同社がこの泥沼を生き残った背景には、「定価」の存在がある。 「当社は、物件ごとの見積もりを出すことをせず、定価を定め、価格表をお客さまに配って商売をしてきました。この値段で合わなければよそへ行ってくださいという形です」 派手な値引き合戦に参戦できず、受注を逃すデメリットもあるとはいえ、不毛な消耗戦を回避する防御線の役割を果たしてきたのがこの「定価」だった。 同社が生き残った大きな理由がもうひとつある。 「多く売れるわけではないが、景気に左右されない品物を作りながら、自社でコンクリートを流しこむ型枠を作り、また、建築関係の品物のJISを取りました。これは、好景気時に賑わっていた道路関係の仕事はしないという祖父の方針でした。道路関係のJISを取っても、いずれ値段の競争になることを祖父は見越していたんです」 同社が取得したのは、『万年塀(まんねんべい)』という古い塀のJISだ。この万年塀のJISを持っているのは、全国でも2社だけだという。一方で、道路関係の主力である側溝やU字溝、L型側溝などに関しては、全国で何百社という企業がJISを取っている。万年塀は決して需要の多い製品ではないが、その分、需要の落ち込みもない。道路関係などメインストリームでのJIS取得は、好景気には大きく稼げるが、不況時には苦しむことになる。これを避け、上がり下がりがあまりなく安定している製品でJISを取るという経営判断だ。 「安定した需要があるものでJISを取っておいたため、悪くなってきたときにそれほど競争もなく、なんとか安定してやって来られました。景気に左右されないのは、良い時にはもったいないと感じるのかも知れませんが、私が社長になったのは悪い時ですから。道路関係は価格競争に巻き込まれるというのは分かっているので、私もそちらに行かずに、祖父や父の方針を受け継いで建築関係を重視していきます」鉄筋コンクリート組立塀(万年塀JISA5409)の製造技術を活かして創られた同社独自の新製品、フェンス用組立基礎「フェンスウォール」。柱の組み合わせ次第で設置場所の形を気にせず様々なパターンに柔軟に対応でき、追加での設置や壊れた場合の補修なども、柵板の取替えが可能なので簡単かつスピーディに行なえる。
もちろん、いつまでも防戦一方でいるつもりはない。同氏は、2020年に開催が決まった東京オリンピックを大きなチャンスと捉えている。 「一昨年から昨年頃までは、なんとか潰れないようにということが目標でしたが、オリンピックが決まり、ここからは攻めに転じようと。既に需要も増えてきています」 万年塀以外に、同社は『中空もの』という、中央に穴が空いているコンクリート製品である『枡(ます)』を得意としている。一日にひとつふたつ作れるかどうかという設備(型枠)しか持たない企業が多い中、日に40個以上は作れるというというこの枡の製品に関して、同社は都の規格を取得している。選手村をはじめ、東京オリンピックの設備は東京都が作る。当然、枡関係の製品には同社の規格が使われることになる。 同社がオリンピックに期待していることはもう一点ある。業界全体を覆う、鉄筋工や型枠工の人手不足の問題だ。仮に今から、オリンピックに向けて人材を雇っても、一人前に育つのはオリンピック後だ。兼ねてより建築業は人手不足に陥っており、工事の単価は上がっているが、工事を行う量自体は増えていない。規模で利益を上げるのではなく、単価を上げることで稼ぐという業界全体の戦略も作用している。必然的にオリンピックに向けて間に合わせなければならない工事は増え、同社のようなコンクリート製品の工場に品物を作らせ、現場に納めるケースは多くなると予想できる。 そもそも、同社には東京という地の利がある。コンクリートには、安くて重いという特徴があるため、非常にデリバリーコストがかかる。遠くから船や車で運ぶのは割に合わないのだ。このことは、コンクリートを扱うビジネスが地方の同業だけでなく、外国からの輸入に脅かされないことの理由にもなっているという。鉄筋コンクリート組立塀(万年塀)。地震や強風、防犯や防火など、様々な目的で広く使われており、整地されていない場所や傾斜地でもその土地に合わせた施工が可能。
オリンピック需要の波が引いた後も、同社は東京という地の利に活路をみている。具体的には、首都直下地震への備えとしての公共投資、官民での対応だ。首都直下地震の可能性は長年、警告されているが、地盤の関係から荒川区、江戸川区、葛飾区などが特に危険とされている。この地域を歩いてみると、耐震の必要性は言うに及ばず、耐震以前に建物が老朽化してボロボロであったり、道路も狭かったりと、建築の需要は大きいという。 同社は、こうした地域にスムーズに製品を届け、地元の顧客に利便性を提供する「町のコンクリート屋さん」を目指しており、具体的な経営施策として、サービスセンターの設置を進めている。同社は、品物を客先に配達するよりも、顧客がトラックで来社して品物を買って帰るという、店舗としての売り上げの割合が多い。自分たちで配達しないと売り上げが出ない企業が殆どである業界では大きな特徴だ。 これを活かして、各所に物流拠点、荷降ろし場を作ろうという考えだ。既に昨年11月に清瀬サービスセンターを開設。さらに、首都直下地震の危険度が高いとされる江戸川、葛飾周辺にもサービスセンターを構えるべく、既に場所探しなどの具体的な段階に入っており、年内にもオープンする予定だという。 同社が首都直下地震への対応を重視しているのは、単にビジネスチャンスというだけではなく、先の東日本大震災での悔しい思いがある。コンクリートはデリバリーコストが嵩むため、被災地に思うように製品を届けられなかったのだ。これが、力になりたくてもなれなかった苦い思い出として同氏の胸に残っており、その分、自分たちに地の利がある東京で存分に仕事をしてやろうという意欲に繋がっている。同社が現在開発中の新製品
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「実は、私は前回の東京オリンピックの年に生まれたんです。そのときも、日本は好景気に湧き、のちに繁栄を築いた会社はみな、このチャンスを利用して飛躍を遂げました。我々も、今回の東京オリンピックを舞台にワンステップ大きくなりたいと思っています。コンクリートには、いまだに代わりになる物質が存在しません。コンクリート製品にはまだまだ未来があるんです」 建築業は国のインフラを作る業界だ。建物や道路がなければ都市は発展しない。社長として好景気を経験していない同氏には、2020年に向けて、世界が注目するTOKYOのまちづくりにおおいに活躍して欲しい。先の東京オリンピックの年に生まれた三代目率いる都建材工業のパフォーマンスが、来たる東京オリンピックでの隠れた見ものだ。 ■トップ