経済・社会

真岡信用組合 – 若き理事長の挑戦・県内でもっとも歴史ある信組。健全経営の秘訣と未来への展望を聞く

2017.05.30

プリント

若き理事長の挑戦・県内でもっとも歴史ある信組。健全経営の秘訣と未来への展望を聞く

真岡信用組合/理事長 塚田義孝氏 ◆取材:綿祓幹夫 オビ 特集

真岡信用組合 理事長 塚田義孝氏

  栃木県はバブル期の過熱した投資を背景に、多くの金融機関が破綻した県である。 しかし、真岡市周辺を営業エリアに持つ真岡信用組合は創立から65年の間、どことも合併することなく健全な経営を続けてきた。 同組合はいかにして金融動乱を乗り越えてきたのか。そして、少子高齢化が進む現在、どのような道を歩んでいくのか。 若き理事長・塚田義孝氏にその秘訣と展望をうかがった。    

次々と破綻していく金融機関

栃木県内でこれまで統廃合に関わることなく続いている信用組合はたった1つしかない。今年で創立65年を迎える真岡信用組合(栃木県真岡市)だ。 同組合が稀有な存在であることは栃木県の事情を省みるとよくわかる。事情とは何か。   首都圏でありながら、観光、工業、農業といずれの産業もバランスよく活発な地域が栃木県である。 しかし、そうしたことからバブル期にはリゾート開発やそれに付随する不動産投資が過熱した県でもある。 結果、バブル崩壊後に深刻な都市部の空洞化と地価下落を招き、県内の金融機関は膨大な不良債権にあえぐこととなった。 そして、ついには2001年暮れ、県内最大の信用金庫・宇都宮信用金庫と5つの信組が経営破綻へと追い込まれたのである。 翌年には破綻した3組合を含む7つの信組が新生那須信用組合(栃木県那須塩原市)として大規模合併を発表し、さらに翌年、県のリーディングバンクである足利銀行までもが経営破綻に陥った。   民族系を除くと県内に10組合あった信組は最終的に真岡信組と那須信組しか残らなかった。 那須信組に関しては本誌2017年1月号でも取り上げたように、破綻した信組を救済する形での合併だった。 対して、真岡信組は統廃合に関わることなく健全な経営を続けてきたのである。    

健全経営を続けられた秘訣とは?

「当組合は初代理事長である祖父の塚田常吉の時代から、常に地域の繁栄のために尽くし、地域から愛され、信頼される金融機関を目指してきました」   そう語るのは三代目理事長・塚田義孝氏だ。 同氏によれば、同組合は数々の金融機関が破綻した当時も不良債権による影響は比較的少なかったという。 バブル経済崩壊後、全国のどの金融機関も不良債権問題に頭を抱えていた時代、同組合はどのように健全経営を維持し、困難をすり抜けてきたのか。   「ひとえに歴代の経営陣・諸先輩が地域密着の姿勢を貫き、堅実な経営を心がけてきた結果だと思っています。 身の丈に合った経営の徹底を行い、内部留保をコツコツと積み上げてきたことがよかった。 そして、貸出の際には経営者トップと直接会い、話すこと。現場を見ること。最も身近な金融機関として、信頼関係の構築を行ってきました。 その結果、不良債権による損失を少なくできたのです」   バブル景気の中で、本来目を向けるべき地域の主要産業を放置し、不動産融資等に走った金融機関の大半は、その後の不良債権処理に苦しむこととなった。 真岡市を中心とし、6つの店舗を有す同組合は小さな金融機関ではあるが、「地域の繁栄のために尽くす」そのモットーを貫きながら健全経営を守ってきたのである。   「地域貢献と経営の健全性、この2つのバランスを保つことに常に頭を悩ませています。融資にはどうしても不良債権化のリスクがともないます。 だからと言って、融資を躊躇していては地域の繁栄に貢献することはできません。 多少のリスクがあったとしても地元の方への融資には積極的に取り組む、そうした方針の下で貸付の決済を行ってまいりました」と同氏は語る。   本店外観(左)と荒町支店    

傾き始めた地域経済のために

本連載では昨年より第一勧業信用組合(東京都新宿区)が進める地方連携事業および第一勧業信組と連携協力の協定を結んだ各信組の取り組みをお伝えしてきた。 信用組合としてこの協定を16番目に締結させたのが真岡信組である。 その経緯を尋ねると、同氏は次のように語った。   「真岡市はもともと農業が中心の町でしたが、1960年代後半に工業団地の造成が進み、農業、工業、商業とバランスの取れた町になりました。 それ以来、人口は順調に伸び続けたのですが、2009年の約8万3000人をピークに、現在は減少傾向にあります。 日本の多くの地方都市がそうであるように、真岡市においても少子高齢化の問題が頭をもたげ、その影響から地域経済にも陰りが見え始めています。 そうした中、第一勧信さんの取り組みを知りました。我々の地元でも東京でのビジネスチャンスをうかがっているお客様がいらっしゃいます。 そうした方々を少しでも支援できればと、今回の協定に至りました」   同組合の営業エリアには陶器で有名な益子町も含まれる。協定の締結後、さっそく第一勧業信組の店舗を利用した益子焼の販売会が行われた。   「おかげさまで大変好評でした。やはり、東京とのネットワークが生まれた意義は大きかったと感じています。 大々的にアドバルーンを揚げることはまだできませんが、益子焼だけでなく、双方のお取引先同士によるビジネスマッチングなど、今後、さまざまなビジネスチャンスが創出できればと考えています」    

