オビ 企業物語1 (2)

陸上自衛隊に特殊部隊を創設 明治神宮至誠館・荒谷卓館長インタビューこれからの日本は「武士道」が支える』

◆取材:加藤俊 /文:山田貴文

オビ インタビュー

荒谷卓氏 至誠館館長 (1)

明治神宮の武道場『至誠館』で第3代館長を務めている元陸上自衛官(陸上自衛隊特殊作戦群初代群長)荒谷卓氏。武士道の精神の重要性を説き、文武両面に渡って約1600人の門人に教化活動を行っている。

自衛隊時代に特殊部隊を創設した経緯から、北朝鮮の拉致問題に挑む予備役ブルーリボンの会まで、赤裸々に熱い思いを語って頂いた。

 

■文武両面を鍛錬する『至誠館』とは?

―明治神宮の武道場『至誠館』とはどういった道場なのですか? 昭和48年に創設されていますが、創設の意図にはどんなことがあったのでしょうか。

 

荒谷氏:創設の背景にあったのは、古来より日本人の中に連綿と続いてきたはずの精神性や価値観の喪失が危惧された時代だったということが大きいです。戦後、アメリカ流の価値観を盲目に信望することで経済的な繁栄を享受してきたかもしれないが、それがために失ったものがありました。

そうした状況に抗うために、安保闘争が熱を帯びていた時期に、日本人としての伝統的な価値観を今一度自覚して、日本人の精神というものを再構築することが求められたのです。至誠館は、そうした目的のもと設立された道場です。

日本は国民の幸福を祈る天皇陛下を中心に国民が心を一つにして、共生・共助・共栄をめざす伝統文化を有する国です。その実践を国民に呼びかけた明治天皇の大御心を奉体し、共生・共助・共栄の社会建設に貢献できる人材を育成しようというのが明治神宮武道場至誠館です。

至誠館では、それを頭で理解するだけではなく、武道を通じて心身で学び実践することを大切にしています。心と体を使って精神鍛錬をし、その成果を社会に還元していくことを目指しているのです。

弓道、剣道、柔道、合気道と鹿島神流などの武術を主に稽古しています。道場の特徴としては武術以外に武学の講義を行っています。つまり文武両面に渡って修行し、学習できる道場ですね。今年で43年目を迎えます。

 

―門下生は何人ほどいるのですか。

 

荒谷氏:創設からですと述べ、1万1000人ぐらいです。今現在、実際に稽古をしているのは海外の門人も含めて1600人程おります。

 

―やはり、海外からの門人は近年、増加傾向にあるのですか。

 

荒谷氏:海外の方は非常に増えていますね。一般的な武道人口の比率で言えば日本人よりも多いと思います。

 

―それは驚きですね。主にどこの国の方が多いのですか。

 

荒谷氏:ヨーロッパですね。あるいはロシアの方も多い印象です。

 

―それは柔道や空手が普及している延長線上で捉えることができるのですか。

 

荒谷氏:一概には言えません。ヨーロッパは階層社会です。階層によって、人気のスポーツや格闘技などが明確に異なっています。例えば、サッカーや空手は上流階級というよりは、市井の人々に人気なスポーツです。

一方で、弓道や合気道、古武道になりますと、精神鍛錬の領域なので、そういった問題意識を持っている人たちが稽古を行う傾向が強いのです。

 

 

■社会的変化に伴う意識の違い

―館長自体は大学時代に空手道場に在籍していたけれども、大学の恩師に至誠館を紹介されて習いに来たそうですね。門下生が来ている目的について、今と昔で変わっていることはありますか。

 

荒谷氏:そうですね、変わってきていると思います。戦後は日本古来からの価値観が全て否定されてきました。当然、そのなかに武道も含まれていた。ですから、バブル期は武道を積極的にやる人は少なかった。ましてや、武道を通じて日本の伝統精神を学ぼうという意識を持っている人はとても少なかったわけです。

