オビ 特集

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学校と企業を行き来しながら、座学と実務訓練を長期に行う、ドイツ生まれの「デュアルシステム」が日本の専門高校に導入されてから12年。

もともと高卒者の就職率向上と、中小企業の人材不足を解消する目的で始まったが、いまやその効果も活用法も多様化し、地域全体を巻き込んだまちおこしにも活用されている。

そこで各地で定着しはじめた、デュアルシステムの活用の実際とポイントについて実例を挙げながら紹介していく。

 

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「デュアルシステム」×「地元工場会」2つの連携システムで地域向けものづくり人材を育成

東京都立葛西工業高等学校 校長 福田健昌氏

 

10年以上就職内定率100%の快進撃を続ける地元“超”密着工業高校

DS_kasai_fukuda今の若い世代のほとんどの人は、ものづくりの仕事に対して興味・関心を抱いていない。そんな時代の中にあって、地元の中小ものづくり企業や地域社会と積極的に連携し、ものづくり人材の育成に努めているのが東京都立葛西工業高等学校だ。就職内定率は10年以上100%が続いている。

「卒業生の就職先の大半は地元の中小ものづくり企業です。嬉しいことに、エンジニアは当校から採用したいという地元企業も多く、中には当校から優先的に採用したいと言ってくれる企業まであります」と同校長の福田健昌氏は顔を綻ばせる。

なぜ、同校はそれほどまでに地元企業から注目されているのだろうか。ものづくり人材育成の取り組みについて、福田氏に伺った。

 

 

14年前から地元「東小松川工場会」と連携

「地元の中小ものづくり企業との連携事例は、東小松川工場会のご協力による工場見学会と、〝デュアルシステム〟の2つが挙げられます」

 

東小松川工場会とは、仕事の相互依頼を目的に、江戸川区の東小松川町地区に工場を持つ中小ものづくり企業が参加している組織だ。

 

「生徒が、東小松川工場会の会員企業の工場を見学します。その他にも会員企業の経営者の方々にご講演をお願いしたり、見学会の場で生徒たちに名刺交換の練習をさせてもらったり、折りに触れて生徒と接点をつくっています。この取り組みは、今年で14年目になります。

生徒にとっては、ものづくりの現場を目の当たりするのは大きな刺激になるようで、地元のものづくり企業への就職を希望する生徒がたくさんいます。地元の中小ものづくり企業からも、毎年多くの求人をいただいています。

なお、当校の就職希望者の就職率、いわゆる就職内定率については、10年以上、100%が続いています」

 

もう1つの連携事例「デュアルシステム」とは、学校の授業と、企業で実際に働く実習を同時に行う職業訓練制度のことで、もともとはドイツ発祥の制度である。

同校は、東京都が策定した「『10年後の東京』実行プログラム2010」に示されている「ものづくり即戦力人材の育成」として、2010年4月、デュアルシステム導入校の1つに指定された。

デュアルシステム導入校では、企業での実習が授業の単位として認定される。同校が実施するデュアルシステムのプログラムとしては、1年次での「職場見学」、2年次での「インターンシップ」、3年次での「長期就業訓練」がある。

デュアルシステムに期待される効果として、福田氏は次の4点を挙げる。

 

①企業で実習することにより、実践的な技術が身につく。

②いち早く社会に触れることにより、学習や自己の将来に高い目的意識を持てる。

③学生本人及び実習先企業の双方が合意すれば、その実習先に就職することもできる。

④実習先に就職した場合、その業務内容や職場の雰囲気を実習を通して理解できているので、ミスマッチを防げる。

 

本格的な現場体験となる3年次の「長期就業訓練」では、5~11月の間、毎週木曜日、実際にものづくり企業の現場で社員同様に働くのでこれら4点の効果は期待できる。

 

 

「ねぶた巡行」で工業高校のイメージを払拭

DS_kasai_nebuta01地域の人々との交流の場にもなっている「ねぶた巡行」

地域社会との取り組みも見逃せない。同校では7年前から地域の人々が持つ工業高校のイメージ払拭のために、「ねぶた巡行」を始めた。

「ねぶた巡行」は、同校の生徒たちと、地元地域の人々が一緒に参加するお祭りだ。青森伝統のねぶた祭りのように、派手に装飾された巨大な張りぼてを製作し、山車に載せ、みんなで一緒に街中を練り歩く。同校の生徒たちと、地元地域のあらゆる世代の人々との交流の場になっている。

 

「地元のご年配の方々の中には、かつて暴走族など、青少年の非行が大きな社会問題になった頃、工業高校はそういった非行の兆候がある学生が通うところという先入観を持った方が多くいらっしゃいます。

