日本のM&Aの歴史を紐解くと、M&Aのアドバイザリーがビジネスとして本格的に始まったのは1980年代のこと。その扉を開けたのが安田育生氏だ。

足掛け35年以上、国内外M&A、事業再生、事業承継と、大企業から中小企業にいたるまであらゆるM&Aに精通する安田氏に、日本のM&Aについてのとらえ方や、M&Aアドバイザリーの王道とは何かについて話を伺った。

日本の戦略的M&Aの曙光

1980年代後半日本長期信用銀行ニューヨーク支店で本場のM&Aを数多く見てきた安田氏は帰国後ただちにM&A部を立ち上げ、数多くのエポックメイキングなM&A案件を次々にまとめていった。長銀国有化後、GEで事業開発本部長、リーマン・ブラザース在日代表を経て2004年M&Aアドバイザリー専門会社のピナクル株式会社を設立している。

 

日本のM&Aにとって、重要な節目となる濫觴期は1980年代にまで遡る。当時、貿易赤字に苦しむ米国は、1985年のプラザ合意により日本に内需拡大、円高誘導を要求した。この結果、目論見通り米国の貿易赤字は減少する一方、急激な円高により、相対的に強くなった円を背景に、日本企業はM&Aによる海外進出を積極的に考え始めた。日本企業も「海外へ進出する際、市場や技術、人材を短期間で獲得する手段としてM&Aがある」と急速に認知するようになっていく。

とはいえ、当時日本の銀行業界でM&Aアドバイザリーを収益業務として手掛けるところはほとんどなく、日本長期信用銀行M&A部がそのパイオニアと言われていた。当時は銀行と取引企業の関係は、「融資の付随サービスとしてやるのは構わないが、M&Aで手数料を頂戴するのはまかりならぬという風潮が取引先にも銀行の重役にもありました。それを根気強く説得しながら、銀行の本業の一部としてやるものとして通していった。今では、M&Aは銀行のみならず証券会社、コンサルティング会社でも重要な収入源となっていることは隔世の感がありますね」

M&Aの変遷と業界構造

M&Aのパイオニアとも言われる安田氏の視座に立ち、全体を俯瞰してみると、日本のM&Aアドバイザリーがビジネスとして浸透してくる段階は、大きく分けると4つの段階に分かれるという。

「まず第1期は、1980年代後半から始まる円高を背景としたインアウトM&Aを中心とする、国際化を図るための企業戦略としてM&Aが認知され始めた時期で、インターコンチネンタルホテルのセゾンによる買収やロックフェラーセンターの三菱地所による買収など大型案件があった時期です。私がいた長銀でインターコンチネンタルの案件を手掛け大きなフィー収入になりました。

次に第2期は、M&Aが選択と集中の名のもとに、ノンコアのビジネスを売り、コアのビジネスを買うといった形で重要な経営戦略の一環として定着した時期。そして、第3期は、バイアウトファンドの活躍によるM&Aの隆盛と業界の再編が進んだ時期、またライブドアや楽天によるテレビ局への敵対買収もこの時期で、テレビで毎日のように報道され、私も解説者として多い日は一日に三度も生放送に出ていました。そして第4期は後継者難に対応するための、事業承継にM&Aを活用することが加わった時期で、この分野に多数の仲介業者やアドバイザーが参入しています。」

このように整理してもらうと、大企業から始まったM&Aは、次第に戦略性が高まるとともに、新事業への進出だけでなく、事業からの撤退にも幅を広げ、中小企業にも裾野を広げて、今後もますます身近なものになってくる流れがはっきりと見えてくる。

次いで、M&Aのアドバイザリーにおける仲介事業者とFAの違いついて所見を伺った。

 

「実は、最近の事業承継のM&Aで売り手、買い手、両方から仲介手数料を取るというのが日本で定着してきていますが、海外のM&Aのプロフェッショナルからは奇異に映るらしく、そんなことがどうして許されるのか、利害相反は日本では問題にされないのか、とよく聞かれます。私も本来の、買い側と売り側それぞれのファイナンシャル・アドバイザー(FA)がそれぞれの依頼人のベスト・インタレストを守るべく最善を尽くすのが本来のアドバイザーのあるべき姿だと思っています」

事業承継で譲渡側が留意すべきは、評価方法による会社の価値の違い

今、大廃業時代と言われる中、後継者が決まっていない企業が127万社もあるという。実際に年々廃業する企業は増えている。

しかし一方、国にとっても事業承継は深刻な問題でもあり、政府も注目し始め、事業承継をスムースに促すような課税制度が制定されたりしてきていることはとても良いことだ。従来後継者が見つからず、黒字なのに廃業をせざるを得ないという中小企業経営者に新たな道を提供できるのが事業承継M&Aである。それを助けるM&A業者も増えてきている。事業承継を考えている経営者たちがM&A業者を選ぶ際に注意すべきは、まず第一に自分のためにベストを追求してくれる業者かどうかだ。

たとえば売却価格は適正か?それはとても大切だ。企業価値の算定の仕方はいろいろな方法がある。純資産をベースにした算定方法が主流になりつつあるが、本来は類似業種比較法、収益還元法なども使用してベストな価値を査定すべきだ。小さな会社でも、それぞれの依頼主には積み重ねてきた思いがこもっている。残す従業員に対する気遣いも必要だ。その思いに寄り添うべきなのがアドバイザーの本分であるべきだと安田氏は指摘する。

「企業価値算定で言えば、最近このような事例がありました。

同じ会社なのに、純資産方式で計算した企業価値の二倍以上が類似会社比較方式で計算されたということがあったのです。このように価値算定方式の違いだけで企業価値が大きく異なるということは頻繁にある。売主はもっとも有利な価値評価で買い主側と交渉に臨むべきです。

