オビ 世界戦略レポート

 2,000万台の中国製EV(電気自動車)が自動車市場を支配する日

◆文責:佐々木宏

オビ コラム

電気自動車

[サマリ]

  • 中国政府は、国策として化石燃料ベースから電力ベースへとエネルギーシフトを強力に推進している。
  • その流れを受けて、中国はEVの製造・普及を後押しすることとなり、2020年には中国企業はEVを2,000万台作るようになるだろう
  • その時にプレーヤーは、既存の自動車メーカーではなく、小米やフォックスコンなどの中国・台湾のIT・精密機器メーカーである
  • 非中国系の自動車メーカーと中国企業によるEVの製造・販売台数は、文字通り桁違いとなり、中国製EVが自動車市場を支配することになる

■「中国夢」と中国のエネルギー政策

中国のEVの問題を考えるに当たっては、まずは中国のエネルギーの現状と政策を理解する必要がある。

中国は日本を抜いて現在では世界第2位の経済規模を誇るまでに成長したが、その過程では効率の悪い成長経路を辿ってきた。元々、中国の経済成長が重工業をベースとした工業化をベースにしていたことに加え、急速なモータリゼーションと都市化により資源消費型の経済・社会構造へ変化してきた。その結果として、中国は資源輸出国から資源輸入国に転換し、一時は輸出までしていた中国の石油の自給率は、現在では4割程度まで下がっている。

 

そのため、化石燃料を中心とした現在の中国のエネルギー問題と、それに起因する環境汚染が深刻であることは、中国政府もここにきて強く認識している。現状では、中国の世界に占める石油の消費割合は10%を超えていて、石炭に至っては 50%にまで達していることを踏まえると、これまでのやり方で中国が経済拡大を続けていくことは困難であることは明らかである。それでいて、エネルギー制約を乗り越えた持続的発展を中国政府はなんとしても実現させたいと考えている。

 

そこでエネルギー源の多様化、である。といっても、これまでも多様化を進めてはきている。その中心は原子力発電で、2014年時点で19基の原発が稼働しているが、これに加え現在29基が建設中とのこと。更に225基の新規建設が計画されている。

この電力供給能力の増強を前提に、中国はクリーンでエネルギー効率に優れたスマートシティ構想を推進している。2012年末の時点で「智能城」と言われるスマートシティの建設プロジェクトが中国全土400地点で推進されており、2015年までの累積関連投資規模は2兆元に達するとされる。

 

実は、エネルギー源の電力化へのシフトは、中国にとってエネルギー源の多源化を進めることに意味がある。化石燃料は事実上、そのエネルギー源が石油のみであり、国内のエネルギー需要の大部分を国内生産分で賄えないとなると、外交上・安全保障上の驚異を中国は将来に渡って抱え続けることになる。石油はアメリカの世界戦略の切り札であり、現在、それに根本的に対抗する手段が中国にはない。

自国に必要なエネルギー源を輸入に頼らなければならない現在の自国の構造は、経済面だけでなく、安全保障面や社会面でのリスクも抱え続けることになり、それはつまり、中国国内の経済・治安及び外交がアメリカの意向に左右されることを将来に渡っても左右されることを意味している。

 

習近平の掲げる政策目標である「中国夢」(大袈裟に言えば、中華帝国の再興)を実現させるためには、アメリカ主導の石油経済圏から脱し、自国の自律したエネルギーシステムを作り上げことが是が非でも必要なのである。

こうした状況で、中国政府は、現状では原子力発電を中心としつつエネルギー源の多様化が容易な電力中心の経済・社会構造への早期シフトを急いでおり、その具体的な施策として、スマートシティ構想と共に、直接的なエネルギーシフトの効果を見込めるEVへとそのほとんどを置き換えてゆきたいと考えている。

 

■桁違いの中国のEV生産目標台数

中国での自動車の販売台数は、2014年で前年比6.9%増の2,372万台(速報値)であった。これは、第2位の米国の1,652万台を大きく上回っており、また6年連続で世界トップとなった。中国国内の2015年の自動車販売台数は概ね7%の増と見込まれており、台数ベースでは2,500万台を超えると予測されている。

この国内の自動車生産・販売を、中国政府は一気にEVに置き換えたいと考えている、と言われている。EVの中国国内の販売台数は、2014年では約4.8万台となっているが、現状の自動車販売のほとんどをEVに置き換えるとなると、まずは乗用車から始めるとしても、年間2,000万台以上のEVが今後、中国国内で生産・販売されることになってゆくことになる。

