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未来の沃野を拓け!ビジネスニューフロンティア4

植物総合医を育成し人口爆発に備えよ!

◆取材・文:佐藤 さとる

オビ スペシャルエディション

06_New_frontier02法政大学生命科学部応用植物科学科 鍵和田聡専任講師…「植物の種類は何十万、それに病気が何万とある。植物医ができることは、まだまだ限られていますが、その存在をより多くの方に知ってほしいし、さまざまな分野の方と交流することで、来るべき人口爆発にも備えられるのではないかと考えています」/梅のほ場。東京、大阪、兵庫の梅にプラムポックスウィルスの感染が広がった。

資源を巡って、各地できな臭い鍔迫り合いが続いている。この先世界人口が膨れ上がれば、資源を巡っての紛争が激しさを増す可能性はある。とりわけ食糧に直結する作物の確保は重要だ。

だがその重要な作物の3割以上が収穫前に黙って失われているということをご存じだろうか。その貴重な資源の消失阻止のために期待されているのが、植物の病害虫被害を診断し処方する「植物医」だ。

 

梅の街、青梅から梅の木が消えた!

今年4月。東京都青梅市をある悲劇が襲った。青梅市が誇る梅園で、梅の木が農水省の「緊急防除」の指示ですべて伐採されたのだ。

原因はプラムポックスウイルス(PPV)。その名の通りプラムやモモなどに被害を与えるウイルスだ。

 

「PPVはヨーロッパで大流行し、日本でも警戒していましたが、国内で最初に感染が分かったのが、東京都の青梅市。プラムに発生するウイルスが、なぜ梅に発生したのか。なぜ内陸の青梅市の梅で発生したのか謎が多い」

と語るのは、法政大学生命科学部応用植物科学科鍵和田聡専任講師。

緊急防除された地域では駆除が完全に確認されるまで、植樹ができない。PPVの場合、最低3年間は制限される。梅の場合、そこから花を咲かせるまで数年の空白ができる。青梅市の被害は農業、観光を含め、年間10億円にものぼるという。

「実はPPVの被害が深刻なのは関西のほうで、感染が苗木まで及び、数万本を処分しているのです」(以下鍵和田専任講師)

 

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梅の抜根作業。PPVに感染した場合、3年間は植樹ができない。

この一連の話を“ひとごと”と聞き流していたとすれば、少し考えを改めたほうがいいだろう。

梅農家や観光関係者には失礼かもしれないが、こうした被害が穀物や主要野菜で起これば、一般市民の台所や食品業界を直撃することになる。

ましてやTPPで人とモノの移動量と種類が増えれば、PPVのように、人知れず被害を広げるケースはいくらでもある。

 

 

病害虫診断を現場で行う「植物医」とは

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植物の病害虫被害調査。被害の原因が必ずしも一つとは限らない。

長らく農業国であった日本は、病害虫に対する専門知、対応のノウハウの集積は分厚く、専門家も多い。だが近年その知見が発揮しにくい状況が起こっている。

一つは専門が細分化しすぎ、原因にたどり着くまでに時間がかかるようになったこと。

従来植物に異変があった場合は、それがカビなどの微生物によるものであれば植物病理学の専門家が、害虫被害であれば応用昆虫学、栄養不足は植物生理学などの専門家がそれぞれ個別に対応してきた。

だがその原因は一様ではない。直接のダメージは微生物が引き起こしていても、その時の栄養状態や土壌状態、環境汚染や気象条件が重なって起こる場合もある。害虫が引き起こしている場合も同様だ。害虫が食い荒らす時と、害虫が媒介するウイルスが原因となることもある。PPVはまさに後者だった。ダメージの真因を探り、いち早い治療法・対策が打てる統合知と仕組みが求められているのだ。

 

もう一つは、産業規模の縮小によって、現場を診る専門家の数が不足しつつあることだ。

「いままで植物の現場を診る役割を担って来たのは、県の農業試験場の技術者とか普及員ですが、日本の農業規模の縮小とともに削られてきている。現場で出ている病害虫を診断したり、対策を打てる人材が日本では失われつつある