でも最近は社会がマネーの権力による競争的な時代に入っていることも関係しているのでしょう、日本人の中で精神的な部分の欠落について問題意識を持つ人が増えてきている。最近の方が武道精神、あるいは神道のような精神文化に関心を持って入門してくる人が多いような気がします。

 

―気持ちに変化が生じてきた理由は何だとお考えになっているのですか。

 

荒谷氏:時代が変わったからでしょう。冷戦間は西側の社会が豊かで優れていると宣伝する必要性があったので、アメリカも日本の経済をバックアップし、結果的にバブルのような好景気になりました。そういう風に社会の調子が良い時は、精神なんかを省みる必要がないのですよ。豊かな訳ですから。

ところが冷戦が崩壊してアメリカを含めた西側社会全体が国家の民主主義より市場の自由競争主義を優先するようになった。市場は個人のマネー競争を正当化し、私達の日常生活まで競争原理が支配するようになった。日本の社会の中にも、必然的に貧しい人と豊かな人が鮮明になってきた。物質的な成長に限界を感じている人が多数出てきて、日本の未来に明るいビジョンを持てなくなってしまった。では、この先どうするのだと。

 

それで精神的な豊かさを求める人が増えてきた。過去を振り返れば、日本にはお互いに助け合う精神文化がありましたから。それを取り戻せれば、また幸せを感じることができるかもしれない。

東日本大震災で、日本人同士で助けあって復興を図る現実的な動きが顕れたことで、心の奥深くに眠っていた「日本人としての大切な何か」が熾火のように焚き付けられたという人もいるかと思います。幸せとはなんなのか。日本人とはなんなのか。自分達に矜持を持つというか、その精神性の一端を感じることができたのだと思います。

 

 

■特殊部隊を日本に創設した背景

―少し話を変えさせてください。荒谷さんが自衛隊に入隊したきっかけは何だったのですか。

 

荒谷卓氏 至誠館館長 (2)

荒谷氏:元々は社会の役に立ちたいと思って、土建屋を目指していたのです。父親が地方の役人で土木課長などをしておりました。そういう姿を見て道路を作ったり、橋を作ったりしたくて、土木科のある東京理科大学に進学しました。

それでゼネコンへの就職が決まったのですが、仕事内容をよく見ると必ずしも社会の役に立つことだけをやっていないことに違和感を覚えたんです。時代が高度経済成長期の真っ盛りでしたからね。世界は新自由主義に踏み出していましたから、土木事業も公共性より収益性を重視するようになったこともあって、疑問を持つようになっていきました。

 

そんな折に至誠館の先生から自衛隊を勧められて、思わず「はい」と応えてしまったんです。一度やるといった以上、しょうがない。その時には就職先は推薦で決まっていたものですから、大学の就職担当の先生にはしこたま怒られました。ましてや当時の自衛隊は「憲法違反」などと言われていた時代ですからね。

でも世のため、人のためを信条に、約30年自衛官として勤務しました。後半は冷戦が終わって、国同士の争いがほとんどなくなったものの、テロなどの新たな脅威が登場し始めました。それでテロなどから国民を守る特殊部隊を創設して、自分の役割を果たした後に一般社会で働くことを決意しました。

 

―陸上自衛隊特殊作戦群初代群長として特殊部隊を作った経緯について、ご説明をお願いできますか。

 

荒谷氏:冷戦間、日本はアメリカ率いる西側に入っている中で、自ら国際情勢を判断し自立した国際政治のポリシーを考えることを放棄しました。戦争を放棄したのではなくて、世界中で常に発生している戦争について考えることを一切放棄したわけです。冷戦が終わり、次に何が起こるのかを世界の人たちは真剣に考え、安全保障などを全部見直していたのです。

ところが日本だけはそういう作業をせずに、アメリカに付いていれば良いという考えしか持っていなかった。日本と同じように戦後、軍事に悲観的だったドイツは冷戦後の国際環境に自立して適合できるよう国防見直しをして特殊部隊を創設しました。

