オビ 企業物語1 (2)

東京桜橋法律事務所 ‐ 中小企業が生き残りをかけて海外進出に挑む時代 自らの信念に従い企業の挑戦をトータルサポートする

◆取材:綿抜幹夫

 

東京桜橋法律事務所/弁護士 吉崎 猛氏

東京桜橋法律事務所/弁護士 吉崎猛

新たな取引先や市場を求めて海外企業と取引あるいは海外に進出する、またせざるを得ない企業が増えている。日本の「モノづくり」を担う中小企業は、どういう方向を目指すべきなのか。日・英・中の3カ国語を操り、中小企業の海外取引・進出案件を数多く手がける吉崎猛弁護士に話を聞いた。

 

弁護士大増時代の挑戦者

2000年時点の全国の弁護士登録者数は1万7126人だった。しかし2014年時点では3万5045人と、この約15年間で2倍以上に増加(データは2014年版「弁護士白書」による)。現在、司法研修を終えても就職先がない「無職弁護士」の増加や弁護士間の競争の激化、弁護士の収入低下などが問題になっており、他の士業同様弁護士にとっても厳しい時代となっている。

そんな中、吉崎氏は「弁護士として独立し、国際分野を手がけていく」という弁護士になった当初の自身の方針に沿い、2011年から東京桜橋法律事務所の経営パートナー弁護士という立場で、中小企業を主なクライアントとして、アジアをはじめとする海外企業との取引や海外進出のサポートに力を注いでいる。

 

きっかけはアメリカから日本を見て

吉崎氏が中小企業の海外取引・進出支援に注目するようになったのは、2007年~2009年にかけてアメリカのロースクールに留学し、その後ワシントンDCのローファームに勤務した経験がきっかけだ。吉崎氏が在学したロースクールでは外国人で中国人が一番多く、また、ローファームでも当初は日本企業のアメリカでの通商・国際取引案件を担当予定だったが、実際には日本―アメリカ関連の案件は少なく、代わりに多かったのがアメリカとの利害対立が多い対中国企業や対ベトナム企業の案件だった。

弁護士の仕事はクライアントの業務が成熟・安定に入ると活躍する機会は少ない。「時代は確実に変わっていて、日本の弁護士としての活躍の領域は欧米だけでなく、対アジアとの関係でも案件は増えるはず」などと考えながら、対アジアという視点から日本を見てみた時、一際目を引いたのが中小企業の存在だったのだという。

在米日系企業の人と話してもアジアへの進出を考えている中小企業が多いことも知り、「これからは〝中小企業〟と〝対アジア進出サポート〟が弁護士業務のキーワードになってくる」というイメージを抱いて帰国した。

 

海外進出をせまられる中小企業

日本の中小企業のアジア進出はそう新しい話ではない。だがその内容は「以前と同じではない」と吉崎氏は指摘する。1990年代や2000年代には、まず大企業が中心になって海外に工場を設立。それまで下請けを担ってきた国内中小企業が、このまま国内にいては発注がなくなる危機感から後に続いて海外へ出て、引き続き発注を受ける形が圧倒的に多かったが、それに変化が生じてきたという。

具体的には、海外に出て時間が経つ内に大企業側は「今までの取引先より安くて良い品質のものを作ってくれるところがある」ことを発見し、下請け先の多様化が進行。一方、大企業のそのような動きが、下請けを担ってきた中小企業側に「ついて行っているだけではいつまで発注があるかわからない」との危機感をもたらし、製品の納入先を増やすために、取引先の新規開拓や新製品の開発に舵を切っているのだ。また、国内取引だけでは限界が来ると判断して、日本にいながら海外企業との取引拡大を図る中小企業も非常に増えている。

「中小企業も国内か海外かの『どっちか』ではなく、『どっちも』やることが当たり前の時代にならざるを得ません。また、海外での日本企業の製品やサービスの技術力やきめ細かさは大変評価されているのだから、リスクヘッジはしつつも臆することなく出るべき」と吉崎氏は指摘する。

