◆取材:加藤俊 /文:松村蘭

(写真=写真AC)

 

77万人。この数字から何を思い浮かべるだろうか。

これは、15〜39歳のいわゆるニートと呼ばれる若年無業者の数である(出典:2016年、「子供・若者白書(旧青少年白書)」)。

一方、中小企業基盤整備機構が2017年3月に行ったアンケート結果によると、約7割もの中小企業が人手不足を感じているということがわかった。奇しくも自立したい若者と人手が欲しい企業とが、今日の日本では共存しているのだ。

そんな中、己の人生を賭けて若者の社会復帰に取り組む人物がいる。認定特定非営利活動法人育て上げネット井村良英さんだ。

 

「日本一引きこもりに寄り添う男」とも称される井村さんは、非行少年から東大生まで幅広い多くの若者と出会い、彼らと社会を繋ぐために心血を注いでいる。

 

3人信じてくれる人がいれば大丈夫

育て上げネットは、〝若者の「働く」と「働き続ける」を応援する〟を標語に、社会に出て働きたいと願う若者やその家族を様々な形で支援しているNPOだ。

実際に仕事に就いていない無業の若者の経済的自立をサポートする就労支援プログラムは多岐に渡っており、例えば「ジョブトレ」と呼ばれる就労基礎訓練プログラムの実施や、若者だけではなく悩みを抱える母親たちをサポートする「母親の会 結」の開設、高校でのキャリア教育や進路・学習の指導、小中学生に学習支援といった教育事業の展開などを展開している。

 

これらの支援活動を通し、全ての若者の社会復帰を目指す育て上げネットだが、そのなかでも若者支援の第一人者として名高い井村さんの若者へのアプローチは極めて特長的と言える。

 

「引きこもりの若者も少年院に入っている若者も共通して言えるのは、皆一様に繊細であり、その前提として人を信頼することや、その逆、人から信頼されることの大切さを知らない、または思い返すことがつらい場合が多いのです。

だから若者たちには、『3人信じてくれる人がいれば大丈夫』と伝えます。で、その1人目に僕がなる。『君がやりたいことをまずは僕が信じる。僕が1人目になるから、あと2人を仕事をしたり友達を作ったりするなかで一緒に見つけていこうね』と。

それで実際に彼らが気軽に相談できるおじさんとなるべく、一緒にメシを食ったりしています」

 

 

そこからがスタート、なのだと言う。

もちろん人間関係は簡単に築けるものではない。あれこれあって今があるといった関係の履歴を通して、その相手を信頼するという入れ替えの不可能さを共有しあっていく。

そこで初めて、人は信頼を実感でき、その相手を通して、社会の構成員としての自分という存在を認識するものなのだろう。

 

そういった文脈上で、関係の唯一性を如何にして築いていくか、自分の家族以外の人間とどう信頼を結んでいくのか、一緒にメシを食べ、若者の悩みの聞き役として近づきすぎない絶妙な距離を取り、年数を重ねていく必要があるそうで、井村さんもこの距離感の取り方では多くの失敗を重ねてきたという。

 

はたして井村さんは、この一筋縄ではいかない仕事になぜ生涯を捧げようと思ったのだろうか。

 

 

「例えば、待ち合わせ時間に1時間とか遅れてやってくる子がいる。遅れてすみません、の一言はありません。そういった若者に、時間を守ることや挨拶についての大切さについて、適切なタイミングで伝えたり、どうしたらできるようになるだろうか、ということを、一緒に練習をしたり、振り返ったりして学習することを何度も繰り返す。そういったことをしています」

近所のお兄ちゃんから、若者支援の第一人者へ

井村さんは高校生の頃、近所の小学生たちを相手に少年サッカーのコーチをしていた。将来は教員志望だったという。

それで大学に入ってから教育実習をすることになったのだが、サッカーの教え子たちが通っている中学校に行くことになった。

ところが当時小学生だった子どもたちの中には、大人たちへの不信をあらわにして行動する中学生へと変貌をとげていた子供がいた。

 

2週間の実習期間を終えた後、井村さんは担当教員からこんな話を聞かされた。

 

「いつもやんちゃな子がいるのだが、この実習期間中は珍しく1度も悪さを起こさなかった」

 

不思議に思った井村さんは、そのやんちゃな少年に直接話を聞きに行った。すると少年は、照れくさそうに「昔近所で遊んでもらっていたお兄ちゃんが急に先生になって帰ってきて、昔を知られているから、何だか恥ずかしくて……」と言い、それでやんちゃは止めていたのだと答えたそうだ。

 

予想外な答えに、井村さんはハッとした。

 

「親でもなく先生でもない、ただの近所のお兄ちゃんが子供たちの役に立つんだ、と思ったんです。これがきっかけで、若者支援を仕事にしたいと考えるようになりました」

 

それで井村さんは若者支援に関わることができる複数のボランティアに参加した。その中で、18歳以上の引きこもりの人に居場所を提供し、社会復帰支援を行っている団体に出会う。

