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〜モノづくり日本を復興せよ〜

工場の町・大田区輝きを取り戻せ!!

株式会社ディープロジェクト・株式会社エヌエフエー 代表取締役  大崎玄長氏

◆取材:綿抜 幹夫

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10_human_04Dpro01株式会社ディープロジェクト・株式会社エヌエフエー 代表取締役  大崎玄長氏(おおさき・もとなが)氏…昭和48年2月5日大阪府東大阪市生まれ。中央大学法学部卒業後、平成8年株式会社日本エル・シー・エーに入社。平成18年、株式会社エヌエフエーを設立し代表取締役に就任。平成22年に株式会社ディープロジェクトを設立、代表取締役に就任。現在に至る。

東京都大田区に町工場が増え始めたのは、およそ50年前。日本の工業が急速に発展する中、大田区の町工場は大企業からの様々な注文をこなし、モノづくりの技術を磨いてきた。しかし、その数はこの30年で半分以下にまで減少。バブル崩壊、リーマンショックは高度な技術を誇る大田区の町工場をもってしても抗いきれなかった。そんな時、オール大田区の匠の技を結集すべく立ち上がった漢がいた。株式会社エヌエフエー大崎玄長社長だ!

 

東京都最大の区・大田区の持つ二つの顔

 

東京都大田区は面白い。区の北西部には、セレブの街として名高い田園調布がある。東京を、いや日本を代表する高級住宅地だ。生みの親は、明治・大正期の財界の重鎮、渋沢栄一である。大正時代に導入された「田園都市」運動の一環として、1918年、渋沢が田園都市株式会社を設立、住宅地を造成した。その際、調布村の一部であったこの地に「田園」の二文字を冠して「田園調布」と称したのである。

そして、もう一方の大田区の顔が蒲田だ。庶民的で下町然とした蒲田には「町工場」がよく似合う。

 

大田区には約4千の町工場があり、「モノづくりの町」として全国に知れ渡っている。「モノづくり」といっても、デジタルカメラやPCなどの最終製品を造る工場ばかりではなく、主に金属を素材とした「削る」「磨く」「形成する」「メッキする」といった、ひとつの加工を専門に請け負っている工場が大多数を占めている。

 

 

危機に瀕する大田区の町工場のために

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バブル崩壊やリーマンショックなど、長らく続く不況の波は、高い専門技術を持つ大田区の町工場をも直撃している。国内産業の空洞化、取引き先の海外移転も深刻な問題だ。

この窮地に新しいスキームで立ち向かう会社が2010年発足した。株式会社ディープロジェクト人材派遣や金属研磨といった会社が、業界の枠を超えて「オール大田区」を目指すために結集し出来あがった会社だ。そしてその中核にあって、事業の推進役を買って出たのが、人材派遣会社・株式会社エヌエフエー社長の大崎玄長氏である。

 

「大田区は、今はかなり減ったとはいえ、4千社近くの中小零細企業があります。その4千社の年間出荷額はおよそ9千7百億円。もし、この4千社が全部連合すれば一夜にして売上額9千7百億、従業員数三万人の大勢力になります。その力をもって製品開発をしたい。工場ラインや人員の最適な配置をしたい。価格競争もしたい。海外にも打って出たい。それを実現するためにディープロジェクトが触媒になればと思っています」

異業種交流会のようなものは決して珍しくはない。しかし、このディープロジェクトが画期的なのは株式会社として法人化されていることである。

 

異業種交流会を株式会社で運営しているところは全国を見渡してもないでしょう。それが我々の最大の特徴でもあるんです。株式会社ディープロジェクトは株主4社。お取引先、協力会社という形で20社ほどの企業にお手伝いいただいています。今なら大田区内の企業にお話を持ち込めば、皆さん協力してくださるでしょう」

法人化には、当然メリットがある。

 

「大田区の町工場は、一社で賄いきれない仕事が来た時、近隣の会社に声をかけて役割分担をしています。これを仲間回しと呼んでいますが、どこの会社が代表して受注するかなど問題もあるんです。我々なら〝会社〟なので、ディープロジェクト自身が受注し、関係各所に仕事を割り振ることができます。どこが契約するだとか、製造物責任はどこがとるといった取り決め・調整が不要ですので、意思決定も仕事も素早く行えます」

ディープロジェクトは、すでにいくつものプロダクツを世に送り出している。

10_human_04Dpro02左上から時計回りに)・職人技と熟練技能から創られたオリジナル機械がずらりとならぶ工場/・大量生産から多品種少量生産まで、発注元の依頼と期待に応え続ける/・製造の一工程であるスポット溶接/・高品質の高精度研磨加工により製作された非球面レンズ/・月1回、2時間程度をかけて行われるディープロジェクトの定例会議の様子。新製品開発、営業戦略立案などを話し合う、いわゆる「経営会議」/・ディープロジェクトの発足記念に撮影された写真(大田区長=松原忠義氏/中央=と、同社の株主4社)

 

 

モノづくりの町に生まれ、モノづくりの町で独立する

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大崎氏は東大阪市で生まれた。「モノづくりの町」の、東の横綱が大田区なら、西の横綱は東大阪市と言って間違いなかろう。しかし、そのモノづくりとは縁のない世界で大崎氏は生きてきた。

 

「父は町の歯医者でした。私が進路を決めなきゃいけない頃には、この先歯医者は厳しかろうとの思いがありました。診療報酬は上がらないのに歯医者の数ばかりが増えていきそうでしたからね。それに父は自宅とクリニックの往復だけの毎日。私はもっと外を飛び回る仕事がしたかったんです」

