昨今の強烈な売り手市場環境を前にして、優秀な人材の獲得に西へ東へ奔走する企業各社。特にITエンジニアの獲得は至難の業となっており、多くの企業が頭を抱えている。ところが、愛知県名古屋市に一風変わった採用戦略によってこの点に成功している会社があるという。

 

「人材を集められない今だからこそ、こんなに使いやすい広告媒体はない!」と話す株式会社木全商店は中京地域で急成長を遂げているコングロマリット企業だ。ビルオーナー業を手始めに、飲食業や同業界に特化した居抜き物件検索サイト(ぶけなび東海)、レンタルオフィス業、ソフトウェア開発業などを擁している。また、代表取締役の木全雅仁さんはカリスマビルオーナーとしても名高い。

そんな同社が事業拡大と人材確保に使っているのは、なんと人材サービスではなく、M&AマッチングサイトのTRANBI(トランビ)だという。いったい、どういったことなのか?

 

TRANBIに掲載された案件情報

そのM&A案件情報が、TRANBI(トランビ)上に掲載されたのは、昨年8月だった。「シミュレーションゲームエンジン×海外×VR 事業譲渡」と題された案件は、多くの耳目を集めたという。日ごろからトランビをチェックしていた木全さんの目にも止まった。

 

「トランビは企業版の出会い系サイトといった心持ちで眺めると楽しいんだと語る木全さん

 

「これだと思いましたよ。当時『app-me!』というITと不動産の管理アプリを開発していて、そのスタッフが欲しい、と思っていた時期でした。ただ、求人サイトに求人を出しても思うような人材を獲得できなかったのです。トランビで案件情報を目にしたときに、想うところがあり、いきおい売り手企業にアプローチしました。連絡を入れて、会いたいと。

トランビは仲介者が入らず、当事者同士で直接メッセージをやりとりすることができるので、お互いの空気感を計り合えるからいい。今回の場合も相手とは六本木のカフェで待ち合わせたのですが当日、彼はプレゼン資料をしっかり準備してきてくれて事業計画や希望売却額を30分ほど、熱心に語ってくれました。その熱量たるや凄まじいものがあって、そこまでしてくれると、もうゲームが売れるか売れまいか関係ない。彼のプレゼンを聞いている時にはもう事業を買おうと決めていました(笑)」

 

そこからの木全さんの行動は早かった。売り手企業の社長と意気投合するや、自社の従業員として入社してもらい、一緒に海外展開を目指すことになったという。結果的に木全さんの目論見通りにことは運んだ。「トランビ様様だ」と。

ところで、木全さんだけではなく、買い手の多くの企業がトランビの利点としてあげる「直接連絡を取り合えるダイナミックさ」とはどういったものなのか。運営会社の高橋聡社長はこう語る。

 

「例えばの話ですが、ペット可のマンションにテナントとしてペットサロンが入っていたら、愛好家の入居者の方に喜んでいただけるのではないかと閃いたとして、即座に事業譲渡を希望しているペットサロンを探すことができる。こういったちょっとした思いつきを即行動に移すことができるのがM&Aマッチングサイトならではの特長です。

通常のM&Aのアドバイザー企業に依頼すると、事業規模が大きくないと対応してくれなかったり、専門家の手数料が高かったり、専門家が間に入ることによって様々なコミュニケーションコストや時間的ロスが発生します。結果としてM&Aに挑むための精神的なハードルが高くなり、行動になかなか移すことができません。中小企業がもっとM&Aに挑める環境を作るためには、トランビのようなダイナミックな仕組みが必要だと考えています。」

 

「この圧倒的なスピード感と手軽さがイイんだ」と木全さんも語る。しかし、話を進めていく中で不安はなかったのか?

 

「これが数億というM&A案件なら流石に逡巡したと思います。しかしトランビの案件の多くは1000万円ほど。これならばリスクとしても受け入れられる程度だと思いますし、それに売り手買い手双方が直接ネットで話しているので、会話のログが残っている。だからお互いに段階を確認しながら話を進めることができます」

 

上記の案件も、相手を見つけてからアプローチ、プレゼン、支払いそして契約書類の記入などまでの全ての手続き終了までに二ヶ月ほどしかかからなかったという速度感である。

 

 

トランビの可能性

売り手も買い手も専門家ではないので、当初は探り合い。何度もやりとりしているうちに段々疎遠になってしまうこともある。けれども、経営者としてそういうやりとりの過程自体を楽しむぐらいの気構えを持つと楽しい。数撃てば当たるくらいの感覚で使ってみるのがいいと答える木全さん。今後は海外の案件も増えて欲しいですね。海外にもM&A未開発の豊かな市場がまだまだ眠っているのですからと語る鷹野さん

