◆文:池田 朋未

写真左:太田旭氏、右:早水綾野氏

「見えない飢餓」と闘う

「見えない飢餓」という問題を、どれだけ多くの方がご存知だろうか。

食べ物にありつけない生活。ガリガリに痩せ細った人々。開発途上国の問題として度々取り上げられる飢餓が極めて深刻な問題であると認識されている方は多いだろう。実際に日本をはじめとする先進諸国が食糧支援を行っている活動を、頻繁にメディアでも報じている。

しかし、途上国の飢餓問題はなかなか解決しない。何故だろうか。それは知らず知らずのうちに心身を蝕んでいく、見えない飢餓が存在するからだ。この問題を解決するため、一般財団法人アライアンス・フォーラム財団はザンビア共和国で栄養改善プロジェクトに取り組んでいる。同財団の栄養士としてプロジェクトを牽引する太田旭氏と早水綾野氏に話を伺った。

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特定の栄養素不足がもたらす見えない飢餓

見えない飢餓とは、慢性栄養不良のことだ。食べ物が不足して急激に体重が減る急性栄養不良とは異なり、慢性栄養不良はたんぱく質に加え、ビタミンやミネラルといった微量栄養素が日常的に不足することで引き起こされる。目に見えくいけれど確実に、脳や身体の発達を阻害する。免疫力が低下し幼い子どもが亡くなる、心身の十分な発育が叶わず、就学率や就職率が低下するなど、途上国の貧困スパイラル形成に大きく関わる問題といえるだろう。

とあるスーパーフードが、この見えない飢餓に苦しむアフリカの人々を救おうとしている。その名は、スピルリナ。アフリカや中米のアルカリ塩水湖に自生する藻類の一種である。スピルリナはたんぱく質や微量栄養素を豊富に含む。つまり、慢性栄養不良状態に陥らないために必要な栄養素を効率的に摂取できるのだ。1980年には、UNIDO(国連工業開発機関)によって優れた未来食になると発表された。近年では粉末やサプリメントに加工され、健康食品として販売されることも増えている。

アライアンス・フォーラム財団は10年ほど前からスピルリナに着目し、アフリカの見えない飢餓問題に役立てられないかと考えていた。そして、スピルリナの地産地消によって慢性栄養不良を解消するプロジェクトを立ち上げたのだ。

 

地産地消で持続可能な、栄養改善プロジェクト

元々中米で栄養教育に携わっていた太田氏は、この栄養改善プロジェクトのためにスカウトされた。先進国による栄養改善支援自体は、特に目新しいことではない。しかし同財団では、それまで多くの国が行ってきた支援とは一線を画す持続可能な方法を取っている。

「先進国で慢性栄養不良解消に必要な微量栄養素を食品に添加し、途上国の政府に買い上げてもらって配るスタイルの支援が一時期目立っていました。しかし、ずっと先進国とつながって食品を送ってもらわなければならないので、持続性がない。フードマイレージが大きくなり環境負荷がかかる、さらにお金も先進国に支払うので、現地には何も落ちない。

そうではなく、地産地消スタイルの栄養改善事業が必要であると我々は感じています。現地でスピルリナの生産をして現地で消費するという栄養改善の小さなモデルを作り、広く普及していこうというのが我々ならではの栄養改善事業です」。

 

1つずつ、確実に。スピルリナ普及の歩み

アライアンス・フォーラム財団では、ザンビア共和国を最初の栄養改善プロジェクト実施国に設定した。その理由は3つ。政権運営が安定していること、スピルリナの生産に必要な水源が確保できること、そして慢性栄養不良に苦しむ子どもが多いことだ。

2009年から2010年にかけて、スピルリナを用いた栄養改善プログラムを実施するとザンビア政府に伝えた。スピルリナが慢性栄養不良改善に役立つことは、国連でも証明されている。しかしザンビア政府内の倫理委員会では、いくつもの懸念が示された。そこで、ザンビア側が気にする不安要素を1つずつ消していくミッションに取り組むことにした。

 

栄養不良率0%モデル村にて巡回訪問中の太田氏

 

ミッション1 外国人ではなく、ザンビア国民が食べられるものだと証明せよ

まずは、スピルリナが「本当に現代のザンビアの人たちも食べられるものなのか」という疑問を解消するため、2011年に配給事業を実施した。給食にスピルリナを入れ込み、食べられた実績を作るものだ。受容性評価なども経てレシピや分量を提案し、現在は年800人ほどの生徒にスピルリナを定期的に食べてもらっている。ザンビアの方がスピルリナを日常的に食べたという実績作りに繋げられた。

しかし、濃い緑色が特徴のスピルリナは、白い食べ物を緑色に変えてしまう。実際、初めてスピルリナを食べる子どもは、色がおかしいから食べたくないと主張することも多かった。また、海がないザンビアでは藻類を食す習慣がなく、独特な味や香りが気になるという意見も挙げられていた。

