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〈レポート〉

農業参入を検討する事業者に追い風。

9つの信組が設立した農業法人支援ファンド

 

左から…林伸幸氏(北央信用組合)/北林貞男氏(秋田県信用組合)/星光彦氏(いわき信用組合)/境野通良氏(あかぎ信用組合)/新田信行氏(第一勧業信用組合)/宮澤義夫氏(君津信用組合)/黒石孝氏(糸魚川信用組合)/細田幸次氏(都留信用組合)/山本國春氏(笠岡信用組合)

 

 

昨年より本誌にて追ってきた信用組合による地方連携事業が新たな展開を見せている。

全国9つの信組が共同で農業法人向けの投資ファンドを設立したのである。

3月8日、多くのマスコミが詰めかける中、都内で行われた合同記者会見へと本誌取材班も足を運んだ。

当日の様子を緊急レポートする。

 

 

いよいよ本格始動する信組発の地方創生プロジェクト

企業の参入や地方創生に関連した取り組みなど、多方面から関心を集める農業ビジネスに関して、新たなニュースが舞い込んできた。

全国9つの信用組合が共同で農業法人向けの投資ファンドを設立したのである。

3月8日に都内で開かれた合同記者会見の模様は、テレビや大手新聞社をはじめとした各マスコミが報じ、ご存じの方も多いだろう。

信用組合による農業法人支援ファンドは全国初の試みであり、9つもの金融機関が共同で出資することも異例の取り組み。

さらに類を見ないのは、大消費地である東京に本店を構える第一勧業信用組合が参加している点だ。

 

昨年1月、第一勧業信組は「地方と東京を結ぶ」を旗印に地方連携事業を開始、各地の信組と連携協定を締結させ、現在、その数は16組合に上る。

そして、それぞれの地域で成果を上げていることは、本誌にて連載「地方創生プロジェクト」と題し、お伝えしてきた通り。

実は、同信組の新田信行理事長は以前の取材時に、連携協定に関する過去1年間の動きを「助走期間」と述べていた。

つまり、今回の記者会見は信組発の地方創生プロジェクトがいよいよ本格始動した、その狼煙なのである。

 

 

ファンドの規模は3億6000万円

信組による農業法人支援ファンドとは、どのようなものなのか。

参加するのは北から北央信用組合(北海道)、秋田県信用組合(秋田県)、いわき信用組合(福島県)、あかぎ信用組合(群馬県)、君津信用組合(千葉県)、糸魚川信用組合(新潟県)、

都留信用組合(山梨県)、第一勧業信用組合(東京都)、笠岡信用組合(岡山県)の9つの信組、株式会社日本政策金融公庫(東京都)の政府系金融機関、

そして、業務運営を担当するフューチャーベンチャーキャピタル株式会社(京都府、以下FVC)と恒信サービス株式会社(東京都)の投資事業関連会社2社。

ファンドの規模は各信組が2000万円ずつ、日本政策金融公庫が1億7600万円、投資事業関連会社2社が計400万円を出資し、全体で3億6000万円となる。

 

記者会見では出資者の代表として、最初に新田理事長がマイクを握った。

 

「地方の16信組と連携協定を結び、昨年より地方創生に関するさまざまな取り組みを行ってきました。その取り組みをさらに発展させたものが今回のファンドになります。

各信組はけっして大きな存在ではありませんが、連携することで付加価値を生み出し、地域経済の活性化につながる大きな力を発揮できるのではないかと思っています」

 

地域密着型の協同組織金融機関である信組はメガバンクなどと比較すると、その規模は小さい。

しかし、ファンドに参加する9組合の預金総額を合算すると1兆7000億円、貸出総額も1兆円に迫り、組合員数は30万人を超える。

また、広域に渡り連携することで「活発な情報交換を行い、さまざまな見識を効果的に深められることを期待しています」と新田理事長は抱負を語る。

 