大学卒業後、就職したのは経営コンサルタントの会社、日本エル・シー・エーだった。そこで経営コンサルティングのノウハウを学んだ後、独立。東大阪でコンサルティングの事務所を構えた。

 

「お取引のある会社が株式を公開したいということになり、本社を東京に移したんですが、そのお手伝いのために、私も東京に出てきました。私自身その会社の株を持っていて、これは何としても上場させたいと思っていました」

そうは言っても、コンサルタントは所詮部外者。自分の意思が必ずしも経営に反映されるわけではない。徐々に、自分でやってみたらどうなるのだろうという気になっていった。

 

「自由に会社を運営してみたくなりました。この公開で得られる利益を資金に、自分が経営者になってやってみようと思い立ったんです。結果的に株式公開はできなかったので、この仕事は失敗といえば失敗でしたが、これが本格的なコンサルタントとしての最後の仕事となりました」

 

 

コンサルティングで培ったノウハウで起業

現在、大崎氏の「本業」は人材派遣会社エヌエフエーである。

「コンサルタント時代に4百社ほどとお付き合いしましたが、こういう会社は長続きして大きくなっていくという実例を目の当たりにしてきました。その結果、自分なりの成功の仮説ができ、チェックポイントもできました。例えば、複雑すぎるビジネスモデルの会社は大きくならない。なぜなら人材の育成が難しいからです。また、扱っている商材の単価が高く、注文が継続することが望ましい。そして最も肝心なのは私自身、その商売が好きかどうか、飽きないかです。これらのチェックポイントに適うのが人材派遣の仕事でした。東大阪にいた頃、周りの多くの工場が倒産、廃業して大勢の失業者が出ました。そういう人たちに働く場を提供すること、仕事を絶やさないことを目指しています」

エヌエフエーも、リーマンショック等の苦しい時代を乗り越えて、現在は従業員20名ほど、売上は2.5億円となっている。

 

「現在は、登録スタッフの人数に対して従業員が多い状態ですが、これはシステム作りの段階だからです。このシステムが構築できれば、今の従業員数でも5倍の仕事を取ることができるでしょう。そうなれば、受注に専念できる。当座の目標は年商10億、経常利益2億です。2016年にはマザーズの上場基準を満たしたいですね」

 

 

企業城下町の城主を目指して

 

大崎氏は、日本のモノづくりが衰退してしまった原因をこんな風に考えている。

昔のように、大手企業を頂点とした企業城下町が機能していないことが、日本のモノづくり衰退の原因だろうと考えています。大手企業が城主となって、城下をコントロール出来ていた時代は日本のモノづくりは元気でした。ところが、グローバル化の波に飲まれて、大手企業が城下を維持できなくなり、統制がとれなくなってしまった。結果、城下町は弱体化し、崩壊していったんです」

 

そこで、ディープロジェクトの出番だ。

「大田区におけるその城主の役割を、ディープロジェクトが果たせればと思っています。だからディープロジェクトを大きくしたい。こんなに大きな仕事をディープロジェクトが受けているのか。それなら我々もぜひ参加したい、と思われるような仕事をしたいんです。それも単発ではなく、継続的な仕事で」

 

だが、これまで城主と成り得たのは、どれも日本有数の企業ばかりという現実がある。

「本当に町を復興させるためには、世界を相手に商売できる城主が必要です。我々がいきなり城主になろうとしても、トヨタやソニーのような会社になるには長い年月が必要だし、この時代にそんな夢のようなことは難しいでしょう。それならば、小さくても同じ志を持っている会社が連携することで、大きな力を発揮できるのではないか、早いのではないかと。ディープロジェクトはいわば連邦国のイメージです。

個々の国(企業)は小さくても、集まれば大国になる。その中核国としての役割をエヌエフエーが担うためには、上場会社のステータスは欲しいところです。ここに参画すれば大きくなれる、あるいは存続できると、そういう団体にならなければならないんです。何もこのディープロジェクトに加わらなくても企業経営は盤石だ、という会社からも魅力的に見える団体になりたい。そういう企業が加わってこそ、世界に打って出る陣容が整うでしょう」

ディープロジェクト設立から間もなく3年。今は小さな波でも、それが共鳴すれば破壊力抜群の大波に成長する。大田区の町工場が世界を席巻する一大ブランドに登り詰めるその日まで、大崎氏の挑戦は終わらない。

 

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●プロフィール

大崎玄長(おおさき・もとなが)氏

昭和48年2月5日大阪府東大阪市生まれ。中央大学法学部卒業後、平成8年株式会社日本エル・シー・エーに入社。平成18年、株式会社エヌエフエーを設立し代表取締役に就任。

平成22年に株式会社ディープロジェクトを設立、代表取締役に就任。現在に至る。

 

●株式会社ディープロジェクト

【大田区本社】

〒146-0082

東京都大田区池上7-10-7 シールエンドビル

TEL 03-5747-5368

http://www.dproject.co.jp

 

●株式会社エヌエフエー

【大田区本社】

〒146-0082 東京都大田区池上7-10-7 シールエンドビル

TEL 03-5747-5880

 

【五反田センター】

〒141-0031 東京都品川区西五反田8-2-12 フラッツ増沢ビル7B

http://www.nfa-g.com/

 

 

2013年7月号の記事より

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