企業記事

【実例で見るM&A】思い出のホテル存続のため、M&Aで事業承継 – 森のホテル

2017.05.03
  オビ 企業物語1 (2)

実例で見るM&A

思い出のホテル存続のため、M&Aで事業承継 – 森のホテル

◇文:菰田将司 オビ ヒューマンドキュメント mori_Hotel_all 長びく不況により、日本の観光業は冬の時代が続いている。 バブル期に林立した観光地のホテル経営も厳しく、継ぐ者も無く、静かに廃業をむかえるところも多い。 しかしその苦境をM&Aという方法で乗り切ったあるホテルがある。経営者の物語をお伝えする。 ◇文:菰田将司    

木曽の栄枯を見続けて

東京から車で3時間。中央自動車道を伊那ICで下り、山あいの道を走り抜けると見えてくる木曽の町。 東に木曽駒ケ岳、西に御嶽山を仰ぎ、古くは中山道の宿場町として栄えた人口1万2000人ほどの小さな町だ。 更にその中心部から高原の林道を進むと、名門ゴルフコースと大企業の保養所が立ち並ぶ一角にアイボリーの壁に赤い瓦屋根が印象的な、瀟洒な佇まいのホテルが姿を現す。 それが、今回お話を伺った「森のホテル」だ。   「50年ほど前、町が払い下げた施設を父が買い取ってスタートしたのがこのホテルです。当時は、古い民家を移築しただけのもので、民宿に毛が生えた程度でしたけどね」   そう話す社長。その頃、日本の高度経済成長の追い風に乗って、木曽の町にも観光客が訪れるようになった。 ディスカバージャパン、日本の原風景を求めて、都会から観光客たちがこの山あいの静かな宿場町にも詰めかけるようになる。   賑やかだが穏やかなホテルの毎日。そんな日々を見て成長した社長の心にも、いずれ自分がこのホテルを継ぐんだ、という気持ちが強くなっていた。が、その時は意外に早く訪れた。   「大学2年生の時に、オーナーだった父が倒れた、という知らせを受けまして。急遽学業を取りやめて実家を継がなければならなくなったんです。 そこから右も左も分からない状態での経営でしたが、木曽には豊かな自然がありますので、夏にはゴルフ、冬にはスキーと、季節ごとに訪れてくれるお客様のおかげでやってこれました。 よく2月・8月は閑散期といいますが、うちは逆でしたね(笑い)」   こうしてスタートした経営だったが、世間は逆に、ゆっくりと停滞期に向かっていた。   長野県の観光地利用者統計によれば、木曽町を訪れた観光客数のピークは1994年で、535万人に上る。 しかし、その後は前年割れを続け、2000年代に入ると300万人台、そして2010年台には200万人台にまで低迷した。 長引く不況でゴルフ・スキーなどのレジャー客の足が遠のいたのが要因だった。同調査ではスキー客も1992年に137万人だったものが、現在は20万人そこそこと、実に約7分の1まで減少している。  

M&Aによる事業承継という道を選んだ田屋氏

「近くにあったスキー場も先ごろ廃業しました。 ……来訪客がピークの頃には、どこも羽振りがよかったんです。周りの同業も皆、改築したり増築したりして。 うちもその時に、今の形に改築しました。   けれど、うちは町の施設を払い下げてもらって開業したという経緯があったので、土地が町からの借地だった。 なので、銀行から融資を得るときに担保にならなかった。それでとても苦労しました。 多くの人の協力を得て、義父に保証人になってもらい、なんとか銀行から数億の融資を得るまでに、2年もかかりました」   そうして新館を建て、月に数百万円の返済も、返し続けることができた。   「本当に苦しいときは、妻に内緒でカードのキャッシングまで使って。私の給料はゼロ。それでも、うちは客層がよくて。厳しいながらも楽しく、幸せにやっていました。 そうして20年、自分もそろそろ引退して第二の人生を考える頃かな、などと思っていた時に、御嶽山の噴火が起こったのです」   木曽町の西にそびえる霊峰御嶽山は、2014年9月27日に突如として水蒸気爆発を起こし、死者58名という戦後最悪の山岳事故になった。 現在でも山頂部は登山禁止が続いている。 この噴火によって、木曽町の観光客は激減した。 噴火翌年の調査では、観光業関係者の実に94%の人が経営に影響ありと答え、うち39%は死活問題のレベルだと答えている(観光協会調べ)。   「私には娘が二人いるのですが、二人とももう嫁に行っているし、噴火で客足も遠のいている。そこで、M&Aをして事業承継しようと考えたんです。 まず、最初に銀行の勧めもあって訪ねてみたのが日本M&Aセンター。けれど、ああいうところは大企業しか相手にしてくれないんですね。 『ゼロ円なら買い手が、ということもありますよ。加えて弊社の最低フィー2000万円になります』なんて言われたんで、じゃあ結構です、と。 もう銀行に借金はないし、そもそも借金で潰れたなんて言われたくないから今まで頑張ってきた。そういう自負はありますし、譲渡して自分の手出し資金が必要とは……」   M&Aセンターに見切りをつけ、他の方法で相手を探しているうちに巡りあったのが、以前本誌でも取り上げたM&Aサイトのトランビだった。   「偶然知ったトランビを使ってみようと思い、ピックアップ案件という所に登録してみたんです。そうしたら、その日のうちに7件も問い合わせが舞い込んできた。 驚きました。1年くらい、色々なところにあたってみても全く話が出てこなかったのに」   そこからメールのやり取りを始め、最終的に3件に絞り、話を続けていった。   「譲渡スキーム、譲渡代金など、複雑なやりとりが続いたのですが、トランビから紹介を受けた事業承継アドバイザリーの田中さんと公認会計士の門澤さんが親身になって交渉にあたってくれて。 1年以上話し合いを続けた結果、なんとか、本日つい先ほど、判を押してきました」   そう、実は取材当日がM&Aの契約が成された日だったのだ。 今の心境はどうですか?と尋ねた。   「ホっとした、というのが52%くらいです。あとは期待と不安と……。これから手塩にかけたホテルがどうなっていくか、お手並み拝見です」    

