに成功した。それは業界の常識を疑うことがきっかけだった。

「Tシャツの仕事は当然夏場がメインです。7月になると売上の3分の1が黒のTシャツになるんですよ。だけど肝心な時期にTシャツが品切れを起こす。プリントの仕事があってもTシャツがないんじゃ商売にならないわけです。

世の中の供給体制がそうなら、事前にTシャツを買いだめしておこうと思い立ちましてね。 もちろん弊社にとっては大きなリスクになるんですが、そうやって在庫を持つと、仕入れに時間がかからないのでスピードという武器が手に入った。最初の頃は3週間~1カ月かかっていた納期が、1週間で納められるようになった。そして3日対応、翌日対応と出来るようになっていったんです」

 

05_Sparkle05倉庫には主要アイテム(約2万点)を在庫し、お急ぎのお客様への対応も可能にした。
05_Sparkle06版にスクリーンを張る紗張り機。外注で製作していた版の内製化を実現した。

この短納期が当たった。注文が殺到するようになった。数をこなせるようになると、次に考えるのは価格面だ。

弊社の最大の強みは版も含めての内製化にあります。数量をこなしていますから、スクリーンも原反で買い付けられるので当然コストも大幅に安くなるわけです」

だが、他社も手をこまねいているわけではない。スピード面でも価格面でも追い上げは急だ。それでも、あの有名アイドルグループのプリント等、大きな仕事が次々舞い込むのには訳がある。

 

「弊社は、特に技術が優れているわけではないのですが、ただただ注文に違わずやってきたことが評価されたんだと思います。閉鎖的であまり横のつながりのない業界にあって、様々な業者のいい面は取り入れてきたという自負はありますが。それに自社工場を持って営業しているプリント屋は、日本に限られた会社しかありませんしね

誇れる技術がなかったからこそ、自動化のための機械導入に躊躇がなかった。周りはそんな工場や機械は、量産品のためのものと嘲笑したが、米山社長の考えが正しかったことは、その後の工場増設でも証明されている。

 

「不景気の時代に、大量生産対応の設備しかもっていないところは、大口の注文が減っているにもかかわらず小口の仕事を受けられなかった。弊社は、中小ロットに対応する機械をすぐに導入したんです。無理をしてでも機械や工場を買ったのが大きかった。もちろん運がよかったということもあるでしょうが、その運を見逃さなかったことこそ最大の勝因でしょうね」

こうして大きくなった会社は社員数25人。繁忙期(5~10月)と閑散期がハッキリしている仕事なので、その繁忙期にはアルバイトを含めて60人くらいの大所帯になるという。

 

「これからは、あまり同業者が注目してこなかったところ、例えば官公庁などに食い込んでいきたいと思っています。お役人とは言っても、体育会気質でしょうし、人が集まれば結束のために何かを作りたくなるのが人情ですから」

 

活かされる驚きの才能

凝り性の米山社長は、意外な才を社業で発揮している。

「趣味が高じて風水鑑定士、四柱推命鑑定士、算命学、手相、姓名判断等々、すべてプロの勉強をしてきました。買い取った工場も、風水で立て直して順調に回っています。算命学によると、私にとって今が『大運天中殺』の期間で、恐ろしく調子のいい時期なんです。45歳8カ月から始まって65歳8カ月までの20年間がその時期にあたります。ただし、15年間は爆発的に伸びますが、伸びた分、残り5年で元に戻ってしまいます。

ですから、60歳8カ月でリタイアしようと思っていまして、周りにはすでに宣言済みです。数社会社を作ってあるのも、若い社員たちが、それぞれ独自に会社を切り盛りしていって欲しいがためです。準備は整えたので、今はもう会社の心配は不要ですから、今後は世のため人のためにこれまで勉強してきた風水などを活かしたいと考えています」

習い覚え、社業に活かしてきたこの能力が、今後はどの世界で発揮されるのか。スパークルの将来共々大いに期待しよう!

05_Sparkle03本社工場にある回転台。手刷りの台が4台と大型乾燥機を設備し、小ロットのスピード納品に対応している。
05_Sparkle04秦野工場に設備された長台。近年人気のドライ素材向けのプリントにも対応し、多くの受注を生んだ。
05_Sparkle07長台の導入により、タオル等へのプリントも可能にした。
05_Sparkle09版置き場に積み上げられた使用済みの版。週に1,000版を製版することもある。

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株式会社スパークル

http://www.s-parkle.co.jp

【本 社】 〒257-0031 神奈川県秦野市曽屋362
TEL 0463-85-6320
【平沢工場】 〒257-0015 神奈川県秦野市平沢320-5
TEL 0463-71-5670
【秦野工場】 〒257-0031 神奈川県秦野市曽屋561-16
TEL 0463-20-8585
【東京営業所】 〒113-0033 東京都文京区本郷3-25-4 津久井21ビル3F
TEL 03-5805-0855
【茅ヶ崎店】 〒253-0055 神奈川県茅ケ崎市中海岸4-4-46
TEL 0467-58-1576

 

2014年1月号の記事より

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