オフィスで皆が画一的に働いていた時代が変わり、働く場所や、ワークスタイル、価値観も多様化している。ネットに接続しさえすれば、世界中どこでも働けるこの時代に知的生産性を上げるワークプレイスはどうあればよいのだろうか?今回、そのヒントを見つけるべく「働き方多様化時代!テレワークがもたらす本当の変化」と題して、ABWの観点からの知的創造の場について考える機会が持たれた。

(本稿は、去る令和元年6月6日に開催された軽井沢リゾートテレワーク協会とコクヨ株式会社の共同企画である掲題イベントの内容を編集したものです。)

 

知的創造につながるワークスタイルとは?~総務省行政評価局 総務課長 箕浦龍一氏

 

変わらない仕事の基本構造

2011年から、総務省のオフィス改革に取り組んでいる。このオフィス改革は働き方改革と一体的に推進し、効果を実証しつつ、また普及啓発にも努めている。本取り組みは中央省庁における革新的な成果として人事院総裁賞を受賞したこともあり、自ら中央省庁におけるトップランナーの役割を担うべく活動しているところだ。

 

さて、今日は特にワークプレイスに焦点を当てて話をしよう。働き方が変わることについては、何十年も前からP.F.ドラッカーも指摘していた通り、知識労働をベースにした知識社会になると予想されていた。しかし、その知識労働者の現状はどうなのか?日本においては、IMDのデータによると国際競争力の低下が言われて久しい。1992年時点では、日本は世界の競争力ランキングで1位とされていたが、じわじわと低下を続け、近年は低位安定で横ばいが続いている。

 

なぜかと言うと、いろいろな見方はあるにせよ、働き方の基本構造が変わっていないことが主な原因の一つだ。技術がこれだけ進化しているのに、働き方自体は変わっていないからその成果も出てこない。

 

実際に、総務省のオフィス改革前の職場は、こんなものだった。

 

しかし、昭和の時代にはこれがもっとも機能的だったのだ。なぜなら、必要な資料が手元にあり、いつでも取り出せる。固定電話で、内線外線で電話をかけ、コミュニケーションを取る。仕事ができるありとあらゆる便利な機能がそろっていた。

 

だが、コンピューターやアプリの性能が上がり、かつスマホによってモビリティも高まると、実質仕事の場がコンピューターになった。つまり、オフィスが拠点ではなく、自分自身が拠点となっているのだ。しかし、そういった前提が大きく変わっていることに気づかず、昔ながらのスタイルを続けている。最近の世の中のオフィス改革を見ていると、ようやくファシリティマネジメントの主要課題として、このことに気づき始めたとも言える。

 

知識労働者の仕事とは何か?

一方、ICTの発達で技術的には便利になったものの、それで楽になったかと言うとそうでなはない。仕事に必要な情報はGoogleで調べればすぐわかるし、コミュニケーションも即座にLINEで取れてしまう。業務処理のスピードが上がった分、アウトプットのスピードも要求され、業務の量が増えるようになった。総務省のある部局では一日にメール2,000通が殺到するらしい。削除するだけで一仕事となり、ワーカー一人ひとりの負担は増えている。

 

ビジネスマンで言えば、増えた仕事の上にノルマがある。役所では国会期間中は、毎日遅くまで野党の質問が判明するのを待つ。次の日の国会での質問内容がわかるのがその日の23時過ぎといったこともある。そこから、ようやくドキュメント作成を始めるなどということが実際には起こっている。

 

結局、知識労働と言っているものの実態は何かを考えてみると、頭の中で肉体労働をやっているのと同じではないか?いくらモビリティ高く、場所はどこでも仕事ができるようになっていても、仕事の中身は昭和と変わらないのではないか?忙しさに紛れて思考停止しているから、何も改善できず生産性が低いままという現状がある。

 

ここで、改めて我々ナレッジワーカーの仕事は知的創造だと認識すべきだ。だとすれば新しいビジネス、新しいライフスタイル、新しい価値を提案するのが仕事のはず。今、モノ売りからコト売りとなってきたと言われている。つまり、コト売りとはその人にとって意味があるものが価値になるということだ。意味のある売りものを考えるにあたっては、ひたすら稼働率を上げる肉体労働者のような働き方をしていてもアイデアが生まれるわけがない。

 

知識労働の成果が顧客にとって意味あるものという新しい価値を生み出すことだとすれば、成果を上げるためには自由な発想が生まれるワークスタイルが必要となる。温泉に半日つかりながら、アイデアが閃くのであればそれで良しとしなければならない。ここをめざして、本質的に働き方を変えていかないと、いずれ知的作業はAIに置き換わる。最後に人間に残るものが知的創造、アイデアを出すことなのだ。

 

アイデアを生み出す場所はどこか?

