オビ コラム

借地権売却の法的問題点と不動産鑑定評価に関する整理

◆文:安藤 晃一郎(法律事務所リーガルアンサー代表弁護士)

 

 

1:借地権に関するトラブル

東京都内や主要な都市圏には数多くの借地があります。これらの地域の土地の価格は高いですから、借地権の価格も、土地所有権の価格と同様に、高額になることがあります。

そして、借地契約の中には、数度の契約更新を経て契約期間が通算で50年以上のものもあります。

このように長期間にわたって借地権を有している借地人(土地賃借人、以下では「借地人」といいます)は、次第に借地権が自分の土地のような感覚になってしまうことがあり、これがトラブルのもとになることがありますが、あくまで借りている土地に変わりがありません。

 

借地として長年使用している場合であっても、借地人が土地の所有権を有しているわけではありませんので、その借地権及び借地上の建物を、第三者に売却(譲渡)する場合には、土地所有者である地主(土地賃貸人、以下では「地主」といいます)の承諾を得る必要があります。

この承諾のことを一般的に「譲渡承諾」といいます。

 

また、借地上にある建物を建て替える際にも、地主の承諾を得る必要があります。この承諾のことを一般的に「建替承諾」や「条件変更承諾」といいます。

 

このように借地権を第三者に売却する場合や、借地上の建物を建て替える場合などには、地主の承諾が必要になります。

地主に無断で、借地を第三者に売却したり、建物の建替えを行ってしまいますと借地契約(土地賃貸借契約)の解除事由となってしまいます。

 

借地権の処分を行う場合には、地主の承諾が必要になりますが、地主が承諾してくれない場合には、裁判所に「承諾に代わる許可」を求めることになります。

この手続のことを「借地非訟手続」といいます。

地主がこれらの変更の承諾してくれない場合に、無断で譲渡や建替えをしてしまうと契約違反になってしまい、借地権自体を失うことになってしまう場合もありますので、注意が必要です。

 

 

2:借地を巡る法律関係は複雑です

借地を巡る法律関係は、当事者間で締結された契約だけでなく、借地借家法や借地借家法が制定される前の適用法律である旧借地法(以下では借地借家法と旧借家法を併せて「借地借家法等」といいます)によって規律されています。

 

借地借家法等の規定の大半は、当事者間の合意(契約)によっても借地借家法等に反する合意をすることができない強行規定とされており、借地を巡る法律関係を検討するに当たっては借地借家法等の理解が必要不可欠となります。

 

なお、借地借家法が制定された現在においても、借地契約(土地賃貸借契約)が借地借家法が制定される以前(平成4年)に成立している場合には、今日でも旧借地法が適用されるという点にも注意が必要です(借地借家法附則4条)。

 

このように借地を巡る法律関係は複雑ですので地主との交渉及び借地非訟手続を行うのであれば、法律違反にならないように、また、円滑に交渉を進めるために、弁護士に依頼した方が良いと思われます。

 

 

3:借地非訟手続

借地人から地主に対して、借地権の譲渡の承諾や、借地上の建物の建替え(条件変更を含む)の承諾を求めたにもかかわらず、地主が承諾をしない場合には、裁判所に地主の承諾に代わる許可を求めることができます。

裁判所に対して地主の承諾に代わる許可を求める手続のことを「借地非訟手続」といいます。

 

借地非訟手続の対象となるのは、借地条件の変更に関する承諾(借地借家法17条)、建物の増改築に関する承諾(借地借家法17条)、借地権の譲渡に関する承諾(借地借家法19条)などの類型に限られております。

 

この点について、不動産を購入する際に金融機関から住宅ローンを借りることは多いと思います。

借地権の場合には、金融機関が建物に担保を設定する際に、金融機関から借地人に対して、土地の所有者である地主が建物に担保を設定することを承諾する旨の書面を取得するよう求められることがあります(いわゆる「担保承諾」)。

この担保承諾については、借地借家法には担保承諾に代わる許可という制度はありませんので、借地非訟手続でも担保承諾に代わる許可を求めることはできませんので注意が必要です。

 

 

