取材:加藤俊 /文:和田祐里香

窓から日本を変えていく。こうしたスローガンを掲げた企業が池袋にある。「ガラス」と「卸売」の2つの軸で社会の課題に取り組んでいるマテックス株式会社だ。

1928年に現社長の祖父が創業した松本硝子店から端を発し、今では従業員数253名(2017年4月1日時点)、売上137.3億円(2016年度)を誇る企業に成長した同社。現社長は3代目、松本浩志氏。町の小さな卸売からどのようにして業界有数の企業に発展を遂げたか、成功までの軌跡を探る。

 

昭和3年、小さな硝子店からのスタート

1928年5月初代社長、松本義雄氏が板橋区大山に松本硝子店を創業した当初は、まだ日本のガラス産業も創成期で、アメリカで培われたノウハウを基に製造されたものを販売する形態だった。当時従業員数は初代社長とその仲間のわずか3名。規模は小さかったが、戦前からガラスの需要はあり、業績は好調だった。

 

創業して間もなく日米板ガラス株式会社(後の日本板硝子)と取引契約を結んだ。現在ガラス業界売上高2位を誇る日本板硝子と早くから契約をこぎつけたのは、まさに先見の明があったと言えよう。

 

こうして小さな硝子商から始まり、卸売としての歴史がスタートした。1969年、初代社長の急逝により2代目松本巖社長が28歳の若さで社長に就任。高度経済成長期を背景に売上を伸ばし、2009年4月に3代目松本浩志社長が就任した。

 

家業は継がず、東芝で経たファーストキャリア

3代目松本浩志社長の人生に転機が訪れたのは、大学2年生の頃だった。周りの海外経験を積む友人や自力で学費を稼ぐ同級生がいる中、幼少期から大学まで成城学園をエスカレーター式で進学し、野球に明け暮れている生活に疑問を持ち始めた。

 

「これからの生き方について考えるなら、このタイミングしかない。」

 

そう意を決し、英語を猛勉強したのち大学2年次に大学を休学。アメリカコロラド州立大学、フォート・ルイス・カレッジに留学した。初めは授業が全く聞き取れない中テープレコーダーを片手に授業に臨み、放課後は図書館にこもって狂ったように勉強をした。

「最初の1学期を疎かにしたら、留学が台無しになってしまう。」

固い決意のもと、友人から誘われるパーティを断りながら血のにじむような努力をした結果、大学を首席で卒業。地元の新聞社まで取材に来た。専攻がマネジメントだったので、その後はサンダーバード国際経営大学院に進学し。当時では並外れた若さでMBAを取得した。

ビジネススクールで学んだことを生かすべく海外で就職活動をし、ボストンの留学生のキャリアフォーラムにエントリーしていた東芝に就職することになった。

「長男なんだから、頼むぞ。」

幼いころから繰り返しそう言っていた父の言葉が脳裏をよぎったが、東芝への就職を伝えた時父親は何も言わなかった。

東芝に入社後は当時まだ普及していなかった花形のDVD部門に配属され、欧米にも何度も出張に渡った。

 

当時の東芝での経験について、松本社長はこう語った。

「働いていた当初は実感がなかったけれど、世界中の優秀な方々が集まっていてとてもレベルの高い環境でした。1円でもコストを下げるため極限まで効率を追求し、自分もそうすることが正解だと思っていました。でも、その考えが通用するのはあくまでそのような環境においてだけだと、価格競争に勝つことがすべてではないのだと、マテックスに入社して実感しました。」

 

MBA、東芝での常識が覆された入社1年目

東芝で勤務して4年、海外駐在の話を持ち掛けられたとき、

「ここで海外に渡ったら、もう戻ってこれなくなってしまう。」

そう感じた松本社長は、東芝を退職。社長室室長に次ぐ次長という役職で入社した。

2002年、当時30歳のことだった。

 

「今でも覚えてます。私が入社したのが2002年3月16日だったんですけれども、その年の7月にあった全社をあげて行われた夏の納涼会がありました。そこで皆さんの前でご挨拶する機会をいただきましたので、自分としても気合を入れて言い放ちました。

『何も言いません。仕事で見せるしかないので。見ていてください。』」

 

