最近、頓にM&Aマーケットが賑わしくなってきた。事業承継税制の改正や、M&Aマッチングサイトの新規参入、M&Aコンサルティング企業の新規上場……等々、市場の成長を加速化する材料も目白押しだ。一方、売買案件の数が増えるに伴い、M&Aアドバイザーが不足する事態となっている。こんな環境になることを早くから察知していた大原達朗氏は、2010年、アドバイザーを育成する一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会を立ち上げた。今回、わが国におけるM&Aの動向や問題、その解決方法について、代表理事としての見解を伺った。

 

 

日本におけるM&A市場の成長

 

まず、最近20年間のM&Aにおける件数ベースの推移を概観してみよう。レコフの調査によると、日本のM&Aは2017年で3,050件を超えた。2000年時点では1,600件程度だった状況からほぼ倍増している状況だ。ただ、そこまでには紆余曲折があり、リーマンショック前には2,700件を超えたが、リーマンショック後急激に1,600件台まで落ち込んだ。それが盛り返してきて3,000件に乗るようになった。世間一般からすれば倍になったという感覚はないだろう。

 

大原氏によると、日本でM&Aが衆知されるようになったのは、まず大型買収による認知機会が増えたことが大きいという。特に、インアウトという日本企業による海外企業の買収が増えた。ソフトバンクのアーム社買収(3.5兆円)、武田薬品によるシャイアー社の買収(7兆円)と、聞いたこともない巨額のM&Aが、経済紙やWebニュースなどで衆目を集めるようになってきた。それまでは国内同士の銀行の統合合併などの、M&Aとは認知され難い案件が多かったのだ。

 

ただ、何兆、何千億円の金額の世界は、外資系投資銀行、証券会社、メガバンクが取り仕切る。したがって数ベースでいうと、巨額案件はそう多くはない。件数の伸びを支えているのはもっと少額な案件である。その層での主要プレイヤーは専業のM&A仲介会社だ。手数料1億円以下の案件をスモールM&Aというが、日本では手掛ける企業が不在だった。そこに先駆けて取り組んだのが日本M&Aセンターだ。平均手数料数千万円の案件というと、売買金額は十数億円以上といった案件になる。対象は、例えば製造業でいうと年商100億円くらいの規模で、地方の中核都市であれば地元で誰でも知っている企業だ。こういった企業が買収案件として登場すると、地域ではやはり話題になる。

 

しかし、M&A仲介専業大手でも手数料が2,000万円以下になるとなかなか取り組めなかった。そこで台頭してきたのが小規模のM&Aブティックだ。また、中には口利きだけで手数料をとろうというアドバイザー的な向きも出てきた。

 

「実際の市場の活性化を支えているのは、スモールM&A案件以下を支える、こうしたプレイヤーたちです。ただ、口利きだけで成立するほどM&Aはそんなに甘くはないが」(大原氏)

 

 

M&A仲介手数料はなぜ高いのか?

 

上場M&A仲介企業のIR資料を見てみると、営業利益率の高さに驚くだろう。例えば日本M&Aセンターは246億円の売り上げに対し、116億円の営業利益で、実に47%の営業利益率(2018年3月期)に上る。

 

アドバイザリー手数料の計算方法は、各社によって異なっている。M&Aの手数料は主にレーマン方式(取引金額が5億円までは5%、これ以降金額に応じて4~1%が加算される)で算定するが、資産ベースの金額に掛け算するのか、売買金額ベースに掛け算するのか、によって大きく変わってくる。M&A仲介大手は、総資産を対象とするため、例えば製造業となると、仕掛品や在庫、負債も入れると、資産は大きくならざるを得ない。そうすると結構な手数料がかかることになる。

 

「ただ、手数料がどのような設定をされていようが実際に取引が成り立っているということはビジネスとして正しいということ。根本的には、買い手が欲しいような売り物が少ないことにより圧倒的売り手市場ということが最大の問題。これによって買い手は高いものを買わざるを得ない環境になっているのです」(大原氏)。

