オビ 世界戦略レポート

追い詰められるロシアがもたらす世界危機

◆文責:佐々木宏

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[サマリ]

  • 原油安が続けばロシアは経済的・外交的に更に追い詰められる
  • プーチン大統領は強気の発言を繰り返しているが、これこそがロシアが苦境であることをよく表している
  • 原油価格は、今後最低2年間は上がることはないと予測される
  • この状況を利用したロシア包囲網は、各国の思惑により益々範囲を狭めてくるだろう
  • 追い詰められたロシアは安全保障上の脅威をもたらす
  • こうした状況を利用して各国は自国に優位な状況を作り上げてゆこうとするであろうが、そこに外交上の紛争の火種が宿っている

原油価格の下落がロシアにもたらすインパクト

2014年9月から始まった原油価格の下落は、その後も原油安に歯止めがかからず、2015年の初頭には1バレル50ドルを割り込む勢いとなっている。原油安は、シェールオイルに対抗することを目的として、サウジアラビアが原油減産を見送ったことに端を発している。シェールオイルの生産コストが概ね40ドル~50ドル程度と言われているため、現在の価格水準はサウジアラビアの意向に適ったものと言える。そのため、当面、原油価格は40ドル~50ドルのレンジが続くものと考えられる。

産油各国は、この影響を強く受けているが、その中の国の一つにロシアがある。現在のロシア経済は、原油に大きく依存しており、ロシアの輸出金額の約40%が原油で占めており、精製石油を含めると全輸出金額の55%を占めるに至っている。

国際金融市場も、このことは強く意識しており、原油安が始まった2014年9月以降からルーブルはジリジリと値を下げ、同年12月に一気に対ドルで60ルーブル台までルーブル安となっている。これは、10月以降2ヶ月で一気に50%以上ルーブル安が進んだことになる。

原油安がルーブル安を誘引している状況だが、この状況が続けば、今後はロシア国内のインフレ率の高騰や国家財政の脆弱化などを招く恐れが高い。プーチン政権は、これまで比較的好調な経済を背景に強いロシアの復活を標榜することで、高い国内支持率を得てきたが、経済の不調は政権基盤の弱体化を招き、国内政情を不安定化させる要因ともなり得る。

 

こうした状況に対して、プーチン大統領は、APEC総会などの国際会議に積極的に出席し、強気の発言を繰り返している。発言の内容は、天然資源の値下がりは一時的なもので2年以内には必ず値上がりする、ロシアはいまの状況を乗り切る力がある、という要旨が多いが、逆の見方をすれば、2年以内に原油価格が1バレル100ドル程度まで戻らないとロシアは国家が破綻すらしかねない状況であると見ることもできる。国際会議で、先の発言と同時に、ロシアに国外からの投資を呼び掛ける旨の発言をしていることを見ても、今のロシアはかなり追い詰められていると考えることが妥当であろう。

 

ロシアを巡る各国の思惑

こうした状況を各国はどのように見ているのだろうか?

まず、現在の原油安の流れを作ったプレーヤーの一つであるサウジアラビアであるが、元々ロシアは石油生産量がサウジアラビアに次いで2位であり、石油輸出額についてはサウジアラビアを上回り1位である。しかもロシアはOPECに加盟しておらず、サウジアラビアにとっては最大の商売敵である。もしロシアが原油安で倒れてくれれば、サウジアラビアはその後の石油輸出利権を独占できる可能性がある。そのため、サウジアラビアとしては、シェールオイルへの対抗と並行して、対ロシア戦略としても原油安を誘導する政策を当面取るものと予想される。

一方のメジャープレーヤーであるアメリカであるが、好調な経済を背景に少しずつ力を付けてきていたロシアに対し第2次冷戦となることに警戒感を強めており、アメリカにとっては、ここでロシアが倒れてくれることは長年の懸案事項を一気に解決できるチャンスでもある。自国で生産されるシェールオイルで少々損を被ったとしても、ロシアを潰せるのであれば、アメリカはシェールオイルの増産を続け、サウジアラビアと共に原油安に誘導し続けるであろう。原油安によってもたらされるであろう状況は、アメリカとサウジアラビアの利益が一致しているものと言える。しかも原油安が続けば、イラン、シリア、ベネズエラを弱体化させることができ、アメリカにとっては、一石二鳥でもお釣りもくる状況と言える。

 

さらに、中国は体力の弱っているロシアに対して経済支援と共にシベリア開発援助を提案するだろうが、目的な自国に天然資源を引き込むことと最終的なシベリア地方の自国領化であることは一目瞭然だとロシアは理解しているので、中国からのオファーには慎重になるだろう。そうした視点からは日本との係争課題である北方4島の領土問題の解決の好機であろう。

EUを中心とするヨーロッパ各国にとっては、ロシアは原油だけでなく天然ガスなどの天然資源の安定的な供給元であり、また安全保障上もロシアの不安定化は望んでいない。しかし、だからといってロシアの大国化は絶対に避けたい長年の命題であるため、ヨーロッパ諸国はアメリカの制裁圧力に躊躇している。

 

追い詰められるロシア

このように弱体化しつつあるロシアを取り巻く各国はそれなりの利害関係を持っていて、特にドイツをはじめとした西ヨーロッパはロシアにかなりの輸出をしているが、ここで最も重要なのは、積極的にロシアを支援する国がいないことである。つまり、ロシアは自力で現状を打開しなければ、簡単に各国の餌食になってしまう状況に置かれていると言える。

