プリント

北央信用組合 – 水道のない町でも人口増。北海道エリアで実現する「身の丈に応じた」地方創生を探る

北央信用組合/理事長 林 伸幸

◆取材:綿祓幹夫

オビ 特集

北央信用組合/理事長 林 伸幸氏

都市インフラが首都圏のように整っていなくとも人口増加を実現した町がある。北海道のほぼ中央に位置する東川町と東神楽町だ。

札幌市に本店を構える北央信用組合の新理事長・林伸幸氏は「そうしたメッセージ力のある町と足並みを揃えて地方創生に取り組みたい」と抱負を語る。

 

日本一広大な土地を有す反面、人口密度がもっとも低い北海道エリアの地方創生にスポットを当てる。

 

 

国道も鉄道も水道もない町

hokuou02

天然のおいしい地下水を汲み上げる手押しポンプ(ガチャポンプ)は、今も東川町で活躍中

国道も鉄道も、そして、水道もない──それを聞いて都市インフラが整備されていない貧しい町を想像するのは早計である。

「東川町の地下水でコーヒーを作ると、ものすごくおいしいんですよ」
そう話すのは北海道の札幌市や旭川市などに営業エリアを持つ北央信用組合の新理事長・林伸幸氏だ。

道内最高峰である旭岳の西側に位置する東川町は、大雪山系の伏流水が豊富に湧き出るために上水道を必要とせず、すべての町民が地下水で暮らしている。

 

「良質な水が豊富なので有名な豆腐屋さんも多くあります。国道も鉄道も走ってはいませんが、日本の原風景とも呼ぶべき美しい景観が観光資源となり、高校生を対象とした写真コンテスト『写真甲子園』を開催するなど、北海道内外から人が集まっています。

 

当組合では今年の5月、地域経済の振興と雇用の維持拡大を目的に東川町と連携協定を締結しました。以前よりさまざまな連携を図ってきましたが、今後はより一層、地域の発展に寄与する活動を行っていきたいと思っています」

 

拓殖銀行の破綻が及ぼしたダメージ

hokuou03

高校生を対象とした写真コンテスト『写真甲子園』。本戦は東川町・東神楽町を含む主催1市4町にて撮影が行われる

同組の預金残高は1896億円、北海道内にある7つの信用組合の中で最大規模を誇る。

札幌市に本店を構え、札幌市周辺地区と旭川市周辺地区を中心に計34店舗の支店を有す。

 

そんな同組にとって地方創生における役割を尋ねると「身の丈に応じた地域へのサポートがあると思っています」という言葉が返ってきた。

幾分、消極的にも聞こえる言葉ではあるが、そこには同組が、そして、北海道が辿って来た経済的事情がある。

 

北海道の金融機関といえば、思い出されるのが旧北海道拓殖銀行だ。バブル期の過剰融資が原因でバブル崩壊後に巨額の不良債権を抱えた北海道拓殖銀行は1997年に経営破綻に陥った。

それはバブル崩壊を象徴するような出来事であり、その後、連鎖的に大手金融機関の経営破綻が相次ぐこととなった。

 

hokuou05

本店営業部外観(上)と、東川支店外観

「金融大動乱の中で大口一極集中型の融資が焦げ付いたことが、拓殖銀行が破綻した要因でした。その後は大手金融機関だけでなく、北海道内の協同組織金融機関も連鎖的に破綻する事態に見舞われ、当組合は事業譲受という形でその受け皿となりました」

 

同組はタバコの専売業者の信用組合として1952年に発足した「札幌専売信用組合」が始まりで、1982年には職域を広げて「専和信用組合」に名称を変更する。

 

そして、1999年、拓殖銀行破綻の煽りを受けて経営破綻した千歳信用組合(千歳市)と共同信用組合(札幌市)を救済合併したことを機に、現在の「北央信用組合」に改称する。

その後も、経営破綻した旭川商工信用組合(旭川市)や不採算となっていた室蘭商工信用組合(室蘭市)の苫小牧地区事業を譲受、結果的に4つの信用組合を救済する形で現在に至る。

 

「いずれの信組も拓殖銀行の経営破綻に端を発した貸付先の債務超過化が破綻の原因です。合併当初は不良債権処理に追われましたが、今ではそれも落ち着きました」

 

北海道経済を支えてきた大手都市銀行の破綻による地域へのダメージは計り知れない。そうした危機を当事者として潜り抜けてきた経緯が「身の丈」という言葉には集約されている。

 

 

人口減少と札幌市一極集中

北海道も他県と同様に人口減少の傾向に歯止めがかからない状態が続いている。

2015年の国勢調査によると、北海道内の総人口は538万人で、ピーク時の1995年に比べて約30万人、旭川市の人口規模に匹敵する人口が減少している。地方創生は北海道においても喫緊の課題であるが、進捗はどうなのか。

 

「それぞれの業界、職種、地域が孤立していて、蛸壺化しているのが現状です。それは市町村においても同じで、政府が全国の自治体に求めた『地方版総合戦略』も各市町村でバラバラに作成しています。

これでは本当の意味での地方創生は成し得ないと思っています。本来であれば、然るべき行政機関などが縦割りの蛸壺に横串を刺すように連携をコーディネートするのが理想だと思いますが、それも一向に進んでいません」

 

こうした背景には北海道特有の事情も絡んでいる。国土の約22%を占める北海道は全国で一位の面積を有す反面、人口密度は最小だ。そのため、もともと少ない人口や産業を市町村同士で奪い合ってきた歴史がある。

