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東北公益文科大学  東北の若者よ、

都会の大企業もいいが…地元の「憧れの背中」を見落とすな!

◆取材・文:加藤 俊

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東北公益文科大学 (7)

 東北公益文科大学  写真右から:庄内オフィス長 鎌田 剛氏 中央:庄内オフィス事務室長 浦山 恭子氏 左:庄内オフィス事務室主任 川上 佐知氏

文部科学省の※「地(知)の拠点整備事業」に北海道・東北の私立大学では唯一採択された東北公益文科大学。地方からの若者の流出や、早期離職などが全国的な問題となっている中、「地域のための大学」を掲げる同学の考え方と具体的な取り組みについて聞いた。

※地域を志向した教育・研究・地域貢献を進める大学への支援事業。自治体と連携し、課題解決に資する様々な人材や情報・技術が集まる、地域コミュニティの中核的存在としての大学の機能強化を図ることを目的としている。

 

「地(知)の拠点整備事業への採択

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 ─貴学は文部科学省が昨年度から取り組む「地(知)の拠点整備事業」(大学COC事業)について、「地域力結集による人材育成と複合型課題の解決─庄内モデルの発信」事業を申請し、採択されました。東北・北海道の私立大学で貴学だけが採択に至った理由は何だと思われますか。

 

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鎌田 剛 庄内オフィス長・准教授(以下鎌田):採択に至った理由は本学が選定しているわけではないので、実際のところはわかりかねますが、本学は「公益」と名前にあるように、もともと地域志向、地域貢献のための大学であり、地域住民や企業からの強い希望があって開学しています。

ですので、地域から依頼される課題の解決といった、これまでの地域志向の取り組みが評価されたと受け止めています。

こうした取り組みは、トップの強いリーダーシップなくしては到底成し得ませんでした。学長・理事長・後援会長以下、トップの強固な連携と尽力に感謝するとともに、日々責任とやりがいを感じて現場に携わっています。

 

─そもそもの事業の目的は何なのでしょうか?

 

鎌田:自治体や企業と大学が共に地域の課題を解決していくことにあります。特に課題に取り組む人材の育成という観点が大きいです。いま現在、顕在化している課題のみを解決すれば良いという考えではなく、これから起こる課題や、複合的な問題を解決できる力を持った人材育成という点を重視しています。

 

 

若者の流出、早期離職の現状

 

─若者の流出や、早期離職といった問題を抱える地域に共通して言えるのは、若い人たちをいかに引き止めるか、あるいは呼び込むかが重要ということです。庄内地域の現状を教えてください。

 

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浦山 恭子 庄内オフィス事務室長(以下浦山):この地域の若者流出は、山形県の中でも特に深刻です。同じく地域に残った人の離職率も、全国的にみて非常に高い。そのため本学では取り組むべき優先順位として、まずは地域にいる人たちをフォローしていくことを最優先に考えています。

というのも、いま庄内にいる人たちが地元を愛し楽しいと思えること、この前提を確立しないと、出て行った人たちを呼び戻すことなど到底できるはずもありませんので。

そして、この「若者に地元を愛してもらいたい、地元に残ってもらいたい」という考え方の対象となる「若者」とは、まさに大学生の世代です。本学はそうしたターゲットである若者を大勢抱える場。学生をいかに地域と関わらせながら育てていくか、それが本学の「地(知)の拠点整備事業」に掲げた柱の一つとなります。

 

 

「社長インターンシップ」

2_大教室

東北公益文科大学 授業の一コマ

─学生に、社会に出るということをポジティブに意識させられるか如何は、在学中にどれだけ社会、特に経営者層との接点を持たせられるかが左右すると言えます。貴学では仕事を楽しんでいる魅力的な大人との触れ合いを通して学生を感化させるといった趣旨の取り組みをしていると聞きましたが?

 

鎌田:「社長インターンシップ」というプログラムのことでしょう。これは一言でいうと、地元企業の経営者に密着するインターンシップです。これまでのインターンシップは就業体験、例えば小売業であれば売り子を行うのみで、無給のアルバイトと一体どう違うのか、そんな見方ができてしまうケースもあるかと思います。

 

その点、「社長インターンシップ」はいわゆる「かばん持ち」のような形で経営者に密着し、背中を見て学ぶ形をとります。また、制度の成り立ちに関しても、通常のインターンシップは大学の側から企画し、頭を下げてお願いをして体験させていただく形ですが、「社長インターンシップ」は後援会企業からの提案で生まれたという経緯があります。

 

─手応えや成果はいかがですか?