ドイツ留学から帰国して、自衛隊も新しい国際環境に適合した役割にシフトしなければいけないと一生懸命説明しましたが、理解してくれる人は少なかった。レンジャーと特殊部隊の違いさえ、自衛隊の内部でもなかなか理解されなかったですし。いまだに理解していない人も結構いると思います。

 

―特殊部隊を作るにあたって、アメリカのグリーンベレーを参考にされたそうですね。

 

荒谷氏:そうです。特殊部隊を作ると言っても、どういった組織なのか未知数な部分があった。それで他国の特殊部隊の教育を受けて参考にしようとしたのです。でも最初は誰がやるのだと。私は当時既に40歳でしたし。でも最終的には言い出しっぺの私が手を挙げて行くことになりました。

 

―実際に現地ではどういった訓練を行っていたのですか。

 

荒谷氏:中身は言えないことが多いのですが、それはもう痺れるような訓練でしたよ。かなり厳しいこともあって、アメリカの軍人の中でも選りすぐりの人が来ているはずなのに、それでも毎日離脱者がでるんです。そんな中に日本から40歳のへんな大佐が来たわけです。ですから、周りの連中からは数日だってもたないだろうとは思われていました。

でも訓練を行っている内に私が一つ一つ基準をクリアーして平気な顔をしているものだから、そのうち皆からリスペクトされるようになって、最終的には良い関係を築けるまでになりました。

戦後初めて日本に特殊部隊を作る訳ですから、アメリカ側に要請をして政治と特殊作戦の関係や実際のオペレーションなどの情報をもらうことも重要でした。だいたい1年でそれらの経験を持ち帰ることができましたが、アメリカだけではなく、イギリス・ドイツ・オーストラリアなどにも訪れ、各国の特殊部隊を参考にし、日本の政治状況や国民性、文化に適合した特殊部隊を作り上げていきました。

 

―凄いお話ですね。荒谷館長の苦労のかいあって作られた特殊部隊ですが、隊員にはどういった方が参加しているのでしょうか。

 

荒谷氏:特殊作戦には、通常の軍事作戦を越えたありとあらゆる要素が求められます。情報、通信、衛生、施設、補給などをすべて理解し実行できる必要があるのです。隊員は、レンジャーと空挺資格を有していることが条件なのですが、仮に両方の資格を持っていても選考検査で合格するのは30%以下でした。

よく受験者の所属部隊長から怒鳴られました。「我が部隊の一番優秀な隊員を落とすとはけしからん」とね。しかし、特殊線戦士に求められる能力は次元が違うので、だめなものはだめとして断固貫き通しました。

 

そうした陸上自衛隊から選りすぐった特殊部隊に参加している隊員が、どういうモチベーションなのかを知ってもらうのによい例があります。

ある一人の隊員はイラクのミッションに参加した際、自身が癌だと告知されました。それを隠してミッションに参加し、帰ってきたのですが当然癌が進行している。見る見るうちに骸骨のように痩せていったのですが、本人は病院で治療している以外は一日も休まずに、ずっと仕事を続けていた。最後まで「もう一度イラクの任務に就かせてください」と。

何故かというと、最初にイラクへ訪れた際に現地の人々に約束をしていたのです。「我々は君達のために自分の人生を懸けて仕事をしに来ている」。それを方便にしないためにも、もう一回行かせてくれということを頻りに話していましたね。結果的にはそのまま亡くなってしまったのですが。

 

それから心が繊細だった奥様と結婚したある隊員は、式を挙げて間もなくイラクへ行ってしまったものですから、奥様の心が非常に病んでしまった。そしてイラク派遣中に病気になり、亡くなってしまったという話もありました。葬儀に帰国した彼は「自分が今ミッションから外れたら、妻の死が無駄になる。すぐに戻って任務を完遂します」と。一部の話ですが皆がそれぐらいの想いを抱えて任務を遂行しているということは声を大にして言っておきたいです。

 

 

■拉致問題から見る日本の「政治的合理性」

―予備役ブルーリボンの会について、お話をお聞かせください。

 

