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株式会社サティス製薬  1人でも多く正しいキレイ届け、アジアナンバーワンの化粧品会社を創る! 

◆取材:姜 英之 / 文:北條 一浩

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06Saticine06天然素材にこだわるOEM化粧品会社 株式会社サティス製薬/代表取締役 山﨑智士氏(やまざき・さとし)…1972年、東京・巣鴨生まれ。中学卒業後、すぐに社会に出、17歳で化粧品業界に入る。洗浄剤の開発、皮膚アレルギーの研究を経て独立、1998年、山﨑化粧品事務所を開設。翌1999年に株式会社サティスを設立、2002年、サティス製薬に社名変更し、代表取締役として現在に至る。

自社ブランドを持たず、OEMで究極の多様化戦略

化粧品業界といえば、商品の栄枯盛衰がとりわけ激しい分野として知られている。OEMメーカーは国内だけでも200社以上存在すると言われ、1社単独で突出するのはもはや不可能な様相だ。

そんな中、独自の企業哲学の下、ここ数年大きく業績を伸ばしているのがサティス製薬。化粧品ビジネスを立ち上げる企業への独自の支援体制もさることながら、その中核には、山﨑智士社長が本気で実践し続ける高いモラルがあった。

 

なぜ自社ブランドを持たないか
答えは「正しいキレイ」を達成するため

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美と健康。女性なら誰もが一生を通じて追求し、同時に語られることも少なくない概念だ。そして、この2つが矛盾なく共存することがことのほか難しいということも、もはや周知の事実だろう。さらに商品が加わることで問題は一層デリケートになる。美と健康と商品のクロスする位置に浮かび上がるものといえば……そう、化粧品である。

 

「サティス製薬は、〝正しいキレイ〟をキャッチフレーズに掲げている会社です。皮膚アレルギーに悩んでいる方々を、私がそれまで培ってきた洗浄技術で救いたい。そもそもはそんな思いから立ち上げました。化粧品というと、肌に何か加工を施すためのものだと思っていらっしゃる方も多いのですが、皮膚が本質的に持っている〝キレイ〟を引き出し、理想の肌を実現させるためにあるべきものなんです」

OLYMPUS DIGITAL CAMERA天然原料を配合したOEM製品

山﨑智士社長はこう語る。サティス製薬は、自社でブランドを持たず、厳選された国産原料にこだわった化粧品のOEMメーカーだ。現在、取引のある会社は700以上にもおよび、業績も急成長。競争の激しい化粧品業界の中でも風雲児的存在として知られる。

「OEMとはいえ、弊社の場合、取引先はほとんどが化粧品メーカーではないんです。というのも、既存の化粧品メーカーには、私たちの掲げる『正しい』は理解されないからです。私たちの対象は2つあります。1つは独立起業の支援。アントレプレナーとして何か事業をやっていきたい人に『化粧品事業を一緒にやりませんか?』と働きかけることです。もう1つは異業種参入です。こちらの場合は例えば、『御社が持っている顧客プラットホームは、化粧品と相性がいいと思われるのでやりましょう』というアクションになります。

化粧品というのは製品ライフサイクルが短く、平均すると3年くらいで消えていきます。ですから自社ブランドを立ち上げても、大手企業のようにマーケットからの信頼があればまた別ですが、一個ずつスクラップ&ビルドしても、何が当たるかわからないので、リスクと労力が高すぎます。それよりも、数多くの顧客とブランドを共有することでリスクを分散し、そこに一定の技術を提供して、製品ライフサイクルのいくつもの山を複合させてやっていくビジネスモデルを選んだというわけです」

 

このビジネスモデルを採っているのは、単に戦略的な理由からだけではない。同社の基本姿勢である「1人でも多くの女性に正しいキレイを届ける」ミッションを確実に遂行できるようにするためなのだ。

「化粧品というものは、本当にお1人ずつ、その人に合ったものが異なります。ですから自社ブランドにこだわることで、それに合わない方々を切り捨てることになってしまいます。また、自社ブランドを持つことは非常に非効率的で、それゆえに会社が立ち行かなくなれば、そもそもミッションを遂行できなくなります」

化粧品業界の特異な構造と、ブレない信念。この2つの大前提を深いところで理解し、実現するためのスタイルが、現在のビジネスモデルということなのだろう。

 

 

やっと見つけた居場所はトイレ
そこから道が開けていった

サティス製薬が、山﨑化粧品事務所の名前で化粧品の受託開発業務を開始したのが1998年。1972年生まれの山﨑社長は当時まだ26歳ということになる。そして山﨑社長は中学を卒業してすぐ、15歳で社会に出て、17歳から化粧品業界で働き始めたというから驚きである。しかしもっと驚嘆すべきは、サティス製薬を興すに至るまでの、あまりにも興味深い前史だ。

 

