オビ 企業物語1 (2)

株式会社ウインローダー – 使わなくなったモノをゴミにしない『循環型物流』社会へ!

◆取材:綿抜幹夫 /文:渡辺友樹

オビ ヒューマンドキュメント

創業65年の基盤を活かし物流新事業を開拓

年間260万トン出される粗大ゴミ。このうち7割は再使用が可能で、国内だけでも2割に買取需要があるという。Webを活用して「いらない人と欲しい人を繋ぐ」仕組みを構築、『循環型物流』事業を手がけるのが、東京都杉並区の株式会社ウインローダーだ。物流業で65年の歴史を引き継ぎつつ、新事業も積極的に展開する三代目社長の髙嶋民仁氏に聞いた。

 

株式会社ウインローダー03 株式会社ウインローダー 代表取締役社長 髙嶋 民仁(たかしま・たみひと)氏…昭和49年(1974年)、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、株式会社東海銀行入社。平成11年(1999年)、株式会社ウインローダー入社。取締役環境事業部長に就任。平成20年(2000年)、アメリカ・ノースキャロライナ州Waste Industries社でインターンを経験。慶應義塾大学大学院経営管理研究科入学。平成13年(2001年)、PPR研究会設立に寄与。有限会社リサイクルリンク設立、代表取締役社長。平成14年(2002年)、慶応義塾大学大学院経営管理研究科卒業。平成16年(2004年)、株式会社ウインローダーにてエコランド事業をスタート。平成21年(2009年)、株式会社ウインローダー代表取締役社長に就任。

■祖父による創業

 今年で創業65年目を迎える同社は、昭和25年(1950年)、同氏の祖父母によって創業された。戦後間もない時期、アイスキャンデー屋や干し芋屋、焼き芋屋など様々な商売を営む中で、1台のオート3輪を入手したことがきっかけだ。祖父が8名の仲間に声をかけて生まれたというこの「荻窪小型運送株式会社」の創業メンバー8名は、今ではそれぞれが会社を起こし、経営しているという。たとえば同社のすぐ2軒隣にも、創業メンバーの会社がある。

 創業の地である杉並区上荻で今日も変わらず営業を続ける同社の立地は、青梅街道と環八通りが交わる四面道交差点を、青梅街道に沿ってほんの少し西へ下った地点だ。この青梅街道を利用して山梨や青梅から都心へ運ばれる荷物を預かり、配送を代行するのが当時の事業だった。

 

■父の代で業態転換、小口の集配業務へ

 「(売上は)1億あるかないかという、零細企業に毛が生えた程度の規模。会計もどんぶり勘定」だったという同社に、大学を卒業した同氏の父が戻ってきたのが昭和43年(1968年)頃のことだ。会計を学んでいた父は、両親の会社のこうした内状を知り、二代目社長としてバトンを受け取る。

 やがて、昭和55年(1980年)頃、運送業界に『宅急便』のサービスが生まれる。宅急便は、複数の荷物を集めて1台のトラックに混載することで利益を出すビジネスだ。当時はトラック1台を貸し出す定価が3万円だったというが、混載すれば1台10万円の荷物を作ることも可能で、貸切業務よりもはるかに高い利益を出すことができる。この「やったらやっただけ稼げる」新しいビジネスに惹かれ、二代目社長が率いる同社も、トラック1台を走らせる単純な貸切業務から、小口の集配業務に業態転換することになる。創業から30年、第二創業の節目だ。

 ちょうど昭和50年(1975年)頃から、それまで田畑が広がっていた同社以西の多摩地域が、工場地帯、工業団地へと変わっていった。こうした背景も踏まえて、同社では工場の荷物を小口にして集めるBtoBの集配業務によって、多摩地域の基盤を確固たるものにしていく。

 

■工業地帯から商業施設、住宅街へ

株式会社ウインローダー01家電量販店から家庭に商品を届けるなど、BtoBからBtoCへの転換を提案し、現場の責任者を務めたのが、入社初期の同氏。同社の業績が大きく回復するきっかけとなった(写真は既存の物流事業の様子)。

 その後、いわゆるバブルの時代までは、右肩上がりで順調に業績を伸ばしていた同社だったが、バブル崩壊により、ピーク時には21億2000万円だった売上が14億円ほどまで落ち込んでしまう。そこからの回復途中にあった平成11年(1999年)、同氏が入社する。

 同氏の入社直前、バブル崩壊後の多摩地域は、工業地帯から更にその姿を変えていた。広大な日産自動車村山工場が閉鎖され、シネコンや家電量販店が建ち、周辺はベッドタウンになっていった。商業施設や住宅街への変化に合わせて、同社で取り扱う荷物も、工場の荷物を全国に発送する業務から、家電量販店から家庭に商品を届けるなど消費者向けの商業貨物へと変わっていく。

 このBtoBからBtoCへの転換を提案し、現場の責任者を務めたのが、入社初期の同氏だった。「(時代の流れが)そうなることは分かっていたので、合わせただけ」と語る同氏だが、バブル崩壊により落ち込んでいた同社の業績はこれにより大きく回復する。やがて同氏が手がけるBtoC部門の業績は、同社の売上全体の中でも大きな割合を占めるようになる。

 平成7年(1995年)にはほぼすべてが工業貨物だった同社の売上だが、平成14年(2002年)には工業貨物は8割まで割合を下げ、やがて平成22年(2010年)には商業貨物が工業貨物を逆転、6割に迫る比率となっていた。このころ、同氏は父を引き継ぎ三代目社長に就任する。

