オビ コラム

南山会からの提言『東日本大震災以後 ─ 新しい社会の創出へ向けて 5年前の復興提言を検証する〈1〉』

◆文責:南山会

mt-fuji-477832_1280

 

はじめに

東日本大震災から既に5年、各地の復興現場で働く数多くの人々の労を多とし敬意を表するものである。しかし、復旧・復興の全体的な進捗状況はあまりにも遅いのではないだろうか。

人に優しく絆を大切にすると言われ、対外的には〝おもてなし〟などと気遣いに溢れる日本人であり日本社会である筈が、被災者は仮設住宅の暮らしを長らく余儀なくされ、災害公営住宅と言われる復興住宅の建設・供給の悠長さには、被災者に対する気遣いや思いやり、苦しむ同胞を助けたいという必死さが感じられない。

地盤のかさ上げばかりが目立つ沿岸市町村からの若年層の流出は抑えようもなく、再建には展望が開けない。あろうことか各地で原発再稼働が論じられ、福島第一原発の悲劇や教訓は忘れ去られようとしている。政・官・民のコラボレーションは機能しているのか。この国は一体どこへ向かって行こうとしているのだろう。

 

東日本大震災が起こってから半年後の2011年9月、我々は、「単なる復旧・復興ではなく、この大災害を機に新しい社会を創出しなければならない」という大震災直後に表明されたマスコミの論調(当時、確かに間違いなくそれはあった)に勇気を得て、また「失われた20年」と言われた社会に蔓延する閉塞感を打破せんとする心意気で「東日本大震災以後 ― 新しい社会の創出へ向けて」と題する5つの提言をまとめたのであった。

基本的な考え方としては、再建は被災地を単に元に戻すだけではなく、将来の日本の望ましい社会像のグランドデザインを描いた上で、被災市町村を舞台に実証実験的に試行錯誤しつつも、政・官・民、オールジャパンで将来の社会像とシンクロした被災地の復興を果たすというものである。

換言すれば、被災地の復旧、復興を推進しつつ、そこで画期的な新機軸の社会的変革を試行し、その効果を見極めながらそれを日本全体に拡大適用していこうという考え方である。

 

東北の将来はどうなるのか?少子高齢化が進展し、現在1千万人強の東北人口は次第に減少し2050年には700万人台、しかもその多くは高齢者と言われている。活力は失われ想像するだけでも薄ら寒い状況になってしまっているのだろうか。

我々はこれを「東北の2050年問題」として捉え、そこから類推される我国全体の活力や生活水準、国際競争力の低下などを、如何にして未然に防ぐかという問題意識を持っている。

 

日本人としてこの国に生まれ、安心して暮らせる保障の行き届いた生活を、安全な環境で送りたい。国家としての日本は、活力に溢れ国際的にも競争力と影響力のある国でありたい。人に優しく節度のある社会、人々が連帯し支え合う調和のとれた社会、上質な暮らしを可能にする成熟した社会を築いていきたいというのは日本国民としての我々の願いであり、そういう社会を創出するための提言をここで展開したいと考えたのである。

提言はグランドデザインの一部ということになるが、大震災の半年後にまとめたものである。それから4年半という時を経て、今一度、我々の提言を検証し、ここに数回にわたって連載することで読者の皆様に問題提起したい。復興の現状を考察しこれでいいのか、日本の将来には明るい展望が開けてくるのか、それを考えていただく契機にしたいと思う。

 

 

【提言1】市民参加型民主制と社会保障番号制の実証実験 ― 開かれた社会への挑戦

福島第一原発のメルトダウンは、当初の一連の過程で状況説明が適切に行われなかったことは記憶に新しい。生のデータがまだ解析されていない、事実かどうかが確認されていない、報告が上がってきていない、国民の間にいたずらに不安を煽ることになる云々、いろいろな理由づけで説明が遅れあるいは不正確だった。

中枢の当事者間ですら情報の秘匿や隠蔽があったとの報道もあった。非常時対応マニュアルがあったにも拘らず、情報開示は滞り上手く行かなかった。ここで問題提起されるのは、日本人社会が抱えているコミュニケーション意識の欠如である。それは一体、何なのだろう。