 

一方、EVとして最も実績のあるリーフを製品ラインアップに持つ日産のEVの累計販売台数は20万台である。また、テスラ・モーターズは、年間販売台数が2020年で50万台とする年間販売目標を挙げている。

こうした既存のEVメーカーの販売実績や販売目標と比較すると、中国の2,000万台というのは、文字通り桁違いで、非現実的なように見える。しかし、これまでの中国メーカーが実現してきたブレークスルーを考えると、あながちそれを夢物語と言い切るのは早計である。

 

■一億台のスマホを売る小米

例えば、巨大な中国市場を背景に2010年に創業し中国のスマホ市場に参入した「小米(シャオミ)科技」は、創業からたった4年でアップルやサムソンを抜いて中国市場で最もシェアを持つメーカーに躍り出た。その販売台数は、2014年には前年比227%増の6,112万台であり、このまま成長ペースを維持できれば、2015年には1億台以上のスマートフォンを販売することは間違いないと見られている。

また、小米は、中国以外の市場にも積極的に進出している。既に台湾やシンガポールで事業を展開しており、さらにインド・ブラジル・ロシア・トルコ・マレーシア・インドネシアなどへの進出を計画している。更に、小米はスマホ市場だけでなく、4Kテレビや空気清浄機など、中国国内市場の需要が旺盛で製造が比較的単純なアッセンブリー製品の新規事業にも次々と乗り出している。

小米以外にも急成長した企業として、従業員10名の会社から台湾でスタートし現在では各国で80万人の従業員を抱えるまでに成長した電子機器受託生産(EMS)を請け負うフォックスコン・テクノロジー・グループ(鴻海科技集團)などもある。

 

このように、巨大な中国市場を背景に、アッセンブリー製品を中心とした比較的簡単に製造できる製品をいちどきに市場に投入することで急成長を実現する中国系の企業は多い。急成長で得た資金を使い、更に大規模に新規事業を展開し、更なる成長に繋げてゆく、という拡大循環に自らを乗せるパターンが、小米やフォックスコンのような中国系企業の勝ちパターンだと言える。

 

■中国に於けるEV市場の展開

EVも、同様の展開が予想される。つまり、スマホなどと同様に、既に巨大な需要のある中国国内の市場を対象にして一気に市場を取りにくる企業が現れる。その際のプレーヤーは、自動車メーカーではなく、小米やフォクスコンなどの巨大な市場を相手に一気に製品を投入してシェアを取ってゆくことが得意な企業であると考えられる。

その際、EVの販売台数は、現在の規模の数万台や数十万台という単位ではなく、現在の新車販売の規模を考えると、販売台数ベースで1,000万台~2,000万台が、その単位となる。

 

EVは、カテゴリでは自動車ということになっているが、モーターと電池という成熟した技術を組み合わせた製品自体は内燃エンジンを搭載する既存の自動車と比較するとかなり単純な組立製品で、どちらかと言うとIT製品に近いアッセンブリー製品であると見ることができる。

こうした一見複雑で高度な技術であると見られる製品を、単純な組立製品として捉え直して安く大量に生産するやり方は、PCやハードディスクなどの時代から台湾・中国企業は得意としてきた。EVも正にそれが当てはまる。

 

更に、その際、大規模な量産効果で、EVの製品価格も現在の水準から圧倒的に安い価格で販売することができるようになると予想される。実際に、前述のフォックスコンは既にEVへの参入を表明しており、詳細は明かされていないものの、その際には1.5万ドル(約180万円程度)で売り出すとしている。

現在のリーフが日本国内の販売価格で280万円~360万円程度であるので、概ね半額程度の金額ということになる。恐らく価格帯としては、これでもまだ高い部類に入ることになるはずで、スマホなどの展開から類推すると、更に安い価格帯の製品を市場に投入してくることも充分に考えられる。

こうしたことを背景に考えると、数社の中国や台湾のITメーカーがEV市場に参入し、桁違いの販売計画を立てて一気に巨大な中国市場を一気に獲得する、というのはかなり確度の高いシナリオである。そして、巨大な中国市場で価格競争力を付けた製品を海外市場に展開し、更に量産効果を発揮させた中国製EVが世界市場を席巻する、という展開も想定される。

 