それでは、どういった場所、どんな状況だったらアイデアを生みやすいか。皆さんは何処で何をしている時アイデアが生まれますか?それは人によって違うと思う。車を運転しているとき。寝転んでいるとき。オフィスの中をぶらぶらしていとき。また、空調の温度で言えば、涼しいほうがやりすい、温かいほうがよいという人。音がないほうがよい、一方で雑音があるカフェがよいという人もいる。籠って集中したほうがよいのか、リラックスしたほうがよいのか。窓から景色を見ると軽井沢のような森があったほうがよいのか、南紀白浜のような海があったほうがよいのか。人様々だが、脳のいつもと違う部分を活性化させる必要がある。人によって、自分にふさわしいやり方を探せばよい。もちろんアイデアを出すことが最優先だが、知的作業の部分はなくなるわけではなく、状況に応じて環境を使い分ける必要がある。

 

こういったナレッジワーカーが主体的に働く場を選んでいく働き方の概念をABW(Activity Based Working)という。総務省でもこの考え方でオフィス改革を実行した。一人で集中してものを考えたいとき、ディスカッションをしたいとき、ドキュメントを作成したいとき。それぞれの業務が実行できるよう場を用意し実証している。

 

例えばペーパーレスを促進するため、ミーティングスペースにはモニターを設置。カーペットは芝生色にしたり、窓際に向かっての席を用意したりしている。

多くの机にはキャスターがついているのでレイアウト変更も自由自在だ。また、サウンドマスキングと言って、防音、遮音ができる会議室も設けた。

 

そして、集中スペースは籠って作業したりできる席だ。また、One on Oneで面談ができるソファや、脳の違うところが活性化するコラボスペースも事務室の中に作った。ここで、ミーティングもできるし、30から40人のセミナーもできる。さらには、外部とのネットワーキングも可能だ。

 

 

 

ファシリティマネジメントとしてのワークプレイスの考え方も変わってきている。昭和スタイルのオフィスのコストをどう下げるかから、どのように価値を生み出すかといった観点から空間の在り方を考えるようになった。つまり知的労働における創造空間としての意味合いを強く意識するようになってきている。そもそも、創造性が高まるならば、通勤はいらないし、どこででも仕事はできる。オフィスでも、家でも、移動中でも最も創造力が高まる空間で仕事をすればよい。そうであれば、実は転勤も要らないのだ。

 

ローカルリモートワークの提唱

ABWの考えで知的創造を行いやすい場所として、私はローカルリモートワークを提唱する。地方でリモートワークをしながら、同時に地域活性化の支援もできる。和歌山の南紀白浜、千葉の佐原、奈良の川上村など場所はいろいろある。軽井沢では昨年「ふるさと車座トーク」というものを実施した。

 

 

また、地方には遊休施設が沢山ある。こういった場所でやる研修は会社の会議室に籠ってやるものとまったく違い、アイデアが湧きだし濃密なチームビルディングができる。社外も巻き込めば人脈作りもできビジネス展開の可能性を広げる価値もある。

 

こういった動きを促進するため、直近では、日本テレワーク協会、和歌山県、長野県が協力し、テレワークの先にあるワークとバケーションの両立、「ワーケーション」全国フォーラムが開催されることになっている。興味のある方は、参加いただきたい。(https://japan-telework.or.jp/event/workation-start-up-entry/

 

 

経営も、社員も喜ぶこれからのワークプレイスとはワークススタイル研究所所長 若原強氏

 

ABWとは何か?

働き方改革を実践する身として、コクヨに在籍するとともに自分でも会社を持ちパラレルワーカーとして活動中だ。その立場を表す名刺には、1枚に両方の肩書を刷り込んでいる。コクヨのワークスタイル研究所では、働き方の可能性を探る様々な研究をしながら市場の啓蒙を行っていくのがミッションだ。当研究所の活動をアニュアルレポートにもまとめていてコクヨのオフィス見学に来られた方にお渡している。

 

最近、ワーカーが主体的に稼働する場所を選択しながら働くにはどのようなワークプレイスを用意していくのが良いかといった観点からABWが流行っている。しかし、我々はそのABWの概念には狭義から広義へと段階的な拡がりがあると考えている。

 

まず、今多くのオフィスで取り組まれているのが、オフィス空間内での場所の選択に対応する狭義のABWだ。例えば、当社のオフィスは基本的にフリーアドレスでスペース内はどこでも働けるようになっている。様々な環境設定がしてあって、集中するときはこちら、人とミーティングするときはこちらといった、目的に応じて使い分けられるように設計をしている。自己責任の範囲で仮眠もできる。このような自社オフィス内のABWが狭義のとらえ方になる。

 

 

広義のABW~街全体がワークプレイスに

 