 

情報開示やコミュニケーション能力の不足について、なぜ我々は外向きの発信力が弱く、何かというと言葉足らずで説明不足になりがちなのか。根回しという形で事前に情報を共有することもあれば、逆に情報が事前に漏れると批判にさらされるので、情報開示をためらうという隠蔽体質もある。情報開示の必要性を言葉では理解していても、いざとなると消極的で開示の仕方や何を開示すればよいのかさえ迷ってしまう。原発再稼働へ向けてたちまち〝やらせ問題〟が引き起こされもする。

このようなことは国民性なのだろうか、日本人の文化的な体質なのだろうか。国全体の活力を底上げし、安心安全な調和のとれた新しい社会の創出を考える場合、旧来の慣習や社会的風土を変革し、新しい改革に取り組む覚悟が必要ではないだろうか。

 

(1)ありのままの事実を公表して失敗を責めず、理由の如何を問わず公表しない隠蔽を責める。

(2)情報は直ちに公開する。事実は事実として冷静に受けとめ、動揺せず一喜一憂しない。

(3)新しい社会を担う日本人は、自主自立、且つ協調と連帯を尊重し、公正・公平を規範とする。

 

我々は、これらのコンセンサスがある社会を自由闊達な「開かれた社会」と定義し、それを目指すことで体質転換をはかりたいと思う。そのような社会は、都合の悪いことを隠して保身をはかる必要はなくなる代わり、自主自立の気概が求められる成熟した社会ということができる。

そのように、体質を変化させることで、壁に突き当たってしまったような現代民主主義を打開したい、社会や政治のありかたにパラダイムシフトを起こさなくてはならないと考えるのである。

 

原発問題に端を発し、今後の我国のエネルギー政策における原発について〝幅広く国民的議論をするべきである〟とメディアを通じて伝えられながら、実行へ向けての動きは何もない。今や、改革の期は熟したと真剣に考えるべきではないだろうか。このような状況下にあって、我々は「代表制+市民参加型民主制」の試行を提言する。これは、現状の代表民主制の政策決定プロセスに、国民の意思をタイムリーに反映させるシステムを重層させるものである。

現状では政策決定の過程で国民の意思が正確に反映されているとは言い難い。エネルギー政策上の原子力発電や再生可能エネルギーのような重要問題に、国民的合意が有るのか無いのかはっきりしないまま、国策が決められてしまっている状況を打開する新しい社会・政治システムが必要である。

国会を解散して国民の信を問うと言うが、それよりは新しい政策決定システムを導入することで、むしろ任期一杯じっくり取り組んでもらいたいと思う。

 

それを技術的に可能にするのは、IT(情報技術)を最大限に活用した双方向通信機能に、後述する社会保障番号とパスワードで個人を認証する投票システムであり、後述する道州制の試行に合わせて対象地域を設定し、実証実験を行うものとする。

この方法であれば、現在行われているRDD(乱数番号法)方式の世論調査より、幅広く早く、はるかに多くの信頼性の高い民意を問うことが可能である。

この際、充分な検討がなされるべきは、所謂デジタルデバイドと言われる問題と高齢者対策で、自治体をはじめ民間の協力が期待されるところであるが、付随するこのような問題点は、実証実験を試行錯誤することで克服できる。

 

この市民参加型民主制は、国政レベルの重要事項から後述の道州政府、市町村自治体レベル、更に最も身近な町内会や団地・マンションの役員会、管理組合などにおける議案の上程、決定まで広く採用することができる。

運用や改善に優れ、正確できめ細かな日本人の資質をもってすれば、将来的には先進民主主義諸国の指針になり得るレベルに発展するだろう。その過程で、我々日本人は問題や状況を的確に理解し、自らの考えをきちんと表現する訓練を自然に受けることになる。

時間はかかるが、この制度も一助となって、先に述べた体質の変化、情報開示やコミュニケーション能力の改善が促され、「開かれた社会」が実現していくものと考える。

前述の社会保障番号とは、将来的には全ての日本国民一人一人に付与する「社会保障個人番号制度」であり、我々はこの制度の実証実験を「代表制+市民参加型民主制」の試行と合わせて実施することを提言する。

