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塩沢信用組合 ‐ 県下ワーストワンの弱小信組が見せた快進撃! 底辺から支える地方創生のあり方

◎塩沢信用組合/理事長 小野澤一成氏

オビ 特集

OLYMPUS DIGITAL CAMERA塩沢信用組合/理事長 小野澤一成

新潟県南魚沼市をメインの営業エリアに持つ塩沢信用組合は、長年、県内ワーストワンの業績だった。

しかし、5代目理事長に就任した小野澤一成氏はいくつもの改革を断行し、〝ミラクル〟を引き起こす。底辺から地域を支える同組にとっての地方創生とは――。

 

 

向き合う関係から敵対する関係へ

新潟県南魚沼市には、近年、観光客で賑わう通りがある。かつての宿場町・塩沢宿を再現した牧之通りだ。建ち並ぶ商店は雪よけの屋根・雁木で連なり、雪国特有の歴史的な町並みが楽しめる。

この通りの中心に位置する塩沢信用組合の本店は江戸の両替商を模した蔵造り。地域に溶け込んだその姿に、同組が地元から愛される金融機関であることがうかがえる。

しかし、5代目理事長・小野澤一成氏の口からは驚くべき言葉が飛び出した。

 

「組合員の皆様とは敵対ともいうべき間柄に陥っていました」

 

今では牧之通りで開催されるイベントには数万人規模の来訪者がある。そんな活気に満ちたこの町に、いったい何があったのか。

 

「私が理事長に着任した2008年、4億6000万円の赤字を出したんです。小さな信組が単年度でこれほどの赤字を出すのは大事であり、当時、地元の新聞でも叩かれました」

 

同組のピークアウトはバブルが弾けた1993年ごろから始まり、8年後には不良債権比率が35%にまで達した。

 

「この数字は県下でワーストワンです。景気が傾いて以降は、回収一辺倒の経営となり、組合員との関係は年を追うごとに悪くなりました。

本来、信組と組合員は互いに地域を良くしようとする向き合った関係性があります。しかし、気がついたら敵対ともいうべき間柄になっていたのです」

 

 

あえて選んだ赤字経営からのスタート

不良債権比率が高い金融機関がそうであるように、同氏が理事長に着任した当初、同組でも有価証券運用に力を入れていた。しかし、金融機関の本業は融資である。原点に立ち返るべく、同氏は大鉈を振るった。

 

「有価証券で飯を食っていては、地域のための信組などとは言えません。そこで有価証券の売却を断行したのです。実現損が発生して赤字になることは明らかでしたが、過去と決別して生まれ変わるために、あえて赤字からのスタートを選んだのです」

 

それはまさに膿出しだった。1年かけたお詫び行脚では組合員への謝罪とともにこう約束した。「未来永劫、赤字は出しません。そして、必ず、貸出を本業にしてみせます」と。

今から振り返るとそれは「ミラクルだった」と同氏は言う。なぜなら、同組はその翌年から昨年度まで7期連続で黒字が続いているからだ。

 

「当初は単年度で7000万円前後の利益を考えていましたが、毎年、平均して約1億円を出すことができました。着任時の自己資本金額は約12億円で、不良債権額は約19億円。今はそれが逆転し、それぞれ約19億円と約10億円です。

自己資本金額をあと1億円増やせれば、内部留保だけで十分処理できる状態になると考えています」

 

 

ミラクルを引き寄せた英断

同氏は「ミラクル」と形容するが、それは運を天に任せたミラクルとは違う。件の膿出しのように、強烈な痛みを抱えながらも改革に挑んで掴んだミラクルである。同氏の英断はさらに続く。

 

「私どもは弱小信組です。だから、メガバンクのようにオールマイティな営業をすることは不可能です。そこで貸出に一点集中するため、いくつかのサービスから撤退しました」

 

そのうちの1つが、2011年に断行した住宅ローンの新規営業停止だった。

 