もう少し広義のABWでは、育児、介護などの必要性や、移動効率の向上を見据え、在宅勤務や、コワーキングスペースなどのオフィス外で働くといったケースも含まれてくる。また、仕事ができるWiFi・電源完備のカフェや駅ナカで実証実験を行っているワークブースなども最近増えている。このように働く場所の選択肢がオフィス外にも広がったことによって、街全体がワークプレイスと化してきている。この時、自社のオフィス拠点は多様な働く場の選択肢の一つという位置づけになる。

 

床ポートフォリオの提唱                          

 

そこで我々が提案するのが「床ポートフォリオ」の考え方だ。以前は、従業員数×1人当たり床面積というのが必要オフィス面積の計算の仕方だった。しかし、前述したように街中に働く場の選択肢が増えていく中、拠点戦略としては、例えば社員が多く居住するエリアにコワーキングスペースを借りれば自社床をかなり減らすことが可能だ。また、在宅勤務を増やせば当然に、在宅勤務社員の数の分だけ自社床は減らせる。自社のメインオフィスは必要最低限な面積だけにして、外部に借りる床を増やして行くといった考え方で拠点戦略を考え直すと、従業員の移動効率が上がるだけでなく、オフィス運用コストも押しなべて削減できる。

 

プロジェクト型で仕事を進めるときも、今まではプロジェクトルームとして会議室をつぶしたりすることが多かった。が、時期によってプロジェクト数が増減することが多い場合は、外部のシェアオフィスにプロジェクトルームを借りていく方針に転換したほうが、他の社内会議を圧縮することなく柔軟に働く場を調整できる。従来のオフィスをこまめに増床していくよりも、外部のシェアオフィスを活用していったほうが、ある程度の期間で見たときの1人あたりランニングコストは安くなるケースが多い。

 

会社の人員数は変動することが前提だが、700人の会社が将来1,000人に増えるとしても、いきなり1,000人分のスペースを確保するのではなく、外部の床を借りて徐々に増やして行ったほうが良い。外の賃料は増えていくが、閾値を超えたときにはじめて本社を増床すればよいのだ。

このような運用によって経営者にとってコストが下がるのは大きな魅力だし、社員にとっては移動効率が向上し、「可処分時間」が増えることは大きい。好きに使える時間が増えるのはもっともありがたい福利厚生かもしれない。

 

当社でも東京では品川本社、シーズンテラス、営業部隊がいる霞が関、そして今日の会場であるTOT (THINK OF THINGS)が主要拠点となっている一方で、自社で運用するヒカリエのMOVや、いくつかの分散型のコワーキングスペースも契約しており、社員が広義のABWで働ける環境を最適化していこうと常にトライ&エラーを繰り返している。

 

床ポートフォリオ(広義のABW)実現のハードルは何か?

 

一方、実際に広義のABWを企業が導入するときには、実現したいというニーズがあっても、いろいろハードルもある。誰がどんな目的をもって外で働くのか?その体制をどのように意思決定するのか?サテライトオフィスは単なるオフィスの縮小版でよいのか?等々。

 

労務管理では、必ず出退勤をどう管理するのかといった課題が出てくる。また、セキュリティも大きな課題だ。外回りの多い社員に対して、サテライト出勤でゆとりを増やそうとしたとき、コワーキングスペースや外部の商談スペースと使うと、社内ネットワークとの接続点のセキュリティはどうするのか?といったものだ。このとき、持ち出し用のパソコンを借りないといけない・・・などと検討をし始めると膠着状態に陥ったりする。

 

そこで、一気にやろうとするのではなくステップ感が大事だと思っている。外にいきなり全部門出すのではなく、まずは、すでに外出頻度が高い営業部隊などを外に出すところから始め、その後現在は主に社内で働いているが、外でも働ける可能性のある部隊・部署を丁寧に吟味しながらトライアルしていく、という進め方が現実的なのではないか。

 

床ポートフォリオ(広義のABW)を進めると会社への求心力がなくなる?

 

このとき、社員がどんどんオフィス外に出て働くようになると、対面での偶発的なコミュニケーションが減り、組織力が低下するといった点も懸念される。さらには社屋自体に触れる機会が少なくなると、ロイヤリティを減らす要因にもなるとの意見もある。

 

そこで、遠心力(社員がオフィス外に出ていく動き)に対し、求心力(社員をオフィスに惹き寄せる仕掛け)のバランスをとることが重要となってくる。つまり、効率を上げるためのオフィス外への働く場の拡張に対応すると同時に、自然と時にはオフィスに戻ろうと思わせる求心力を保つ施策が必要だ。これは、「何曜日の何時は必ず会社に戻ること」のようなルールで強制的に求心するのは本末転倒であり、美味しくて健康的かつ無料の社食を用意する、など、社員のライフをサポートするという観点でワーカーを支援することで自然な求心力を生み出す考え方が求められるかもしれない。