 

目を転じて米国では、M&A件数の桁が違っていて、年間30万件と言われている。もともとの背景を言うと、米国は移民社会だが、中でも富裕層は進出する前に企業を買収してから、そのオーナーとして現地に乗り込むというケースも多い。これが成功すると、また売却して、次の事業を行うなどしてM&Aが拡大していったのだ。

 

「米国などは、スキームや契約の仕組みがしっかりできている。富裕層で高学歴の人が、合法的にちゃんと移民として入るには、清掃の仕事から始め、ゼロから積み上げるというのではない。会社を先輩から買って、引き継いでそのまま経営する、そこから拡大したり、売却したりという流れができている。その時売買金額が、税引き前利益の2、3倍に収まるというのが大体の相場だ。情報の信ぴょう性もあるし、ルールも整備されているのでリーズナブルなところに落ち着くのです」(大原氏)

 

では、日本でなぜ売り物が少ないのか?例えば、事業承継で売却しなければならないケースが8万社あるというが、実際には儲かっている企業は少ない。つまり売れる案件自体が少ないということが真因だ。この結果、日本だと売買代金は軽く税引き前利益の5倍以上になってしまう。

 

「つまるところ、M&Aも需給で金額が決まるので、売り物が少ないとどうしても高くなるという市場原理に従う。案件を売れる状態にしていないことこそが問題だ」と大原氏は指摘する。

 

 

マッチングサイトの登場により劇的な市場の変化が起こった

 

M&A市場の話に戻ると、さらに画期的な出来事は本格的なM&Aマッチングサイトの出現だ。小規模M&Aを主たる対象とする仲介サイト、トランビが現れたのが6年前。当初はそうでもなかったが、ここ1、2年の間にトランビの件数が急激に伸びてきた。こういった状況を見て、他のマッチングサイトもどんどん参入してくるようになり、ビジネス界でM&Aがかなり身近になってきたのだ。サイトを経由した案件は当然、売買額は少なくなるが、非常に多様化していて興味を引く。

 

「私は、売買金額が1,000万円以下のM&AをマイクロM&Aと呼んでいますが、こういった案件が多量に出てくるようになりました。2017年で成約が3,000件を超えたという話をしましたが、今後はさらに劇的に件数が増えると思います。これは非常に良いことですね」

 

一方において、少額案件の場合は、アドバイザリーフィーを払う余裕がなかったりして、トラブルになっているケースも出てきているようだ。

 

「素人が取引をすると問題を起こすのはある程度やむを得えませんが、マイナス面がマスコミに出てクローズアップされると、冷や水を浴びされかねないので、そこが我々協会としても懸念要因ですね」と大原氏。

 

 

M&Aアドバイザー不足が課題

 

今後は、マッチングサイトにより案件自体が増えるとともに、経営者の高齢化が急激に進み事業承継案件も大幅に増えてくる。事業承継がらみの売り物が少ないといっても8万件のうち2万件は相応に魅力的なものが出てくるだろう。この結果、生じてくる最大の問題はアドバイザーの不足である。大原氏は、2010年ごろから先々の状況を見越して、アドバイザー不足を予測し、この財団法人を立ち上げた。現在は、500人以上が研修修了生となっている。

 

ところが最近では、マッチングサイト自体に大手も参入してきて、より一層市場が活況を呈し、各サイトとも、案件が捌きれない状況にあるらしい。今起こっているのは、マッチングサイト経由で来る多量な相談だ。つまり素人からくる膨大な問い合わせに対応できる人が足りないのだ。

 

「そこで、喫緊の課題としてアドバイザーを増やす必要がある。また、アドバイザーもそれぞれ何が得意なのかも情報開示し、選ぶことができるようにしなければならない。」と大原氏は言う。

 

 

売る側も買う側も勉強が必要

 