■EV vs. 水素自動車

一方で、日本政府は、次世代エネルギーとして水素自動車(以下、FCV)の普及推進に舵を切り、水素自動車の普及に向けた様々な政策を推進している。2015年1月には、首相官邸で安倍首相がトヨタ自動車のFCV「MIRAI」に試乗した後、「いよいよ水素時代の幕開けだ」とし「さらなる規制改革と技術開発を積極的に推進していくだろう」と語った。一企業の製品のアピールに首相が直接関与することは異例のことであり、日本政府が企業と一体となって水素自動車の普及を目指していることが見て取れる。

しかし、その計画台数を見ると、FCVの年間販売台数は2020年に約5万台、2025年には約20万台、2030年に約40万台になるとされており、FCV普及のスピード感と台数規模で中国製EVとは逆の意味で桁外れのものとなっている。

 

このままでは、日本のFCVは、技術の標準化や大量生産による量産効果がいつまでも働かず、携帯電話のように国内では普及はしても海外では全く競争力ないガラパゴス製品になってしまう恐れがある。標準化による量産効果を発揮できなければ世界最大の中国市場に参入することはできないことになり、日本のメーカーは中国市場で軒並み小米やフォックスコンなどの中国系企業に打ち負かされることになってしまう。

そして、巨大な中国市場で力をつけた中国製EVが、一瞬の隙を突いて日本市場に雪崩を打って流入してくる、という事態にもなりかねない。

 

■桁違いの競争の発想ができるか?

EVやスマホに限らず、中国系企業は、桁違いの事業展開を構想し、そしてそれを実際に実現する。こうした2桁更には3桁の文字通り桁違いなスケールの発想と事業構想は、日本企業はおろか、アメリカ企業の発想をも凌いでいる。

さらに、中国系企業は、自社の技術開発や独自の製品ポジショニングなどにこだわりを持つことをせず、巨大な需要に対してストレートに大量の製品を市場に一気に投入してくるのも特徴である。グローバル市場での競争は、こうしたスケール感とスピード感の勝負に既になっている。

 

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海野世界戦略研究所

kiyoshi-tsutsui

代表取締役会長 筒井潔(つつい・きよし)…経営&公共政策コンサルタント。慶應義塾大学理工学部電気工学科博士課程修了。外資系テスターメーカー、ベンチャー企業を経て、経営コンサル業界と知財業界に入る。また、財団法人技術顧問、財団法人評議員、一般社団法人監事、一般社団法人理事など、公益団体の立ち上げや運営に携わる。日本物理学会、ビジネスモデル学会等で発表歴あり。大学の研究成果の事業化のアドバイザとしてリサーチアドミニストレータの職も経験。慶應義塾ワグネルソサイエティオーケストラ出身。共訳書に「電子液体:強相関電子系の物理とその応用」(シュプリンガー東京)がある。

 

海野恵一氏

代表取締役社長 海野恵一(うんの・けいいち)…東京大学経済学部卒業後、アメリカの監査法アーサー・アンダーセンに入社。名古屋事務所所長、経営戦略サービスグループリーダー、石油業北アジアリーダー、石油業アジアパシフィックリーダー、素材・エネルギー本部統括パートナーなどを歴任、アーサーアンダーセンがアクセンチュアに商号変更後、アクセンチュア代表取締役。アクセンチュア退社後に、スウィングバイ株式会社を設立、代表取締役社長に就任。新速佰管理咨詢(上海)有限公司董事長、大連高新技術産業園区招商局高級招商顧問、大連市対外科学技術交流中心名誉顧問、無錫軟件外包発展顧問、対日軟件出口企業連合会顧問、環境を考える経済人の会21事務局員を務める。

 

佐々木宏氏

代表取締役副社長 佐々木宏(ささき・ひろし)…経営&ビジネスコンサルタント。早稲田大学大学院生産情報システム研究科博士課程後期中退。早稲田大学在学中に、シンガポール国立大学MBA課程に派遣留学。富士銀行系列のシンクタンクである(株)富士総合研究所、(株)中央クーパースアンドライブランド・コンサルティング、アンダーセンコンサルティング(当時。現アクセンチュア)を経て、2004年、(株)テリーズ社設立、代表取締役に就任。大手メーカーを中心に経営コンサルティング、ビジネスコンサルティング領域を中心に、中期経営計画策定、資金調達、各種PJのPMOなど経営全般に関わる支援サービスを展開している。

2015年3月号の記事より
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