本記事は、HIS創業者の澤田秀雄が設立した『澤田経営道場』の座学研修の1つである新規事業の立ち上げ方講座を再編したものです。澤田経営道場では、世界で活躍する次世代リーダーを育成するためのプログラムを展開しています。このシリーズでは半年間に渡って行われる澤田経営道場の座学の講義内容を一部切り出してご紹介していきます。
シリーズ第四弾の今回のテーマは「新規事業立ち上げの発想法」、講師はハウステンボスで澤田氏直属の事業開発室長に就任し世界初のロボットが運営するホテル「変なホテル」の企画・開業責任者を務めるなど、新規事業に造詣の深い早坂昌彦氏です。

早坂昌彦

福島県いわき市生まれ。1995年慶応義塾大学卒業後、通商産業省(現経済産業省)へ入省。自らビジネスのプレーヤーになるため、2001年に退職し、英国で経営学修士(MBA)を取得。帰国後はIBMビジネスコンサルティングサービス株式会社での戦略コンサルタント等として活躍。2011年に古里が東日本大震災に遭い、地方活性化の重要性を感じた。同じ頃、経営再建中のハウステンボスで社長であった澤田秀雄氏(エイチ・アイ・エス代表取締役会長)と出会い、「地方での挑戦に共感」し入社。ハウステンボスでは澤田氏直属の事業開発室長に就任し、世界初のロボットが運営するホテル「変なホテル」の企画・開業責任者などを担当。2015年には電力小売事業を手掛けるHTBエナジー株式会社の代表取締役を兼務し、創業から軌道に乗せた。その後、長崎国際大学国際観光学科の准教授を経て、現在は東日本旅客鉄道株式会社 事業創造本部にて新規事業に携わる。

スキルでも体験談でもなく、“発想法“を学ぶことが起業家に重要な理由

 

私が澤田経営道場で担当する講義テーマは、「新規事業立ち上げの発想法」です。なぜ“発想法”か?というと、この分野を学べる機会が少ないからです。新規事業開発を目指す皆様はすでに、カリスマ経営者の体験談を講演会で聞いたり、書籍で読んだりした経験があると思います。成功した経営者は概して話し上手で相手を感化させる力を持つため、成功談を聞くのはとても面白いでしょう。

ただし、その経験は属人性が高いので、講演で聞いた内容を自身の事業に役立つレベルまで落とし込むのは困難かと思います。一方、ビジネススクールでは今すぐ役立ちそうなスキルを教えてもらえます。新規事業関連のスキルといえば、事業計画の作成方法や、アカウンティング、人事関連などが定番ですね。

こうした「経営者の成功談」や「ビジネススクールで学べるスキル」は、どちらも重要です。しかし、実際に起業家として新規事業を進めていくとなると、両者の間に学ぶべきことが非常に沢山存在します。例えば、「ビジョンの策定」、「知識や人脈作り」、「問題解決」、「信用づくり」などが該当します。これらは一見して非常に重要なテーマであるにもかかわらず、体系的に学べるセミナーや研修、書籍などのコンテンツはそれほど多くありません。理由は単純で、「教えにくいから」です。身も蓋もないですが、実践しないと分からない分野なのです。

だからといって、ここをスキップすると新規事業を進めるうえで必ず壁にぶつかります。せっかく世界で活躍するリーダーを目指して澤田経営道場に参加してくださる皆様には、最短で成長していってほしい。そこで、新規事業に必要な発想法を言語化し、できるだけ体系化してお伝えしようという試みが私の講義です。スキルでも体験談でもなく、起業家を目指す皆様が今後、ビジョン、知識、人脈、信用を作り、様々な問題を解決してゴールに近づくことに役立つ発想法をお伝えできたらと思います。発想法は応用が利くので、ぜひ皆様の困りごとにいかしてください。

ビジョン作りの発想法「良い組織は良いビジョンを端的に表現する」

もし皆様が気のおけない仲間と永遠に2人だけで事業を行うのであれば、ビジョンは必要ないかもしれません。しかし、今後社員の雇用や資金調達をしたい、つまり組織を大きくしたいと思う場合は、ビジョンが必ず必要となります。ビジョンとは、「未来のある時点までにこうなっていたいというあるべき姿」であり、「自分たちがどういう集団でありたいかという価値観」を現します。