そこで子どもたちがスピルリナに抱くマイナスイメージを払拭するため、2014年からは栄養教育も実施。味や香りを根本から変えるのは難しいので、スピルリナを食べて得られるメリットや栄養情報について学ぶ機会を重視したのだ。マラリアにかかりにくくなる、下痢が改善するなど具体的な効果を理解してもらうことで、子どもたちもスピルリナを食べられるようになり、実際に身体の調子が良くなったりと効果を実感してもらうことで、残食は全くなくなっていった。

栄養教育は高い効果を上げられるものの、広く国民に普及させるためには時間がかかってしまう。そのため、スピルリナを美味しく食べられるように加工品の提供も行った。現地のパン屋とコラボレーションして、パンにスピルリナを練り込んだ商品を販売、レストランや飲食店にスピルリナ入りのメニューを導入してもらうこともあった。あらゆる形でスピルリナを食べられることが、見知らぬ食材に対する抵抗感を薄めたといえるだろう。

 

ミッション2 ザンビア国民に対する効果&地産地消の可能性を証明せよ

こうした取組の積み重ねにより、ザンビアの人々はスピルリナに慣れ親しんでいった。しかし、政府の倫理委員会を納得させるためには、スピルリナの効果を実証する必要があった。すでにスピルリナの効果はIIMSAM(Intergovernmental Institution for the Use of Micro-Algae Spirulina Against Malnutrition:栄養不良対策として微細藻類スピルリナを利用するための政府間機関)の報告でも証明されていたが、公表済みの研究結果はザンビア国民で検証したものではない。そのため、ザンビア国民に効果があるとは必ずしも言い切れないという懸念が示されたのだ。

これに対し、同財団ではザンビア人にスピルリナを摂取してもらう効果測定を実施。栄養不良に陥っていた子どもの髪が黒々と健康的になってきた、身長の伸びが良くなったなど、その効果は効果測定実施地域で大きな反響を呼んだ。学術的にもスピルリナの効果の重要性が認められ、Institute of Development Studies (IDS: 政策決定者へ高い影響力を持つ途上国の開発分野の研究機関)により2014年9月発行IDS Bulletin(1968年に発行を開始。各分野の専門家による審査を通過した論文のみが掲載される)に本効果測定事業の結果がまとめられた論文が掲載された。

 

スピルリナは栄養価が高いため、少量摂取でも十分効果を得られると太田氏は語る。

「栄養不良のすごく深刻な子どもであれば、スピルリナを1日に5〜10gくらいは食べてほしい。ただ現実問題として、貧困層の人々がそれだけの量を毎日食べるのは難しいです。だから、理想は理想として目指しつつ、現地での食の営みを考慮して食べられるモノや量から食べてもらうようにしています。毎日理想の量を食べられなくても食べないよりは断然効果があるので、少量だとしてもスピルリナを食べた効果の報告は沢山受けています」

IDSへの論文掲載を受け、ザンビア国内外でもスピルリナに対する様々な期待が高まりました。ザンビア保健省からも規模を拡大して第2次効果測定を行って欲しいと要望があり、同財団は現地パートナーNGOのPAM(Programme Against Malnutrition)と共同で国連が主導する国際的な栄養改善の枠組みであるScaling Up Nutrition (SUN)のファンドへ実施計画書を提出、2014年12月には正式に採択され、第2次効果測定を実施してきた。

さらに地産地消のプロジェクトを行うためには、ザンビアでスピルリナを生産できると証明する必要があったため、このSUNファンドの実施計画は小規模生産事業計画を含んだものであった。現地の空の下で、現地の水やスタッフの力でスピルリナの生産に取り組むことに。その際、現地の女性とともに生産を行うことで、農村部に住む女性の能力開発に貢献しながら、地産地消の礎を築いた。

 

スピルリナを収穫するザンビアの女性達

効果測定を数多くこなし、ザンビアでの地産地消が可能であると明らかになったことで、スピルリナの効果は高く評価されるようになった。ザンビアでは口コミや有名ドキュメンタリー番組やラジオを通して、スピルリナの認知度が高まっている。子どもの栄養改善にも大人の健康維持にも役立ち、多くの疾患や予防に効果的とされているスピルリナを、エイズを始めとするさまざまな病気に試したいと声をかけられることもあるという。アライアンス・フォーラム財団がスピルリナに対する懸念と真摯に向き合い、1つずつ確実に解消した結果といえるだろう。

 

受注型から提案型のソリューションへ。人材育成プログラム

アライアンス・フォーラム財団の栄養改善プロジェクトは、ザンビア国民だけでなく日本人にもインパクトを与えている。それは、社会価値に強い関心を持つ人材を育む場が提供されるようになったことだ。同財団では栄養改善プロジェクトを通してザンビアで築き上げてきた信頼を活かし、世界の仕組みを体感し、様々な分野や組織を越え、新しい社会価値の創造や新規事業が担えるグローバル人材育成の事業をアフリカで行っている。