【インタビュー】M&Aを終えて

─まず、どうしてM&Aを考えたのでしょう?   自分でもう一度ホテルを立て直そうとしたら、やはり融資が必要になる。しかし、そうすると完済するのは80歳になってしまう。 娘たちも「継ぐよ」と言ってくれたんですが、せっかく普通の家庭を営んでいるのに、こういう不安定な仕事を託すのも申し訳ないな、と思ったのがきっかけですね。   ─M&Aをすることについて、周囲の環境などから影響は受けましたか?   木曽は閉鎖的な気風で、あまりよそ者や目立つ行為が好まれません。そのせいか、問題をつい内に抱え込んでしまう。近所にも最近廃業したホテルがいくつかあります。 ご主人が客足を取り戻そうと借金を重ねたまま亡くなられて。それから売りに出されて二束三文で買い叩かれたり。 うちより大きかったホテルも、固定資産税が払えなくなって、町役場で競売にかけられて。 そういう周囲の状況があったので、外からの風を入れたいという気持ちはありましたね。   ─では、M&A相手を探している時に、なぜトランビを選んだのでしょうか?   最初は偶然でした。日本M&Aセンターや、長野県の中小企業引継センターなどにも相談してみたのですが、どこもいい顔はしなかった。 そんな時、ある記事でトランビの存在を知り、ネットで登録するだけなら簡単だと思って、試しに登録してみたんです。そうしたら話を聞きたいという相手が現れて。 トランビには税理士など専門家が揃っていて安心してお任せすることができた。田中社長も「もしここがダメになっても次がありますから」と粘り強く交渉にあたってくれました。   ─本日、契約をされてきたわけですが、相手を選んだ決め手はなんだったのでしょう?   初めてお会いした時に「木曽を元気にしたいですね」と言ってくれた。周りがどんどん廃業し、若い人が離れていっているこの町で、ホテルを続けていた想いに応えてくれたと感じました。 実際、今回新採用した若い従業員が、この町に住民票を移してくれたんですよ。M&Aをしたら、木曽町に若い人口が増えた(笑い)。嬉しいことです。   ─改めて、ホテルを手放したことに、どんな思いがありますか?   複雑ですね。うちは本当にお客様によくしてもらいました。 リピーターになってくれて、木曽に来るときには定宿にしてくれている方々もたくさんいます。その皆さんにまだ挨拶をできていないのは心残りですね。   ─今までホテルをやっていて、よかった話をお聞かせください。  

ホテル館内に飾られている、田屋氏の二人のお嬢さんの肖像画。お客さんである有名な画家の方が描いた作品とのこと。

やはりお客様です。都市銀行の頭取さんとか、大手自動車メーカーの会長さんとか、トヨタの関連会社の重役さんとか、そういうVIPの方々に懇意にしていただけた。 都市銀行の頭取さんは毎年来てくれます。他にもうちに作品をプレゼントしてくれた著名な芸術家の方。多くの素晴らしいお客様に支えられてやってこられた。感謝しています。   ─今後はどうなされるおつもりですか?   自宅がホテルに併設しているんです。ただ、今までは忙しくて家に帰れず、毎日ホテルで寝泊まりしていたので、自宅で寝たことが無かったんですが(笑い)。 これからもホテルのそばで暮らし、ホテルとこの町を見守っていきたいです。   ─最後に、これからM&Aを考えている方にメッセージをお願いします。   うちみたいにホテル業は、資産価値がある間にしないといけないから、タイミングは大事です。それに、思い切りも。 勿論、皆さん家業に思い入れがあると思います。私自身そうでした。だからこそ、売る時はそういったしがらみを考えず自分本位で考えたほうがいい。 自分の将来を考えて、それにとことん付き合ってくれる人に相談して。しがみつくことはないと思います。   ─ありがとうございました。      

