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日本工業大学 「君がいてくれて良かった!」現場のプロジェクトリーダーになる

◆取材:加藤俊

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日本工業大学/学長 波多野 純氏

 

私立の理工系としては国内屈指の歴史を持つ日本工業大学。現地で使える技術を持つ、実践的リーダーを養成する大学として、多くの人材を輩出してきた本校は昭和42年(1967)に工業高校卒業生のための大学として誕生した。前身の東京工科学校の開学以来107年、工業立国に貢献してきた実践的高等教育機関が描くこれからのエンジニア像と、その育成システムについて波多野純学長に伺った。

■10年後開花する技術よりも、その場で上着を脱いで直せる技術を

本学が育成したいエンジニア像はどのようなものか。波多野氏が掲げるのは、「君がいてくれて良かった!と感謝される現場のプロジェクトリーダー」という。

 

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「大学で行う研究開発は目標が見えているから、学ぶのは楽なのです。しかし、ひとたび社会に出て現場で働くプロジェクトリーダーになったら、求められる力は、研究開発のための技術にとどまりません。現場では次々と問題が惹起します。どこに原因があるのかすらも読めない、そうした問題に対処する力こそが必要なのです」

 

中小企業の海外進出も増えていることから、波多野氏は学生にこういった質問を投げるそうだ。

 

「仮に出張に行った現地工場で機械から変な音が出ていたら、あなたはどうすべきか?」 この質問、ややもすると機械を止めてデータを本社に送り、技術部で検証してもらい、その対応策の連絡を待つこと、と答えたくなるが、「そんな判断をする技術者はここでは育てない」波多野氏はそう言い切る。

 

時に海外の現場では機械を止めると大きな損害を出すことになる。だが止めないと大事故を起こす可能性もある。まして海外では得られる情報にも限りがある。そこの判断は極めて難しい。しかし波多野氏が目指すのはその難しい判断ができる技術者を育てることだ。

 

波多野氏はその優れた技術者に必要な技能を3つ挙げる。

 

1つは豊富な経験に裏付けられた確かな「技術力」。これは問題を前にして、すぐに上着を脱ぎ、治しにかかることができる力のこと。

 

2つめは現地の技術者の信頼を得て、ノウハウと情報を結集できる「コミュニケーション力」。これは現地の人と原因を探る力と言い換えてもいいかもしれない。つまり、現地の協力を得る力だ。そして、実際にうまく治った後は、その成果は現地の人の手柄にする度量の広さを持てという。そこまでやれてこそ、コミュニケーションを築けたと言えるのだそうだ。

 

3つめ。豊富な経験に基づくしっかりとした「予知力」だ。これは問題を目の前にして、いろんな可能性を瞬時にシュミレートできる力のこと。どうすれば養えるのか。天皇陛下の心臓手術の執刀医として名高い天野篤先生(順天堂大学医学部心臓血管外科教授)の話がヒントになるかもしれない。執刀数が150を越えれば一人前と言われるところ、7000回を超えている天野先生は、3000回を超えたあたりから手術に於けるどんな想定外もなくなったという。

 

何が言いたいかというと、いかなる問題が起きても、高い技術力と豊富な経験から導き出された予知力を活かし、限られた資源から最大の情報を得て、的確な判断ができるのが「上着を脱いで直せる技術者」ということ。

この文脈でいうと、世の中には簡単に想定外と言い放てる輩が多いが、想定外とは自らの未熟を告白するに等しい言葉と言えるだろう。さらに、こうした点からすれば、「必ずしも最新鋭の機械を使いこなせる技術者がいいのかというとそうではない」と波多野氏。なぜなら「必ずしも最新鋭の機械があるとは限らないから」だ。

 

「それと最新といっても効率化が進んだものと、新しいことができるということは違う。そこを区別して理解する必要がある」

こうした技術と判断力は、中小企業が求める技術者像そのものではないだろうか。

 

 

■旋盤や茶室を2~3年で自作する工房教育

では、実際に本学がそうした優れたエンジニアを育てるために何をしているのか見ていこう。代表的なのが、「工房教育」と呼ばれる実践教育だ。

 

これは学生が自らテーマを設定し、2~3年かけて旋盤や茶室など具体的なモノをつくり上げていく教育プログラム。コースが修了すれば、「カレッジマイスター」の称号が授与される。学長の波多野純氏によれば、これによって「現実的な問題解決能力が身に付く」という。

 

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「たとえば機械工学科だと、自分で小型旋盤をつくる。設計から加工まで全てを自分でこなすのです。しかも作って終わりではなく、実際に旋盤でモノを造ってチェックするところまで。それはつまり、モノづくりの全てを実践することになります。しかも仲間同士でやるので途中うまくいかないと仲間割れが起きたり、しんどいことも体験する。また十分なお金があるわけではないから、中古部品を集め、それを加工したりする。いろんな体験のなかで、現実的な問題解決能力を付けていくことができます」
 