投資対象となるのは「農業経営基盤強化促進法」に基づき認定を受けた認定農業者などで、出資件数は20~30件を想定している。

投資先の審査はこれからだが、君津信組の宮澤義夫理事長は「農産物の生産、加工、販売までを一貫して手がける『6次産業化』を推進する農業法人など、将来性が見込まれる法人への出資を考えています」、

笠岡信組の山本國春理事長は「地元の温暖な気候を利用した国産のバナナやパパイヤを生産する農業法人などを支援したい」と意気込みを語る。

 

中でも小型木質バイオマス発電機の開発支援に力を入れる秋田県信組では水耕栽培に注目しているという。同組合の北林貞男理事長いわく、

「秋田県は雪の問題があるため、ハウス栽培、特にバイオマス発電の熱源を利用した水耕栽培に活路を見出したい。

また、若い農業従事者の育成、加えて農福連携として障がい者の社会復帰へ向けた環境づくりなどにこのファンドを活用したい」と語った。

 

(左から)第一勧業信用組合 理事長 新田信行氏/君津信用組合 理事長 宮澤義夫氏/笠岡信用組合 理事長 山本國春氏

 

 

消費者と生産者を直接結ぶ販路

近年、大手を含め、農業分野に参入する企業は増えている。その背景には農地利用に関する規制緩和など政府による農業政策の転換が挙げられる。

実は、今回のファンドも農業生産法人への出資に関する規制緩和が進められたことで実現したものだ。

 

こうした動きから企業参入の自由度は上がってはいるものの、いっぽうで撤退する企業も存在する。

ファンドの運営会社であるFVCの松本直人代表取締役社長は第一勧業信組が参加することの意義を強調する。

 

「農業ビジネスの難点は生産者に価格決定権がないことと販路確保が容易でない点にあります。今回、大消費地である東京の信組が加わることで販路開拓をサポートし、消費地のニーズを組み込んだマーケットインのビジネスモデルを構築できるものと考えています」

 

第一勧業信組は料亭をはじめ、飲食業界とのつながりが強い信組だ。

何よりもこの1年間、地方連携事業を通じて都内スーパーにおける地方の産品の催事企画や同信組の店舗を利用した物産展の開催など、生産者と消費者を結ぶ試みを数多く実現してきた。

これまでの連携協定の成功事例について、いわき信用組合の星光彦常務理事はこう振り返る。

 

「東日本大震災から6年が経ちますが、未だに当組合は原発の風評被害にあえいでいます。どんなに安全で美味しくても小名浜で獲れた魚はなかなか売れません。

ところが、第一勧業信組さんの物産展では飛ぶように売れ、完売になります。先日も向島の料亭に地元の蒲鉾を卸していただきました。

こうしたつながりがあることを大変心強く思っています」

 

北央信組の林伸幸理事長も期待を膨らます。

 

「北海道は農業大国ですが、当組合は取引先として農業生産法人が少ない組合です。ただ、上水道のない街として知られる上川郡東川町などには豊かな大自然があり、農業も盛んに行われています。

今後は地域の情報を丹念に拾って農業生産者のニーズに応えていきたいと思っています。その際、東京と直結したルートがあることは我々にとっても生産者にとっても大きな魅力であると感じています」

 

こうした期待を受け、第一勧業信組の新田理事長が目指すのは信組ゆえに実現できる販路の確保だ。

 

「私たちは大手スーパーのように安定的に大量の物を流すということは考えていません。

規模が小さいからこそ、『旬の野菜はどうですか』と飲食店に提案し、物産展で販売し、少量だとしても、そのときどきの本当にいい物を売るという事例をたくさん積み重ねていきたいと考えています」

 

(左から)秋田県信用組合 理事長 北林貞男氏/いわき信用組合 常務理事 星光彦氏/フューチャーベンチャーキャピタル㈱ 代表取締役社長 松本直人氏/北央信用組合 理事長 林伸幸氏

 

 

