武州工業株式会社/代表取締役 林 英夫氏
同社の本業は自動車部品用のパイプ曲げ加工。創業63年の歴史には山もあり谷もあったが、同氏は「当社は、世の中よりも落ち込み方が遅くて小さく、そこからの立ち上がりも世の中より早い」と語る。 たとえば、バブル崩壊のときもそうだ。2000年、カルロス・ゴーン氏が日産の社長に就任し、リストラクチャリングを行った。 簡単に言えば、儲からない仕事をカットし、儲かる仕事に専念するのがリストラクチャリング。部品メーカーにとって、その儲からない仕事がパイプ加工だった。 バブル期に、増え続ける生産台数に生産が追いつかなくなり、下請けへの発注のみならず自社生産も行うようになったが、バブル崩壊でそれが過剰設備となり手放したのだ。このとき、手放された5社7工場のパイプ部品を設備ごと・仕事ごと引き受けた同社は、バブル崩壊の翌年から4年間、売り上げが伸び続けたという。「1直・8時間・20日」の労働環境を目指す「8・20体制」に留まらず、同社ではさらなる従業員満足度の向上を図っている
2014年には、デザイナーの小関隆一氏とのコラボによる知育玩具「パイプグラム」を発売、B to Cにも乗り出した。 小さなパイプを組み立ててさまざまな形を作る、いわばパイプ版「ブロック遊び」ができる玩具だが、そのデザイン性や品質の高さ、また自由度の高さから、大人も遊べる知育玩具として注目を集めている。 パイプグラム誕生のきっかけは、モノづくり企業とデザイナーとをつなぐコンペティション「東京ビジネスデザインアワード」だった。2013年、同アワードにパイプ曲げ加工技術で応募した同社に、10人のデザイナーが知育玩具を提案。その中から、「このアイデアなら、小さい頃からモノづくりに親しんでもらえると思った」という小関氏のパイプグラムが採用されたという経緯だ。 自社製品を持つことでさらに安定した経営を図ると同時に、高齢化や後継者不足に悩む製造業の未来の担い手を育てる意義もある。日本発のモノづくり玩具、パイプグラムに期待がかかる。グッドデザイン賞2014、iFデザインアワード2015を受賞した「パイプグラム」。写真は、硬さのある黒いジョイントでしっかりとした立体をつくることができる「ベーシックセット・B」による20面体
同社の最大の特徴は、1人の多能工が生産の全行程を担当する「1個流し生産」と名付けられた生産体制だ。1985年に導入し、人材育成やIT化を進めながら年々磨き上げてきた。 この1個流し生産を、スペックを絞った自社製の機械である「ミニ設備」で行うことでローコスト化に成功、少品種大量生産から多品種少量生産への変革に成功した。1個ずつしか作らず、在庫も抱えない。注文があった時点で生産する、中小企業ならではのフレキシブルなモノづくりだ。 日本の職人のモノづくりに着想を得たという「1個流し生産」。道具づくりも含めた工程の最初から最後まですべてを1人の職人が行うという特徴を取り入れ、同社の「1個流し生産」も、最低限の機能のみを持った「ミニ設備」を自社で作り、生産計画から品質保証まですべてを1人の多能工が担当する。 「1個流し生産は、フランチャイズのラーメン屋さんのイメージです。フランチャイジーの親方が私で、1人ひとりが店長です。 もちろん、社としてのベクトル合わせは行いますが、品質、コスト、納期、開発、マネージメントなど、任せている範疇が大きいわけです。 ラーメン屋さんで、ラーメンにゴキブリが入っていると困りますよね。自分のラーメンに入っていたら、作り直せと返します。でも、周りで食べている人は自分のラーメンには入っていないから平気です。なぜ自分のラーメンには入っていないことがわかるかというと、ラーメンは1杯ずつ作っているからです。 これが大量生産だった場合はカップラーメンと同じですから、1つに入っていたらすべてを疑わなくてはならない。1個ずつ作っていれば、どこに入っているかわかるんです」ほかにも、柔らかな白いジョイントで作品の変形が可能な「ベーシックセット・W」や、オリジナルカーブのパイプで真鯛・カエル・だるま(写真)などの形がつくれる「組み立てキット」がある
「1個流し生産」は、1個ずつ作っているため検査の工程を設けていない。1個流し生産で作った製品が完成に至ったということは、すなわちすべての工程が正しかったことを意味するからだ。 問題のある製品が完成に至ることはなく、完成した時点で100%保証されているため、そのままトラックに積んで発送してしまう。これが1個流し生産でなければ、生産工程とは別に検査のプロセスを設け、何度も検査を行わなければならない。ここにも、同社のコスト削減のアイデアがある。 同社の1個流し生産では、検査がない代わりに、工程内で「3Z保証」という品質保証をしている。3Zとは、「作らず、流さず、受け取らず」の3つのZから成る。設備や金型といった工程能力の部分で保証するのが「作らず」だ。 そして機械や金型の不具合によって不良品が出た場合には「流さず」という工程内のチェックが入り、次の工程に流れない。そして前工程、購入部品などに不具合があった場合に受け取らないようにする仕組みが「受け取らず」だ。1個流し生産は、独立した検査プロセスを工程内に組み込んでしまうことで、コストをカットしているのだ。ベーシックタイプのパイプやジョイントにはレフィルも用意されている
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2013年には、医療機器分野の更なる拡大を見越して新たに工場を竣工。長年培ってきたノウハウと若手社員の柔軟な発想を生かし、これからも挑戦の手は緩めない。同社の経営は、日本の中小企業や製造業に大きなヒントとなるアイデアに溢れている。まだまだ、国内でできることがある。
5期ごとに定めたテーマに沿った活動を進める「アタックV活動」。今期は「おもてなしの心で」を活動テーマとし、顧客と密接なコミュニケーションを図りながら工程内品質保証体制を確立していくことなどを目標として、社員一丸となり取り組む。写真:工場
◉プロフィール
林 英夫(はやし・ひでお)氏
1952年 東京都生まれ。
1974年 日本大学生産工学部電気工学科卒業。 株式会社ヤシカ入社。
1978年 武州工業株式会社入社。
1992年 代表取締役。現職。
◉武州工業株式会社
〈本 社〉
〒198-0025 東京都青梅市末広町1-2-3
TEL 0428-31-0167
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