 

自身の指針に従い大手事務所から独立

アメリカから帰国してそのような現状への理解を深める中で、ますます「アジアを中心とした中小企業の海外取引・海外進出サポート」という視点の重要性を実感した吉崎氏だが、当時の所属事務所のクライアントはほとんどが大企業であり、様々な事情で自分の意思で動いて思うような案件を手がけることは難しい。

どちらを取るかという重要な選択の場面で、「ならば独立してクライアントをゼロから開拓し、自分の意思でやれる仕事を手がけていく」という決断に至ったのは、「なぜ弁護士になったのか」という吉崎氏の原点と深い関わりがある。

というのも、吉崎氏は大学の政治経済学部を卒業後、政府系機関に就職。しかし1年半勤めたところで退社して、塾のアルバイトなどをしながら法律知識ゼロから3年間司法試験の勉強を続け弁護士になったという経緯の持ち主なのだ。

 

「組織に入って上の方針やルールに従い、出世を目指して組織に許された範囲内で動くという働き方を60歳や65歳まで続けるのは気持ちが持たないだろうというのが見えてきてしまって。若い時にチャレンジしないと、と思ったんですね。弁護士を選んだのは、独立してやっていける資格の中で一番できることの多い資格であったこと。社会人になってから国際取引を専門にしている弁護士がいることを知り、そういう道もあるのかと思えたことからです。〝独立して国際的な分野を手がけていく〟という2つの点がつながって一気にヤル気になり、会社を辞めて勉強に集中したのが24歳の時でした」

 

その独立へのこだわりは、実家の家業が仏壇屋で、自分で経営して仕事を動かしていくことの苦しさや、自由に仕事をできる楽しさを子どもの頃から肌で感じていたという家族の記憶にも根ざしたものだという。

「嫌な記憶なら真逆をいって会社人生を歩んでいたでしょうが、決まった時間に決まった場所で仕事をしている姿はどうもしっくり来ない。自分の意思と判断で仕事を作り、それを進め結果を出す、という方が大変であっても仕事に集中できて気持ちは楽」なのだそうだ。

2011年に独立し東京桜橋法律事務所へ経営パートナーとして参画。クライアント数ゼロから営業し、4年経った今では多くの経営者に頼られている吉崎氏の今は、これらの土台の上に築かれてきたのだ。

「組織のブランドで仕事が来ているわけではない。『弁護士吉崎』ということで依頼を頂いているわけですから、全力でやらないと自分の否定になってしまいますよね」

 

アドバイスを含むトータルサポート

現在、吉崎氏のもとへ持ち込まれる相談はほとんどが中小企業経営者からだ。一般企業法務や契約の作成・検討などはもちろんだが、「これまでの国内取引だけではジリ貧なので、海外の新しい取引先を開拓したい」という国際取引に関する案件の方が多い。契約締結に関するリスクヘッジはもちろん、取引スキーム全体のアドバイスをするなどトータルサポートを手がけている。

多くの企業を見てきた中で、吉崎氏が何よりも大切なものとして挙げるのは、進出先や取引先を決める上でかかせない「どこをマーケティングするか」を絞り込み、どういうルートで利益を上げていくかを具体的に詰めていくことだ。

マーケティングには大きく2つの方向性があるが、そのうち1つはまだまだ日本の大企業並の水準は求められていない取引先を開拓する戦略。常に100点満点のものを納入し続けないと発注が切られる恐れもなく、ダイナミックに活動することができる。

 

もう1つはその逆で航空機、自動車メーカーなどの分野で誰でも知っているような海外企業、例えばボーイング社やフェラーリ社などとの取引開拓に乗り出す戦略だ。この場合、発注を受けるためにはハイスペックな品質を維持する必要があるし、国内のような「なあなあ」な関係は通用しないので、時には創業時のように全身全霊を込めて100%、120%の力を出して作っていくことが求められるが、取引が決まった時のメリットは大きい。