ねぶた巡行は、ご年配の方々が抱いている工業高校に対する悪いイメージを払拭し、もっと工業高校の専門性を知ってもらう目的で始めました。

地域の子どもや大人の皆様と一緒に楽しむイベントがあれば、イメージを変えるきっかけにもなるし、地元町会の活性化につながります」
同校がねぶた巡行をはじめ、地域社会と交流するさまざまな場を設けることにより、地元の方々の工業高校に対する悪いイメージもなくなってきた。

 

「昨年度のねぶた巡行では、当校の生徒たち約250名が参加するとともに、地元のさまざまな世代の方々、約250名にもご参加いただきました」

 

DS_kasai_kousaku_studio夏休み工作スタジオの様子

他にも同校ではさまざまな地域交流メニューを揃えている。たとえば生徒や教職員たちが、地元の小・中学生に工作を教えるイベント「夏休み工作スタジオ」や近隣の幼稚園と連携した避難訓練などがそうだ。学校を地域社会の交流の場としていることも特徴だ。

ねぶた巡行で行われるお囃子を教える教室が同校の柔剣道場で開かれ、地元の小・中学生やその保護者が集って楽しく練習しているという。さらに遠足時のバスの乗降場を探していた近隣の保育園のために、同校の敷地の一部を提供している。

 

第一志望ではない生徒のやる気をいかに引き出すか

こうした地域交流の狙いは他にもある。退学者数を減らすことだ。

工業高校の退学者対策はいまに始まったことではないし、工業高校だけが特別ではない。実は工業高校卒業生が中小のものづくり企業に入って、すぐ退社してしまうことと、高校退学者には通底しているところがある。つまり環境のミスマッチがその理由の大半を占めている。

都立高校の一般入試の場合、ほとんどの学校の合否判定は、「学力検査点」(700点満点)と「調査書点」(300点満点)を合わせた得点に基づく。

学力検査点とは、入学試験時のテストの点数だ。調査書点は、受験生の在学中学校から提出される「調査書」の内容を点数化した「内申点」(45点満点)に基づき算出される。調査書には、中学校での学業成績、出欠記録、学校行事・部活動・ボランティアなどの活動記録などが記されている。

入学試験時のテストの点数の方が重視される仕組みではあるが、高校への合格の可能性は、調査書点に反映される中学校での成績でだいたい分かる。そのため中学校側も、進路指導では、生徒の学校での成績に基づき、進学できそうな高校を示す。

つまり、本人が必ずしも「行きたい」と思って通っているのではないケースが多いのだ。 福田氏は言う。

 

「途中退学してしまう生徒の多くは1年生です。そもそもの入学理由が、中学校での成績に基づいて進学する高校を検討した結果、選択肢として残ったのが当校だったという背景がある。

つまり1年生で退学してしまう生徒や、その保護者の中には、もともと当校への進学を自ら望んでいたわけではない場合があるのです」

 

だからと言って、日本の教育システムのなかで浪人をしてまで受験をやり直す生徒は少ない上、それを許さない空気が日本の社会にはある。近年さまざまな教育のセーフティネットが整って来たとはいえ、一度ドロップアウトすると、そこから這い上がるのは厳しい。

 

「だからこそ当校では教職員が一丸となって、どんな生徒も途中で退学させないように取り組んでいるのです」

 

福田氏は力を込める。工業高校の退学者数の多いことは、今に始まったことではない。かつて高度経済成長時代、工業高校は日本のものづくりを支える優秀なエンジニアたちを輩出していた。しかし、高度経済成長期が終わり、時代が移り変わると、次第に工業高校は成績の悪い学生が行くところ、というイメージが定着してしまった。

そして70年代には、工業高校の退学状況は深刻なレベルに達する。特に78年、日教組主催の研究集会で、都立烏山工業高校(2002年閉校)の退学状況の際立った酷さが報告されると、教育界では工業高校の退学者数の多さが問題として認識されるようになる。

 

 

退学者「ゼロ」に向け、一人ひとりを徹底フォロー

現在、同校には全学年あわせて520名の生徒が在籍しているが、同校の退学者数は、全学年合わせて2013年度は33名、2014年度は16名、2015年度は9名と、減り続けている。福田氏らの教職員一丸となった取り組みが確実に効果を上げている。

「都立工業高校の中には、毎年50名以上の退学者を出している学校もある」(福田氏)ことからすれば、その差は歴然だ。

 

DS_kasai02実習風景

「たとえば課題を与えても、やり遂げることができず、決められた期日までに提出できない生徒が多くいます。そこで、期日になっても課題を提出できない生徒がいたら、当校の教職員が、そのような生徒一人ひとりを徹底的にフォローし、その提出日までに課題をやらせて提出させるようにしています。もちろん生徒が提出した課題も成績評価の対象です」

