トヨタ、特許オープンの意図とは!? ‐ 西郷国際特許事務所
トヨタ、特許オープンの意図とは!?
◆文:西郷義美(西郷国際特許事務所所長・元弁理士会副会長・国際活動部門総監)
トヨタ自動車は燃料電池車( Fuel Cell Vehicle、FCV)の普及を後押しするために、単独で保有する燃料電池関連の全特許5680件を無償で提供すると発表した。自動車業界には、衝撃が走った。トヨタは何を考えているのかと。
ところで、燃料電池車の原理は簡単だ。中学生のときの実験を思い出して欲しい。水に電気を加えると、水のH2Oは、水素Hと酸素Oに分かれる。では逆に、水素Hと酸素Oを反応させるとどうなるか? 電気が出てくるのである。この電気を使い電動モーターを回し、車を走らせるのである。この水素と酸素を化学反応させて発電し、モーターで動くFCVは、走行時に温暖化の原因となる二酸化炭素を排出しないため、「究極のエコカー」と称されている。2014年12月、トヨタは世界に先駆けて、「MIRAI(ミライ)」を発売し、FCVを次世代環境車として力を入れている。
特許を無償で開放する「オープン戦略」はIT業界では珍しくないが、自動車業界ではあまり例がなかった。2014年6月に米国の電気自動車(EV)ベンチャーのテスラ・モーターズが特許を開放している程度である。
しかし、テスラとトヨタには違いある。テスラが開放した特許権は200件程度、一方、トヨタは5,600件と大きな件数規模の差がある。その他、こまごまとした違いがある。しかし、無償開放の真意はどこにあるのか。巷ではいろいろ言われているが、トヨタの豊田章男社長の説明をほぼ本音と受け取ってよいだろう。
「水素社会を作り上げるのは、ひとつの自動車会社ではできない。オールプラネットというか、みなさんの協力を得ながら水素社会を実現するための決断だ」。
数分程度水素の充填で数百kmの走行が可能という点は、ガソリンエンジン車と同様に利便性が高い。つまり、充電に時間がかかってしまう電気自動車よりも利便性が高く、走行可能距離も電気自動車よりも長い。ただし、エネルギー効率は電気自動車に比べると劣る。ではあるが、ガソリン内燃機関自動車のエネルギー効率(15~20%)と比較して、2倍程度(30%以上)と非常に高いエネルギー効率を実現している。 燃料電池自動車は、低出力域でも高効率を維持できるのが特長である。
ところで特許開放により、全てが味方の集まりのようになり、争いは皆無となるのか。しかし、人の集まる所に、競争は発生する。一般に、製品には互換性の問題などから、「規格」が重要である。そして、主たる地位を獲得しようと複数の規格が対立することにより、消費者が不便を強いられる「規格争い」という問題が生じている。つまり、「規格争い」により規格が異なったことで、消費者が迷惑を被った具体例がある。
古くは、家庭用ビデオにおけるVHSとベーターの争いがあった。ソニー側のベーターは敗退し、小生個人としても大いに迷惑した。また、パソコン向けOSにおけるWindowsとマックなど他のシステム、更に、インターネット上の通信プロトコルにおけるTCP/IPとIPX/SPXなどが挙げられる。
このような不便を解消するために、標準化機関等により、ISO、DIN、JISなどの規格が設けられている。しかし、規格決定まで何年もかかるなど、公的な規格の決定は容易なものではない。そこで、電気製品など、商品開発サイクルの短い分野では、標準決定まで何年も待たず、その時点での市場で一般的な規格である、デファクト・スタンダード(「結果として事実上標準化した基準」)を採用している。また、このようなデファクト・スタンダードが、後の国際規格であるデジュリ・スタンダード ( de jure standard) の土台となる事が多い。そして、当然ながら、デファクト・スタンダードを獲得した企業は大きな利益を手にすることができる。なお、わかりやすい例として、国際的なコミュニケーションに英語を採用することもデファクト・スタンダードの一種であると言える。
同じようなスキームとして、パテントプール(patent pool、特許プール)という考え方がある。これは、特定の技術に関連した特許の、クロスライセンス契約に合意した2社以上の企業によるコンソーシアム(共同体)である。このパテントプールのメリットは、特許権所有者とライセンシーの時間と金を節約する点にある。また、複雑に関連した複数の特許が存在する場合、ある発明を実用化するための唯一の妥当な方法が、パテントプールしかない場合がある。そして、パテントプールによって使用許諾された特許数とそのライセンス料、そして、パテントプールに属さないアウトサイダーの保有する特許数から、ある程度、妥当な特許使用料の範囲が想定出来るメリットもある。
結論すれば、トヨタの特許開放戦略は、仲間を多くし得て、燃料電池車の発展の規模を広げる効果がある。加えてその規模の拡大により、自身がデファクト・スタンダードそのものになり得る。そして更に、パテントプールが組織されるときは、他社の特許権をもリーズナブルに実施可能となり,一大帝国の盟主としての地位も約束されるであろう。
西郷義美(さいごう・よしみ)…1969 年 大同大学工学部機械工学科卒業。1969 年-1975 年 Omark Japan Inc.(米国日本支社)。1975 年-1977 年 祐川国際特許事務所。1976 年 10 月 西郷国際特許事務所を創設、現在に至る。
《公職》2008 年 04 月-2009 年 03 月 弁理士会副会長、(国際活動部門総監)
《資格》1975 年 弁理士国家試験合格(登録第8005号)・2003 年 特定侵害訴訟代理試験合格、訴訟代理資格登録。
《著作》『サービスマーク入門』。商標関連書籍。発明協会刊 / 『知財 IQ」をみがけ』。特許関連書籍。日刊工業新聞社刊
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