◆アドバイザーからの一言

事業承継アドバイザリー社長一般社団法人虎ノ門会代表理事 田中謙太郎氏 mori_Hotel_tanaka虎ノ門会と提携しているトランビの高橋さんと一緒に初めて森のホテルを訪れた際、田屋社長から「30年近くホテルを運営していて、お客さんの喜んでいる姿をいつも見てきたが、 ずっとホテルに夫婦で住み込んで働いているため、夫婦で旅行もしたことがない」と伺い、自分たちの収益を度外視しても何とかしたいと思いました。 実際、田屋社長の真面目なお人柄がホテルの隅々まで伝わっておりましたし、財務諸表にも顕著に表れておりました。 承継先企業は木曽福島に近い名古屋の企業であり、その経営者は小職の以前よりの知り合いであったため、信頼できる経営者であることは分かっておりました。 ホテル運営に進出したいと思っている若手経営者であるため、次世代への事業承継にもなり大変良かったと思っております。 譲受後には、経営者自らが1カ月間ホテルに常駐するとの意気込みです。 譲渡代金についても、森のホテルは経営状況がそれほど良くない状態でありましたが、承継先企業に頑張って頂いたため、田屋社長の老後資金も確保できました。 今後、森のホテルに人材と資金を投入するとのことで、木曽福島の地域活性化にも繋がる可能性も秘めており、今後が楽しみだと思っております。   ただ、残念なのが、このように地方で事業承継に困っていらっしゃるオーナーが多いのにも関わらず、オーナーの立場から事業承継をアドバイスする専門家が少ないため、 廃業を選択せざるを得ない中小企業が多いことです。 今回のケースのように大手仲介会社は、中小企業にとってフィーが高すぎであり、仲介会社の中には対象会社の事業内容と財務諸表をきちんと把握することのできない人材も見受けられます。 しかも、本件のように売り手のオーナーの立場になって買い手と交渉すれば、売り手オーナーにとって満足が得られる譲渡価格になるにも関わらず、 仲介会社は買い手からもフィーを得ているため売り手の利益最大化を追求した交渉をすることが出来ません。   この現状を打開するために虎ノ門会(http://www.toranomon-kai.com/)を3年前に発足致しました。 この会を通じて、1社でも多くの企業が良い事業承継を選択できること、ひいては、日本経済の活性化に繋げたいと思っております。     一般社団法人虎ノ門会 理事公認会計士 門澤慎氏 mori_Hotel_monsawa事業承継を成功させるためには、少数株主の整理や事業の切り分け等、老舗のオーナー会社にありがちな株式にまつわる問題を整理し、 しっかりとした事業承継ができる体制を構築することも非常に重要となります。 本件でも、少数株主の集約化の過程で一部交渉が難航した株主様がいらっしゃいましたが、会社法等のルールを踏まえた交渉を重ねることで、 最終的には株式の集約化を完了させることができました。 我々虎ノ門会はこれらアドバイスもしっかりと行うことで、1社でも多くの売り手のオーナーが最終的に満足を得られるような事業承継を実現させ、 地域経済やひいては日本経済の発展につながる一助になるべく、活動を行っております。 もしご相談事項がありましたら、お気軽に下記の問い合わせ先までご連絡ください。     M&Aマーケット「トランビ」代表 高橋聡氏 mori_Hotel_tranbiトランビは、事業の売り手が無料で利用できるM&Aのマッチングサービスです。 現在、トランビは2万件弱の買い手候補を有しているため、平均7社の買い手候補を事業の売主の方にご紹介できる仕組みとなっています。 今後ご紹介できる買い手候補を35社にまで増やすのが我々の目標です。 今までは高額なM&A専門家の手数料が課題となり、企業の8割を占める売上高1億円以下の企業は、M&Aで事業承継をする、という選択肢は持ちえませんでした。 トランビでは規模の大小に関わらずご利用いただけますが、特に小規模企業の事業承継問題対策として有効な手段となっています。 トランビでは自らM&A仲介業を行なわず、全国各地のM&A専門家の方々と協力体制を構築することで、全国の多くの企業の事業承継問題の解決に挑戦しています。     オビ ヒューマンドキュメント 【取材協力】 木曽駒高原 森のホテル 長野県木曽郡木曽町日義木曽駒高原 TEL 0264-23-7331 http://www.morinohotel.com/   【問い合わせ先】 ●一般社団法人虎ノ門会  http://www.toranomon-kai.com/ 〈メール〉 k-tanaka@toranomon-kai.com s-monzawa@toranomon-kai.com   ●Tranbi トランビ http://www.tranbi.com     ◆2017年5月号の記事より◆
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