 

そうすることで、テストの点数だけで評価され、留年の対象となりがちな生徒や、それを理由に退学してしまう恐れのある生徒を救済することができる。

つまりミスマッチで入った生徒の気持ちを立て直し、ものづくり、学業の面白さを自ら見いだせるように成長させるノウハウがベースにあるからこそ、就職後のミスマッチも減らせるのである。

福田氏は、今年度同校の副校長から校長に就任したばかり。

 

「退学者数ゼロが目標です。前校長の時代に、ここまで退学者数を減らすことができましたので、引き続き退学者数の削減に努めます」

 

前校長の取り組みの継承者としての想いは強い。

 

「副校長時代は生徒と教職員との橋渡し役として、生徒と教職員の双方と直に触れてきました。教職員には、日頃から生徒に必要なフォローを考え、そのフォローを徹底するようにお願いしてきました」

 

 

ものづくりの技術者は「世界で最も重要な仕事」

福田氏の想いがことのほか強いのは、自身が都立工業高校の機械科の卒業生だからである。加えて都立工業高校の機械科の教諭として長年、生徒たちに直接ものづくりを教えてきた身でもあるからだ。

教える立場、教えられる立ち場の双方を知悉している福田氏だからこそ、生徒一人ひとりに対してきめ細やかなフォローが実現できているのだ。何より福田氏自身、ものづくりが大好きである。

 

「私は、ものづくりの技術者とは、世界で最も重要の職業の1つだと思っています。しかしながら日本の若者たちのものづくり離れは深刻です。だからこそ、ものづくりの素晴らしさを若者たちにしっかり伝えることが重要だと考えています」

 

DS_kasai01実習風景

私たちが日常生活の中で普段何気なく使っているさまざまな工業製品は、機械工学に基づき設計・製作されている。機械工学は、機械力学・熱力学・材料力学・流体力学などの各種力学をベースとした、工業製品の設計・製作に関する知識・技術を学ぶ学問だ。

具体的には、各種力学に関する知識のほか、工業製品について、設計図の作成方法、材料や部品に関する知識、材料や部品から製作する方法・手順、効率的な量産方法などを学ぶ。そして、この機械工学を座学・実技の両方を通して学べるのが工業高校だ。

ものづくりの仕事に必要な知識・技術の量・レベルや、ものづくりの仕事が産み出す製品が私たちの日常生活を支えていることを考えると、福田氏の想いである「ものづくりは世界で最も重要な仕事」に素直に共感できる。

 

 

今の日本に必要なものづくり教育とは?

「中学校の授業では、ものづくりに関わる科目として〝技術・家庭〟がありますが、他の科目に比べて授業数は少なく、その半分は、家庭生活に関わることを学ぶ家庭科の授業です。

ものづくりの技術者の重要性を考えると、現在の中学生がものづくりに関わる時間は少な過ぎるように思います。これではこれからの日本を担う世代がものづくりに触れられる機会は、ほとんどありません」

 

つまり若者のものづくり離れは、極めて構造的に起こっているのである。

日本の中小ものづくり企業の中には、有名ではないが、世界トップレベルの技術を持っていたり、世界トップレベルのシェアを誇る部品を製造している企業がいくつもある。その日本のものづくりの仕事の素晴らしさを、これからの日本を担う若い世代にしっかり伝えていくには、多元的な取り組みが必要だ。

地元企業就職率100%を10年連続で達成し、着実に退学者を減らし、ゼロも見えてきた葛西工業高等学校。地域のさまざまな世代を巻き込んで次々と繰り出される取り組みは、工業高校だけでなく、退学者に悩む多くの高校にとっても参考になるはずだ。

なお同校では、デュアルシステムに参加を希望するものづくり企業、つまり「実習学生の受け入れを希望する、ものづくり企業」を随時募集している。詳細については、同校ホームページを参照していただきたい。

 

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◉プロフィール/福田健昌(ふくだ・けんしょう)氏

1963年生まれ。東京都出身。東京都立世田谷工業高等学校機械科卒業後、東京都立工芸高等学校にて実習助手として勤務しつつ、工学院大学に進学。長年に渡り、都立工業高校の機械科の教諭を務め、東京都立葛西工業高等学校副校長を経て、2016年4月、同校長に就任。

 

◉東京都立葛西工業高等学校

〒132-0024 東京都江戸川区一之江7-68-1

TEL 03-3653-4111

http://www.kasaikogyo-h.metro.tokyo.jp

 

 

◆2016年7月号の記事より◆

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