4:借地権の売却の流れと留意点

(1)まずは買主候補者を探します

借地権を売却する際には、借地権(建物の所有権を含む)を移転する前に地主から譲渡承諾を得る必要がありますが、地主に譲渡承諾を打診をする前に、借地権を譲り受ける買主候補者を探すことが必要です。

地主から譲渡承諾を得るまでは借地権や建物所有権の移転はできませんが、買主候補者がいないことには地主に対して譲渡承諾の打診もできませんので、まずは買主候補者を探す必要があります。

 

買主候補者を探さずに、(4)で述べるような、地主に対して借地権を譲渡する(買い取ってもらう)交渉を行うことも可能ですが、買取価格を大幅に下げられてしまう可能性が高く、お勧めできません。

 

(2)買主候補者との間で売買契約を締結します

買主候補者が見つかったら買主候補者との間で売買契約を締結します。この時に、注意しなければならないのが、地主から譲渡承諾を得るまでは借地権を移転してはいけないということです。

地主から譲渡承諾を得る前に、借地権を譲渡してしまいますと、地主から借りている土地を無断で譲渡したことになり、契約違反、契約解除事由に該当することになります。

 

そのため、買主候補者との間で借地権及び建物の売買契約を締結する場合には、借地権及び建物を買主候補者に譲渡する時期は、地主の承諾を得た後になることを明記しておく、

具体的には、借地権や建物所有権移転の時点を、地主から譲渡承諾を得ることないしは裁判所が譲渡承諾に代わる許可を得ることを(譲渡承諾ないしは譲渡承諾に代わる許可を得た時点で権利を移転する旨の合意である)停止条件とすることが必要になります。

 

(3)地主との交渉

買主候補者との間で借地権及び建物の売買契約を締結したら、地主から譲渡承諾を得るために、地主と交渉します。地主への連絡の方法は、従前から地主と交流があり、比較的良好ないしは円満な関係といえるのであれば、これまでと同じ方法で地主に連絡を取りましょう。

電話や手紙ではなく訪問する方が良いでしょう。

 

地主から承諾料の支払いを求められないこともまれにありますが、多くの場合には地主から借地権の承諾を拒否されるか承諾料の支払いを求められることになります。

 

地主から承諾料を請求された場合には、その承諾料の金額が適切か確認・検討することになります。地主から請求された承諾料が借地非訟手続になった場合と比較して、適切ないしは低い金額の場合には、承諾料を支払って譲渡承諾を得た方が良いといえます。

また、借地非訟手続になった場合に要する時間や費用を考慮しますと、請求された承諾料が相場よりも多少高いぐらいであれば承諾料を支払ってしまうことも検討すべきでしょう。

この段階では、地主から請求された承諾料が適切妥当かどうか不動産鑑定の知見を活用して判断することが極めて重要になります。

 

(4)地主への売却

地主との交渉の中で、地主が借地権の譲渡承諾に難色を示した場合には、裁判所から譲渡承諾に代わる許可を得るために借地非訟手続に移行することも可能ですが、地主に対して、地主が借地人から借地権を買い戻さないか(地主に対して借地権を売却すること)提案することがあります。

 

この方法は、地主が借地権の譲渡には難色を示しており、また、地主が借地権を返してほしいと考えている場合には有効な方法です。

また、借地非訟手続では、地主が借地権を買い取る権利(優先譲受権、いわゆる介入権)が認められており(借地借家法19条3項)、地主から、借地非訟手続になった場合には、必ず介入権を行使すると明言されている場合などには、借地非訟手続に要する時間や手間を考慮して地主への売却も検討すべきです。

 

地主へ売却する際に、借地権者から地主に買取価格として提案する金額は、地主が借地非訟手続で介入権を行使した場合の地主が支払うことになる買取価格が基準になります。

介入権を行使した際に想定される買取価格を、借地非訟手続の前の交渉の時点でも金額提示することが合理的といえます。介入権を行使すれば受領できる金額を下回る提案をされた場合には、借地権者がその金額に応じる合理性はないといえます。

 

そして、地主が借地非訟手続において介入権を行使した際の買取金額は、「借権価格マイナス譲渡承諾料」とされています。地主ではない第三者に譲渡した場合に借地人が得られる金額になります。