「高校生活にどうしてもなじめず、早く社会に出ました。化粧品会社に入ったのは知り合いの伝手、まあ平たくいえばコネでした。仕事ができると思われていないのでまったく役割を与えられず、誰も名前を覚えてくれません。会社に行っても何一つやることがないんです。しばらく悶々としていましたが、ある日、思い立ってトイレ掃除を始めました。その会社は化粧品というキレイなものを作っているわりにはあまりトイレが清潔ではなくて、また当時は当番制だったので、社員も嫌々やっていました。しかしトイレというのは社員のみならずお客様も利用されるものですから、キレイであるべきだと思いました。そこそこ大きな会社だったのでけっこうな数のトイレがありますが、片っ端からピカピカにしていきましたね。『ようやくオレの居場所を見つけた』。そう思いました」

 

そしてある日、奇跡がやってきた。

「驚いたことに、社長が話しかけてきたんです。『君に相談がある』と。経緯はこうです。その頃、その会社は不良品に悩んでいました。それは機械の洗浄の仕方が拙く、不徹底であったがゆえの不具合です。そんな折、『御社のトイレはいつ行っても実にキレイですね。ああいうトイレを保っている会社なら、製品も信頼できますね』というお褒めの言葉が来客から複数あったんです。そのことが会議で話題になり、『いったい誰なんだ、そんなにトイレをピカピカにしている奴は』と、社長が俄然、興味を持ちました。

社長は最初、こう言いました。『君はモノを洗うことが好きなのか?』。私の答えはこうです。『モノを洗うことそのものより、トイレが大好きになりました』。それからまもなく、機械の洗浄を命じられるようになりました」

 

はじめはうまく行かなかったものの、繰り返しトライするうちに、機械洗浄にかけては社内随一のスキルを獲得するに至る。それでも、不良品はどうしてもゼロにならない。悔しい。もっと徹底的にやりたい。そしてついにある日、社長に直訴をすることになる。

「機械を洗う洗浄剤そのものの開発をやらせてほしい。そう社長にお願いしました。実績を挙げていたこともあり、二つ返事でOKしてくれました。今まで入所が許されなかった研究室に入り、大学の医学部の授業にも出席させてもらい、皮膚科学を勉強し、皮膚アレルギーの研究をしました。やがて、もともと自分が情熱もってやってきた『洗う』ということと、皮膚アレルギーを結びつけることができないかと考えるようになったんです。そしてついに、皮膚アレルギーを、薬よりもよりおだやかに快適に軽減させる洗浄剤のテクニックをその研究室で見つけることができた。そのことが勇気になり、その技術を持って独立しました」

 

 

新規拠点建設へ、
そしてアジア広域の展開へ

06Saticine04大学出向時の研究成果を元に山﨑社長が開発した低刺激性石鹸

なんとドラマチックな行路だろうか。しかし、人の嫌がることを買って出たら、大きな成功が待っていました、という教訓話には収まらない何かがここにはある。そもそも山﨑社長は、現在の自分自身のポジションを、まだまだ成功とは認識していないだろう。

「化粧品産業の構造上、2桁までシェアを取ることはできません。あの資生堂でさえ、現在の国内シェアは13%で、これは私の推測ですが、おそらく10%を割ったあたりで落ち着くと思います。140年続いている資生堂でもそうなんですから、私たちが今のやり方でそれを超えるのは不可能です。ですから私たちは、もっとニッチで小さいブランドをたくさん持って展開していきたいと考えています」

 

サティス製薬は今また、大きな飛躍のステージを迎えている。今年9月末までに、東京都江東区に延べ床面積1000平方メートルの新拠点を設立するのだ。研究所は約2・5倍の広さになり、供給の事業効率は飛躍的に高まるだろう。

「今、アジアの国々で、私たちの製品を待っていてくれる方がたくさんいらっしゃいます。今後は私たちのミッションをアジア広域に届けていきたい。異なる文化の中でしっかりアイデンティティを維持するにはもっと企業としての強さが必要ですし、それにふさわしい器の経営者になることが求められると思います。経営計画としては、現在25億の売り上げを、東京オリンピックの開催される2020年には100億にし、そして名実ともに、本気でアジアナンバーワンの化粧品会社をめざしたいと思っています」

一生を捧げたいと心から思うことのできる仕事。人はいかにしてそれと出会うのか、今回の取材で格好の実例を見せてもらったような気がする。山﨑社長が若き日に洗い、磨きまくったトイレは、「正しいキレイ」を映すための心の鏡だったのだ。

 

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株式会社サティス製薬

【本社・工場】

〒342-0015 埼玉県吉川市中井57-1

TEL 048-984-6433

http://www.saticine-md.co.jp/

 

【研究所】

〒342-0005 埼玉県吉川市川藤3895

TEL 048-984-2233

 

2014年6月号の記事より

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