 

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鎌田:マスコミの注目度も高く、体験先で取材陣に囲まれた学生もいます。経営者のお宅に5日ほど泊り込みをした学生もいます。庄内地域の出身ではないある学生は、期間中に遅刻をし厳しい言葉を頂戴する場面などもありながら、体験を終えるとその企業への就職を希望し、内定に至りました。

こうした具体例を抜きにしても、一般論で学生に良い影響を与える機会になっていると言えます。都会の有名な企業じゃなくても、自分の地域に、すぐそばにこんなに魅力的な経営者がいたということに気づける「場」を現在の教育ではあまり提供できていません。彼らの年齢で経営者や、起業経験者、またそうした中で紆余曲折を経験してきたような人生の先輩と直に触れ合う場というのは、単にカリキュラム通りの学生生活を送っているだけではなかなかもち得ないでしょう。

これは同時に、受け入れる側の中小企業にとっても、有望な若者との出会いの場が無いということでもあります。この地域で、こんな人から、仕事や人生について学びたい。こんな若者なら、会社の未来の希望となる。そうした接点の場を提供する仕組みができれば、自ずと良いマッチングが発生し、地域は活性化していくのではないでしょうか。

 

 

起業のための人材育成

3_共同研究室【人なし】

─少し話を変えましょう。地域活性化を考えると、やはりお伺いしているような話の先に、この地域で起業しやすい環境を用意していかなければ、本当の意味での活性化には繋がっていかないと思います。その点はどうお考えですか?

 

鎌田:これは構想段階なのですが、「庄内経営者塾」というプログラムを始める予定です。起業するための講座はこれまでもありましたが、「庄内経営者塾」は、より起業に特化した人材育成講座になります。「地(知)の拠点整備事業」でも、特に「庄内経営者塾」には力を入れることにしています。このプログラムの具体的な内容としては、地元の経営者や金融機関の方々をお招きして、少人数で車座になってお話を伺うといった内容を想定しています。

 

─具体的なメリットとはどういうことなのでしょうか?

 

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鎌田:学生のうちから経営者層とのネットワークを築ける人脈形成という点の他に、学生にとっては地元の優良企業のトップと身近に触れ合える機会ですから、経営者の背中を近い距離で見ることができる点ですね。経営者意識は否が応でも高まりますよね。経営者の姿が身近なロールモデルになるはずです。

 

浦山:金融機関に参加していただくことも重要なポイントです。金融機関とのネットワークは起業する際に直接役に立つでしょうし、経営に直結する金融的思考を学ぶことにもなります。

 

 

庄内地域の活性化のために

─他地域では、その地域にいることで起業しやすくなるような助成や、起業に限らずとも海外に行って勉強できるプログラムなど、何らかの具体的なインセンティブを制度として用意することで、人材を引き止めよう、あるいは呼び込もうという動きが見られます。こうした考え方についてはいかがですか?

 

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浦山:外的なインセンティブがなければ学生に響かないということはないと思っています。地域に魅力を感じるというのは多様な要因が複合的に絡んでいます。わかりやすいニンジンをぶら下げたからといって、そう簡単に学生が応じるとは思えません。

この地域で生きていくことが自分にとってメリットだと感じるかどうか。感じないから外に出ていくのであって、メリットと感じていればたとえ離職しても地元の他の企業に入るわけです。

若者が流出しているのは、そうしたときに受け皿となる企業が無いということでもあります。地域の魅力として、企業も、大学も、そして人も、魅力を磨いていくことが、課題を解決していくための近道だと、「地(知)の拠点事業」への申請にあたっても考えていましたし、また本学が採択に至った理由のひとつでもあると思っています。

 

鎌田:内発的に、学生自らこの社長さんみたいになりたいと思ってもらうのがやっぱり一番で、たとえば「社長インターンシップ」などを通して、地元にこんな良い企業があると知ること、地元の企業経営者の方々の魅力、地元に憧れの存在を見つけることがいちばんのインセンティブだと思っています。経営者層の方々にも伝えたいのですが、本学を拠点としながら、企業の皆さんと一緒に、人を育てていきたいと思っています。人を育てる場を本学と一緒に作りませんか、一緒に育てませんかということを、経営者層をはじめ地域全体にお願いしたいと思います。