この段階では、地主に提案する、ないしは地主から提案があった借地権の買取価格が適切妥当か判断することが極めて重要になります。

 

(5)借地非訟手続の申立て

地主との交渉が不調に終わった場合には、裁判所に借地非訟手続を申立てます。

借地非訟手続に要する期間は、譲渡や建替えの承諾料だけが争点となっている事案でも1年程度はかかりますし、承諾料の他に(借地の利用を巡る)事実関係などに争いがある事案ではさらに期間を要します。

そのため、借地権は、早期に売却することを希望されるのであれば、借地非訟手続に移行することなく、多少高くても地主の提示する承諾料を払ってしまうか地主への売却交渉を行うことをお勧めします。

 

 

5:不動産鑑定の知識が必要不可欠です

このように借地権を売却する際には、地主に対して支払う承諾料や地主が借地権を買い取る場合の借地権価格の金銭的な評価を正確に行うことが極めて重要です。

 

借地権の第三者への譲渡承諾につき、東京地方裁判所で実施される借地非訟手続では、承諾料の水準は「借地権価格の10%」、地主から介入権行使された場合の買取価格は「借地権価格マイナス譲渡承諾料」などとされていますが、この金額算定の基準となる「借地権価格」については基準が全く示されておらず、不動産鑑定評価に委ねられています。

 

そして、借地権価格は、土地ごとに、価格査定に当たっての判断要素が異なるので基準を示すことが難しいですので、適切に不動産鑑定を行う、ないしは不動産鑑定の知見を活用して借地権価格を算定することが必要不可欠となります。

借地権価格を決めるのは「不動産鑑定」ですから、不動産鑑定の十分な知識なしに借地非訟手続を行うことはできません。

 

借地非訟手続の中で、最終的には裁判所が選任した鑑定委員会による不動産鑑定(裁判鑑定)によって承諾料などの価格が決定されるとしても、裁判所による不動産鑑定がなされる前に自己に有利な結論を導くことができるように十分な立証活動を行うことが極めて重要です。

 

「どうせ裁判鑑定で決まるのだから当事者に訴訟活動は意味がない」という意見もありますが、裁判所から依頼されて裁判鑑定を行う不動産鑑定士は必ず当事者が提出した不動産鑑定評価書を確認しますから、その不動産鑑定評価書に矛盾がなければそれに反する判断を行うことは極めて難しくなりますので、裁判鑑定の前に不動産鑑定評価をきちんと行うことには大きな意味があります。

反対に、不動産鑑定ないしは不動産鑑定の知見を活用した見込みを立てることなくやみくもに地主との交渉や借地非訟手続を行うことは危険といえます。

 

なお、不動産の価格を決める指標としては、相続税路線価か固定資産税路線価などの基準が知られていますが、裁判手続では、これらの路線価の金額を採用するのではなく、不動産鑑定評価に基づく時価評価を行います。

これらの路線価はあくまで参考にすぎませんし、また、不動産業者が作成した査定書などは不動産鑑定評価とは異なるものですので不動産鑑定評価に当たっては全く考慮されません。

 

 

6:最後に

以上のように借地権の売却は、何も制約のない土地の売却と比較しますと、かなりの労力を要します。

そのため、借地権の取引を嫌われ、極めて低い価格で取引されることも多いようですが、適切な手順と対応を採れば、適切な価格で売却することは可能です。

借地権であるからといって売却をあきらめることは全くありません。

 

 

以上

オビ コラム

◉プロフィール

安藤 晃一郎…法律事務所リーガルアンサー代表弁護士

【東京弁護士会所属】 (弁護士・不動産鑑定士)

明治大学法学部卒業・中央大学法科大学院修了。不動産鑑定士資格を有する数少ない弁護士として、不動産案件、不動産に関する遺産相続トラブルを専門とする。

著作に「賃貸トラブル 法律知識&円満解決法」(日本実業出版社)、「これならわかる〈スッキリ図解〉介護事故・トラブル」(翔泳社)など。

 

法律事務所リーガルアンサー

〒160-0022 東京都新宿区新宿1-6-11 水野ビル3階

TEL:03-6274-8099

URL:http://www.legal-answer.jp/

 

 

 

◆2017年03月号の記事より◆

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