荒谷氏:現代の社会では拉致問題が人権問題として捉えられていますけど、私は人権問題という言い方があまり好きではありません。大事なのは同胞意識だと思うのですよ。家族が拐われて人権がどうのと言うのか。

元々、日本人は家族的な社会を作ろうとしていたのではありませんか。だったら北朝鮮に拐われた同胞に対して心が病まないのかと。奪還できるのかは分からないけど、取り返そうという気持ちと行為は必要なのです。それがモチベーションですよね。

政府が特にそうですけど、多くの人が北朝鮮から連れて帰るのは合理的に考えてできないと言う。だからやらないし、考えない。こういう政治的な合理性が私は大嫌いなのです。成功するかどうかではなく、同胞のために力を尽くすかどうかが大切なのです。ずっと何もしてこなかったという歴史と、一生懸命に行動に移したという歴史は全然違うと思いませんか。

 

―そういった思いを荒谷さんの立場で発信しても何も変わらないのですか。

 

荒谷氏:変わらない。政府は、本気で助けようとしているのかと疑いたくなります。拉致対策の組織も立ち上がっていますが、拉致被害者の情報収集に予算を1円も使っていない、と外務大臣が公言するほどです。ポスターなどの広報には予算を使っていますけどね。交渉自体もしていますけど、普通の国であれば独自ルートを構築して情報収集するものです。

それに韓国と同じようにエージェントを活用すれば、何人かは脱北することだって可能ですよ。そういったところに全くお金を使っていないのです。このような状況だと国民の国に対する信頼感は失われます。

 

 

■日本を支える「武士道」の精神

―読者層である企業経営者に対して、何か熱いメッセージなどはございますか。

 

荒谷氏:ある企業が調査した「100年企業調査報告」では、日本は他を圧倒する老舗大国だとしています。そして、長持ちする企業は社会に対する貢献意識が強い。それから会社の中には、家族の様な心情的団結が築かれていると言います。まさにそれ自体が日本の文化そのもので、社会全体の一部としての会社、そして会社が社会そのものであることが、非常に日本的です。

会社として社会に貢献することで、社員一人ひとりが社会から必要とされているという意識が大事だと思います。そういう会社組織であることが精神文化的にも、豊かさの面でも必要なキーワードですね。

 

―日本が世界で飛躍していく上で、どういったマインドが必要になると思いますか。

 

荒谷氏:現代の日本人は他力本願になり過ぎています。これでは絶対に世の中は変わりません。政府はアメリカや市場に依存している訳ですから、その政府に期待しても何も変わりません。人間に優劣をつけ、敗者を平気で切り捨てる市場競争は日本人には向いていません。国民が主体となって、日本人が得意な和の協調的社会ルールを構築していくべきだと私は思っています。

和する文化の価値を守ろうとする猛々しい心が大和魂と呼ばれるものです。武士道の本質はこの大和魂で、現代の日本人に必要なマインドだと思います。

 

―日本に対して提言などはございますか。

 

荒谷氏:今や世界全体が、経済の低成長や格差、そして民族の大移動や宗教紛争等、危機的問題に直面し、有効な解決策を見出せずにポスト・グローバル資本主義の必要性を痛感しています。そんな中で、建国以来の「和」を大事にする日本の伝統的精神文化の価値は注目するに値します。

先の戦争では、欧米がつくった国際秩序の中で競争して失敗しました。戦後も同じ道を歩まないようにするためには、日本人が得意とする協調秩序を世界に構築することです。そうすれば、黙っていても日本は、国際社会でリーダーシップを取る立場になるでしょう。そこにチャレンジする勇気、和の文化を守る武士道精神を発揮してもらいたいですね。

 

―ありがとうございました。

 

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プロフィール/荒谷 卓(あらや・たかし)氏

東京理科大学卒業。武道家(明治神宮武道場至誠館 第3代館長)、予備役ブルーリボンの会幹事。元陸上自衛官(陸上自衛隊特殊作戦群初代群長)。著書は『戦う者たちへ』(並木書房)など。