 

「両方をやる企業体力はとてもないので、重要なのはどちらに目線を置くかということ」だと吉崎氏。そして海外の情報収集や展示会への参加には、公的機関のサービスを利用するのも良い手だという。あくまで自身の商売になるかどうかを基準とした商社の情報では、それが悪いかどうかは別としても客観性に欠けることは間違いなく、そこからの情報だけに頼り過ぎると認識が偏るなどの問題点があるからだ。

「まずは公的機関から情報をもらった上で、本人の判断で行動することが大事でしょうし、それぐらいの気概のある企業さんでないと、海外に新しい取引先を見つけるのは難しいでしょう。ジェトロとか各都道府県の海外取引・進出のサポート機関は、適切な展示会の出展サポートをしてくれたりと海外取引・進出の〝ドア〟の所まではガイドしてくれる。もちろん、ドアを開けて先に進むのは企業さん自身ですが、活用する価値はあると思います」

 

得意分野は問題解決

弁護士は法律の専門家だ。ただ中小企業の多くは法務機能を持っておらず法務を専門にする人材が少ないため、リスクがあることは何となく分かるが、それがどのようなリスクであり、どの程度の重大性があるか整理できていないまま相談に来ることがほとんどである。

そのため、とにかく話の腰を折らずまずは聞き役に徹して、そこから法的な問題点を洗い出し、複数の対応策を整理するのだという。また、法律問題について法律の理屈だけを述べて問題点をコメントしただけでは、相手にどう打ち返すのか対応できないことも多いのだと吉崎氏は言う。

「そういうときは、クライアントに相手への対応戦略を想定してアドバイスしたり、交渉案文を英語で作成したりすることもあります。弁護士がクライアントの法務部機能を担っても良いと思っています」

 

いろいろと話を聞いた結果、もし自分だけで解決できない問題なら協働して解決できそうな専門家と協働したり、弁護士事務所より問題解決にふさわしい専門家がいる場合にはそちらをという風に、国内の税理士、社会保険労務士、行政書士、司法書士、弁理士、コンサルタントだけでなく、海外の弁護士など、中小企業の問題解決に役立つ豊富なネットワークを使って協働したり、適切な専門家を紹介したりすることも惜しまない。

 

「最も大事なのは、経営者さんの抱える問題解決に役立ち、リスクがあるならどういうリスクがあり、やらないという選択も含めてどう対処すべきか理解してもらうこと。どういう形でも、相談してよかったなと思う形で帰っていただくこと、また何かあったら相談してみようと思ってもらえる雰囲気を大事にしています」と吉崎氏。

費用や時間を気にせず背景事情までしっかり話を聞きたいとの思いから、初回の法律相談料は極力無料にしているのもその表れの1つだ。豊富な専門知識に加え、この人柄だからこそ多くの経営者の信頼を勝ち得ているということに、間違いはなさそうだ。

 

オビ ヒューマンドキュメント

◉プロフィール

よしざき・たけし氏…1971年10月生まれ。大分県出身。2001年弁護士登録。大手法律事務所で国際取引関連法務、外務省国際法局(任期付公務員)でアセアン諸国などとの経済連携協定締結業務などの経験を積む。2008年米国ペンシルベニア大学ロースクール(LL.M.)卒業、2009年米国カリフォルニア州弁護士登録。2011年東京桜橋法律事務所にパートナー弁護士として参画。現職。

 

◉東京桜橋法律事務所

〒104-0032 東京都中央区八丁堀2-10-9

ユニゾ八丁堀ビル6F

TEL 03-3523-3217

http://tksb.jp/

 

2015年9月号の記事より
WEBでは公開されていない記事や情報満載の雑誌版は毎号500円!

雑誌版の購入はこちらから