地域密着型の小さな金融機関であるにも関わらず、新規貸し出し件数において国内すべての金融機関の中でトップクラスを誇るのが第一勧業信用組合(東京都新宿区)だ。

 

多くの銀行で新規貸し出し低迷が続く中、同信組は若者や女性、創業間もない事業者を投資対象とした「かんしん未来ファンド」の2号ファンド設立を発表した。

1号ファンドから引き続き、全国信用協同組合連合会(東京都中央区)、フューチャーベンチャーキャピタル株式会社(京都市中京区)、恒信サービス株式会社(東京都新宿区)と共同で運用し、地域経済活性化に貢献していく。その取り組みを追った。

 

多くのニーズを集めた1号ファンド

新田信行(にった・のぶゆき)

 

「たかだか500万円、1000万円の資本金を準備できないがために、素晴らしいアイディアがあるのに起業を諦める若者や女性がたくさんいらっしゃる。

それは閉塞感が漂う日本にとって大きな損失であると思っています」

1月12日、地域経済活性化ファンド「かんしん未来ファンド」の2号ファンド設立発表を行った第一勧業信用組合(東京都新宿区)の新田信行理事長は記者会見でそう述べた。

 

同信組は「若者・女性を応援する」をスローガンに掲げ、創業支援事業などで独自路線を切り開き、耳目を集める協同組織金融機関である。

同氏が理事長に就任した2013年以降、個人事業主をはじめとした中小企業に対し、さまざまな支援事業を展開。

そうした取り組みの1つとして、2015年12月に設立されたのが「かんしん未来ファンド」であった。

 

このファンドは若者と女性を中心とした創業予定者、あるいは創業間もないアーリーステージの事業者などを投資対象とし、彼らの資金ニーズに応えることで東京各地の地域活性化に貢献することが設立趣旨となる。

ファンド総額は8億円、運用期間は8年。同信組と全国信用協同組合連合会(東京都中央区、以下「全信組連」)が有限責任組合員に、フューチャーベンチャーキャピタル株式会社(京都市中京区、以下「FVC」)と恒信サービス株式会社(東京都新宿区)が無限責任組合員となり、運用を開始した。

 

「当初は3年かけて投資活動することを想定していました」と語る同氏は、この2年間を次のように振り返る。

「こうしたファンドは信用組合としては珍しい取り組みであったため、実際にどれほどニーズがあるのか手探りの部分もありました。

しかし、蓋を開けてみると、想定よりも早い約2年で投資可能金額の上限に達する見込みとなりました。この結果は社会的意義が確実にあったという証左ではないかと思っており、非常に手応えを感じています。

そのため、引き続き、創業期の若者や女性を支援することが必要であると考え、後継ファンドとして、2号ファンドを設立する運びとなりました」

 

 

新規公開株を目指さない企業にもリスクマネーの提供を

松本直人(まつもと・なおと) 

 

1号ファンドの成果について業務運営を担当するFVCの松本直人代表取締役社長は次のように説明する。

 

「投資実績は投資決定先を含めて20社になりました。

特徴的なのは非常に若い経営者の方々に投資させていただいたという点です。具体的には30代の経営者が9社、40代の経営者が5社。いっぽうで60代以上の経営者は一人もいらっしゃいませんでした」

 

通常、FVCのような投資会社がベンチャーキャピタルを単独で行う場合、株式公開前の創業期の企業に対して投資を行い、その投資先が株式公開後に株式などを売却することで投資を回収するのがビジネスモデルとなる。

しかし、かんしん未来ファンドでは第一勧業信組と連携することで、株式公開を目指さない企業に対してもリスクマネー(資本金)を投入。

企業価値を向上させる支援を行いながら企業成長を促し、安定成長期に入った段階で取引先などに株式を売却することで投資を回収する仕組みとなっている。

これには優れた一社を上場させて大きく利益を得るのではなく、より多くの中小・零細企業を成長企業に育て上げて地域経済を活性化させようという狙いがある。

 

「このファンドはIPO新規公開株)だけが出口ではありませんが、結果的に投資させていただいた企業の中には、間もなくIPOをする企業も出てきています。

そういう意味では想定以上に企業成長や地域活性化に貢献できているのではないかと思っています。

2号ファンドについても、まだまだリスクマネーを必要としている創業期の企業が東京にはたくさんいらっしゃいます。

そうした企業に対して、リスクマネーの提供とともに、さまざまな経営支援を積極的に進めていきたいと思っています」

 

 

「貸し出す金融」から「育てる金融」へ

かんしん未来2号ファンド、正式名称「かんしん未来第2号投資事業有限責任組合」では、引き続き投資対象を若者と女性を中心とした創業予定者、あるいは創業間もないアーリーステージの事業者などとし、ファンド総額を3億円に設定。ただし、運用期間は前回よりも2年延長となり、約10年間としている。

新田氏は「十分に期間を定めたほうが、投資先のより大きな成長を期待できると判断したためです」とその理由を明かす。

実は、この判断の根底には、「育てる金融」という考え方がある。

 


内藤純一(ないとう・じゅんいち)

 

