オビ 企業物語1 (2)

株式会社アドカルチャー・ワークス

大学や役所関連のクリエイティブに強い、その理由とは?

◆取材:加藤俊

オビ ヒューマンドキュメント

齋藤誠

株式会社アドカルチャー・ワークス 代表取締役 斎藤誠

DTP、WEB、映像から企業防衛までの総てをデザインするアドカルチャーグループ

デザイン会社としての創業から24年、今ではDTPやWEB制作のみならず、映像制作まで手がける株式会社アドカルチャー・ワークス。映像制作用に利用している自動音声合成も好評だ。学校や財団、議員、士業の顧客が多いという同社の歩みについて、斎藤誠社長に聞いた。

 

■DTP、WEB制作から映像制作まで

前身企業から数えて創業24年目となるアドカルチャー・ワークス。3年、5年と続かない中小企業が多い中で、長い歴史を刻んでいる。

デザイン会社として立ち上げ、DTP印刷物の企画制作からWEB制作へと事業を広げた同社だが、現在ではこれに加えて映像制作も大きな割合を占める。同社の映像が評価されるのは、コストパフォーマンスに優れる点。というのも、映像にはナレーションが入る場合が多く、生身の人間が実際に喋る必要があるため、ナレーターの人件費からスタジオ代、エンジニア代などコストが嵩むもの。さらに、人間の肉声である以上、レコーディングが長時間に及べば疲労によって声が変わってしまう。

 

■独自の自動音声合成システムの活用

こうした悩みを解決すべく、同社が利用しているのが自動音声合成。人間のナレーターの声をレコーディングする作業と比べて、コストを半額に抑えられるという。英語の発音や話し方の自然さも、人間さながらだ。

平成12年(2006年)に同社のこの英語自動ナレーションをまず評価し、導入したのは名古屋大学だった。シンポジウムで、英語でのプレゼンテーションに使われた。自動ナレーション付きのビデオを放映することで、クライアントとしてもコストを抑えられる。さらに、大学のシンポジウムのように毎年開催されるイベントの場合は、前年の映像からそのまま再構成しやすい点もメリットとのこと。

 

DSC_0111同社が手がけてきた製作物

これがウケて、学校や財団、議員、士業などのお堅いイメージがもたれる業界に多くの顧客を獲得していった。また、同社のように、DTP制作、WEB制作から映像制作まで一手に手がける制作会社は少なかったことも幸いする。「売り物のカタログ」的な制作物とは性格の異なるデザインが求められることに加え、教育研究機関であれば膨大な資料を2~3ページに纏めるような作業も多い。こうした、専門的で特殊性のある需要に応えられる同社は、業界内でも貴重なのだ。

今では、前述の名古屋大学をはじめ東京大学、京都大学などの研究室から、東京都道路整備保全公社などの公益財団法人、国会議員、士業などに多くの顧客を抱えている。

しかし、これは意図したものだったという。

 

■「堅い」業種の顧客が多い、そのワケとは?

創業24年の間には好景気も経験した同社。以前は、大手広告代理店を通した仕事も盛んに行っていたという。それこそ、華やかな芸能界の仕事を数多く手がけてきた。しかし、それらはあくまで下請けの立場。好景気下ならば良いが、何かあればすぐに支払いは後回しにされ、制作実績も代理店の営業マンの手柄となってしまう「色々な理不尽さが残っていた業界」(齋藤氏、以下同)。

 

転機はリーマン・ショックのときだった。同社自体はリスクを回避したものの、銀座にオフィスを並べていた元請けの広告代理店が相次いで倒産、同社への支払いも滞るなど、苦い思いを味わった。こうした経験から、代理店を通さず仕事を取り、浮き沈みの少ない「堅い」業種を顧客とする業態へシフトを図ったのだという。

 

■齋藤氏のジェットコースターのような人生

大手広告会社の子会社に就職し、求人情報誌を販売する営業マンとしてキャリアをスタートさせた同氏。ちょうどバブルに沸いていた時代で、二十代前半の同氏でもかなりの収入を得ていたという。バブル景気の後押しもあり、サラリーマン生活を2年ほどで辞め、友人との起業を経て、平成3年(1991年)、26歳のときに同社の前身となる会社を立ち上げる。

 

齋藤誠2

「この頃は次々と事業を始め、その全てがうまくいった。日本全体が幻をみていたような時代、地に足を着けておく方が難しい浮ついた雰囲気に私も飲まれていきました」

 