 

木全さんにトランビを教えたのはM&Aアドバイザーで株式会社経営情報センター執行役員の鷹野将和さんだという。鷹野さんは当時のことを述懐する。

 

 

「私は税理士・会計士を中心としたM&Aアドバイザーが情報交換などをしている『虎ノ門会』という勉強会の繋がりで数年前にトランビの存在を知りました。M&Aマッチングサイトだから実現できた売り手が直接案件を掲載できる利点に注目しました。同時に木全さんにトランビとの提携ができないかを持ちかけました。というのも、同社が運営している飲食特化型の居抜き専門サイト『ぶけなび東海』では、物件や看板だけでなく、人までをまとめて売りたいと思っている人も多いハズで、こういった選択肢があっていいと思ったからです」

 

木全さんはすぐにトランビの可能性に気づいたという。もともと木全商店にとって、M&Aは戦略の要だった。『ぶけなび東海』も元は1ユーザーだった。その頃、時を同じくして、多店舗展開したいというイタリアンカフェのオーナーや弁当屋のオーナーなどにも出資するようになっていたのだという。だが、木全商店が事業ドメインを増やすにつれ、ある課題感がもたげるようになった。

 

 

トランビを使って人材を集める?

「人材採用なんです。求人サイトに求人を出しても、思うような人材が集まらない。でもトランビには、もともと事業を運営するような情熱をもった人たちが何かしらの事情によって、資金を必要とし利用しているサイトです」

 

もしかしたら、事業をM&Aすることによって、求人サイトで獲得できる人材よりも、「もう一段レベルの高い方達と出会えるのではないか」そう思ったという。

ここから木全商店の人材確保作戦が展開される。実際に 昨今の売り手市場を考えると、これが実に効果的に機能した。

 

「もちろん、既存の大手人材紹介会社各社などで人を集めるという方法があると思うのですが、中小企業だと優秀な人材にアプローチすることは難しいです。その点M&Aであれば、チームごと引き込めるというのは大きなメリットです。

また技術を持っている町工場とその技術を欲しいと思っている人が出会う場としても丁度いいと思います。町工場の社長は大手M&Aマッチング会社などには行かないので、出会うチャンスがなかなかありませんから。そういう点で、トランビは人材を確保できる絶好のサイトでもあります」

 

「それこそ全国の企業の10%でもこのトランビを知り、活用してくれれば、事業承継に悩んだり業務拡大したいのにできない企業が少なくなり、日本の経済をもっとよくすることができると思います」

 

さて、このようにトランビを上手く活用して、企業を急成長させている木全さんだが、いったいどういった人物なのか、以下からは物語を見ていこう。

 

 

木全商店の物語

株式会社木全商店は昭和27年に名古屋で設立された歴史ある会社だ。当初は呉服屋・繊維の卸問屋をしていた。昔から名古屋など中京地域は明治時代から繊維産業のメッカだった。同社の設立時期と同じ1950年代にトヨタが銀行に融資を求めた時、『機屋(繊維業)にカネは貸せるが鍛冶屋(機械業)には貸せない』と言われて断られたという有名な話があるほどに、繊維業は地域経済で重きをなしていた。

ところが、木全商店は昭和47年を機に、繊維業から不動産業に転身している。

 

「当時社長だった先々代のツルの一声だったそうです。『これからは不動産だ、不動産をやるぞ!』。この一言で、当時雇っていた10人ほどの従業員を全員解雇したそうです。その直後(48年10月)にオイルショックが起こって、中京地域の繊維業は壊滅的な打撃を受けた。周りはその煽りで軒並み倒産してしまいましたが、弊社だけは直前の事業転換により、生き残れた」

 

当時木全さんは、小学校4年生。先々代の先見の明があったことを子供ながら大きく感じたという。幼い頃からそういった経営の仕事を身近に見てきた木全さんだが、大学卒業後にすぐ家業を継ぐのではなく、明治生命保険(現明治安田生命)に就職している。

 

「保険を仕事に選んだのは、金融知識を学ぶことでいずれ独立したかったから。当時から将来的には自分で事業をしたいと漠然と思っていたんです。それで営業職として入社し、5年後に管理職に。その後大阪で5年、四国で3年拠点長として働いて、マネジメントや経営について勉強しました」

 

その後、2001年頃に明治生命が中国に進出するにあたって、一時期中国で暮らしたそうだ。

 