 

子供の不登校問題を抱える親達がお金を出し合って作ったというその場所は、当時井村さんが通う大学から程近い民家を活用していた。

その事務所にはいわゆる引きこもりと呼ばれる若者達が大勢集まっていた。

 

「当時の僕よりもずっと年上の人たちがたくさんいて驚いたのが、始めて訪れた際の印象でした。それと同時に、引きこもりの人たちと一緒に背中を丸めてファミコンで遊ぶ当時の代表の姿が、本当に楽しそうで」

 

その代表は、元々は障害児保育が専門だったそうだ。

 

「初めて障害児保育が専門の代表の若者たちとの関わり方を目の当たりにして、みんなで一緒になってゲームをしている姿を見たときに、上から下ではない同じ輪を囲むような在り方に、自分が思い描いている教育者の姿があったんです。ああ、こういう人になりたい、と。それで社会人としての第一歩をそこで踏み出すことにしました」

 

ところが程なくして悲劇が訪れた。

 

 

井村さんの社会人生活

あまりにも突然の別れだった。大学を卒業してすぐ、スタッフとして働き始めたものの、なんと1月も経たないで代表が倒れ亡くなってしまったのだ。20人の引きこもりの若者と、スタッフとして井村さん1人が残された。

 

「あいうえお順の電話帳を片手に、200人くらいの知らない方たちに、電話をかけていきました。出会ったことがない、団体と関わりのあると思われる方々でした。

勝手もわからないままなんとか葬式を終わることができたのですが、さて、この先自分はどうしようかと考える際にありがたいことに葬式後も代表にお世話になったという方々が、次々と毎月寄付を送ってくださり、団体の活動継続を応援してくださったのです」

 

井村さんの当時の給料15万円は、その寄付によって賄われたという。また、辞めようとは思わなかったという。

 

「20人の引きこもりの仲間達の自立に最後まで関わることが、代表から託された僕の責任だと思っていました。だから寄付をして頂いた80人くらいの方に毎月お礼状を送りましてね。この方達の応援に応えるためにも、という責任感だけで続けられたように思います。

今にして思えば、どなたが支えてくださっているかがわかるお金を給料として働けた経験は、最初のキャリアとしてすごく良かったですね」

 

亡くなった代表から引きこもりの若者達を預かった気持ちで、2年間、井村さんは走り続けた。

 

「経営はたいしてうまくできなかったのですが。いろんな人の助けを得ながら、2年間で目標を達成することができました。もちろん、この間色々と壁にぶち当たり、悩むことが多かったのですが、それでも毎日事務所の部屋の鍵を開け続けたことで、はたせた結果なのだと自分の自信に繋がりました。

同時に、本当に僭越ですが、20人の人間自立に関われたことで、『ああ僕がこの世に生まれてきた最低限の役目は果たせたな』という謎の満足感を見出せました」

 

こうして、井村さんの社会人生活は波乱の幕開けとなった。まずは引きこもりの若者支援を中心に行い、その後も所属は変われど、若者達のサポートを続けた。そして、32歳の時に、育て上げネットに参画した。

 

 

若者の反応は目線で変わる

引きこもり支援を8年ほど続けていた頃、井村さんは少年鑑別所で就労支援セミナーを行う機会を得る。その際、若者との向き合い方を考え直すきっかけとなったエピソードがある。

 

「その頃には既に引きこもりの若者たちの自立には数多くの経験を経てきたこともあり、触法行為を犯した少年の自立もなんとかやれるだろうという自信がありました。それで最初は『我々は立川で若者支援をやっています。よかったら来てください』という趣旨の話を月に1回、鑑別所で1年間やりました。ところが、初年度は誰一人として僕らの元を訪れてくれなかったんです」

 

引きこもりの若者と関わることにかけてはそれなりの実績を出していたというのに、これほどまでに無反応なことがなぜ続くのだろう。壁にぶち当たった瞬間だった。

 

そこで、夜間の定時制高校を訪ね、先生とやんちゃな生徒との関わり方を見せてもらうことにした。

 

「そうしたら、やんちゃそうな生徒たちに対し、先生がちょっと偉そうに喋っているんです。そんな先生に対し、意外にも生徒たちは親愛の情を見せていました。その様子を見て、ひょっとしたらこういったタイプの若者は引きこもりの若者たちと違って、頼れる大人を求めているんじゃないか、と思ったんです」

 

これまで引きこもりの若者と触れ合う中で、下から目線のコミュニケーションを心掛けていた井村さんにとって、目から鱗の出来事だった。

 

「それで次からは『いいか、俺は立川で若者支援をやっている。お前ら出てきたら、就職の面倒見てやるから来いよ。』と思い切って上から目線で話してみたんです。びっくりしたことに、3人もの少年が僕らのところに来てくれました」

 