ビジネススクール、東芝での経験から積極果敢に飛び込んだが、そこでは彼の常識を覆す出来事の連続であった。

それはマテックスに入社してすぐ、基幹システムの総入れ替えを任されたときのことだった。同社では業務フローを徹底的に効率化するため、オフコンで行っていた業務を総入れ替え・再デザインを行っていた。しかし、現場からの反応は想像以上に悪かった。

 

「そこで気付いたのは、いくらこちら側の目線で現場の方々に効率が良くなるといっても、全く響かないということでした。だから、現場の人達が今までやってきたことをきちんと承認し、対話を重ねながら、戦略的に時間をかけていく必要性がそこで初めてわかったんです。もちろんイコールだめというわけではないけれど、あえて時間をかけていく必要性を実感しました。」

 

「窓をつうじて社会に貢献する」経営理念への想い

効率化がすべてではない。一見「無駄」に見えるが、社員一人一人と対話を重ねる時間が非常に重要なものである。その考えは、マテックスの経営理念に表れている。マテックスには、「窓をつうじて社会に貢献する」をはじめとした5つの経営理念のもとに、会社の存在意義としての「コア・パーパス」、そのもとにマテックスらしさ、価値観をまとめた10の「コア・バリュー」がある。

 

「私が社長に就任したのが入社7年後の2009年だったのですが、そこでまず経営理念を制定することにしました。それは、人間がだれしも誰かのために生きたいと思うように、会社も社会の中でなくてはならない存在でないといけないという思いからでした。なので、『私たちは窓を通して社会に貢献していくんだ』という認識を共有するために、社員みんなの意見を聞きながら理念を決めていきました。」

 

(マテックスホームページより)

 

「10のコア・バリューは、社員のみんなに『マテックスらしさや、マテックスが今後大切にしていきたい価値観』を投げかけて、200ほど出た案を共通項でまとめていったものです。コア・バリューを制定していく中で、私としては、経営理念が手から離れて、社員一人一人のものになっていっている感覚がありました。やはり、理念の理解の浸透を促進させるためには、社員の目線で見た行動指針や価値観を抽出して、共有することが大切だと思います。」

 

「窓をつうじて社会に貢献する」、例えばこの経営理念には、日本の社会問題に対して松本社長が抱く課題意識がもとになっている。

「今日本で深刻化している問題として、ヒートショック問題があげられます。これは、家の中での急激な温度差で主にお年寄りが家の中で突然死してしまう現象なのですが、これが原因で年間17000人もの方がなくなっています。リビングは暖かくても廊下がキンキンに冷えていたり、温かい布団でくるまって寝ていても、夜中トイレに行くとそこだけ気温が極端に低かったりする。

 

これって、実は窓から暖かい空気が逃げてしまうことが大きな原因なんです。冬場は室内で暖められた空気の58%が窓から流出していると言われています。日本の窓って実はとても脆弱なんです。ですから、そのことをまず知ってもらって、断熱性能の高い建築を提案していくことが、私たちの使命だと考えております。」

 

その言葉通り、マテックスでは断熱性能の高い「エコ窓」を推進しているほか、「エコ窓」の普及を促進させるためのポータルサイト「窓のコンシェルジュmadoka」(http://www.madocon.jp/)を運営するなど、窓をつうじて社会へ精力的に貢献している。

 

2度目の逆風「リフォーム事業なんて、金にならん。」

松本社長が社内で逆風を浴びたのは、入社直後だけのことではなかった。2005年、彼が社内でリフォームプロジェクトを立ち上げた時のことであった。

近年、不動産業界では空き室問題や相続税対策に影響を受け、新設住宅着工戸数が年々減少している。そうした中で、既存の住宅を改装するリフォーム需要は徐々に伸びている。

しかし2005年当時、松本社長の考えに賛同する者はほとんどいなかった。

 

 

「私がこの業界に来て間もないころは、年間で100万戸とか、110万戸供給とかそういうことを平然と皆で言っていたんですけれども、人口動態を鑑みればそのうち50万戸割れとか、間違いなくそういった時代が来ると思っていたんです。でも、皆薄々わかっているのに手を打てない状況でした。ですからある意味、そこで当社が先手を打つことができたのは、私がこの業界で生まれ育っていないために一歩引いた目で見ることができたからかもしれないです。

