大塚伸夫氏 学校法人大正大学 学長

東京の大学だからこそできる地方創生とは?大正大学の取り組み

地方の国立大学を中心に近年、地方創生や地域活性について学ぶ「地域系学部」の新設が相次いでいる。そんな中、東京の大学では初となる地域創生学部を2年前に創設した学校法人大正大学(東京都豊島区)が耳目を集めている。

「東京の大学だからこそできることがある。そうした信念のもと、各地域の自治体などと協力しながら、さまざまな取り組みにチャレンジしています」。そう話すのは同大学の学長・大塚伸夫氏だ。学生による地域イベントの開催など、すでに多くの成果を生み出している同大学の「地域創生」とは何か? その全容と未来像を探る。

 

大学淘汰の時代に存続をかけて

人口減少と低成長の時代、生き残りをかけた戦いに挑んでいるのは企業だけではない。18歳人口が減少期へと入る「2018年問題」に揺れる多くの大学もまた、存続の岐路に立たされている。

事実、地方では恒常的な定員割れから経営難を引き起こし、廃校を余儀なくされる私立大学が相次いでいる。3年前、下村博文元文部科学大臣が「自己改革を求めない大学は国立でもつぶれる」と発言したように、国公立であっても楽観視できない、そんな大学淘汰の時代が始まっているのである。

「都内の大学はまだ目立った定員割れを起こしていませんが、それも時間の問題だと考えています」

そう話すのは、東京巣鴨で創立し、今年で92年目を迎える学校法人大正大学(東京都豊島区)の大塚伸夫学長だ。

18歳人口は第2次ベビーブーム世代の多くが18歳を迎えた1992年に205万人に達した。しかし、その後は減少が続き、現在では120万人を切っている。

「定員割れを起こしている私立大学は全国で4割超です。18歳人口は2024年には110万人を下回り、2031年には100万人以下になると言われています。この人口減は当然、東京の大学にとっても対岸の火事ではありません」
そうした危機感の中、同大学が近年、マスタープランとして掲げているのが「地域創生」だ。それは具体的にどんな取り組みなのか。

 

学生を地域に回帰させるために

地域創生学部では現地に住み込み、フィールドワークを通じて学びを重ねていく地域実習を行っている

 

2016年、同大学では東京の大学として初の地域系学部となる「地域創生学部」を新設した。最大の特徴は学生が日本の各地域で4年間を通じ180日を超える実習を行いながら学識を深める点にある。そして、最終的に卒業生をその地域へと回帰させることを目指す。

「最近、政府は東京23区の大学に対して、定員増を原則10年間認めない方針を打ち出しています。これは多くの私立大学が定員割れを起こす中で、東京23区の学部学生数が増加しているためです。ただ、東京という巨大市場で学ぶからこそ得られる経済的視点があります。また、地域創生の現場では多様な価値観を持った人材が求められるため、多くの人や物が集まる東京で学ぶことは、学生にとっても優秀な人材が欲しい地域にとってもメリットになります。

一方で、一極集中の問題に東京の大学としてきちんと向き合わなければならないことも事実です。こうした課題の解決策の1つとして、その地域で学んだ学生をその地域に回帰させるという教育制度を確立させ、スタートしたのが地域創生学部になります」
近年、地方では国立大学を中心に地方創生や地域活性に関して学ぶ地域系学部の新設が相次いでいる。

それらの大学は地元地域の活性化を担う人材育成に主眼を置き、地元の学生を対象にしていることが多い。しかし、同大学では日本各地から学生を受け入れ、東京という地の利を生かした学びを提供すると

同時に、各地の自治体と構築したネットワークを活用したカリキュラムを用意している。

 

「1年次には東京で経済学や経営学の基礎を学びます。2年次からは本学が連携協定を結ぶ12の自治体が受け入れ先となり、6週間にわたる住み込みの地域実習を行います。その土地で実際に暮らし、地元住民や自治体の方々と一緒にどんな課題があるのか、どんな資源が眠っているのかなど、フィールドワークを通じた学びを重ねます。

