◆文:岸田康雄 (公認会計士・事業承継コンサルティング株式会社 代表取締役)

 

(前編の記事はこちら)岸田康雄 (事業承継コンサルティング株式会社)- 平成30年度税制改正大綱における事業承継税制の改正(前編)

【1】 平成30年税制改正大綱における事業承継税制の特例

平成29年12月14日に与党(自民党・公明党)から公表された平成30年度税制改正大綱は以下の通りです。

(以下、本文より引用)

中小企業経営者の年齢分布のピークが60歳台半ばとなり、高齢化が急速に進展する中で、日本経済の基盤である中小企業の円滑な世代交代を通じた生産性向上は、待ったなしの課題となっている。こうした中で、事業承継税制について、10年間の特例措置として、各種要件の緩和を含む抜本的な拡充を行う。

具体的には、施行日後5年以内に承継計画を作成して贈与・相続による事業承継を行う場合、①猶予対象の株式の制限(発行済議決権株式総数の3分の2)を撤廃し、納税猶予割合80%を100%に引き上げることにより、贈与・相続時の納税負担が生じない制度とし、②雇用確保要件を弾力化するとともに、③2名又は3名の後継者に対する贈与・相続に対象を拡大し、④経営環境の変化に対応した減免制度を創設して将来の税負担に対する不安に対応する等の特例措置を講ずる。こうした特例措置を講じるにあたっては、租税回避が助長されないよう、制度面・運用面で必要な対応を行う。

 

【特例の概要】

納税猶予の対象が課税価格の100%へ引上げ

後継者(特定承継計画に記載するなど、要件あり)が、会社の代表権を有していた者から、贈与等により会社の株式を取得した場合には、その取得した全ての株式に係る課税価格に対応する贈与税又は相続税の全額について、その後継者の死亡日までその納税を猶予されることになりました。

「特例承継計画」とは、認定経営革新等支援期間の指導及び助言を受けた特例認定承継会社が作成した計画であって、当該特例認定承継会社の後継者、承継時までの経営見通し等が記載されたものをいいます。

 

先代経営者以外の株主から贈与された株式も対象

特例後継者が会社の代表者以外の者から贈与等により取得する株式についても、5年無いに贈与申告書の提出期限が到来するものに限り、納税猶予の対象とされることになりました。これは、現行の事業承継税制についても遡及適用とし、複数の贈与者からの贈与が納税猶予の対象となります。

 

経営環境が悪化した場合の特例

経営環境が悪化した場合(要件あり)、5年経過後に株式を譲渡するとき、合併によって会社が消滅するとき、会社が解散するとき等には、納税猶予税額が免除されることになりました。

 

親族外承継における相続時精算課税の適用

後継者が贈与者の推定相続人以外の者(要件あり)であっても、相続時精算課税の適用を受けることができることとなりました。

 

この「特例」を要約しますと、事業承継計画の策定を条件として、納税猶予対象が拡大するとともに、適用の打ち切りリスクが緩和されるということです。

 

【2】 事業承継税制に関する誤解(私見)

小職は、資産税を中心とする税理士業務を行っているため、中小企業経営者のお客様から事業承継税制に関する質問を受けることがあります。「当社にも事業承継税制は有効ですか?」と聞かれます。残念ながら、その質問に関する回答のほとんどは、「いえ、貴社には関係ない制度です。」というものです。

 

一般的に、事業承継税制が、日本の中小企業の廃業を防ぎ、その数の減少に歯止めをかけるものであると理解されていますが、大きな誤解です。

 

例えば、2017年11月22日の日本経済新聞では、見出しに「中小承継へ税優遇拡大、政府・与党が10年集中対策、廃業増に歯止め」と書かれており、その本文には、中小企業の世代交代を促す手段、後継者難で廃業の陥る中小企業を助ける手段として、事業承継税制が効果的であるかのような文章が記載されています。

 

また、中小企業庁の資料においても、中小企業経営者の高齢化による廃業の深刻化を以下のように問題視しています。

「今後10年の間に、70歳(平均引退年齢)を超える中小企業・小規模事業者の経営者は約245万人となり、うち約半数の127万(日本企業全体の約3割)が後継者未定。」

「現状を放置すると、中小企業廃業の急増により、2025年頃までの10年間累計で650万人の雇用、約22兆円のGDPが失われる可能性あり。特に地方において、後継者問題は深刻。」

この問題の解決策として実施された政策が、今回の事業承継税制の特例に係る税制改正ということです。しかし、これは本当に効果があるものでしょうか?

