世の中の体温を上げる仕事

スープを食べる20分から生まれるドラマ

株式会社スープストックトーキョー/取締役社長 松尾真継氏

 

スープストックトーキョーのスープは、「世の中の体温を上げる」という。創業者遠山氏から同社取締役社長・松尾氏へ継承された「作品となるビジネス」は、スープという名の思いとなり、手に取る人々のドラマを生み出している。

株式会社スープストックトーキョー/取締役社長 松尾真継氏

ビジネスはアート・こだわりのスープは作品

スープストックトーキョーは、「食べるスープ」をコンセプトとした新しいジャンルのファストフード店だ。

関東を中心に全国で60店舗以上を展開、働く女性をはじめとした様々な年齢層の女性から、高い支持を得ている。

 

同店の創業は1999年。創業時は三菱商事の社内ベンチャー企業「株式会社スマイルズ」の事業のひとつであった。創業者は三菱商事の商社マンであった遠山正道氏だ。遠山氏は、アーティストの顔も持ち、常に「作品となるビジネス」を求めていたという。

そんな遠山氏の脳裏に浮かんだ「女性がひとりでスープを食べてほっとしているシーン」を形にしたビジネスが、「スープストックトーキョー」だ。創業時に行ったプレゼン「1998年、スープのある1日」は、現在も変わらず誰かのストーリーを生み出している。こだわりのスープは、季節の野菜と厳選した素材、自然の調味料、さらに心と手間がたっぷりとかけられ、まるでアート作品のようだ。

 

スープストックトーキョー中目黒店(撮影:河田弘樹)

 

「商品はもちろん、店のデザインやお客様への言動にも、すべてに自分の名前をつけられるものを作ろう。それが、スープストックトーキョーが考える作品性です」と語るのは、現在の取締役社長・松尾真継氏だ。同氏は中途採用で入社して以来、遠山氏の右腕としてスープストックトーキョーの発展に貢献してきた人物である。

同氏がスープストックトーキョーと出会ったのは、立ち上げに参加していた新規事業の撤退が決まり、落ち込んでいた時だった。

「そんな時ここが見えて、入ってみたんです。スープを食べたらものすごく美味しくて。これだけ美味しいのにファストフードで提供できている、とてつもない可能性がある事業だと思いました」。そのまま同社に飛び込み、当時社長だった遠山氏の面接を取り付けた。「すごく良いブランドなので自分が育てていきたいって、偉そうに言いました」と同氏は笑って振り返る。

入社後、統括責任者を経て2008年副社長就任。2016年の分社と同時に、株式会社スープストックトーキョー取締役社長に就任した。

 

 

世の中の体温を上げる仕事

松尾氏が「本当に美味しい」と、同社に飛び込ませたスープが「オマール海老のビスク」だ。

これは、同社の「東京ボルシチ」と並ぶ看板メニュー。ふたつとも創業当時からあるロングセラーだ。しかし、クオリティを長い間保つには、並々ならぬ苦労があった。「牛肉問題や渡り蟹乱獲問題など、材料や産地を変えるトラブルに見舞われましたが、その度に気が狂うほど試作して、元の味を再現してきました」。

味の再現や統一は、添加物を使えば簡単だ。しかし同社は徹底して、自然素材と安全にこだわる。まさに、職人の作品だ。

しかし、この「スープ」をつくることは手段であり、最終目的ではないという。「我々の仕事は、スープを通して世の中の体温を上げることです」と松尾氏は語る。

 

スープストックトーキョー中目黒店(撮影:河田弘樹)

 

〝5感〟から生まれる人生のストーリー

同社の出資会社であり前身でもある株式会社スマイルズでは、「低投資高感度」「誠実」「作品性」「主体性」「賞賛」の5つからなる「5感」を行動規範にしている。この「5感」が、同社の企業理念「世の中の体温を上げる」へと継承されている。

「スープストックトーキョーは、事業拡大を最終目標としていません。自分たちとお客様が本当の意味で豊かになるものを作り、それが誰かの生活や人生を前向きに変えるきっかけとなることを目指しています」

松尾氏は、同社の競合は、他のカフェでもファストフード店でもないという。「ライバルは、強いて言えば映画です。人は、作り手の思いがつまった作品を観て、感情が動きます。同じように、我々のスープを食べて、素直になったり前向きになったり、その人のドラマが始まる存在でありたいのです」。

