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青山社中株式会社 桑島浩彰共同代表CFO ‐ アメリカ現政権の日本の見方

◆取材・文:加藤俊 obi2_interview

桑島浩彰氏(くわしま・ひろあき)…1980年石川県生まれ。東京大学経済学部卒業。ハーバード大経営大学院/行政大学院同時修了(経営学修士/行政学修士)。三菱商事株式会社 生活産業グループ (コーヒー担当)を経て、株式会社ドリームインキュベータ (日系戦略コンサルティングファーム)に入社。国内大企業のグローバル戦略立案及び実行支援に従事。2012年5月青山社中株式会社 共同代表CFO就任。

「政治3流、経済2流、官僚1流」

往時はよく聞かれたこんな話も、官僚機構の権威の失墜が言われる昨今、口にする人はいなくなった。いつしか「官僚=悪」という図式が公然と語られるようになり、官僚を擁護する声はおろか、ニュートラルな意見さえ殆ど聞かれなくなって久しい。そういった霞が関批判が叫ばれ始めた2003年、「プロジェクトK(新しい霞が関を創る若手の会)」は結成された。

経済産業省の官僚だった朝比奈一郎氏と文部科学省の官僚だった遠藤洋路氏達、多士済々の若手官僚数名が、「霞が関を変えたいと思っているのは、学者でも評論家でもなく、霞が関で働く官僚自身」 という声をあげて、作った改革プロジェクトだ。

ただ、官僚組織を内部から改革していこうというスローガンは、花火として大きく爆ぜたものの、自らの権益堅持に躍起な省庁では一朝一夕で、早々何かが変わるものではない。民主党政権時代の「国家戦略室」など確かな形で動きはありながらも、変革は今もって道半ば。

 

時は2010年、彼らは霞が関の外に出る。戦場でいえば最前線に築いた橋頭堡である「プロジェクトK」は残ったメンバーにしっかりと引き継いで、霞が関改革、ひいては国の立て直しは「外から」行っていく段階に入ったとの決断だった。そして彼らは会社を設立する。青山社中。坂本龍馬率いる海援隊の前身「亀山社中」にちなんで命名されたこの「青山社中」が、現在「世界に誇れ、世界で戦える日本」をスローガンに、国の立て直しに力線奮闘している。

 

この会社、一口に事業概要を説明するのは難しいが、政治の周辺産業が少ない日本では珍しい、「政策シンクタンク会社」としての顔と、「明日のリーダーを育てる養成塾」、「企業コンサルティング」といった政策・人材・組織創りの三事業が表立ったものになっている。特に、「青山社中リーダー塾」は2011年5月の開講後、次世代のリーダーたらんとする、意識の高い若者が集う場としての、強烈な磁力を放ち出している。

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そこで本日は、7月の衆議院選挙後、アメリカのシンクタンク機関「カーネギー財団」の依頼を受けて、最新の日本情勢をワシントンで講演してきた、同社共同代表CFOの桑島浩彰氏の、塾生及びその周辺者への説明会で取り上げられた話を紹介する。内容は「ワシントンで講演した際のアメリカ側の反応」。

※アンドリュー・カーネギーが寄付をして作った世界的な財団。シンクタンク機関

アメリカのカーネギー財団で説明したこと

まず、私からは今回の選挙の勝因を、安倍政権が戦略的にフォーカスした点と、あえて戦略的にフォーカスしなかった点に分けて説明しました。戦略的にフォーカスした点は、「ねじれの解消」というキーワードを、政治が機能しなかった9年間を想起させるのに効果的なフレーズに仕立てたこと。また、日本でリベラル勢力が弱くなった面の受け皿に公明党が収まったことに見る、「連立政権」のバランスの良さをしっかりとアピールできたことなどです。