東京に戻ったあとは、実習先で見つけた観光資源などを活用した商品・サービスの開発、さらには本学が運営するアンテナショップでそれらを実際に販売するといった機会も設けています。そして、3年次に再びその地域へと戻り、より社会のニーズに応えうる商品・サービスへと発案した企画をブラッシュアップしていきます。地域創生学部では理論と実践の両方からアプローチして、本当の意味で地域に貢献できる人材の育成を目指しています」

 

 

学生のアイデアでにぎわう巣鴨の町

大正大学が運営するアンテナショップ「座・ガモール」のオープン時の様子

 

同大学が運営するアンテナショップ「座・ガモール」はキャンパスのある巣鴨に3店舗を構える。1号店には山形や宮城など東北の海産物を活用した商品群、2号店には京都の伝統工芸品や京野菜のつけものなど、3号店には北宮崎地域の特産品が並ぶ。3店舗のうち、1号店と3号店は、学生の地域実習と関連する地域の産物で、2号店は地域から提供を受けた産物を生産者に成り代わって案内する店舗となっている。

「その商品が本当に売れるのか。売れないとしたら何が問題なのか。実際のマーケティングを通じて経験や知識、ノウハウを積み重ねていきます」

そのほか、昨年はキャンパス内で「地域フェアinすがも」と銘打ち、地域学習を体験した学生による日本各地の物産フェアが週替わりで開催された。例えば、徳島県阿南市を紹介する「あなんフェス」では、2日間でなんと2千人近い来場者があったという。

また、同学部では巣鴨の町全体を巻き込んだイベントも開催した。それが昨年10月に行われた「新庄まつりinすがも」だ。主催したのは同大学と巣鴨の3商店街でつくる一般社団法人「コンソーシアムすがも花街道」で、ユネスコ無形文化遺産に登録された山形県「新庄まつりの山車行事」を出張という形で再現、絢爛豪華な山車が町中を練り歩いた。学生たちも会場の設営、ポスター作成、現場の警備員などとして参加し、当日は大いににぎわったという。

「地域実習ではボランティア活動や町内事業所でのインターンシップ、地域イベントの企画・運営などに携わります。『新庄まつりinすがも』の学生スタッフの統括を務めた地域創生学部の2年生も、本場の新庄まつりに曳き手として参加することで伝統の重みや地元の方々の思いを体感し、その経験がイベント運営に生かされました。地域と密接に関わり、さらにそこで生まれたアイデアをアウトプットする。そうした体制を大学として整えることで、生きた経済学、生きた経営学を身につけ、都市問題に対するアプローチ力を養います」

 

 

全国62自治体と広域ネットワークを実現

東日本大震災の発生から今年で7年が過ぎた。同大学が当時より続けている活動が宮城県南三陸町での被災地支援活動である。

「震災が起きた1カ月後、南三陸町に拠点をつくり、学生、教員、職員が一丸となって被災地支援を開始しました。震災直後は多くのボランティアが全国から被災地へと入りましたが、年月の経過とともにどうしても支援しようという気持ちは薄れていきます。ただ、南三陸町では現在も仮設住宅で暮らす方々がいらっしゃいます。これからも被災地支援を続けていくことは本学の使命であると思っています」

実は、同大学の運営は天台宗、真言宗豊山派、真言宗智山派、浄土宗の4宗派が共同で行っており、多くの卒業生を毎年、全国各地の仏教寺院に送り込んでいる。同町で震災直後から支援活動が行えたのも、仏教系大学としてのネットワークがベースにあったからだった。

「この被災地支援活動がきっかけとなり、本学では地域創生に力を入れるようになりました」と同氏。その後、北は北海道、南は鹿児島まで、日本各地の自治体、あるいは他大学などと連携協力の協定を結び、その数は現在、全国62自治体、26大学にもおよぶ。こうした広域にわたるネットワークが地域創生学部の学びに生かされている。