 

浦山:経営者層の方々には、自社の若い人材をうまく育てられているかをいま一度見直していただいて、本学と一緒に育ててみませんかとお願いしたいです。「社長インターンシップ」では、学生だけでなく、経営者サイドにも大きな利点があります。学生に密着され見られることで、自分がどんな使命を持ち、どのように庄内地域に関わろうとしているのかを再確認することができるでしょうし、社員も地域貢献という考えを新たにするのではないでしょうか。そういった効果も含めて、みんなで一緒に地域を活性化させていきたいですし、学生や若者だけでなく、関わる人みんなが自分自身も一緒に成長していくと思っていただけたら嬉しいですね。

 

東北公益文科大学 (6)川上 佐知 庄内オフィス事務室主任:社長インターンシップは去年から、通常のインターンシップは開学時から行っているのですが、受け入れ先の皆様には本当に負担をかけていると思います。何も分からない学生を一定期間、仕事の内側に入れるわけですから、日中は学生へのフォロー以外には何もできない状態でしょう。しかし、そういった中で、ご自身のお仕事や学生の頃のことなどを振り返り見つめ直し、学生と共に育ち合って、地域全体を底上げしていこうという方向に進んでいって欲しい。東北公益文科大学と一緒になってこれから地域を良くしていく、企業の方にもそんな風に考えていただけるような取り組みにしていければと思います。

 

─小誌も地域の企業と学生とが触れ合い、語り合うような場を作りたいと考えており、教育機関や企業に協力をお願いしたりしています。貴学でも同じような目的の取り組みをされていることを知ることができました。貴学の取り組みの今後に大いに期待しています。本日はありがとうございました。

 

後記

地域活性化を成功させるには、地域の人を巻き込んでいく必要があり、そのためにはなすべきことがある。地域の人たちに、地域の将来像(ビジョン)を具体的に明示できるか。地域の3年後・5年後の姿は、具体的にどう変わっていくのか、そうした青写真を描き切れれば、プロジェクトに賛同する人は増えるだろう。逆に、そうした目標を描けなければ、地域活性化という掛け声は勇ましく、花火としては大きく爆ぜても、多くの人を巻き込むには至らずにしぼんでしまう。

庄内地域が具体的にどう変わっていくのかを東北公益文科大学がきちんと明示できるか否か、プロジェクトの推移を語るうえで、この点が鍵を握っているのではないかと思う。磁力を持ち始めたプロジェクトが、この先、どれだけの人を引き寄せていくのか、庄内における「地(知)の拠点整備事業」の今後に期待したい。

 

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東北公益文科大学

山形県酒田市飯森山三丁目5番地の1

TEL 0234-41-1111

http://www.koeki-u.ac.jp/

 

この記事掲載後、東北公益文科大学の理事長、新田嘉一氏(平田牧場グループ 会長)に取材を受けていただき、同学の特色や描こうとする未来像について、より深くお聞きした。

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「東北全体に売上規模100億円以上の会社をもっと増やしていきたい。それくらいの企業になれば、銀行だっておいそれとつぶしたりはできませんから。私のような起業家が増えれば、地域の雇用も増えていくのです。我が社(平田牧場グループ)は地元を中心に1000人を雇用しています。私の友人に、中村恒也セイコーエプソン名誉相談役(山形出身)という方がいますが、この会社(東北エプソン)が3000人雇用している。つまり我々二人がこの地域の雇用を下支えしているわけです。事業に対して夢がある人間、そしてそれをやり遂げられる人材を、これから公益大で育て上げていきます」

東北公益文科大学 理事長・平田牧場グループ 新田嘉一会長 地域振興にはまず人材育成。 今、注目!東北が誇る〝知の巨人〟 『東北公益文科大学』

 

2014年2・3月合併号の記事より

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山形県庄内地方にあるコイルの国内トップメーカー。東北公益文科大学 理事兼後援会会長も務める教育者。「社会からある意味で隔離された学生たちが、閉鎖的な精神状態から抜け出し、実社会の空気に触れるとともに、〝一流〟を体験することで、強い人間力と自信を身に付けさせたい」

株式会社ウエノ  勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし ユニークな人材育成プロジェクト続々

 

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鶴岡信用金庫 佐藤祐司氏 「地域を守り、活性化し繁栄させる。それが使命!」

 

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