そこで細分化された専門知を統合し、植物の健康状態を総合的に診断、治療や予防を現場で施す人材が求められるようになった。それが「植物医」である。

人間の病院でいうところの “総合診療科医”的存在だ。

鍵和田専任講師の所属する法政大学の応用植物科学科は、「植物医」を養成する数少ない専門コースを持つ。

植物医には、グローバル化の進展で多様化し、増え続ける病害虫に対して、より効果的で効率的な対策を打つスペシャリストとしての期待がかかる。

 

 

植物医曰く損失量8億人分。毎年世界の作物の3割〜4割が失われている現実

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豊かに広がる野菜畑。その育成は、病害虫との戦いでもある。

それだけではない。植物医には、人口爆発に伴う食糧危機回避への貢献も期待される。

実は我々が日々口にする作物は、毎年その3割から4割が病虫害や旱魃などで失われているとされる。その総量は実に8億人分に相当すると言われる。仮にその数パーセントでも被害を防止できれば、食糧事情は大きく改善できる。逆に対策を疎かにすれば、8億人分が9億にも10億にもなり得る。

 

しかも近年、植物は食糧だけでなく、バイオエタノールなど新たなエネルギー資源としても注目されている。このほか植物には、水源地の保全やCO2の吸収といった環境保全、あるいは窓辺の花や緑のようにストレスを癒す存在としての役割もある。

まさに植物は人間の生命線を握る存在なのである。

「食用植物の耕地面積は砂漠化などの問題もあり、これ以上増やせない。人口爆発に対応するためにも高収量な生産が望まれるわけですが、それには発展途上国などの土地に、我々の作物栽培技術をどれだけ移転できるかがカギを握ってくる。そしてそこには植物医学の技術移転もセットにならないといけない

 

 

植物の総合病院を起点に知見の集約、ネットワーク化を目指す

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06_New_frontier07写真上:光学顕微鏡による病原診断。診断後、対策、処方箋が講じられるが、その判断には高い経験値が求められる。写真下:様々な病原。ウィルスや菌の場合、原因を特定しても、感染経路が不明の場合は、抜本的対策が講じることができない場合もある。

鍵和田専任講師らは、海外とのネットワーク構築を急ぐとともに、国内では植物の病院となる「植物医科学センター」を大学内に立ち上げる予定だ。

「外から持ち込まれた植物の診断治療を、お金をいただいて行う植物病院です。日本では従来、都道府県がそういう機能を持ち、無償で行っていました。しかし無償がゆえ、利用を遠慮する人も多かった。むしろ『ちゃんとお金をとってくれたほうが相談しやすい』と言う声も多かったのです」

 

法政大学ではこの植物医科学センターを起点として植物医学のネットワークを広げるつもりだ。

「農業関係者はもちろん、家庭菜園などをやられている方、造園業者、食品メーカー、貿易業など、さまざまな企業の方にも利用していただきたいと思っています。品質管理のコンサルティング契約も可能」と言う。

 

植物医の知見や知識は品質管理の点からも有効だ。

「各国には植物防疫システムがあり、農産物を輸出する場合、これを通る必要があります。そこでこういう状況なら病害虫が防げるという知識があれば、輸出先に認められる品質の果物や野菜が生産できる。高品質を謳えると思います」

 

いま全国各地で次世代農業として植物工場をはじめ、高度に集約管理された栽培法の導入が進んでいる。こうした管理技術が進化すれば、病害虫のリスクは減る可能性は高い。

鍵和田専任講師は、「植物工場の水耕作物でカビが発生し全滅した例がある。管理されても病気は出ます。むしろそういう所にこそ植物医は必要とされる」と語る。

 

「植物の育成で何がかかると言えば人件費。これを監視カメラや温度、湿度センサーなどを使い、データを取り、ICTや制御技術を組み合わせるなどして自動化が進めば、育成はかなり効率的になると思う。その上で病状や被害を自動診断できるシステムが確立できれば、植物育成は相当効率化されるはず。そういう技術やノウハウを持った方々との共同研究や開発も進めていきたい」(鍵和田講師)

 

日本が世界に貢献できることはまだまだある。

 

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