実は私は昔、従業員だった頃は「朝礼に出たくない」と思うタイプでしたが(笑)、経営者になったことでビジョンを朝礼などの場で社内に浸透させる重要性を痛感しました。

ビジョンには社員の結束を高め、パフォーマンスを向上させ、お客様の満足度を上げる力があります。良い組織は良いビジョンを端的に表現しています。アマゾンは『The Everything Store』、淘宝(タオバオ)は、『見つからない宝物はない、売れない宝物はない』、無印良品は『「自然と」、「無名で」、「シンプルに」、「地球大」』、福岡県は『「グローバル創業都市・福岡」』です。それぞれ個性的に在り方を明示していますね。多様な価値観が尊重される現代社会では、全員に好かれるサービスを提供するのはほぼ不可能であるからこそ、ビジョンを掲げて方向性を示すことで、共感する社員やお客様に集まってもらうことが重要となります。

「ビジョンなんて綺麗事」と思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、米国の研究では、ビジョンを掲げる経営とカリスマ経営者に依存する経営を比較したところ、長期的に見ると前者の方が業績が良いというデータが出ています。人に依存する会社ではなく、理念に導かれて行動する会社の方が中・長期的に継続するということが研究成果として裏付けられているのです。

起業家にとって会社は自分の子どものような存在です。自分がいなくなっても自立できる子どもに育てるのは親の役目ですよね。起業家を目指す皆様は、自分に依存する会社を作ってしまう功罪についてぜひ一度考えてみてください。

「変なホテル」から学ぶ、良いビジョンの5つの条件

では、具体的にどんなビジョンを作ればいいのでしょうか?ここで、私がハウステンボスの事業開発室長として立ち上げに関わった世界初のロボットが運営するホテル「変なホテル」を実例に、良いビジョンの条件を考えてみましょう。変なホテル発足のきっかけは、2012年の夏のある日の澤田社長の一言でした。

「世界最高水準の生産性の高いホテルを作りたい。専門家を集めて、プロジェクトを立ち上げてほしい。よろしく」。

急な発言に呆気にとられつつも理由を聞いてみると、「初めてハウステンボスのホテルに来たとき、どうしてホテルにはこんなにたくさんのスタッフがいるのかと驚いた。そのとき、無人のホテルを作って世に出せば、世界のホテル業界でオンリーワンの存在になれると思った」というのです。

当時、澤田社長はハウステンボスの経営再建に奮闘していた最中だったので、赤字のホテルに大勢のスタッフが勤務していたことに疑問を抱いたのではないでしょうか。ホテルの3大コストは、人件費・水光熱費・建築費(減価償却費)と言われています。

この3つを最小化すれば必然的に世界最高水準の生産性の高いホテルになります。いかにも経営者らしい発想ですね。現在は「変なホテル」として有名になっていますが、実は当時は「スマートホテル」という名称でプロジェクトが進んでいました。ここでいう「スマート」とは、快適さを確保しつつ、人件費・水光熱費・建築費を最新技術によって最小化するという意味です。

プロジェクトが着々と進んでいたある日、デザイナーの北川一成さんが澤田社長に言いました。「澤田さん、このホテルは世界のホテル業界の歴史を変えるために作っているのですよね。ならば、スマートホテルという名前は古いですよ。このホテルの本質は、『絶え間なく変化・進化するホテル』ってことじゃないですか?」。この出来事から、現在の変なホテルの「常に変化し、進化し続けるホテル」というビジョンが生まれました。ちなみに「変なホテル」という名称は、北川さんが初めて澤田社長に会った際に、澤田社長から「変なホテルを作ろうとしているんですよ」と言われたことに着想を得た、と聞きました。澤田社長ご本人にその記憶はないようですが(笑)。