 

(出所)中小企業庁「中小企業(法人)の経営者年齢の分布」

 

この点、立ち止まって冷静に考えるべきことは、事業承継税制は、重い税金の支払いが問題となるほど、株価の高い優良企業を優遇する制度であるということです。一言で申し上げるとすれば、「儲かっている優良企業の節税手段」です。

 

しかしながら、そのような株価の高い優良企業を優遇したとしても、日本の中小企業の廃業を防ぐという効果は期待できません。なぜなら、株価が高くなっているのは、業績が好調で、純資産が大きいからであり、そのような優良企業は、優遇策など与えなくとも存続するからです。

後継者も喜んでその企業に社長に就任したいと思うでしょう。これらの企業にとって廃業は無縁であるため、事業承継税制は的外れな政策なのです。

 

日本が抱える現実の問題として、廃業の危機に陥っているのは、業績が悪化し、純資産が小さい(又は債務超過)の企業であり、株価が低い(又はゼロ)中小企業です。これらの企業の経営者に課される税金は軽いため問題とならず、事業承継税制を適用する必要性は大きくありません。

つまり、事業承継税制は、ほとんどの中小企業にとって無縁のものであり、その制度改正は、世代交代の促進、廃業の防止には何ら役に立っていないのです。

 

ちなみに、業績が良くも悪くもない、中程度の株価の企業であっても、事業承継税制が有効に機能するのは、小職の経験から、株価が1億円以上の中小企業です。なぜなら、1億円以下の株価であれば、退職金支給による株価(類似業種比準価額)の引下げ、暦年贈与による株式数の減少など、株式の移転に伴う税負担を軽減する生前対策が使えることことから、事業承継税制を適用しなくても問題ないからです。そのような中小企業は、事業承継税制に伴うコストやリスクを負担する意味はありません。

また、仮に一部の株式が贈与されず、相続時まで先代経営者の手元に残されたとしても、納税資金を十分に持っている可能性が高いことから、税金の支払いが問題となることはありません。事業承継税制が無くても、現行制度の範囲内で事業承継対策は完了するのです。

 

 

中小企業がこのような状況にあるため、一部の優良企業を除き、ほとんどの中小企業の後継者は、事業承継税制を敢えて適用しようと思わないのです。仮に適用するために専門家のサポートを受けるにしても、高額な報酬を請求されることから(小職の場合、最低60万円の報酬を請求しています。)、難色を示されるケースも多く見られます。

つまり、事業承継税制は、中小企業の事業承継の役に立っていないということです。

 

「廃業を回避する手段」と新聞報道され、大きな誤解を招いていますが、実のところ、事業承継税制は、廃業のおそれのある小規模企業には全く関係ない制度です。大きく誤解されています。

 

【3】 事業承継税制が進む誤った方向性(私見)

今回の平成30年度税制改正大綱で税制改正が行われ、日本の中小企業の減少に歯止めをかける素晴らしい政策として期待されていますが、その効果はほとんど無いと思われます。

 

私見ではありますが、雇用確保要件の緩和が事業承継税制の利用促進に有効であると一部の専門家から主張されることがありますが、中小企業の現状を見ていない、意味のない議論であると思います。

なぜなら、雇用確保要件の改正の対象となる常時使用従業員数4人以下という零細な小規模企業は、株価が高くなって税金が払えないような状況を想定することができず、税制改正の恩恵を受ける中小企業は、ほとんど無いと考えられるからです。

 

また、親族外承継においても事業承継税制の利用促進する制度が必要であると主張されることもありますが、親族外承継で贈与するケースは、価値ある会社を「タダで他人に差し上げる」非合理的な行為であり、金銭に対する欲求を全く持っていない大富豪を除き、親族外の後継者に無償で株式を譲渡しようと考える先代経営者は極めて少数であると考えられるからです。

今回の税制改正の目玉である納税猶予対象の拡大(3分の2→全株、課税価格の80%→100%)にしても、結局のところ、税金の支払いで困ることなどない優良企業に対して、節税手段を与えているに過ぎません。

中小企業の事業承継問題は、事業承継税制では解決することはできません。真の解決策となりうる政策が生み出されるよう、来年度以降の経済産業省のお役人の方々には、強く期待したいと思います。

 

<執筆者紹介>

岸田 康雄 (きしだ やすお)

事業承継コンサルティング株式会社 代表取締役

https://jigyohikitsugi.com/

島津会計税理士法人東京事務所長

公認会計士、税理士、中小企業診断士、国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会検定会員)

一橋大学大学院商学研究科修了(経営学および会計学専攻)。 中央青山監査法人(PwC)にて事業会社、都市銀行、投資信託等の会計監査および財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、メリルリンチ日本証券、SMBC日興証券、みずほ証券に在籍し、中小企業経営者の相続対策から大企業のM&Aまで幅広い組織再編と事業承継をアドバイスした。 現在、相続税申告を中心とする税理士業務、富裕層に対する相続コンサルティング業務、中小企業経営者に対する事業承継コンサルティング業務を行っている。 日本公認会計士協会経営研究調査会「事業承継専門部会」委員。中小企業庁「事業承継ガイドライン」改訂小委員会委員。

著書には、「プライベート・バンキングの基本技術」(清文社)、「信託&一般社団法人を活用した相続対策ガイド」(中央経済社)、「資産タイプ別相続生前対策完全ガイド」(中央経済社)、「事業承継・相続における生命保険活用ガイド」(清文社)、「税理士・会計事務所のためのM&Aアドバイザリーガイド」(中央経済社)、「証券投資信託の開示実務」(中央経済社)などがある。