「自分を試そうと思って、中国語なんて全く話せないのに名乗り出ました。中国は中国企業との合弁会社しか営業を許可しないので、中国企業を訪問して回り手を組む相手を探すことが私の仕事。2001年頃はまだ北京五輪の前で、今のように中国が大飛躍するなんて思いもよらず、世界的企業になる前の某コンピューター会社や杭州の企業にも訪問していました。コンピューター会社なんて、まだ大連の古いビルに入居していたんですよ」

 

結局、提携相手は家電メーカーの他社に決まったそうだが、この直後に日本で保険金の不払い事件が発覚して親会社が営業停止になってしまった。そうなると海外での新規事業も停止になってしまい、それで泣く泣く帰国したのだという。

 

「戻ってきて配属されたのはFPファイナンシャル事業という部署だったのですが、そこは営業もせず部下を管理するのではなく、机に座って金融の勉強をすることの多い部署。しばらくしたら何か仕事を自分たちで作らなければ、ということになり、学んだ知識を全国の保険営業の人たちに教えてコンサルティングセールスができるようにしよう、という仕事を作りました。それで全国各地の拠点で研修を行い沢山のFPの方を育てました。

最終的にはFP技能士2万人以上、全社の資格保有率は70%を超えるまでになりました。この時に学んだ知識、特に相続の知識などは今の仕事にも非常に役に立っていますね」

 

 

デザイン性・利便性・高付加価値

木全商店グループのこだわりマンションは、コンセプトマンションとして振り切った特徴を持たせていることで有名だ。例えば、高級宝飾店のブティックをイメージしたり、タイタニック号をイメージしたり。海賊船をイメージしたものもある。

 

「その頃、家庭の事情と言いますか、父から財産を相続しまして。この時に得た資産で上場企業の筆頭株主になったり、相続税を数億支払ったりしていたのですが、父の体調が思わしくなくなってきたのでそれを機に職を辞し、本格的に家業の木全商店を継ぐことにしました」

 

ただ、安寧とビルオーナーとして優雅な毎日を過ごすこともできた木全さんだが、それで良しとはしなかった。なんと、大胆にも受け継いだ本社ビルを取り壊してしまう。

 

「日本社会では大家業の考え方は基本、大家と店子の関係、言うなれば大家は少し威張っているというか、親と子の関係で捉えられるものなのですが、これが私は嫌だった。海外は違います。海外でマンションと言えばサービスマンションです。内外装にこだわり、ロビーにはコンシェルジュがいてサービスを提供してくれるもの。私は上海で見たのですが、そういう高所得者層向けのサービスマンションであれば、同じ広さの部屋でより高い家賃であっても入居してくれる。だからマンション経営も一つのサービス業として考えるべきだと考えています。その手始めに土地も所有していた本社ビルを利用して自社ブランドのマンションを建てることにしたのです」

 

それがカリスマビルオーナーとしての第一歩となった。手始めに、GKレジデンスシリーズを開始。やがて、仲介や管理・賃貸などから、ディベロッパーの道を選んでいく。

 

「自社でデザインや利便性、高付加価値の高いマンションブランドを持っていることをアピールできるし、そうすれば平均の家賃より高く設定しても高い入居率が得られると考えました。予想通り、本社の跡に建てたマンションは三ヶ月目から満室になり、今も100%の入居率を誇っていますし、家賃も上がり続けています」

 

M&Aを駆使しながら、急成長を遂げている木全商店を見ていると、売り手市場下で人材難に喘ぐ企業各社にとって光明にも近いものを感じる。M&Aと聞くと、まだまだ企業サイズの大きな会社の取り組みと、はなから選択肢に取り入れない中小経営者が多い。ただ、トランビに出ている案件の価格は、求人サイトに広告出稿費を出したり、人材紹介各社に支払う一人当たりの人材獲得単価と見比べても、そうそう金額感が変わるものではない。要は百万円単位で企業や事業が気軽に買えるものもあるのである。しかも人材市場ではトンとお目にかかれない優秀な人材までくっついて。

いやはや、木全さんのように知恵を絞り、鮮やかに課題を解決していく手腕を多くの中小経営者も学ぶべきである。

 

<プロフィール>

木全雅仁……愛知県出身。木全商店(不動産業)・Gold Key Co.,Ltd(ぶけなび東海、app-me!運営)代表取締役。大学卒業後、明治生命保険相互会社(現明治安田生命保険相互会)を経て、現職。

 

株式会社木全商店

愛知県名古屋市中区丸の内3-10-12 GKレジデンス302

電話052-971-8516