同じように買い主側もなるべく安く買いたいはずだし、リスクも回避したいはず。それぞれのFAが売り主側、買い主側に立って、プロフェッショナルなノウハウを駆使して有利な条件を依頼主のために勝ち取るというような大企業M&Aでもやっているようなやり方を中小企業事業承継M&Aの世界でも普及させたいと思っています。私が35年以上、ピナクルを設立して15年以上にわたる経験とプロフェッショナルリズムをこの事業承継分野に持ち込みたいと考えています」。

 

提案型M&Aアドバイス

「M&Aアドバイザーは単なるM&Aを粛々とアドバイスして行くだけでは駄目だと思っています。よく企業のトップに会う時には、自分がその会社の経営企画室長になったかのようなつもりでいろいろなこと提案してきた。

以前何兆円もの売り上げを誇るハウスメーカーに、コインパーキング事業をやったらどうかと提案したことがあった。そのハウスメーカーは不動産を中核とした総合不動産会社で、マンションやオフィス、ホテル、ショッピングセンターなども展開する巨大企業であった。

そうした施設には当然駐車場がたくさんある。その駐車場管理は外の専門業者に委託していた。これを内製化するだけで日本でも有数の駐車場会社になれる。それだけではない。営業マンが有休不動産の有効活用について、たとえばアパートにするとか、提案をした際に地主から、しばらくこのまま放っておく、と言われた時に駐車場にしませんか、と提案できる。その大企業ハウスメーカーの社長に‘素晴らしい提案だ’と評価されまして、買収出来る会社を見つけてくるように依頼を受け、二社お世話したことがありました」

激動するビジネス環境こそM&A

「先日、約千名の地方の中小企業の皆さんの前で講演する機会があり、こう話しました。皆さん、東京の大企業にコンプレックスを持っていませんか?もしそうだとしたら、コンプレックスはいますぐ捨ててください!コンプレックスを持つ必要があるのは大企業の方です。

これからの十年間は過去の三倍の速さで変化する。そんな中で大企業は動脈硬化をきたしており、スピード感が無くなっている。それに比べて皆さんは日々必死に取り組んでいる、その必死さがあれば大企業に勝てる。欧米では中小企業の方がノウハウを持っていて大企業に対等に発言している。日本もそんな時期が必ず来る!

例を挙げてみましょう。象徴的な事例として講演でテスラのボンネットを取り上げます。どういうことかというと、テスラのボンネットを開けてみると中身は空っぽ。電気自動車は座席の下のモーターで動くので、ガソリンエンジンを基盤とするあらゆる部品は不要となる。しかし、そうした部品を供給している企業は日本を代表する大手自動車部品メーカーで、時価総額が一千億を超える大企業がたくさんボンネットの中で事業をしている。

それが電気自動車の世の中になるとどうなるのか考えただけでも大変革なのです。変化を見る目、変化を先取りする力がとても重要になります。大企業は守りばかりに追われていて、小回りの利く中小企業こそ今がチャンスのはずなのです。

M&Aは時間を買う、と言われます。経営資源を一度に取得できるから。AIやiOT、フィンテックなどに代表される第四次産業下、スピードがとても大事です。リスクをなかなか取れない、かつスピード感が欠如した日本の大企業は世界から取り残される。今こそチャンスと考えた方が良いです。M&Aはスピード経営の最たるものである。リスクは付き物だが、スピードの方が重要です。

片や、小回りの利く中小企業の方がうまく行っている例として、コンビニフィットネスがあります。フィットネス事業で大手が考えることは、会員制で、プールがあるような大型設備が必要という先入観に縛られている。そんな中、個人事業主のような人たちが次々と小資本でも出来るコンビニフィットネスを何千軒も普及させてしまった。なぜ大手はこの分野を見逃してしまったのか。まさに大企業のスピード感の欠如、変化を見抜く力の欠如でした。

中小企業にとって、こんなチャンスはめったに訪れない最高の契機だとポジティブに考えるべきですね。アップルがガレージから生まれ、今や世界有数の超大企業に一代で成り上がった。下剋上のビジネス戦国時代と思えばよい。M&Aはスピード経営のシンボルと考えてほしいですね」

インタビューを通じて、日本M&Aのパイオニアとして35年以上、グローバル案件、事業再生、事業承継とあらゆるM&Aを手掛けてきた安田氏ならではの、プロフェッショナルアドバイザーの境地を垣間見ることができた。譲渡側、買収側如何によらず、徹底して顧客サイドに立つ矜持、戦略無くしてM&A無しというのが、正統的M&Aアドバイザーの立ち位置なのだと得心がいった。安田氏は本格的なM&Aプロフェッショナルの手法を中小企業事業承継の分野に持ち込むべく、事業承継専門の新会社を2019年の初めに創るらしい。安田氏の今後益々の活躍を期待したい。

 

 

<プロフィール>

安田育生(やすだ・いくお)

元リーマン・ブラザース在日代表。元GEマネージングディレクター、事業開発本部長。それ以前は、日本長期信用銀行で中近東、NY支店、M&A部、営業第一部、事業推進部、企画部などに所属。九州大学特任教授、多摩大学客員教授を歴任。経済同友会幹事。東京ニュービジネス協議会特別理事。コメンテーターとしてテレビ出演多数。M&A歴30年以上、一橋大学経済学部卒業。

 

ピナクル株式会社

設立:2004年9月

資本金:100,000,000円

住所:〒105-0011東京都港区芝公園一丁目6番7号 住友不動産ランドマーク4階

電話番号:TEL:03-5408-7850

URL:http://www.pinnacle.co.jp/

 

事業概要:M&Aアドバイザリー

事業承継アドバイザリー

事業再生アドバイザリー

戦略コンサルティング