金融機関の本業は貸し出しだ。しかし、近年、信組業界では従来の「貸し出す金融」から「育てる金融」という方針にシフトするようになってきている。

この日、記者会見に出席した全信組連の内藤純一理事長は次のように話す。

「時代の閉塞感などから貸し出す金融を行っているだけでは立ち行かない状況が長年続いています。

これを打開するために、新規事業や起業を考えている人たちに我々から歩み寄り、今回のファンドのようにある程度のリスクをこちら側も負担しながら、コンサルティングをはじめとした各種サポートを提供し、企業を育てることが重要だと考えています」

 

信組の系統中央金融機関である全信組連では、2014年12月に「中小事業者等支援ファンド向け資金供給制度」を立ち上げている。

これにともない、全国に152組合ある各信組が起業や事業再生の支援を目的に設立したファンドに対して、資金供給を行い、必要に応じて外部機関の専門家派遣制度を活用するなどの後押しを実施してきた。

 

「制度が始まって以来、全信組連としてファンドを支援するのは、今回で6本目となります。ほかのファンドについては、少し規模が大きい融資先が多いのですが、第一勧信さんの場合は個人で事業を始めたいという方を含めて、比較的小さな事業者さんが多い特徴があります。

全国の事業者数はこの十数年で激減しています。つまり、中小・零細企業に対して主に融資を行う信組にとっては、それだけお客さんが減っていることを意味します。

そうした状況を鑑みても、小規模事業者や中小企業の方々を長期的な視点に立って支援する取り組みは、全信組連としても非常に心強く思っています。

こうした活動をできる限りバックアップしながら、多くの事業者さんが元気を取り戻す支援を今後も続けていきたいと思っています」

 

 

志の連携で〝人〟が輝く社会に

質疑応答の際、マスコミから過去2年間の手応えを尋ねられた新田氏は「日本は捨てたもんじゃない」と即答した。それだけこの2年間で意欲に満ちた多くの若者や女性起業家と出会うことができたからだろう。

いっぽうで、彼らが起業する際、最初にぶつかる壁が「お金」であると同氏は語る。

 

「起業したいと考える若い世代ほど金融資産を持ち合わせていません。必要な金額はたかだか500万円、1000万円のお金です。

その壁を突破して、若者が将来に向けて夢を持ち、頑張っていける。日本がそうした国であって欲しいと願っています。

どんな会社も最初は個人事業主からスタートします。

だからこそ、そうした方たちを支えていくことが、私どものような地域密着型の協同組織金融機関の使命であると考えています」

 

これまでも同信組では多くの中小・零細企業に対する創業支援などのサポートを実施してきた。この2年間で扱った新規貸し出し件数が全国のすべての金融機関の中でもトップクラスとなる270件にも上るのは、その表れである。

多くの金融機関が「貸し出し難」を嘆く中、こうした状況を同氏はどう捉えているのか。

 

「感覚としては、まさにブルー・オーシャンだと感じています。近年、創業支援について熱心に取り組む信組が増えてきましたが、その数はまだまだ少数です。

いっぽうで社会的ニーズはものすごくあります。これだけ多くのニーズは私どもだけで受け止めることはできません。

当組合では地方創生に関する信組同士の連携協定を積極的に進めていますが、昨年から大学との連携も始まりました。

こうした〝志の連携〟をさらに広め、さまざまな人たちと力を合わせながら、日本の明るい未来のために努力していかなければいけないと思っています。

そして、今回の2号ファンドの設立が個人事業主や中小企業の輝く社会、ひいては人間一人ひとりが輝く社会の実現に少しでも役立つことができたらと考えています」

 

同氏は記者会見の中で今年のキーワードを「人」と答えている。

成長期を終え、成熟社会へと向かう現在の日本にとって「金」や「物」ではなく、「人」が輝く社会を実現することは日本全体の重要な課題だといえる。

だからこそ、今回のファンドの役割は大きいだろう。

 

かんしん未来2号ファンドによって、どんな企業が生まれ、どんな地域活性化が行われるのか、非常に楽しみである。

 

 

プロフィール(写真上から)

新田信行(にった・のぶゆき)1956年千葉県生まれ。1981年一橋大学卒業。第一勧業銀行(現・みずほ銀行)入行。
2013年第一勧業信用組合理事長。

第一勧業信用組合

〈本店〉〒160-0004 東京都新宿区四谷2-13
TEL:03-3358-0811
URL:http://www.daiichikanshin.com/

 

松本直人(まつもと・なおと) 1980年生まれ、大阪府出身。神戸大学経済学部卒業後、2002年にフューチャーベンチャーキャピタル株式会社入社。2011年に取締役就任、2016年より代表取締役社長に就任し、現在に至る。

フューチャーベンチャーキャピタル株式会社

〒604-8152 京都市中京区烏丸通錦小路上ル手洗水町659番地 烏丸中央ビル4階

TEL:075-257-6656

恒信サービス株式会社 〒160-0004 東京都新宿区四谷2-13

 

 

内藤純一(ないとう・じゅんいち) 1951年生まれ、兵庫県神戸市出身。1975年、東京大学経済学部卒業後に大蔵省(現財務省)入省、銀行局銀行課長などを勤めたのち、2001〜03年まで名古屋大学教授。 東海財務局長、証券取引等監視委員会事務局長、金融庁総務企画局長などを経て、2011年、全国信用協同組合連合会理事長に就任、現在に至る。

全国信用協同組合連合会

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TEL:03-3562-5115

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