◆文:近藤智子 /撮影:Yilin Zhou

島田博文氏 技術経営士の会 会長

 

「中小企業社長のいちばんの悩みは相談相手がいないことです」その相談相手になれるかもしれない。そう語るのは、「技術経営士の会」の会長島田博文氏(元日本コムシス代表取締役社長)。大企業で経営を担ってきたメンバーたちが集った技術経営士の会とはいったいどんな組織なのか?

「技術経営士の会」は、技術同友会の支援のもとに、有志のメンバーにより、平成25年5月に発足された任意団体だ。現在132名(平成30年6月現在)の個人会員、および1社の賛助会員で構成されている。経済産業省や中小企業投資育成会社、信用金庫等の協力を得て企業とのマッチングを行うなど、技術経営士の知見を積極的に社会に還元するために活動を支援している。

 

■大手企業OBの知見を生かしたい気持ちが「技術経営士」を生んだ

そもそもの母体、技術同友会は1972(昭和47)年に官庁や上場企業で技術の責任者を担っていたOBが、フリーにディスカッションするために集まったのが始まりだ。技術同友会では毎月1回12時から食事をし、そのあと1時間半は卓話を聴いてさまざまな知見を共有していた。しかし、せっかく多士済々のメンバーが集っているのだから、何か生産的な取り組みをしようと、世の中への提言を行うことにした。そうすると、幹事会で提言のテーマを議論するときに必ず「少子高齢化」が枕詞になることになり、のちに会の会長になる島田さんはそこに違和感を持ったという。

「たしかに少子化は問題かもしれないが、高齢化が問題なのはおかしいのではないだろうか」。そこで、高齢化を問題とはしない提言を作成することにした。課題を探った結果、高齢者が増えて増えたはずの知識を、現役で活躍している若い世代に引き継ぐツールがないことに気づいた。

 

そこで、島田さんは知見を持っている人を活用できるように資格を作ろうと考えた。肩書と職歴と技術経営士になって何をしたいか、どのようにフィードバックさせたいかという作文、それに加えて面接を受ければ資格を取れる仕組みである。こうして技術同友会が独自で技術経営士を認定する試みをスタートさせることとなった。「技術経営士は『博士』の学位のようなもので、取得した肩書きを使って自分で行動してくれればそれでよいわけです。しかし、具体的なお手伝いをする組織がやはり必要なので、『技術経営士の会』を設立しました」。

「技術経営士の会発足」の知らせを発表すると、日刊工業新聞にその旨掲載され、それを見た西武信用金庫から連絡があった。当時、西武信金では顧客から技術について相談を受けることが多く、技術経営士に相談にのってもらえないかという話だった。それで西部信金と話をしたが信金の特性上、顧客には中小企業が多い。一方、技術経営士は大企業の出身者が中心だ。それでもあえて島田さんは挑戦してみることにした。

 

■大学での講義にも乗り出し、経験を伝える

さらにその時期に大学からも話があった。最初は国交省出身で日本大学の教授を務めていた方の紹介で、講義をすることになった。だが、教員は70歳以下という学内の規定があったり、評価のための採点をしたりする必要がある。さまざまな制約があったが、結果として特別講座として行うことが決まり、規模は縮小されたものの実現にこぎつけた。

さらに、東京工業大学では社会人向けに夜間に講義をするプログラム「CUMOT(キューモット」が実施されているのだが、この講義の講師として、技術経営士の会がプログラムに参加することになった。これまでに2回ずつ行い、好評を得ている。東工大では19時から21時まで2時間、1時間の講義の後、1時間はテーマをあたえて議論を30分、15分で発表、15分で質疑を行うという仕組みだ。

島田さんは「NTT(独占企業)」「IBM(外資)との合弁」「日本コムシス(上場)」のそれぞれで複雑に絡んだ利害のなかで如何にビジネスを展開させるかで戦略を立てた経験を話し、「総括原価主義はおかしいと思うか」を議論させたという。他の担当者も自分の経験から、Suicaの開発経験、日立の水事業の話などを話した。ドバイで建設をした時「ドバイショック」の時撤退すべきか否かの判断をさせられ、「『現金なら8割、満額なら手形』のどちらを選ぶかを迫られた」という話をした人もいるという。

 

受講生からは「どうしてこんないろんな経験ができるのか」という感想が出て、それに少し驚いたと島田さんは言う。自分は与えられた道を歩いてきただけだと思っていたからだ。「私たちが歩んだ時代は、自分探しなんていえる時代ではなかったですよね」。