アライアンス・カレッジと名付けられた研修プログラムでは、栄養教育現場やマーケットといった栄養改善プロジェクトに関わる現場に入り込む。また、社会の複雑性を理解するため、政府関係者、民間企業、地方農村住民との対話を設けている。ザンビア人の慢性栄養不良改善に尽力してきた同財団だからこそ、ほかでは立ち入ることのできないような場所にも参加者を連れていけるのだ。

顧客のニーズをキャッチし、それにマッチするコンテンツやサービスを作る受注型のソリューションを提供する企業は多い。しかし、新しい社会価値の創造には、頼まれたものを作るだけでは不十分だ。コンテンツやサービスを導入したあと、どのような影響が社会に出るかなど、先のことまで予測した上で、より良い方法を示す提案型のソリューションが求められている。提案型のソリューションを行える人材、そして社会課題に体当たりしながら一緒に考えられる人材を育成することが、アライアンス・カレッジの大きな狙いだ。

参加者は募集もかけるが、基本的にはアフリカが必要としているソリューションを提供できそうな企業に同財団が直接参加交渉をしている。これまでアライアンス・カレッジに参加したのは、インフラ企業、製薬企業、マテリアル企業、ベンチャー企業、大学法人等。企業の種類はもちろん、参加者の職種の幅も広い。さらに、スカラーシッププログラムで無料枠を設けて公募をかけ、学生の参加も可能としている。

 

アライアンス・カレッジがもたらす効果について、太田氏は次のように語った。

「年代や職種が違うだけでも、張っているアンテナは大きく異なります。私は栄養士なので食べ物や衛生環境に目が行きますが、全員がそうではない。多様な方が参加されているため、異なる立場から見えるもの、感じることが違っていて、その世界や価値観などを日々シェアしていくことで、視座を高められます」

 

大きな可能性を秘める栄養改善プロジェクトの今後

ザンビアで栄養改善を進めるためにスピルリナを普及、コツコツと活動してきたアライアンス・フォーラム財団。今後はどのように事業を展開していくのだろうか。

 

「これまでは貧困層をターゲットに、政府に買い上げてもらって教育省や保健省で渡してもらうというプランで事業を行ってきました。しかし、結局いくら良いものを提供しても、国の予算がまったく足りない。そのため2017年からは、ターゲットを富裕層にも拡大しています。持続可能な栄養改善が可能で、アフリカ全土に展開するには、収益を上げる必要がある。そこで、富裕層へのスピルリナ普及や生産コスト削減によってしっかりと収益を上げ、貧困層の支援につなげようとしているのです」

スピルリナは、圧倒的に少ない資源(水・エネルギー)で作れる食品。そして、栄養不良に陥っている人々を救うだけの食品ではない。デトックス効果や抗酸化作用など、美容や健康に関心の高い人々にもおすすめできるスーパーフードなのだ。地球環境にも人々にも幅広いターゲットにメリットをもたらすスピルリナが、世界の必需品となる日もそう遠くないだろう。

ザンビアの首都ルサカには、COMESA(Common Market for Eastern & Southern Africa、東南部アフリカ市場共同体)の本部がある。COMESAは19カ国が加盟する、アフリカにおいて重要な経済共同体の1つだ。このCOMESAとアライアンス・フォーラム財団はMOUを締結している。

「私たちがスピルリナで栄養改善プロジェクトを行うことで、こんなに成果が上がったと示すモデルができる。そうするとCOMESAが主になって、19の加盟国に広めたいと言ってくれている。そんな可能性のある、ポテンシャルの大きいプロジェクトです。」

 

ザンビアからCOMESA加盟国。更に地球規模でのプロジェクト展開も視野に入れている。2017年には、XVII Infopoverty World Conference(NY国連本部開催の国連経済社会理事会会合、OCCAM主催)にて、プロジェクト報告を実施。栄養改善を中心としながらも、持続可能で豊かな社会を創るため、新たな社会と産業を世界中でプロデュースしていくそうだ。

途上国で暮らす人々が「見えない飢餓」から脱却し、健康的に過ごす未来を見られるように。今後もアライアンス・フォーラム財団の地道な活動は続く。

 

アライアンス・カレッジ第1弾時の集合写真

 

<プロフィール>

太田 旭(おおた・あさひ)

1981年宮城県生まれ。2004年から宮城県の医療機関や保育教育機関に勤務。2011年には、東日本大震災によって被害を受けた居住地域の食生活支援に従事する。2012年、青年海外協力隊員となりグアテマラ保健省州管轄に派遣。栄養士として栄養教育実習プログラムの開発などに携わる。2015年に一般財団法人アライアンス・フォーラム財団へ参画し、途上国事業部門栄養改善事業と人材育成事業を担当。

 

<団体情報>

一般財団法人 アライアンス・フォーラム財団

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