いっぽうで、札幌市一極集中という問題も抱えている。北海道の総人口の3割以上が札幌市に集まり、その増加数は大阪市や名古屋市などの大都市圏を超える勢いだ。つまり、道内における人口や産業の分散も大きな課題となっている。

 

「北海道が持つさまざまな歴史や背景を鑑みると、現状を打破するためには横の連携が大事であると感じています。だから、第一勧信さんから連携協定のお話をいただいたときには、直感的に『繋がってみよう』と思いました」

 

 

人に知られなければ存在しないのと同じ

同組では今年4月、東京都内全域を営業エリアとする第一勧業信用組合と連携協力に関する協定を締結させた。そうした中、同氏は地方創生には「メッセージ力」が欠かせないと語る。

 

人の心を掴むメッセージ性や発信力は大切です。マーケティングの世界では『人に知られなければ存在しないのと同じ』と言われますが、信組の活動も同じことが言えます。

地域に根ざした金融機関である信組がフェイス・トゥ・フェイスで地道に稼ぐというのはその通りです。しかし、その取り組みをいかに多くの人に知らせることができるかも重要です。

 

そういう意味では、さまざまな信組との連携や多くの企業と繋がりながら地方創生へ向けた取り組みを行う第一勧信さんのメッセージ力には素晴らしいものを感じています。

そして、その第一勧信さんと連携することで地域社会に対するメッセージ力を私どもも高めていけたらと思っています。

そしてもう1つ、第一勧信さんとの連携で思うことは、蛸壺化して狭まった視野を広げる動きにも繋げていきたいということです。別の金融機関と混ざり合うことで私たち自身も変わっていかなければいけないと思っています」

 

 

人口増を実現する2つの町

人口減少と札幌市一極集中の課題を抱える北海道であるが、人口を伸ばしている地域も存在する。東神楽町と冒頭に挙げた東川町だ。いずれの自治体も北海道の中核市である旭川市と隣接し、同組とは連携協力の協定を交わしている。

この2つの町はほかの自治体と比べて何が違うのか。

 

hokuou04

美しい田園風景と、東川町から望む大雪山連峰

「東川町は先に述べたように美しい自然が残る町ですが、東神楽町もやはり豊かな田園地帯が広がり、そういうものを含めて町全体のブランド価値を高める努力をしています。

一例ですが、2つの自治体とも大雪山周辺の森林地帯の維持のほか、地場産業である旭川家具の生産に力を入れています。

大量生産ではなく技術力と優れたデザインに付加価値を見出し、生まれた子どもに手づくりの椅子をプレゼントする『君の椅子』プロジェクトを推進するなど、さまざまな取り組みが行われています。

こうしたメッセージ力のある地域や企業と足並みを揃えていくことが、身の丈に応じた支援の1つだと思っています」

 

 

小さいサポートの積み重ねが地方創生へ

同氏は地方創生の目標としてU・IターンのほかにJターンの必要性も訴える。Jターンとは進学や就職などで首都圏に移住した者が、その後、故郷に近い地方都市に移住することを指す。

もともと人口が少なく、札幌市一極集中の悩みを抱える北海道エリアではJターンも掘り起こすべきニーズとなる。

 

「できれば若い男女が移住して、そこで生活しながら子育てをしていける仕組みを増やしていきたいと考えています。

東京圏から人を呼ぶ、あるいは札幌圏から地方に人を戻すという流れを作る試みとして、昔から企業誘致が行われていますが、プロジェクトが大きくなるほど、そこに関わる人手不足が課題となります。

hokuou06

東川町では初となるフランス料理店がこの場所にオープンする。開業のサポートは、同信組と日本政策金融公庫が連携して行った。

私どもでは、例えば、脱サラをしたご夫婦や地方で新規事業を起こしたい若者など、そうした人々のニーズを少しでも多くすくっていけたらと思っています。

実際に東川町や東神楽町では田園カフェや田園レストランを開業される方が少しずつ増えています。

直近では札幌市内でフランス料理屋さんを営んでいた方が東川町に移住して、そこで東川町初のフランス料理店を開く予定があり、日本政策金融公庫さんと連携しながら開業のサポートをしました。

こうした小さい支援ひとつひとつが地方創生に結びついていくものと思っています」

 

同氏が同組の理事長に就任したのは今年の6月である。実は、北海道内に7つある信組のうち、同組を含めて4つの信組が同じタイミングで理事長が変わっている。

加えて、同氏は北海道信用組合協会の会長職にも着任した。

 

「信組同士の横の繋がりを今まで以上に大切にし、悩みを共有しながら、道内における信組業界の未来図をみんなで議論していけたらと思っています」

 

新理事長の挑戦は始まったばかりだ。

 

オビ 特集

◉プロフィール

林伸幸(はやし・のぶゆき)氏…1954年、北海道苫前郡羽幌町生まれ。4歳の頃、父親の仕事の関係で稚内に。立命館大学を卒業後、1979年に札幌専売信用組合(現・北央信用組合)に入組。本店営業部長、総合企画室統括などを経て2013年に専務理事、2016年6月に理事長に就任し、現在に至る。一般社団法人北海道信用組合協会の会長も務める。

 

◉北央信用組合

〒060-0061 北海道札幌市中央区南1条西8丁目7番地の1

TEL 011-261-9151

http://www.hokuoh.shinkumi.jp

 

 

◆2016年10月号の記事より◆

WEBでは公開されていない記事や情報満載の雑誌版は毎号500円!

雑誌版の購入はこちらから