対外的な交流や外部へ向けた情報発信を

さらに同氏には、今回の連携に対して期待していることがある。それは地方の信組同士による交流だ。 同組合と同様に第一勧業信組と提携している信組は全国に18組合あり、その中には那須信組も含まれる。   「昔は定期的に各組合の理事長が集まって意見交換を行い、それぞれの職員同士の交流も盛んでした。 今回の連携を機に那須信組さんとの交流を密にし、さらには他県の組合とも繋がることができ、とても刺激を受けています。 我々は地域密着型の金融機関ではありますが、だからと言って地元に留まっているだけでは視野が狭くなります。 地元経済を盛り上げるためにも、これからはもっと対外的な交流や外部へ向けた情報発信が必要だと感じています」   これまで述べてきたように、同組合が地元で築いてきた地盤は厚い。しかし、メガバンクや地方銀行に比較すると、決して知名度が高いとは言えないのも事実である。 同氏がそれを実感した出来事が今年4月にあった。   「新築移転で芳賀町に改めて店舗をオープンしました。 その際、全役職員でローラー活動を行ったのですが、多くの方々とお話をさせていただく中で、信用組合の存在自体を知らない方がいらっしゃることを知りました。 それこそ、『信組って何をしているところですか?』という質問をされた方もいらっしゃったほどです。ただ、実際に取引をしていただくと、『真岡信組を選んでよかった』という声を頂戴します。 我々はとにかく真面目が取り柄の組合です。 職員も地元の人間なので地元を愛する心はどの金融機関にも負けない、そうした地域密着の姿勢をこれからはもっとアピールしていきたいと考えています」   長田支店(左)と芳賀支店    

高齢社会だからこそ、やるべきこと

同氏が理事長に就任したのは48歳のときだった。今年で56歳になる同氏は全国の信組の中でも若い理事長である。 年齢に関するプレッシャーはないのか、率直な感想をうかがった。   「まだまだ業界の中では若輩者ではありますが、その分、フットワークを軽くし、良いものは残しつつも、さまざまなことにチャレンジしたいと思っています。 当組合は創立65周年を迎えますが、100年、そしてそれ以上の歴史を重ねていくために、次世代へ確実にバトンを繋がなくてはいけない、その責任の重さを感じています。 けれども、同時にそれこそが私の使命であり、やり甲斐にもなっています」   自身について「ポジティブな性格」と分析する同氏は、地元地域が抱える少子高齢化問題についても前向きに捉えている。   「確かに悲観論は多く耳にします。ただ、我々は日々、お客様のところに出向く営業活動を行っています。 御用聞きではないですが、お客様が困っていること、望んでいることに対して、きめ細かにサポートできるのは我々のような金融機関しかないと思っています。 例えば、当組合では公的年金を受け取られているお客様に対し、毎年、誕生日に職員が訪問し、プレゼントを手渡ししています。 こうしたお客様との接点ひとつひとつを大切にする営業スタイルは、今後、高齢化が進む中で、より重要性が増してくるものと思っています。 高齢社会だからこそ、やるべきことがあり、そこに真摯に向き合えば、まだまだシェアも増やしていけると考えています。 そして、創業支援・事業再生・承継・ビジネスマッチングなど企業の本業支援に注力し、新たな事業機会の創出についてもこれまで以上に力を入れ、人口減少の歯止めの一端を担っていきたい。 そうした志を持って、日々の業務に取り組んでいます」     同氏の物腰は柔らかく、今回の取材中、終始、謙虚な姿勢を崩すことはなかった。 創立者である常吉氏も偉ぶることなく、常に「人のために尽くすこと」を重んじた人物だったという。 同組合が県内でもっとも長い歴史を重ね、健全経営を続けてこられた秘訣は、脈々と受け継がれてきたこの謙虚さにあるのではないだろうか。 次世代へと歴史のバトンを繋ぐため、同氏はフットワークを軽く、そして謙虚に、地元から愛される金融機関の長として、これからも邁進してゆく。   オビ 特集 ◉プロフィール 塚田義孝(つかだ・よしたか)氏…1961年、栃木県真岡市生まれ。1986年、早稲田大学政治経済学部を卒業後、大手アパレルメーカーの株式会社オンワード樫山に入社。同社にてマーチャンダイザー(商品の企画、管理などを行う責任者)などを経験後、1992年に地元・真岡市に戻り、家業である株式会社塚常商店の専務取締役に就任。1997年、真岡信用組合に入組し、益子支店に勤務。その後、業務部、総務部長、常勤理事、専務理事を経て、2010年、同組合の理事長に就任、現在に至る。真岡商工会議所副会頭。   ◉真岡信用組合 〒321-4361 栃木県真岡市並木町1-13-1 TEL 0285-82-3496 http://www.moka.shinkumi.co.jp/     ◆2017年6月号の記事より◆
WEBでは公開されていない記事や情報満載の雑誌版は毎号500円!

雑誌版の購入はこちらから

 
CEO Collection 2025

ACCESS RANKING
アクセスランキング