 

スープストックトーキョー中目黒店(撮影:河田弘樹)

 

価値は〝人〟にある思いで心と世の中を温めたい

松尾氏が考えるこれからの課題は「人という付加価値を更に高めること」だという。スープストックトーキョーは、現在オフィス街がある駅ビルを中心に展開している。しかし、将来駅ビル利用者が減ることになれば、同店に立ち寄るお客様の数も減るかもしれない。これからは、駅ビルにこだわらず、どこに出店しても客足を途絶えさせない「ブランド」が必要だ。

 

「このブランドだから人が来るという状態を作らないと、生き残っていけない時代です。商品のブランドだけではなく、人の価値をもっと高め付加価値としていくことが必要です」

この価値を高める働きは、すでに始まっている。「毎年、1月7日に七草粥をメニューに加えるのですが、渡すときに七草粥に込められた我々の思いである〝今年も健康でお過ごし下さい〟の言葉をかけるようにしました。すると、お客様からも感謝の言葉が返ってくるようになったのです」。売り上げは例年の3倍となり、スタッフ自身への感謝のメールも増えたという。

「価値は商品を届ける〝人〟にあります。世の中の体温を上げるのは〝人〟なのです」と、松尾氏は力を込めて語った。

 

 

 

松尾真継氏から学生に向けて

 

─スープストックトーキョーの採用試験ではどんなことが行われるのか

「表現力採用」を行っています。自分の「好き」を面接官に20分間でプレゼンしてもらうのです。これは、初めて会った人に自分の「好き」を伝えられる力を把握するために行っています。過去には、「先輩が作った大好きな歌」「ラクロスへの愛」など本当に多様なものがありました。また、本気になって絵本を朗読した女性もいました。その絵本に出てくる、彼女の言葉で発せられる「ありがとう」に感動して、その方は採用となりました。

 

─お客様対応のマニュアルはあるのか

マニュアルは用意していません。マニュアル化は仕組み化と同じです。仕組み化してしまうと、行うことが義務となってしまい、心が伝わりません。その日にいらっしゃるお客様の様子をみて、自発的に判断して、心を込めた対応や表現ができる、感性の高い人を採用したいですね。

 

─感性を高めるにはどうしたら良いのか

自分に正直であることだと思います。私は、会いたいと思ったら会いに行く、欲しいと思ったら取りに行きます。可能性を自分で広げることが大切です。できないことを、人のせいにしてはいけません。人生は自分次第です。魅力的になろうと思うことで、自然と培われるのではないでしょうか。

 

─学生時代にやっておけばよかったと思うことは何か

プログラミングなどITに関する教育があればよかったと思います。また、日本でだけ過ごさなくてもよかった、もっとたくさんの人と付き合っておけばよかったと思っています。ただ、学生時代にやった様々なアルバイト経験は、今に活かされています。今のうちにいろんな企業に入り込んで、社会や人とのネットワークを広げておくことが大事だと思います。

 

─これから社会へ出る学生へアドバイスをお願いします

どんな会社の仕事でも、「これは本当に自分が欲しいと思うだろうか」と自問自答して欲しいです。この価値基準の企業が増えたなら、もっと世の中は良くなるのではないでしょうか。「良い仕事」ができるところを選んで欲しいと思います。我々も、「世の中の体温を上げること」からぶれずに、「良い仕事」をしていこうと思っています。

 

 

●プロフィール

松尾真継(まつお・さねつぐ)氏…1976年 神奈川県出身。早稲田大学卒業後、1999年日商岩井株式会社(現、双日株式会社)入社。2001年UNIQLOを運営するファーストリテイリングに転職。2004年三菱商事社内ベンチャー企業「株式会社スマイルズ」入社。2008年副社長就任。2016年2月 分社に伴い、株式会社スープストックトーキョー 取締役社長就任。

 

●株式会社スープストックトーキョー

東京都目黒区中目黒1-10-23 シティホームズ中目黒203

TEL:03-5724-8523(代表)

URL:http://www.soup-stock-tokyo.com/

年商:75.9億円

従業員数:社員186名、アルバイト1,500名 (2017年3月現在)