 

■すべての会員が資格を生かせる仕組みづくり

今の時代は社外取締役を雇用するのが大企業では普通だが、島田さんはそれには反対だという。「社外取締役ではなく『アドバイザリー・ボード』を作りたいと思っていました。それで、自分が社長の時は社外取締役を設置せず、アドバイザリー・ボードを設置しました。社外取締役は権限と責任を持ちます。取締役は24時間365日会社のことを考えているのに、社外の方は月に1回僅かな時間しか参画しないケースが多い。執行業務には自信をもっているので、どうしても温度差がでます。だから僕が代表の時は設置しないようにしようと思ったのです。ただ、井の中の蛙になる危機感はありました」と島田さんは言う。

自社の仕事だけをしていると視野が狭くなることはわかっていた。外部の人からのアドバイスもそれなりに必要だ。そのため、自分がやろうとしていることを客観的に見てくれる人の話を聞くことができるアドバイザリー・ボードを設置した。バランスのよい、島田流のやり方だといえるだろう。

 

技術経営士の会は24,5名からスタートし、現在は100名を超える組織になった。現在、会員のためのサービスとしてゴルフの会や囲碁の会に加え、コーヒーブレイクの会を始めた。これは2時から4時間コーヒーとケーキ付きで会費1,000円くらいで行うイベントだ。会員が卓話をして、会員が聞く。全員が質問し、全員でディスカッションする。本音のディスカッションは、なかなか評判がよいそうだ。

また、もっと多くの会員に事業に参画してもらうため、企業の件数も増やしていくことを考えている。

「中小企業の方を見ていると、人材が不足していて、社長さんひとりに仕事の負担がかかっている部分が多いと感じます。大企業でいえば経理、企画、総務などの間接部門も中小企業では社長さんが担っています。人不足の理由はいろいろあると思うけど、大企業が人材を囲い込んでしまっているからというのは一要因としてあります。その点、我々の多くのメンバーは大企業で働いてきた人間です。中小企業の人不足に責任を感じているので、中小企業のお手伝いをしたいと皆思っています」。

 

■中小企業経営者の「幕賓」となるために

島田さんが中小企業を見ていて気になるのは、事業承継の問題だという。「親と子どもが、家では仲よくしていても会社では言うことを聞かないというケースもありますので、個別に利害関係のない人間が客観的な立場からアドバイスをすることが大切ではないでしょうか」。

 

しかし、だからといって誰にでもアドバイスができるわけではない。技術経営士の中にも「親から会社のことは任されたのだから、経営者として自分できちんと考えて経営にあたるべきだ」という人もいる。ただ、利害関係のない人が話を聞くのが重要だろうと島田さんは考える。また、社長に対し、「やるべきだ」と押し付けるとプレッシャーになってしまう。

「『こういうデータ』を、と言うだけではなく『こういうフォーマットでこういうデータをとってこう使ってはいかがでしょう』くらいまで、アドバイスしてあげられればよいでしょうね」。

 

島田さんが理想とするのは、理想は「幕賓(ばくひん、アドバイスをしてくれる重要な客人)」のような距離感をとった立ち位置。そのためには、社長と技術経営者の呼吸が整わねばならない。お互いが惚れあえる相手が必要だ。「社長とアドバイザリー・ボード5人での会合を数度やれば、そのうちにお互いの人柄が見えてきます。ですから、スポット型のアドバイザリー・ボードは幕賓を見つけるためのお見合いの手段になると思います」。

 

島田さんは言う。「中小企業社長のいちばんの悩みは相談相手がいないことです、解決できなくとも聞いてあげればよいのだと思います。それだけで気持ちが楽になります。そのうえで上場企業で経営者をしてきた経験が何かしらのお役にたつかもしれない。ただ中小企業の社長さんは個性が強いですからなかなか幕賓になるのは難しいですね。少しずつ時間をかけてやっていくということではないでしょうか」。そのやさしさが多くの中小企業を救うカギとなるかもしれない。

 

■四季に恵まれた日本ならではの「モノづくり」をわすれてはならない

そんな島田さんは1940年生まれ。モノがなくて食べられない子ども時代を過ごした。男兄弟3人で少ない食事をとりあった。食べるものがないことにおびえたが、時代は変わり、いまではコンビニで100円出せばおにぎりが買える。でもそれで人間は豊かになったのだろうか、はたして幸せになったのだろうか、そもそも成長しているのだろうか、島田さんはこの点に疑念を覚えているそうだ。