 

さらに広義のABW~リゾートテレワークなど日本中が働く場所に

 

ABWをさらに広義にとらえたものの一つがリゾートワークと言える。ここで、自身の軽井沢でのリゾートワーク体験を紹介してみよう。

この5月初旬に家族で軽井沢を訪れ、リゾートワークを実証してみた。軽井沢が場所的に快適なのは言うまでもない。回線も音声での会議であれば何ら問題もない。また、地元の方々との交流も図ろうとすると、早く仕事を終わらせたいというモチベーションが湧き、仕事もスムーズに進む。ただ子連れだと、子供がテレビ会議に割り込むなど突発的で、想定外の事態も発生した。

 

また、仕事の休憩時間などでも、少し足を延ばすと非日常に突入することが可能だ。アウトレットモールも平日に行くとまったく混雑はなく、ストレスなく買い物もできる。さらに家族で行くと良い点は、業務日でも業務終了後はすぐに家族と接する時間とすることができることだ。家族との対話が増やせるし、これからどうしようかと、一つ一つを相談しながら取り組むと家族の絆も深まる。ただ、現地でずるずるとワークの時間が長くなってしまうと、東京で仕事しているのと変わらなくなってしまう。ライフを意識して多めにする感覚が必要かもしれない。

 

以上のように、オフィスのABW、広義の街全体でのABW、リゾートワークでのABWといったようにABWは拡張性がある概念だ。海外でのリゾートワークやワ―ケーションも広義のABWの相似形となる。オフィスコストを最適化するところから、視点を広げワークとライフの充実を同時に実現する広義のABWを、日常的に取り入れつつ選択肢を増やすと良いのではないか。

 

経営側だけでなくワーカーの意識改革も重要

最後に、働き方改革を行うにあたっては経営側の努力はもちろん必要だが、米国のRemote-how(https://remote-how.com/)のようにワーカー側の意識を変える視点も重要だ。ワーカーとしての心構えや作法を学ぶことで、働き方をアップデートしていく。つまり経営軸、ワーカー軸両軸で変えていく必要があるだろう。

 

 

<プロフィール>

 

箕浦 龍一 (みのうら りゅういち)

総務省 行政評価局 総務課長

自らの職場でワークプレイス改革やワークスタイル変革、若手の人財育成に取り組む一方、本職以外でも、軽井沢リゾート・テレワークのプロジェクトなど、Local Remote Work(ロコワーク)の推進に尽力。前職(行政管理局)時代に取り組んだオフィス改革を中心とする働き方改革の取組は、人事院総裁賞を受賞(両陛下に拝謁)。中央省庁初の、自治体との短期交換留学(奈良県川上村)も実現。人財育成の分野では、省内だけでなく、小規模自治体との短期交換留学の実践や大学への出張講義などにも積極的に取り組んでいる。
2019年5月からは、食を通じて健康と医療を考える「フードメディシンネットワーク」のプロジェクトにも参画。2008年に立ち上げた「カレー部」は、先般、インド大使館参事官との昼食会も実現。大使館の公式FBに「#CurryDiplomacy」のハッシュタグ付で紹介。2017年の日本行政学会では、「機動力の高いナポレオン型管理職」として紹介される。

 

若原 強 (わかはら つよし)

コクヨ株式会社 ワークスタイル研究所 所長 / consulting & more 代表 / 複業家

東京大学工学部、同大学院工学系研究科修了後、SIer、経営コンサルファーム、ブランドコンサルファームを経て2011年コクヨ株式会社入社。社内マーケティング改革、アジアフラッグシップショールーム構築、オフィスレイアウト自動化システム構築等を経て2016年より現職。2017年よりコクヨとの複業で個人事業も立ち上げ、パラレルワーカー(複業家)として活動中。コクヨの現職では働き方・暮らし方の研究に従事、自身の個人事業ではマーケティングコンサルタントとして活動。TV・新聞・WEB・講演等での露出多数。

 

コクヨ株式会社ワークスタイル研究所

https://workstyle-research.com/

ワークスタイル研究所は、オフィスに限定しない様々な領域から幅広く研究のヒントを収集、少し先に必要とされる「未発見のはたらき方」をいち早く試して具現化することで、世の中に向け、新しく楽しい「はたらく」を提案していきます。

 

1987年オフィス研究所設立

1988年業界初オフィス研究誌 「ECIFFO」 創刊

2005年ECIFFO姉妹誌 「CATALYZER」 創刊

2010年WORKSIGHT LAB.設立

2011年オフィス研究ハイブリッドメディア(冊子/WEB)「WORKSIGHT」 ローンチ

2015年ワークスタイル研究所設立