このような躓いた若者を雇用する組織がある一方、雇用を検討してはいるものの、実際問題どのように彼らと接すればよいか悩んでいる企業も少なくない。

引きこもり、ニート、犯罪歴のある少年など、多様な若者たちとの交流で培ったノウハウを井村さんに伺った。

 

 

 

明石家さんまに学ぶ社員との関わり方

「明石家さんまさんのような関わり方をすればいいのではないでしょうか」

 

意外な回答だった。

 

「個を見られて嫌な若者はいない」と井村さんは続ける。

 

「さんまさんって一人一人の異なる個性を見て活かすことで、日本中の人から評価されていると思うんです。テレビと違って会社ではそんなことできないと言われるかもしれませんが、個人を見て声掛けするのが当たり前の環境というのは、企業においても重要なことだと考えます」

 

確かに、昨今は大企業でも週単位で1on1ミーティングを実施している事例もある。

井村さんも部下とは1on1ミーティングという形式で、組織としての目標設定と個人としての目標設定を毎月それぞれ振り返り、更新するようにしているという。

 

 

いいことをしていると思うな

躓いた若者を雇おうと考える経営者は、おそらくいいことをしようという感覚の人が大半だろう。だが、それでは決して長続きはしないのだという。

 

「人を相手にするから、思い通りにいかないことが連続の世界です。本人が裏切るつもりがなかったとしても、どうしても期待が裏切られてしまうことは多い。けれど、最初からいいことをしていると思わなければ、裏切られることはなくなります。自分がなぜ、したいと思ったかが、自分の中にさえあれば続けることができます」

 

 

当たり前のように話す井村さんだが、困難を抱える生身の人間と関わる仕事の厳しさがひしひしと伝わってくる。

 

井村さん自身も、若者支援の世界に入った当初はいいことをしたいという思いがあった。

 

「当時、先輩はわかっていたんでしょう。この業界に入ったばかりの大学生のボランティアの僕に、『3か月何もするな』と言ったんです。それで僕、本当に何もせずに新聞を読んで施設で過ごしていました」

 

すると、3か月後に結果が現れた。施設に通っていた一人の若者が、自発的に井村さんに話しかけてきたのである。

 

 

「もし僕がいいことをしたいと思って毎日彼に声を掛けていたら、対人関係が苦手な引きこもりの若者は怖くなっていたでしょう。何もしない中で、相手の興味、関心を感じ、信頼関係を構築していくこの術を、僕は”うなぎパタパタ”と表現しています。例えがとっぴかもしれませんが、うなぎの匂いがすると、匂いにつられて食べたくなりますよね。あれと同じです」

 

あえて何もせず、ただ静かに寄り添うことで、じっくりと時間をかけて相手の信頼を得ていく。これも一種のモチベーション・マネジメントなのである。

 

育て上げネットが目指す社会

最後に、どんな社会になったら育て上げネットのミッションが完了するのかを伺った。

 

「引きこもりになったことや少年院に入ったことを履歴書に書いたら雇ってもらえない、そんな社会じゃなくなることですね。一度躓いたことぐらいで行き詰ってしまうこの社会の薄っぺらさを変えないと。誰が躓いてもやり直せる社会になることです。

それも僕らだけでなく、社会の誰もが苦しんでいる人に手を差し伸べていける、それが不自然なことと周囲から奇異の目で見られない社会包摂の行き届いた社会を実現すること。さらに言えば、一人一人の個性を引き出して、人がそれぞれの持ち味で社会参画できることかもしれません」

 

 

これは育て上げネットが目指す社会であると同時に、井村さん自身が一生を賭けて作ろうとしている未来でもあるのだろう。

 

社会復帰を目指す本人や支援者だけが努力するのではなく、社会全体が彼らを積極的に受け入れるようになれば、育て上げネットの、そして井村さんの夢が達成できる日は近いかもしれない。

 

 

 〈プロフィール〉

井村 良英(いむら・よしひで)

認定特定非営利活動法人育て上げネットHR部長

1975年兵庫県生まれ。

不登校・引きこもりの自立支援施設「淡路プラッツ」、大阪生涯職業教育振興協会「Aダッシュ」を経て、現在は「育て上げネット」にて若者支援活動を行っている。

 

〈会社情報〉

団体名称:認定特定非営利活動法人育て上げネット

住所:〒190-0011 東京都立川市高松町2-9-22 生活館ビル3F

TEL:042-527-6051 / FAX:042-548-1368

理事長:工藤 啓

URL:https://www.sodateage.net/

 

〈参考資料〉

 

内閣府「子供・若者白書(旧青少年白書)」

http://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h29honpen/pdf_index.html

http://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h29honpen/pdf/b1_03_02_01.pdf

 

中小機構アンケート

http://news.smrj.go.jp/2017/05/6097

http://www.smrj.go.jp/kikou/dbps_data/_material_/g_0_kikou/news/pdf/20170508_questionnaire.pdf