 

■800億円のマーケットが眠る『循環型物流』

株式会社ウインローダー05同社のエコ物流「エコランド」の接客風景(写真上)と、「エコ回収」の様子(下)。「エコランド」はサービス全体をWebで展開し、スマートフォンからも気軽に利用できる敷居の低さを実現している。

 ちょうど同氏が入社した翌年の平成12年(2000年)は、家電リサイクル法が施行され、社会の関心が環境やエコに向き始めていた。入社前から環境や公共福祉活動に深く携わっていた同氏だったが、こうした社会背景も後押しとなり、従来の物流業務と並行して『循環型物流』なる新しいビジネスを開始する。それが、使わなくなったモノを引き取り販売する『エコランド』の事業だ。

 現在、日本で捨てられている粗大ごみ(30㎝×30㎝×30㎝以上)は年間260万トンに上る。同氏によれば、このうち2割については、国内に「お金を払ってでも欲しい」という需要があり、海外マーケットも含めれば7割は再使用が可能だという。「国内の2割を流通させるだけでも800億円のマーケットが見込める」と語る同氏。ここに着目し事業化したのは、同社が初めてだ。

 

■日本の中古家具を東南アジアで販売

 たとえば古い婚礼箪笥や食器棚、本棚などは、国内の中古市場では需要がない。こうした家具の持ち主の殆どが高齢者で、「もったいないのよね、どなたかに使っていただけないかしら」という声が多く寄せられるというが、現在は収納や家具が付属しているマンションやアパートが増えたこともあって、大きな家具の需要は減っている。同社としても、引き取り先を見つけられず泣く泣く木としてリサイクルするしかない状況だった。

 ところが、これらの家具は、フィリピンやタイ、マレーシア、カンボジアといった国々では飛ぶように売れるという。同社では5年ほど前から、国内でのリユースのみならず、そうした家具を東南アジアで販売するサービスにも着手している。円安も追い風となり、順調に業績を伸ばしているという。

 

■使わなくなったモノの売上を寄付できる仕組み

株式会社ウインローダー04さまざまな「使わなくなったモノ」の回収を行うエコランドトラック。

 こうした国内外での『循環型物流』事業には、品物のリユース以外にも社会貢献への仕掛けがある。引き取った品物が売れた時点で、販売価格の5割が元の持ち主の権利となるが、これを受け取る選択肢と、環境団体や社会貢献団体に寄付する選択肢とが選べる仕組みになっているのだ。同社としては国内でも2割は売れる見込みで展開しているビジネスだが、持ち主にとっては、もともと使わなくなったモノ。「引き取ってもらえるだけでもありがたい」と、寄付を選ぶ利用者も少なくないという。

 同氏は「日本人には、自分が使わないモノが誰かの役に立つならぜひ活用して欲しい、という感覚を自然に持っている方が多い。これは日本の良い文化です。『もったいない』という言葉も日本から世界に広まりました。当社が循環型物流のサービスを定着させることで、日本から東南アジア、そして地球全体に、自分の使わなくなったモノが環境や社会のために使われる文化を普及させたい」と語る。

 『エコランド』は、過去の社会貢献活動や寄付の報告なども含めて、サービス全体をWebで展開し、スマートフォンからも気軽に利用できる敷居の低さを実現している。知名度を上げるためにもITの活用が鍵になるビジネスだが、同社150名のうち若手を中心とする56名を循環型物流の事業に充て、注力しているという。

 

■ベテランと若手の融合を

 「祖父母や父たちが築いてきた当社があるおかげで、新しいチャレンジができる」と、先達への感謝を口にする同氏。多摩地域に深く根を張った本業の物流事業も、全くおろそかにはしていない。

 株式会社ウインローダー02企業マスコットであるカバのマークが目印のウインローダートラック。

 同氏は物流業務とエコランド事業のいずれも、ベテランと若手の融合によって更に発展させられると考えている。今年度は22名の新卒採用実績があり、来年度も30名の新卒採用を目指しているというように、大卒の新入社員を積極的に採用しているが、同社では彼らをまずは現場に投入するという。昔ながらの物流の現場は、いわゆる「3K」な側面もあるというが、ベテランと若手の融合のためにも、新人にはそうした面も含めて現場をよく知ってもらうことが重要という考えからだ。

 かつて業績の回復が急務だった時期には、アルバイトなどの非正規雇用も採用し、物流業にありがちな「人海戦術」に物を言わせたこともあったというが、現在は正社員のみでの組織づくりを心がけ、自分たちの付加価値を高めることに努めている。

 慶応大学を卒業後、東海銀行に勤めていたほか、東京都の臨時職員として廃棄物回収の経験もある同氏。同社入社後も、アメリカでのインターン経験や、阪神大震災や台湾大震災のボランティア参加、また慶応ビジネススクールへも通うなど、公共福祉など環境分野の知識や現場経験を積んできた。「入社前から、日本全国、そして世界に挑戦したい想いがあった」と語る同氏、65年の歴史を刻む同社の基盤を活かして、800億円のマーケットが眠るビジネスを開拓しようとしている。

オビ ヒューマンドキュメント

●株式会社ウインローダー

〒167-0043 東京都杉並区上荻2-37-7

TEL 03-3390-2161

http://www.winroader.co.jp/

●エコランド http://www.eco-land.jp/

2015年3月号の記事より

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