(写真=写真AC)

【1】 ステップ5:事業承継の実行

 

ステップ4を踏まえ、把握された課題を解消しつつ、事業承継計画やM&Aなどの手続き等に沿って資産の移転や経営権の移譲を実行しきます。実行段階においては、状況の変化等を踏まえて随時事業承継計画を修正・ブラッシュアップする意識も必要です。なお、この時点で税負担や法的な手続きが必要となる場合が多いため、公認会計士、弁護士、税理士等の専門家の協力を仰ぎながら実行することが望ましいでしょう。

 

【2】 事業承継を契機とした新たな取組み

 

先代経営者が育ててきた事業は、過去の経営環境のもので成り立つものでした。しかし、事業にはライフサイクルがあります。成熟期を迎え、成長が止まるときが必ず来ます。また、経営環境の変化も激しく、これまでの事業が成り立たなくなる時期は予想外に早く到来します。

そのような経営環境の変化を捉え、事業内容を転換する絶好の契機となるのが事業承継のタイミングです。後継者はこれからの経営環境を見通し、それに適合するような新たな事業を作り出さなければなりません。事業内容の見直しは企業の存続のために不可欠な取組なのです。

 

 

昨今の社会経済が大きく変化する状況下においては、先代が営んできた事業をそのままの形で承継することにこだわることは必ずしも正しい承継方法ではありません。事業承継実行後(経営交代実行後)には、後継者が新たな視点をもって従来の事業の見直しを行い、中小企業が新たな成長ステージに入ることが期待されます。

例えば、事業承継を機に、先代経営者が行ってきた既存の事業を活かしつつ、自社の知的資産や事業環境を踏まえて、新分野(例:青果店→新鮮な果物の仕入ルートを活かしたカフェを併設)など、新しい形での承継の姿も見られるようになってきています。このような成長を実現させるためには、事業承継前に中長期目標を策定する過程で、事業承継後の取組みについてもイメージを持っておくことが必要となるでしょう。

 

【3】 経営者の年齢と経営の特徴

 

中小企業庁の実施した調査によりますと、経営者年齢が上がるほど、投資意欲は低下し、リスク回避性向が高まることが明らかとなりました。また、経営者の交代があった中小企業において、交代のなかった中小企業よりも経常利益率が高いとの報告もありました。

これらのことから、中小企業において早期に事業承継を実現することは、中小企業の事業活動の活性化に寄与するものと考えられます。したがって、地域経済の活力維持・向上のためにも、事業承継に向けた早期の取組みを推進していく必要があるといえるのです。

 

【4】 事業承継を契機として事業の再編を図る場合

M&A等によって事業が同業他社に引き継がれますと、他社の事業と統合されることになります。その効果は、「1+1=2」という単純な足し算ではなく、「1+1=2以上→ 3」というように、新たな価値を不可することです。これをシナジー効果と呼びます。

事業が統合されることで、経理・総務など間接部門の経費削減、それぞれの営業部門がそれぞれの製品・サービスを相互に販売できるようになる、取り扱い規模が拡大して取引条件が改善されるなどの効果が生じます。これがシナジー効果です。

 

事業承継は中小企業の成長・発展の契機となります。親族内の後継者が承継した場合に、後継者が新しい視点から新しい取組に挑戦することもあれば、M&Aによる事業承継を行った場合に、統合先の会社の事業とのシナジーが発揮されることもあります。

さらに近年は、事業承継を契機として2以上の会社が統合し、経営資源の集中や管理機能の集約、マーケットの集約を通じた競争力の強化等を行うことで経営の効率化を図り、さらに強い会社として生まれ変わるケースもあります。

 

 

このような形の事業承継に際しては、存続する会社において統合後の商圏等の確認や統合後の事業計画の検証、顧客との関係等の知的資産を確実に承継すること等の準備を入念に行うことが不可欠となります。このような取組みなくして、事業再編後の更なる成長は期待できません。

実現に向けては多くの課題を整理する必要があるため、事業再編の計画策定にあたっては中小企業診断士、再編スキームの設計については公認会計士を活用することが有益です。

いずれにしても、事業承継を契機とした事業再編といった先進的な取組みは、事業承継の円滑化と中小企業の発展の両面から、更なる拡大が望まれます

 

 

 

<著者紹介>

岸田 康雄 (きしだ やすお)

事業承継コンサルティング株式会社 代表取締役

島津会計税理士法人東京事務所長

公認会計士、税理士、中小企業診断士、国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会検定会員)

一橋大学大学院商学研究科修了(経営学および会計学専攻)。 中央青山監査法人(PwC)にて事業会社、都市銀行、投資信託等の会計監査および財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、メリルリンチ日本証券、SMBC日興証券、みずほ証券に在籍し、中小企業経営者の相続対策から大企業のM&Aまで幅広い組織再編と事業承継をアドバイスした。 現在、相続税申告を中心とする税理士業務、富裕層に対する相続コンサルティング業務、中小企業経営者に対する事業承継コンサルティング業務を行っている。 日本公認会計士協会経営研究調査会「事業承継専門部会」委員。中小企業庁「事業承継ガイドライン」改訂小委員会委員。

著書には、「プライベート・バンキングの基本技術」(清文社)、「信託&一般社団法人を活用した相続対策ガイド」(中央経済社)、「資産タイプ別相続生前対策完全ガイド」(中央経済社)、「事業承継・相続における生命保険活用ガイド」(清文社)、「税理士・会計事務所のためのM&Aアドバイザリーガイド」(中央経済社)、「証券投資信託の開示実務」(中央経済社)などがある。