こうしたロシアが取る行動として予測されるのが、現有資産の海外への売却であるが、そもそも最大の保有資産である天然資源は原油安であり売却物の対象とならない。天然資源の他にロシアが保有するものは、大量の武器や軍事技術などの軍需関連、原子力技術、及び 広大な領土の切り売り、の3つが主なものとして上げられる。

このうち、原子力技術の輸出は、安全保障上の問題と世界的に競争過多の状況で、原子力技術の輸出で、ロシアが望むような成果が上げられるとは考えづらい。

 

最も早くキャッシュを得やすいのが軍需関連の輸出である。軍需関連輸出によりロシアは今後ある程度のキャッシュを得ることができるだろうが、一方ではこれが世界の安全保障に対する不安定要素となる。武器や軍事技術などの軍需品の輸出は、管理されている範囲で行われれば問題はないが、売却された先での横流しやブラックマーケットを通して、テロ組織や紛争地域へた武器と技術が拡散することで、地域紛争やテロ活動を結果的に活発化させかねない要因となる。

また、自国領土の切り売りも、紛争や安全保障の不安定をもたらす要因となる。ちなみに、ここで言う自国領土の切り売りとは、自国領を他国に譲ることを言っているのではなく、自国領土内の開発や権益を経済支援などと引き換えに他国に与えることを指している。しかし、シベリア開発の権益一つをとってみても、中国は自国のエネルギー需要をまかなうことを目的として、一方アメリカは安全保障上の観点から権益を取り合う形となり、2国間の対立を深める要因となりかねない。

こうして、弱体化するロシアを巡って、世界の大国間の対立と地域紛争が今後拡大する恐れがある。

 

日本の取るべき方策

こうした中で、日本にとっては、日露間の長年の懸案事項である北方領土問題を解決する絶好のチャンスが訪れつつある状況である、と言える。北方領土について、日本政府は「四島の日本への帰属が確認されれば、返還の時期や態様は柔軟に対応するとする」としており、その時期や方法はどうあれ、日本経済が破綻する前に北方領土の実質返還を実現するまたとない機会であり、この時期を逃せば、平和的に北方領土問題を解決する機会は永遠に失われる、と言える。

また、その上で樺太に関しても、日本が権益を得るチャンスとも言え、オホーツク全体に渡る日本の権益と影響力を拡大することも不可能ではない。

ただし、その際に、中国をはじめとした周辺各国との軋轢は避けられず、経済面だけでなく、特にアメリカとの関係での安全保障面で、こうした問題をどう取り扱うか、ということは予め国内の合意形成を固めておく必要がある。

いずれにせよ、日本はロシアの弱体化に端を発する問題に立ち遅れれば、自国で取れる権益を他国に奪われるだけでなく、安全保障上の重大な脅威に直面することにもなる。このように、日本はロシアの問題に当事者として主体的に関与せざるを得ない立場であることを十分に認識し、ロシア問題に関して、世界情勢の中での存在感と影響力を発揮してゆくことが、国際的にも、国益としても、強く求められる。特にアメリカとの関係を睨みながら、日本がロシアに貸しを作る絶好の機会ではなかろうか。

 

オビ コラム

海野世界戦略研究所

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代表取締役会長 筒井潔(つつい・きよし)…経営&公共政策コンサルタント。慶應義塾大学理工学部電気工学科博士課程修了。外資系テスターメーカー、ベンチャー企業を経て、経営コンサル業界と知財業界に入る。また、財団法人技術顧問、財団法人評議員、一般社団法人監事、一般社団法人理事など、公益団体の立ち上げや運営に携わる。日本物理学会、ビジネスモデル学会等で発表歴あり。大学の研究成果の事業化のアドバイザとしてリサーチアドミニストレータの職も経験。慶應義塾ワグネルソサイエティオーケストラ出身。共訳書に「電子液体:強相関電子系の物理とその応用」(シュプリンガー東京)がある。

 

海野恵一氏

代表取締役社長 海野恵一(うんの・けいいち)…東京大学経済学部卒業後、アメリカの監査法アーサー・アンダーセンに入社。名古屋事務所所長、経営戦略サービスグループリーダー、石油業北アジアリーダー、石油業アジアパシフィックリーダー、素材・エネルギー本部統括パートナーなどを歴任、アーサーアンダーセンがアクセンチュアに商号変更後、アクセンチュア代表取締役。アクセンチュア退社後に、スウィングバイ株式会社を設立、代表取締役社長に就任。新速佰管理咨詢(上海)有限公司董事長、大連高新技術産業園区招商局高級招商顧問、大連市対外科学技術交流中心名誉顧問、無錫軟件外包発展顧問、対日軟件出口企業連合会顧問、環境を考える経済人の会21事務局員を務める。

 

佐々木宏氏

代表取締役副社長 佐々木宏(ささき・ひろし)…経営&ビジネスコンサルタント。早稲田大学大学院生産情報システム研究科博士課程後期中退。早稲田大学在学中に、シンガポール国立大学MBA課程に派遣留学。富士銀行系列のシンクタンクである(株)富士総合研究所、(株)中央クーパースアンドライブランド・コンサルティング、アンダーセンコンサルティング(当時。現アクセンチュア)を経て、2004年、(株)テリーズ社設立、代表取締役に就任。大手メーカーを中心に経営コンサルティング、ビジネスコンサルティング領域を中心に、中期経営計画策定、資金調達、各種PJのPMOなど経営全般に関わる支援サービスを展開している。

2015年2月号の記事より
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