さらに、今後もマッチングサイトの活性化により、マイクロM&Aが大幅に増えてくることを考えると、アドバイザーを介す資金的な余裕がないケースも増える。アドバイザーの最低報酬が150万円くらいとしても、300万円の売買に、150万円支払うのはきつい。アドバイザーにもそう簡単に依頼できないので、売り側、買い側それぞれの立場での勉強が必要だ。基本的な知識は自分で学ばなければならない。そして困ったときだけ相談というのが好ましい。自分で課題を明確にし、最終判断ポイントのみM&Aアドバイザーに相談するように変わっていくことがあるべき姿だ。

 

実際に、アドバイザーを通さずにサイトによる素人同士の自動マッチングによって起こっている問題は次のようなものだ。例えば、買ってしまったのだが実態が違ってどうしようという話。

 

「最近、売り上げ200万円と聞いていたが実際には買ってみて半分しかなかったという相談を受けた。どうも、メールだけでやりとりをしていて実態は見ていないらしい。中小企業経営者からすれば、500万円くらいのM&Aは車一台買うという感覚なのでしょう。半年で月4、5件そういった買っちゃった相談がくるようになった。」と大原氏は言う。

 

「個人は会社を買え」といったような話も最近はあるが、そもそも経営がわかっていないと、買った後に確実に潰してしまうことになる。そこでM&Aの基礎知識はもとより、経営がわかっている必要がある。経営がわかっていれば、月次の財務諸表がなくとも3か月の通帳のコピーを見れば、実際にビジネスモデルが成り立っているのかどうかがわかる。

 

また、企業の資産の見分け方も重要となる。その会社の経営資源がもし、オーナーの特異なスキルに拠っている場合、オーナーが引退して辞めると資産価値はゼロになる。たとえば、繁盛している寿司屋があったとして、オーナーが店を閉めたいからという理由で買収したとしても、繁盛している要因が寿司職人たるオーナー本人にあったりすると、資産価値はない。こういった場合は、資産価値を正しく見極め、資産価値が減らないような手立てを契約書上でとる必要がある。

 

 

売りたいなら普段から会社を磨くべき

 

事業承継が絡む場合は、相続税のプロである税理士の登場を待つことになるが、事業戦略上の不採算店の売却や、事業拡大のための買収といった相続に関係ない場合は、今後95%はネットでできるようになるのではないか。

 

そもそも米国が30万件だとすると、人口比で言っても日本は10万件あってもおかしくない。少なくとも今の3,000件の10倍の3万件は行くだろう。

 

「米国ではDIYが盛んであるが、家主が趣味でやっている場合もあるものの、資産価値を高めるために、コツコツ改良しているケースも多いですね。つまり、いつでも売れる状態にメンテナンスしているわけです。事業について、いつでも売れるための備えというのは、例えば、飲食店を3店舗経営しているとすると、店舗別の月次PLを準備しておくといったことです。現地に入ってみないとわからない、20年間ゴミ屋敷になっているというのではだめ。いつでも人が来た時に数字で説明できる状態にしておく必要がある。合理的に説明できないと、高い値はつかないのです」。

 

 

今後のM&Aマーケットの成長とサラリーマンのマイノリティ化

 

「今後は、さらにマイクロM&Aが増え、M&Aマッチングサイトも不動産情報サイト並みになってくると思いますね。台東区でラーメン屋と検索すると、ラーメン屋がサイトに数件表示されてくるといった具合に。実際に社名が知られたらまずい場合は、経営が上手くいっていないことが多い。上手くいくと、かえって公開に抵抗がなくなるものです。外にもれると問題という話もあるが、実際には、財務状態がよければ知られてもいいという企業も多く、意識は変わってくるでしょう。日本人は隠しすぎですね」。

 

そういった潮流から考えると、これからの日本は徐々に個人事業主の集まりのようになり、先々は企業に完全雇用される人がむしろマイノリティになるかもしれない。つまり、雇用といっても契約形態や勤務形態が多様になり、実態に合わせて労使関係を見直していくと、今までの仕事時間、給料が半分で用足りるとなったりする。その時は、自分が会社をもっておいて、給料の半分は買収した会社からもらうといった必要が出てくる。企業と個人の労働力のシェアの関係はこのように変わってくる可能性がある。