そのほかにもカナダでツーバイフォーの家を建てる建築デザイン学群の工房プログラムもある。会話は当然英語だ。

 

「英語で安全教育を受け、英語で図面を引けるようにならなければならない。道具を借りるのも英語ですから、嫌いだとか言っていられないわけです。そうやって体験していくと英語ができなくても英語でコミュニケーションが取れるということが分かる。大事なことは現場で信頼関係を築くことだと分かるわけです」

 

 

■融合科目

同大学には工房教育が12コースあるが、ほかにも工業高校卒業生の特質を理解した優れた教育システムがある。その1つが「融合科目」

 

 

「一般の大学では数学や英語など工学の基礎を1年2年学んでから、実験実習に入る。しかしそれだとウチの学生は耐えられない。だってモノづくりをしたくて入ったのに1年も2年もお預け食うわけですから。基礎力は必要だが、必要な学問は必要になった時に学べばいい。そのほうが確実に身につく」

 

ただ、モノづくり経験の少ない普通科から来た学生はどうするのか――。そこで同大が独自開発したのが「融合科目」である。

 

たとえば英語の場合、題材を文学作品ではなく、学生が興味を持ちやすい工学の話題を利用する。英語が苦手な工業高校出身者と、英語は分かるが、工学的知識が足りない普通科出身者の両者が関心を持てるように教材の中身を工夫するのだ。

 

 

■中小企業は「いいものを大量に安く」の20世紀的正義から脱却する

波多野氏は、国や企業がモノづくりの衰退を憂いながら、一方で初等教育の現場からモノづくりの時間を減らしている問題を指摘する。

 

「昔から技術は指が細いうちに学べと言われている。現代の若者が不器用になったのではなく、そういう体験をさせてこないことが問題。だから体験学習をここでは重視しているのです」

 

そして、これからの中小企業はどうあるべきなのかについては、「20世紀からこぼれ落ちた人のためにモノをつくる」ことを提唱する。

 

「20世紀は『いいものを大量に安く』が正義だった。そこでは、多数派をターゲットにしたモノづくりが行われ、そこからこぼれ落ちた人は無視されてきた。これからの中小企業は、そのこぼれ落ちた人に向かった、小ロット、あるいはオーダーメイドのモノづくりに活路を見いだすべき。そこには開発すべき技術の可能性がたくさんあるはず」

 

波多野氏が挙げるのは、東大阪の町工場が開発した下町ロケット「まいど1号」の例。「まいど1号」は、技術のアドバルーンとして見られていたが、町工場のいくつかはボーイングの指定工場になっている。小ロットで高付加価値の市場を開拓したのだ。

 

 

「そういう会社は社員が生き生きしているし、みなプライドを持っている。中小企業の皆さんに言いたいのは、若い人に自信を持たせること。仕事にプライドを持たせることです。単に孔を空ける技術がうまい、つくるのが面白いだけでなく、いまの仕事が何のために役立っているかを知ってもらうことが大事。

とかく職人というと一部の能力を評価しがちですが、いろいろな能力が集まっての職人技術なんです。 総合力が問われる。目的や全体を意識した上で専門性を磨いていくことが求められていると思う。

それと最後まで信じてほしい。叱ってもまた頑張ってくれるよなと言えるかどうか。その一言で若者は頑張れるんです」

 

 

《学校沿革》

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日本工業大学の歴史は古い。前身の東京工科学校時代を含めると107年の歴史を持つ。明治時代後半、近代化を進める日本は現場の技術者不足が深刻な問題になっていた。それを補うべく設立されたのが本学の前身だ。

 

その高いチャレンジ精神と現場に呼応する実践的技術は、国内のみならず世界の耳目を集めた。開学してわずか4年目にして同校の生徒らが国産初の飛行機製作に挑んだのである。

 

現在の日本工業大学は、旺盛なチャレンジ精神を受け継ぎながら、戦後の高度成長期における新技術へ対応できる技術者の育成と、工業高校卒業者の受け皿としての高等教育機関の必要性から、全国工業高等学校長協会の要請を受けて誕生している。

 

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このため開校から約30年間の学生は、工業高校出身者が90%を占めていた。その後普通科卒の学生も増え、数年前からは50対50の比率で推移している。
近年、実践力を謳う理工系大学も増えているが、同大学では入学段階で工学の基礎力を既に身に付けている学生が多いため、1年次から実験実習型のカリキュラムを組めるのが強みだ。

 

取材後、日本工業大学内工業技術博物館を見学させていただく。歴史を刻んできた工作機械が並ぶ。

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展示されていた明治時代の町工場の様子

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日本工業大学
埼玉県南埼玉郡宮代町学園台4-1
TEL 0480-34-4111

http://www.nit.ac.jp

 

 

町工場・中小企業の応援団 BigLife21 2014年1月号の記事より

町工場・中小企業の応援団 BigLife21 2014年1月号の記事より