 

(1)日本国民として税金や健康保険・年金の保険料などを納付する義務を明確にすることは、透明性を確保するというルールにのっとり不公正を排除し、自主自立した責任ある個人が尊重される社会の基盤となるものである。

(2)日本国民として育児・保育、教育、医療、年金、介護など社会福祉の給付を受ける権利を明確にする。社会保障は国が国民に対して用意するセーフティネットであり、日本国民である限り見捨てられることはないという安心社会を実現するものである。

 

従来この「社会保障個人番号制度」は、国民総背番号制とか共通番号制などと言われて、あたかもお上が下々を管理するかのようなネガティブなイメージで語られてきたが、あくまでも安心を保障するセーフティネットであり、実情としてはむしろ逆で非常にポジティブな制度なのである。

個人を認証することができる機能は、このセーフティネットの確立と市民参加型民主制の実施にとって、必要不可欠な基本的な条件である。

また、個人情報の保護に関し漏洩リスクが心配だという懸念は当然であるが、この点は既に稼働されて久しい住基ネットの技術上、法制上の安全性が確立されている、という実績で事足れりということではなく、第三者機関による審査・監視、指導・命令、最新の暗号技術の適用など、不断の努力が求められることは論をまたない。このことは、システム全体の最重要の問題であり、最優先で常時取り組むべき課題である。(提言1、以上)

 

 

オビ コラム

◎南山会

故田中清玄氏の薦めにより1982年に日本国内のみならず世界の情勢に関して討議と情報交換を行うことを目的に設立された会。活動としては、講師を招き時代の動きに合わせたテーマによる研究会、自由討論会を行う例会ほか、分科会活動として気仙沼の水産加工業の復興支援、インドネシア・ロンボク島沿海村落の再生可能エネルギーによる水産加工業の支援などを行っている。

今回の提言は、川村武雄(提言1、2)、斎藤彰夫(提言3)、田中俊太郎・南山会前代表(提言4)、近藤宜之(提言5)の4人の会員によって取り纏められたものである。現在の会長は筒井潔。

◎執筆者プロフィール

川村武雄

川村武雄(かわむら・たけお)…慶応義塾大学工学部卒業後、大成建設入社、中近東、東南アジア、米国などで建設工事に従事。その後、半導体製造装置メーカー米国現地法人GMを務め、現在、米国在住。

 

齋藤彰夫

齋藤彰夫(さいとう・あきお)…慶応義塾大学工学部卒業後、日立入社、通信機器海外事業企画、輸出営業、国際情報通信システムのプロジェクトマネジメントに従事。その後、欧米通信関連企業日本法人代表等を務め、現在、海外企業の日本参入支援ビジネスコンサルタント。

 

田中俊太郎

田中俊太郎(たなか・しゅんたろう)…南山会前代表。 慶応義塾大学工学部卒。東芝に入社、発電制御システム、自動化システム、電力系統情報制御システム開発に従事、産業システムソリューション事業、カーエレクトロニクス事業などの事業企画、経営に参画。南山会の代表を設立より33年間務める。

 

 

近藤宣之

近藤宣之(こんどう・のぶゆき)…慶応義塾大学工学部卒業後、日本電子株式会社に入社。現在、株式会社日本レーザー代表取締役社長。経済産業省、厚生労働省、東京商工会議所等からの企業経営の表彰多数有り。著書に「ビジネスマンの君に伝えたい40のこと」(あさ出版)、共著書に「トップが綴る わが人生の師」(PHP出版)、「『わが[志]を語る』~トップが綴る仕事の原点・未来の夢~」(PHP出版)、「『トップが綴る人生感動の瞬間』~心が震えた出会い~」(PHP出版)、「『お客様やパートナーとの共存共栄の実現』~グローバルに通用する進化した日本的経営~」(企業家ミュージアム)などがある。(BigLife21ホームページにて「近藤宣之」で検索)