 

しかし私が若造だったことに加え、新しいことに取り組む訳ですから、逆風でしたよ。当時の考え方としては当たり前なのですが、とにかく皆ボリュームが大事だと。その点リフォームは一人ひとりのお客様ごとに細かい対応が求められますから、どうしても数が追えなくなる。工数や労力がかかってしまうものです。利益性を考えると、そこまで力を入れてやるべきことではないと。社内でさえそうでしたから外へ行ったらなおさらでした。『まぁ、そんなもんボランティアだろ。』と言われたことさえありました。」

 

こうした環境下でも粛々とリフォームプロジェクトを行い、その中でも特に力を入れたのが、工務店やゼネコンの下請け業者として働くガラス・サッシ販売店様の意識改革であった。

 

「ガラス・サッシ販売店の方々って、それまでは近隣のエンドユーザーさんにとって、顔が見える存在ではなかったんです。実際に建物が建つ現場で結果をいかに残すかというところで期待されてきた方々であったので。それが、リフォームとなると、下請けから近隣で顔が見える元請けに転換することになります。

つまり、お客様とじかに接することになるためサービス業として作りこみをしていく必要が出てきたんですよね。リフォームのことについて電話で問い合わせしたら不愛想なおじさんにそっけない対応をされて、それでお客さんがこなくなってしまうなんてことが平気で起こりえますのでね。」

 

マテックスは、下請けから元請けへの転換を促進していくために、2006年の9月からのべ412回、3921人に向けて勉強会を開催してきた。それに加えて集合研修やセミナー営業、また社員もジャージを着て地域のお客様と一緒になってポスティングなども行ってきた。

こうした地道な努力が実り、2015年にマテックスは経済産業大臣賞「先進的なリフォーム事業者表彰」を受賞、業界の中でもリフォーム分野における確固たるポジションを得ることに成功した。

 

今日では名だたる大企業もリフォーム業界に参入している。マテックスが業界の動向の先を読み先手を打って回ったことが、業界の活性化にも繋がり、ここに来て大きなポジショニングを同社が得るに至ったことは言わずもがな。

 

松本社長自身、全く異なる業種からの参入で、幾度となく逆風にあおられてきたと言っているが、それでも社員皆が彼と同じ方向を向いたからこその結果だろう。この過程では多くの苦労があったと思われる。だが、実直で誠実な人柄を誰もが信用したからこそ花は開いたのだろう。

 

私が学生さんとお話しするときに必ずお伝えしているのが、「いい会社って、どんな会社なのか」という定義を皆さんの中で考えてください、ということです。それを考える上で私から一つ付け加えさせていただくと、会社がどんな理念を掲げて、価値観をもっているのかということに着目した後、ぜひそれを実行に移しているかどうかを見てみてください。そこを見ると、本当にいい会社かどうかが見えてきます。

 

どうしても流行の商品とか、たまたま話題になっているサービスには目が行きがちだけど、きちんと理念がもとにあったからこそ生まれてきた商品だと、5年後10年後も、同じように良い商品であることが多いですよね。

ですから、かっこいい商品だとか、かっこいいオフィスに惹かれるだけでなくて、ぜひその会社が理念をどのように体現しているか、という視点で見てみてください。

 

あとは、最近では「働きやすさ」を整備している会社ってたくさんありますよね。もちろんそれ自体は素晴らしいことなのですが、私としては、もう一つ目を向けてほしいのが「働きがい」だと思っています。社員が「働きがい」をもてるように、会社がどのようにサポートしてくれるのか、そういう角度から会社を評価すると、ここを選んでよかったと心から想える会社と出会えるのではないかなと思っております。

 

松本浩志(まつもと・ひろし)氏…マテックス株式会社代表取締役社長。コロラド州立大学Fort Lewis卒。サンダーバード国際経営大学院卒。2002年にマテックス株式会社に入社。2009年代表取締役就任。

マテックス株式会社

〒170-0012 東京都豊島区上池袋2-14-11

TEL: 03-3916-1231  FAX: 03-3916-2645

創業昭和3年5月

設立昭和24年11月

資本金14,115.5万円

売上高137.3億円(平成28年度)

従業員数253名(平成29年4月1日現在)

http://www.matex-glass.co.jp/