 

「また、仕事は、どんどん短期プロジェクト型のものが増えてくるだろう。こういった流れにおいて、個人も経営やM&Aに関わる機会が増えて、M&Aに対して大きなマインドの変化が起こるだろう」と大原氏は指摘する。

 

 

協会としての今後の展望

 

ここで、大原氏に協会の展望を聞いた。

 

「今の流れを踏まえ、当協会は今後3倍増めざしてアドバイザーを増やしていくとともに、アドバイザーの経験を評価し、レベルで分けて上位の会員制度を創ろうと思っています。また、直接売ったり買ったりする人にも対象を広げたいですね。さらに、教育のためのネット上のプラットフォームを創ろうと思っています。個人向けの教育は何処と提携すればいいと思うし、実際にeラーニングを創らないかという話もいくつも来ています」。

 

最後に、自身もアドバイザーである大原氏に、単独でもプロフェッショナリティが高く、事業として十分成り立つにもかかわらず、協会を立ち上げた真意を問うてみた。

「そこはですね、アドバイザーを個人でやって500万円の案件を年間10件決めたとしても、多寡が知れていて世の中への貢献度は低いですよね。マーケットをさらに健全に発展させていくためには、ノウハウを出し惜しみするのではなく、できるだけ開示したほうがよいと思っている。そうすると、優秀な人材の発掘、育成ができていくということもある。まず、マーケットを大きくしないといけない。全体の底上げのためには、自分たちにできることは、どんどん公開し、拡大していくことが社会的な貢献ですよね。ちまちまやっていてもしょうがないでしょ。」

 

M&Aは日本経済の新陳代謝による、さらなる発展にとって不可欠だ。健全な土壌を創ることを支えるのが公的な法人の役割だと考える大原氏の矜持を感じた。

 

 

 

<プロフィール>

 

大原達朗(おおはら・たつあき)

 

一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会代表理事 / 会長

アルテパートナーズ株式会社代表取締役

アルテ監査法人代表社員

ビジネス・ブレークスルー大学准教授

PT. SAKURA MITRA PERDANA Partner

nmsホールディングス株式会社監査役

日本マニュファクチャリングサービス株式会社監査役

 

<団体情報>

 

一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会

 

〒110-0016

東京都台東区台東1−30−3 YOKビル4階

TEL:03−5826−4083

URL:http://www.jma-a.org

 

事業内容

 

発行資格:日本M&Aアドバイザー協会 認定M&Aアドバイザー

事業内容:

 

1.無料セミナー開催

対象者:

*M&Aの流れを把握したい、今後より勉強されたい方

*言葉は知っているものの全体像を理解したい方

M&Aの市場動向と課題、全体の流れなど、概要を理解して頂けるセミナーです。

M&Aアドバイザーとして実務に携わる講師が、現状、展望、業務の流れや意義などを、

実際の成功事例、失敗事例を交えて紹介。

 

2.M&A養成講座の実施

対象者:

* M&A業務を検討されている方・企業

* M&A業務に携わる方・企業

中堅・中小規模の企業M&Aのアドバイザーを養成する実践講義。

少人数制による2日間の集中講義では、実例を交えたワークショップ、グループワークを行う。

 

3.M&A事業者の支援

対象者:

* M&Aアドバイザー養成講座修了の方

* 既にM&A、M&A関連実務に携わる方・企業

M&A実務に携わる方・企業の会員制コミュニティ。

定例会によるM&A案件の共有により最適な成約を高めると共に、業界・市場動向や課題を共有。

定例会の他、弁護士を初めとした講習会や成約サポートなど実務をバックアップ。

また認定アドバイザー資格を付与し、名刺、ホームページに記載が可能。