「全国紙で報じられるほど話題になりました。他県の地銀から『地方の金融機関の融資先は住宅ローン以外はないのに、なぜ貸出だけでやれるんだ』と問い合わせもありました。

住宅ローン市場にはメガバンクも参入し、ダンピング合戦が始まる中、私どものような信組にはそもそも勝ち目はありません。新聞が報じて以降、優良な取引先を他行にほとんど一本釣りされました」

 

しかし、同氏は顧客が奪われるのをただ指をくわえて見ていたわけではない。他行に引き抜かれそうになった取引先に職員を送り込み、交渉の場に同席させたのだ。

そして、相手の条件が悪いようであれば、もっと低い金利を引き出すよう取引先に代わって交渉したのであった。

 

「住宅ローンの熨斗付け返しと呼んでいました(笑い)。お客様は奪われましたが、私どもは組合員のために仕事をする、そういう姿を見ていただきたかったんです。

そして、そんな私たちの決意を理解してもらえると、借り換えをしたお客様であっても、当信組のファンになってくれました」

 

 

魚沼地方の疲弊した現状とは?

さらに同組では、個人で破綻した人々の救済にも力を入れた。

 

cs_shiozawa_event牧之通り完成イベント時の模様(H22.5/5)

「昨今、地方創生が叫ばれていますが、地方は企業だけでなく、個人の家計も傷んでいます。そうした方たちの相談に乗っていると多くの修羅場に遭遇しますが、『あなたのおかげで地獄から這い上がれた』と涙ながらに感謝されることがあります。

政府が掲げる地方創生が間違いだとは思いませんが、机上で考えた政策と現場とでは隔たりがあるのも事実です。例えば、魚沼では第二創業に関心を持った若い経営者が増えていて、政府の施策ではそうした部分への支援が手薄です。

そこで私どもでは若手経営者のための経営塾を開いたり、先のような破綻した個人を救済したり、地域経済を底辺から支えたいという思いで、私たちなりの地方創生に取り組んでいます」

 

 

東京の〝今〟を知るために

今年の2月、第一勧業信組と連携協力の協定を結んだ同組。現在、どんな成果が表れているのか。

 

cs_shiozawa_yakei牧之通りの現在。魅力的な夜の風景

「東京オリンピックまでは、いろいろなことが東京を中心にまわるでしょう。そんな東京の現状をお客様に伝えることが使命だと思っています。

6月に第一勧信さんの支店を物産展の会場として使わせていただきました。商品は飛ぶように売れ、南魚沼には優れた産品が多くあることを改めて認識しました。

同時に、東京にお金があるから売れるのではなく、東京であってもいい物でなければ売れないことも実感しました。

東京での物産展は単に収益を上げるためだけではなく、将来、地元の経済を盛り上げるための勉強の場でもあると思っています」

 

 

cs_shiozawa_gaikan蔵造りの本店外観

ところで、同組の蔵造りにはこんなエピソードがある。

以前、本店の移転計画が持ち上がった際、地元商店から「残って欲しい」という要望が多く寄せられた。その結果、移転を中止し、代わりに現在の形に建て替えたのだ。蔵造りは同組にとって、腹を括って地元のために尽力する決意表明でもあった。

2010年に完成した牧之通りは、その後、都市景観大賞(都市空間部門)やアジア都市景観賞などを受賞、地域が一丸となって町づくりに励んだ結果である。

雁木は各商店の私有の屋根だ。寄り添うように連なったその屋根の如く、塩沢の人々はこれからも、いかなる風雪にも耐えながら、独自の地方創生の道を歩んでいく。

 

 

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●プロフィール

小野澤一成(おのざわ・かずなり)氏…1955年、新潟県南魚沼市塩沢生まれ。専門学校 中央工学校卒業後、1977年に塩沢信用組合に入組。2007年、同組の理事長に就任し、現在に至る。

 

●塩沢信用組合

〒949-6408 新潟県南魚沼市塩沢1221番地4

TEL 025-782-1201

http://www.shiozawa.shinkumi.jp/

 

 

 

 

◆2016年8月号の記事より◆

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