 

 

地域創生に境界線はいらない

昨年12月、同大学は第一勧業信用組合(東京都新宿区)と地方創生に関する連携協力の協定を締結した(記事:学校法人大正大学 × 第一勧業信用組合 – 独自プログラムで地方創生を目指す大正大 新時代の産学連携を第一勧信がバックアップ)。本誌でもこれまで紹介してきたように、同組合は信用組合を中心とした28金融機関や6行政(2018年3月現在)とネットワークを構築し、創業支援をはじめとした地方創生事業に積極的に取り組んでいる信組である。そんな金融機関と大学が連携することにどんな意図があるのだろうか?

「今の時代、金融機関とか大学とかを区別する時代じゃなくなったと考えています。産学官民、そこに金融機関の〝金〟が加わり、総合的に連携をしながら取り組まなければ、もはや地方を創生することは不可能だと思っています。また、本当に地域を活性させるには1年や2年という短い期間では成しえません。10年、20年、あるいは50年という長いスパンで取り組み、そうした長期的な視点の中で人材を育成し、課題解決を模索し、お金を必要なところに投じていく。地域創生の実現には団体や組織の境界線を取り払う必要があると考えています」

同組合との具体的な連携としては、共同での調査・研究の実施、地域ビジネスを担う人材育成の支援、セミナーや見学会の共催などを予定している。また、同信組では数年前より同大学の学生のインターンシップ受け入れを実施しており、今後はさらに同信組が連携する各地の信組でも受け入れ体制を整える準備が進められている。

「地域密着型の金融機関である信組の取り組み、そして、その取引先である地域創生に携わる企業の活動を直接知ることで、地域と企業がどう関わっているのか、人と人とがどう関わっているのかという学びを学生には体験して欲しいと考えています。また、そうした体験は学生の進路の幅を広げることにもつながるのではないかと期待しています」

地域創生学部の創設から3年が経ち、今年度は1期生の就職活動が本格的に始まる。そのことについて同氏は次のように話す。

「農家であれ、金融機関であれ、行政であれ、学生たちはその地域を牽引できる人材として巣立って欲しいと思っています。また、将来、起業して活躍する卒業生も多く現れて欲しいと願っています。大学としても、そうした学生たちを最大限にサポートしていきたいと考えています」

 

 

創立100周年に向け理想の大学を目指し

IT関連学部や看護・介護学部、そして、ここ数年の地域系学部の新設ラッシュ―。新たな学部の誕生は時代の要請と無縁ではない。しかし、単なるブームに乗っただけの新設であれば、18歳人口が減り続ける時代に生き残ることは難しい。同大学の地域創生学部の挑戦は始まったばかりであるが、その独自の戦略にはさまざまな希望の光が見え隠れする。

「本学では〝地方〟イコール〝田舎〟という捉え方をしていません。日本社会は東京も含めた各地域によって成り立っているためです。地域から元気がなくなれば、それは日本社会全体から元気がなくなることを意味します。本学では地元巣鴨をはじめ、全国の地域社会で活躍できる人材を育成しながら、同時に各地域を活性化する試みをこれからも積極的に行っていきたいと思っています。創立100周年に向け、より社会から求められる大学に、そして、学生の皆さんにとってもより理想の大学になることを目標に、さらに飛躍していきたいと考えています」

人口減少と低成長の時代、地域を元気にする若い人材を育成することは国を挙げての喫緊の課題だ。それに真正面から向き合い応えようとする同大学のチャレンジを本誌では応援したい。

 

 

プロフィール
大塚伸夫(おおつか・のぶお)氏
1957年生まれ。非常勤教員を経て、2009年、学校法人大正大学人間学部仏教学科特任准教授、2014年より同大学仏教学部仏教学科教授。同大学の綜合仏教研究所所長、学長補佐等を歴任し、2015年、同大学の学長に就任、現在に至る。

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