調査業界が支える意思決定の舞台裏

アイディエーション

たとえば、飲料メーカーが新商品を開発する際、味だけでなく、ネーミングやパッケージの色・形、キャッチコピーが消費者にどう受け取られるかを事前に確かめたいというニーズは高い。

そのときに実施されるのが、グループインタビューや個別ヒアリングなどの「定性調査」だ。

対象となる消費者を年代・性別・生活スタイルなどで絞り込み、試作品を実際に見たり試飲してもらいながら、発言や表情からニーズや印象を引き出していく。

ここで重要なのが、調査の司会進行を担う「モデレーター」の存在だ。質問の深掘りの仕方や、場の空気づくりが、得られる情報の質に直結する。

こうした定性調査は、日本のマーケティングリサーチ市場のなかで1800億~2000億円の規模のうち、約10~15%を占めるとされる。

消費者理解が重要視される商品開発やブランディング領域では欠かせない工程だが、モデレーターという職種は高齢化と属人化が進み、新たな担い手の育成が大きな課題となっている。

そんななか、「若手を雇い、育てる」ことに真正面から取り組んでいるのが、株式会社アイディエーションだ。

調査業界の「暗黙の常識」に逆らって

株式会社アイディエーションは2015年創業。2025年9月期には売上高3億円に達する見込みで、社員数は22名、アルバイトを含めると約40名と、規模としては小ぶりながら着実な成長を続けている。

売上は毎年20~30%のペースで増加し、2024年度の2.4億円から6000万円の増収を見込む。

この成長の核にあるのが、モデレーターを社内で雇用し、育成するという、他に類を見ない体制だ。

通常、モデレーターはフリーランスへの外注が一般的だが、同社では20~30代の若手を中心に正社員として採用し、ノウハウの共有とチームでの育成によって独自の価値を生み出している。

なぜ伸びているのか──競争優位性と成長の構造

モデレーターの社内雇用と育成体制は、単なる人材確保にとどまらない。

各人のスキルやインタビュー事例が社内に蓄積・共有されることで、案件ごとの対応品質が安定し、クライアントからの再依頼も多い。結果として営業コストは最小限に抑えられ、成長が加速する。

さらに、Z世代の消費者に対して同世代の若手モデレーターが共感を持ってヒアリングできる点も、企業から高く評価されている。

白石社長は「Z世代が対象のインタビューで、中年のモデレーターに“わかるわかる”と言われても、実際には世代間ギャップを感じて、対象者が心を閉ざす懸念もある」と指摘する。

また、税引後利益の50%を社員に分配する制度も、アイディエーションの文化を支える中核だ。

業務貢献度に応じた分配方式により、「自分の働きが会社の成長に直結している」という実感を得られる。結果として、社員の定着率が高く、自律性も育まれている。

このように、モデレーターを“個”ではなく“組織資産”として育て上げる仕組みと、それを支える評価制度と還元文化が、アイディエーションの最大の競争優位であり、成長ドライバーそのものである。

「愛媛ドリーム」を地方から

アイディエーションは東京本社に加え、代表の白石氏の出身地である愛媛県松山市にも事業所を構えている。

その拠点では、正社員が本社と同じ待遇・業務内容で勤務し、都市部と変わらぬ収入を得ている。

「松山でいい車を買い注文住宅を建てることができる若者を増やしたい」という白石氏の想いのもと、現地採用された社員がキャリアを構築している。

転職後に年収が2.5倍になり、マイホームを購入した例もあるという。

地方にいながら都市と同等の仕事と報酬を得る。この“愛媛ドリーム”の実現は、若者の流出を防ぎ、地元雇用の創出にもつながっており、単なる拠点展開を超えた「生きた地方創生」のかたちとして注目に値する。

「歴史に名を残したい」──白石章兼という起業家

東京への違和感と、ビジネスの原点

松山市で生まれ育った白石氏は、子どもの頃に毎年訪れた東京で感じた「文化の格差」に強い印象を受けたという。

「自動改札もない地方で育ち、東京の先進的な空気に触れるたびに不公平だと感じた」。その思いが、東京への進学、さらには「世の中を変えたい」という起業家精神につながっていく。

社会人としてはまず不動産営業を経験。その後、日本初のSNS「ゆびとま」を手がけた企業を経て楽天グループに参画。

調査子会社「楽天インサイト」の立ち上げにも携わるなど、マーケティングリサーチの最前線で経験を積んだ。

「役員になれなかった悔しさ」が独立の原動力に

楽天では部長職まで昇進したものの、「上に立つには人をうまく使う“政治力”が必要だと痛感した」と語る。

忠実に業務をこなしても、手柄にならない構造に疑問を抱き、また自分の人生の目標はサラリーマンとして出世することなのか?と自問自答をした。

「歴史に名を残す人物になるためには、誰かの会社の裏方ではなく自らが“矢面”に立ち、やるべきことを自分で決めていく必要がある」と独立を決意。2015年に法人化し、アイディエーションを立ち上げた。

製造業へ──次なる進化の構想

白石氏の目指す先は、調査会社にとどまらない。「最終的には“マーケティングに強い製造業”をつくりたい」。

AIに代替されやすい三次産業ではなく、自社商品を持ち、社会に直接価値を届ける企業体を目指す構想だ。リサーチを起点とした製品開発、消費者起点のイノベーション。

その第一歩として、優秀なモデレーターの育成に力を入れている。

静かに未来を変える会社のかたち

「人を育て、評価し、地方に居ながら夢が見られる会社をつくる」。株式会社アイディエーションが調査業界で果たしている役割は、単なる裏方の域を超えている。

利益の配分も、育成の姿勢も、地方拠点の設計も、すべてが「当たり前にしたい未来」のために設計されている。

業界の慣習に抗いながら、着実に成長を続ける白石氏の歩みは、現代の若手起業家にとってひとつの希望となるだろう。

目立たずとも、誠実に。静かに未来を変える企業が、ここにある。