 

「グローバルな世界になって皆がみな『効率性』を過度に追及する社会になりました。昔を知っている僕から見ると、息苦しそうな会社や人がたくさんいる。極端な例だが、数字を改ざんしてまで効率性を追求した企業のニュースも散見されたりね。これはもう経営トップの見識の問題だが、『人間としての品位や正しさを捨てることで、いったいあなたの心に何が残るのか』といまの一部の経営者たちに聞いてみたいと思うことがあります。一方で僕らの時代は食べるものにも窮するような競争社会だったのに比べ、今の若い人たちはリスクを感じにくい環境で育っているはずなのに、ベンチャーという新しいリスクに果敢に挑戦している人達がでてきているのは頼もしいよね」。

 

ただ、総体で見ると、人間のキャパシティが狭まっているのでは、と感じているそうだ。江戸時代に商人道を説いた思想家、石田梅岩の言葉にあるように、細部にこだわるのが日本の文化だ。コストにこだわらず、自分の美学を追求する。しかし、昨今は効率が求められ、コストがかかるものはNGとされる。それでも細部にこだわる美学を追うかどうか、その決め手は社長の人生観だと島田さんは考える。

 

島田さんは石田梅岩の「心学」に触れ、どうして日本人だけが細部にこだわるのかがわかったという。

「日本は四季に恵まれています。同じ緯度であっても海にかこまれた島国だから、特別に豊かな四季のなかで育まれてきた国民性があります。この季節の移ろいが美意識の形成につながっているのだと思います。そして、この細部にまでこだわりぬく美意識が日本のモノづくりの原点にあります。これは日本人のDNAレベルで刷り込まれていることなので、技術力のキャッチアップが叫ばれている昨今ですが、他国が簡単にマネできるものでもないと思いますし、そう期待したい。

ただ、気を付けなければならないこととして、グローバルスタンダードの中ではモノづくりに於いて各国で製品を作る際の『標準化』が進みます。これは国や産業の覇権のぶつかり合いでもありますから、日本及び企業各社がきちんとした位置取りをとっていけないと、国際競争力が弱まってしまうことが危惧されます。日本のモノづくりのなかでデファクトスタンダードを担えるものはたくさんある筈ですし、そこに取り組んでいかなければなりません」。

 

■高齢者が持つ「知識」「時間」「お金」を循環させる社会づくりを

「日本の高齢者が持っているものこれらをいかに今にフィードバックするか」。いま島田さんが大きく感じている課題だ。知恵があり、相手の都合に合わせられるくらい時間も自由だ。そしてお金もそれなりにある。そのお金は「寄付」に使うのがよいと島田さんは考えている。たとえば美術館は補助金で成り立っているが、補助金の代わりに寄付で成り立つようになれば、寄付した人の意見が収集される作品により反映され、美術に造詣の深い人たちが喜ぶ空間を作れるだろう。

また、その寄付のインセンティブとして税額控除されれば、消費者はうれしいし、浮いた補助金は別の予算に付けることもできる。こうした新しいサイクルが生まれてしかるべきだと島田さんは考えている。

 

「いまは文化の成熟期ですから、消費者がつくっていく時代にならなければなりません。日本の社会は既得権を壊すのが大変です。シニアが知見を伝えることも大切ですが、現役世代がシニアの知見の生かし方を考えてくれてもよいかもしれません。世代間の断絶は大きな問題で、解決は急がねばならないと思います」。

 

「勤勉と倹約」という石田梅岩が掲げた言葉を旨に、志あるシニアを中小企業に役立て、ひいては日本社会を立て直すために、島田さんたち技術経営士は今後もたたかっていくつもりだ。

 

 

島田博文(しまだ・ひろふみ)

1940年生まれ。1967年、慶応義塾大学大学院工学研究科 電気工学専攻修士課程修了。1967年、日本電信電話公社(現、日本電信電話株式会社)に入社。1994年、取締役信越支社長として、ハイテク五輪“長野オリンピック”を通信面で支え、成功に導く。1999年6月、日本情報通信株式会社 代表取締役社長。NTTとIBMの対等出資の子会社の社長として、日本的経営の中に外資系のマネジメント手法を反映させた経営を行った。日本コムシス株式会社、およびコムシスホールディングス株式会社 代表取締役社長(2003年~)。日本コムシス株式会社顧問(2013年~)を経て、現在技術経営士の会・会長。

 

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