実際、誰もが知る超大物アーティストのツアーグッズの制作・販売を一手に任されることになる。億の金が飛び交う『ザ・芸能界』。3年半ほどグッズを担当した同氏も、その恩恵に十分に預かった。とはいえ、いつまでその仕事が続くか分からないという不安感は当時から持っており、今日に続く地道な広告の仕事もコツコツと受けていたという。

 

そうして本業であるデザイン関係の事業を行うかたわら、縁あって音楽業界にも挑戦、プロダクションの経営や、これに伴ってライブハウスやレコーディングスタジオを運営していたこともある。デザイン会社が経営する異色のライブハウスは、アニメ『けいおん!』に登場するライブハウスのモデルにもなった。これらの他にも、多種多様なビジネスに携わってきた同氏。

「今は会うことすらできないほど成功した方にも大勢お会いしてきました。想えば、ビジネスチャンスは沢山転がっていたのに、随分と見逃してきた。もちろん今からでも遅くないと思っていますし、日々常にチャンスだとも。でも、起業した当時はそんな気持ちは持っていなかった」

 

ただ、紆余曲折がありながらも、企業を24年もの間、継続させてきたことの意味は同氏が自嘲するほど軽くはない。誇るべきものである。

 

■創業24年の経営哲学とは

そんな同氏には、経営者歴が20年を越えた頃から、ブログやfacebookを通じて起業を考える若者からの相談が寄せられるようになったという。しかし、「起業を夢みる若い人たちに語ってあげられるような話は、私にはない」と語るように、同氏自身は自らのキャリアについて、必ずしも肯定的ではない。「儲かるからやってみようかな、と信念も持たずに次々とビジネスに手を出しては失敗してきた」と、自らを振り返る。

「ひとつの技術や、ちょっとしたネットワークだけで起業するなかれ、と思います。

世間で言われている通り、中小企業を何年も経営していくのは本当に大変。私も身に沁みて感じています。気付いたら20年経っていただけで、秘訣なんてない。乗り越えられそうにない場面も多々ありました。通帳に20円しか入ってないときもありましたから。安定なんてどこにもないし、今日の100万円の顧客も、明日はいないかも知れない。

会社を経営するということは、自分の家族はもとより従業員やその家族、周りの人たちを担うことになる。人の人生を左右する場面が、一般のサラリーマンよりも多いんです」

説得力のあることばだが、同氏は「…というのも、私は、こういった意識を全くと言っていいほど持っていませんでしたから」と続ける。その上で、「自分から世の中に発信できる『これ』という商品をしっかり持つこと。そして、社会に対して自分の会社がどんな役割を果たすかという理念が定まってから起業を考えて欲しい」と語ってくれた。

 

■今後の展望

最後に、改めて自身や同社のこれからについて尋ねると、「ここ数年、この方向で行こう、と方針を決めてからなんとなく安定感が出てきたように思います」語る同氏。今後は、学校や財団、士業、議員といった「堅い」業種に強いことを活かして、DTP、WEB、映像の制作に加えて、企業防衛まで含めた総合的なサービス展開を目指しているという。

 ◇

「デザイナーになりたくて起業したのに、今やっていることは社長業。絵も描かないし、デザインもしない。全て従業員がやっています。だから、やっぱり起業はゆっくりじっくり悩んで欲しい」と語る同氏。今年で51歳、経営者人生は24年。失敗も含めた様々な経験は、他の誰も持たない同氏だけのものだ。自らの会社のデザイン、そして人生のデザインは、まだまだ未完成。同氏にしか描けない絵を、きっと見せてくれるだろう。

 

オビ ヒューマンドキュメント

齋藤誠(さいとう・まこと)氏…昭和39年(1964年)、東京都出身。昭和60年(1985年)、リクルートの専属広告代理店である株式会社太陽エージェンシー入社、フロムエー担当営業として勤務。リクルート専属代理店グループ最優秀営業マン賞受賞歴3回。平成3年(1991年)、有限会社アドカルチャー設立。平成4年(1992年)、株式会社に登記変更とともに代表取締役。平成14年(2002年)、株式会社アドカルチャー・ワークス設立。代表取締役。

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株式会社アドカルチャー・ワークス

〒101-0062 東京都千代田区神田駿河台3-4 龍名館本店ビル3階

TEL 03-6825-3580

http://www.adculture.co.jp/

年商:6,000万円(2013年)

2015年3月号の記事より

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