それとは逆に、あえてフォーカスしなかった面として、「憲法改正」に関して世論調査の芳しくない結果を受け、明らかにトーンダウンさせたこと。また「社会保障改革」、「財政再建に絡む話」にも〝あえて〟タッチしなかったこと。それから、改革が必須なところに属するステークホルダーにも、痛みに言及するのではなく、これを「成長戦略」というキーワードに変換して、痛みに焦点を絞らせなかったことなどです。こうした戦略が功を奏したという説明をしてきました。

 

それから選挙結果を通して、「永田町の中で大きな世代交代が起きている」という点を説明してきました。今回の選挙で、衆参全体の「3分の1」以上が一年生議員で占められるようになり、当選回数三回未満の議員で衆参全体の「3分の2」以上が占められるようになったという点を報告してきました。

 

アメリカの安倍政権への見方

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次に、選挙までの期間、アメリカ側の日本に対する見方の変移を見てみましょう。安倍政権誕生から衆議院選挙までの期間、アメリカの日本に対する見方はジェットコースターさながらに乱降下しました。首相就任時から、3月のTPP/環太平洋パートナーシップ協定の交渉への参加表明までは、「Japan is back! 」という言葉に裏付けられた安倍政権の自信に溢れる姿勢が、非常に好意的に受け止められていました。ワシントンのシンクタンクでは、7月の衆議院選挙を終えるまでは、TPPへの交渉参加表明はしないだろうという見解が大勢を占めていましたから、3月の段階で交渉参加を表明したことは、驚きをもって迎えられ、「決断できる政権」という評価に繋がりました。

 

 

ところが、4月に麻生副総理が渡米した際、歴史問題で日本に自制を求める話がでたにもかかわらず、帰国直後に靖国に参拝したことで、アメリカの見方は変わったそうです。特にオバマ政権は民主党政権ですので、歴史問題には非常にセンシティブです。日本の右傾化を心配する声が、至る所で聞こえるようになり、アメリカの知日派たちを中心にアメリカ側が歴史問題に言及しないでほしいと要請しました。

それを受けて、安倍政権は現実路線を辿ると思われたところ、維新の会の橋下さんの件の発言がでて、歴史問題という文脈での日本の見方が決定的に急降下してしまいました。こういった状況で衆議院選挙に突入して安倍政権が大勝しましたので、日本の更なる右傾化を心配する声に繋がったのです。

 

日米の認識の温度差はなぜ起きるようになったのか?

このように近年日米間の間で、歴史問題はじめ、経済、政治など様々な点で温度差が生じるようになりました。これは何故なのか。私個人の見解として、大きな要因を三点挙げます。

一点目は、近年、日本からアメリカへの情報発信があまり行われていないことです。特に民間サイドからの自発的な情報発信は日本の経済規模と比較すると、より積極的に行われてしかるべきです。今の現状では、日本側の意図を効果的に伝えられる状況に至っていないと思います。

二点目は、日本のメディアが、「ワシントンからの情報」として取る情報ソースの偏りに関してです。近年、日本のメディアに登場する、アメリカの見解を語る有識者は特定の知日派に集中している兆候が見られます。問題なのは、毎回同じ顔ぶれで登場する知日派の見解と、現オバマ政権の東アジアに対する目の向け方が、昔ほど一致していないことなのです。日本側が、アメリカ側を読み誤る背景には、情報の解釈云々ではなく、そもそもの起点からずれていることが考えられるのです。ここは日本としても、アメリカからの情報の取り方をもう一度精査するタイミングに来ているのだと言えます。

三点目は、日本の国力が強かった時代は、日本を調べようという知日派が、それほど意識しないでも勝手に育ってくれる環境が整っていたのですが、日本の力が弱くなった今日では、日本をあえて選択するという方が殆どいなくなってしまったことです。ことこの段階に至っては、日本として知日派をきちんと育てていくという考え方が必要なのではないでしょうか。

 

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青山社中株式会社

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町工場・中小企業を応援する雑誌BigLife21 2013年11月号の記事より

2013年11月号の記事より
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