後継者不足や放棄地増加の解決策

日本の農業は従事者の高齢化や後継者不足といった課題を長らく抱えている。その解決策として政府は企業の新規参入に期待を寄せる。

それは今回のファンドにも同じことが言え、どの信組も異業種からの参入を目指す個人・団体を後押ししたい意向がある。

例えば、創立当時より建設業や不動産業と強いつながりを持つあかぎ信組もそうした信組の1つだ。

 

同組合の境野通良常務理事は「今まで農業とは縁のなかった業種の方たちがそれぞれの専門性を活かした技術向上を図り、一般農家の3倍の収穫量を目指す取り組みが私たちの地域では始まっています。

そうした方たちに成長資金を提供するための引き出しとして、今回のファンドを利用できればと思っています」と語る。

 

もうひとつ、全国的に問題となっているのが耕作放棄地の増加である。都留信組の細田幸次理事長もそのことを憂いている。

 

「私どもの営業エリアには市町村の計画により農業を推進すると策定された農業振興地域があります。ところが、行政は耕地整理をするだけで何年もそこを放置しています。

見るに見かね、私どもでは観光客が夏イチゴの収穫体験などが行える観光農業事業を計画し、現在、準備を進めています。

最近になって行政から補助金の話が持ち上がりましたが、お断りしました。

私どもは自力で地域の活性化を行っていきたい、それがファンド設立に参加した経緯です。土地を有効に活用し、地域振興の一助になれば幸いです」

 

(左から)あかぎ信用組合 常務理事 境野通良氏/都留信用組合 理事長 細田幸次氏/糸魚川信用組合 理事長 黒石孝氏

 

 

信組だからこそ実現できる未来志向の育てる金融

ところで、農業金融と言えば、農業協同組合(JA)系や政府系金融機関が独占してきた歴史がある。今回のファンドはJAとの競合関係という位置づけになるのだろうか。

しかし、この問いかけにはどの信組も首を横に振った。

 

笠岡信組の山本理事長は「信組の組合員の業種は多岐に渡り、もともとJAさんとは疎遠の中小零細企業ばかりです。そうした得意先から農業に進出したいという相談を数多く受けています」。

 

また、君津信組の宮澤理事長も「JAさんから融資をいただけなかった事業者に対し、我々が地元の協同組織金融機関として融資しているケースがあります」と打ち明ける。

 

むしろ、JAとは協力していきたいと語るのは糸魚川信組の黒石孝理事長だ。

 

「私どもの地域にも米作農家が多数あります。日本の農業の将来を考えたとき、地域のJAさんとは手を組んで新しい農業を起こしていくべきではないかと感じています。

当地域では昨年大火があり、目下、復興へ向けて地域一丸となって頑張っています。そうした意味からも競合というよりも協力し合うことで相乗効果を生み出していきたいと考えています」。

 

会見の最後に第一勧業信組の新田理事長は「未来志向で育てる金融を実践していきたい」と力強く宣言した。

 

「今回のファンドは運営期間を原則15年とし、長期的な視点に立ちながら、法人化を目指す農業従業者や異業種からの農業参入を目指す中小零細の事業者を支援したいと考えています。

そして、ただ出資するだけではなく、私たちが主体的に企業の発掘や成長支援に携わり、例えば、9つの地方との連携を活かして定期的な研究会を発足するなど、きめ細かなサポートを実施する予定です。

そうやって大手資本から弾かれた人たちをなるべく多く支援し、地域を活性化させること、それが信組の役割であり、理想だと思っています」

 

 

信組は、しばしば大動脈たるメガバンクなどに対し、地域の隅々にまで資金を供給する毛細血管に例えられる。

毛細血管が元気になってこそ、地方創生の成功と言える。

いよいよ本格的に始まった信組発の地方創生プロジェクト、そのゆくえを本誌では引き続き追っていきたい。

 

記者会見会場にはテレビや新聞社をはじめとする多くの報道陣が訪れた

 

 

 

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◆2017年4月号の記事より◆

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