これらの事例を踏まえ、優れたビジョンに必要な5つの条件を考えてみました。

一つ目は、『社長(プロジェクトオーナー)の個人的な体験や動機と繋がっていること』です。変なホテルの場合、澤田社長のホテル業界に対する個人的な体験・疑問から始まっていることで、ビジョンに迫力が出ています。

二つ目は、『その会社・プロジェクトに参画する人がそのビジョンを聞いて、わくわく・共感すること』です。変なホテルをつくるプロジェクトには、当初各業界の一流の仕事人たちが手弁当で参加してくれていました。それは、「世界最高水準の生産性の高いホテルをつくる」という当初のプロジェクトのビジョンが響いたためだと思います。ビジョンは、事業計画プレゼンスライドの1枚目にくる重要なメッセージと思ってください。面白い・わくわくすると思ってもらえるかが勝負です。

三つ目は、『多くの人がそれまで当たり前と思っていた常識を覆すものであること』です。変なホテルの場合、「そのホテルに人はおらずロボットが運営することでビジョンを実現する」という点が端的にそれを表していますよね。

四つ目は、『そのビジョンが実現すれば、多くの人が抱える問題を解決するか、大きな満足度をもたらすこと』です。

そして最後の五つ目が、『普遍的なもので、数年ごとに変わるものではないこと』です。ビジネスモデルは時代の変化にあわせて柔軟に変えても良いのですが、ビジョンをコロコロ変えることはお勧めしません。

まとめると、優れたビジョンは以上の5つの条件を備える必要があります。皆様が今考えているビジョンはこの条件を満たすものであるのか、ぜひ確認してみてください。

ビジョンを発信することで、一流と繋がっていく

良いビジョンの条件についてお話をすると、「そもそもビジョンは創業者が独断で決めて良いものなのか?」という質問を受けることがあります。率直にお答えすると、創業者の思いが込められてないビジョンは何の意味も持ちません。

経営は思っているよりも過酷です。日々面倒な問題が起こりますし、時には信頼していた人から裏切られたり、思ったようにいかなかったりする時期が長く続くこともあるでしょう。ですからビジョンに思いがこもっていないと、簡単に心が折れてしまいます。どんなに辛くても、「自分はこのためにやっているんだ!」と心から納得できるビジョンを定めないと、高確率で後悔することになります。

ただし、ここで注意すべきは「ビジョンは自分だけが見るものではない」ということです。スタッフやお客様、資金提供者、株主といったステークホルダーたちが共感してくれるものでないと事業は継続できません。自身の思いが強くこもっていることを前提に、ステークホルダーに共感してもらえる美しい言葉に昇華することがコツです。

澤田社長は、「優れたビジョンを語ることは、究極のポジティブな発信。それにより一流の人々と繋がっていくようになります」と著書のなかで語っています。優れたビジョンは必ず経営者を助けてくれますから、時間をかけて考えてみることをお勧めします。

そのビジョンは相手の心を揺さぶれるか

今回は新規事業立案に欠かせないビジョンづくりの発想法についてお話しました。新規事業を今まさに始めようとする起業家の最大の武器は“ビジョン”です。厳密に言えば、「ビジョンしか持っていない」と言った方が正しいかもしれません。今後皆様は、様々な人の前でビジョンを説明する場面に遭遇するでしょう。

コミュニケーションにはロジックと感情の2つの要素が含まれますが、ビジョンのプレゼンに限っては、ロジックよりも感情が重要です。どれだけ相手の心を揺さぶれるかが事業の命運を分けます。絶対に達成したいと思う情熱の源は何なのか。この講義をきっかけに、「未来のある時点までにこうなっていたいというあるべき姿」をじっくり考えてみてください。

今後の講義では、この場では語りきれなかったビジョンづくりの発想法と実践の続きのほか、知識・人脈づくりの発想法・実践、問題解決の発想法・実践、信用づくりの発想法と、経営者必見のテーマについてご説明していきます。引き続き、どうぞよろしくお願いします。

※今回のデジタルマーケティング講座や、澤田経営道場について詳細を知りたいという方は以下のサイトからご覧いただけます。

澤田経営道場公式サイト

https://sawadadojo.com/