開発したシンプルキャパとソーラーパネルをセットにした街灯システム「くえびこ」の前に立つ開発者の松江工業高等専門学校教授の福間真澄さん(右)と共同研究者の同校名誉教授の高橋信雄さん(中)、デザイナーで広報宣伝を担当している影山邦人さん。「木炭EDLCはほとんどが炭なので捨てても安心。究極に近い自然エネルギーと言える」と福間さん。開発には8年を要した

自然エネルギーへのシフトが進むなか、蓄電池への関心が高まっている。

不安定な自然エネルギーを利用するには、蓄電池とのセット利用が有効だ。国も高性能な蓄電池の開発を成長戦略の1つとして掲げている。

 

じわじわと注目を集めているのが、炭を使った蓄電池「炭EDLC」だ。急速充電が可能で、ひとたび導入すると物質的破損がない限り半永久的に使えて発火の心配がない。

こうしたなか、より低コストで安全な炭EDLCが島根県で誕生した。炭EDLC普及の起爆剤となるか…

 

安全性に黄色信号が灯ったリチウムイオン電池

電気自動車(EV)やスマートフォンなど新たな電子機器の普及により、高性能な蓄電池のニーズが高まっている。国も自然エネルギーへシフトするためには、蓄電池を積極的に利用することで安定供給を実現すると謳っている。

 

なかでもリチウムイオン電池への期待は大きく、市場調査を行う富士経済が発表した数字では、2011年に約1兆2000億円だった市場は、2016年に2兆2000億円に拡大している。

今後もリチウムイオン電池を軸に蓄電池市場は伸びていくと考えられるが、ここに来てリチウムイオン電池の市場性に黄色信号が灯るような事態が起きている。

 

昨年11月には、札幌市内の住宅で充電中のPHEV(プラグイン・ハイブリッド電気自動車)から出火、クルマと住宅を全焼する事故があった。

 

また韓国・サムスンの人気スマホモデル「ギャラクシー」の最新型「ギャラクシーNOTE7」のバッテリーから出火する事故が相次ぎ、サムスンはギャラクシーNOTE7を販売中止にしている。

ほかにもパナソニックが、スマートフォンや電動アシスト自転車のリチウムイオンバッテリーが発火の恐れがあるとし、その無償交換を実施している。

過去を遡るとソニーやシャープ、東芝、日立といったおよそのメーカーが自主回収や交換を余儀なくされている。

 

 

木炭EDLCで特許取得。 島根で誕生した「シンプルキャパ」とは

「エネルギー密度が高いということは、安全性が低い」とリチウムイオン電池の問題点を指摘するのは、島根県松江市にある国立・松江工業高等専門学校・電子情報科の教授、福間真澄さんだ。

福間さんは長年電気二重層キャパシタ(EDLC)に関して研究してきたが、このほど島根県産業技術センターや地元企業のサンエイトなどと共同で炭を原料とした木炭EDLC、すなわち炭蓄電池を開発した。

開発した炭蓄電池は、リチウムイオン電池と同様、充電して繰り返し使える。すでに製法特許を取っており、名称も「シンプルキャパ=Simple Capa」として商標登録も済ませている。

 

 

シンプルキャパの製造風景。7人で1日およそ4個入りセットが8箱できる

実は活性炭を使ったEDLCは昔から知られており、電気自動車や事務機などのバックアップ電源や補完電源として企業や大学などでも研究が進んでいる。だがエネルギー密度が小さいことがネックとなっていた。

 

福間さんたちが開発したシンプルキャパは、リチウムイオン電池の50分の1の密度。つまり単純にリチウムイオン電池の電気容量を持たせるとなると容積が50倍必要となる。

 

現在生産している蓄電池単体は12㎏で、25Whを充電することができる。電気事業連合会のデータによれば、日本の1世帯あたり平均の電気消費量は1カ月271kWh(2013年)で、1日約9kWhだ。

これを賄うとなるとこのタイプの蓄電池を36個用意する必要があるが、これはお湯なども電気で沸かしたものも含む。

 

「経済産業省などは1世帯4kWhがあればとりあえず十分だとしています。ただ200Whの照明を5時間持たせるのであれば、1kWhの蓄電池が要りますが、100Whを5時間なら500Whで十分。

要は使う用途に合わせて充電容量を増やしていけばいい。現在エネルギー密度を上げる研究を進めていて、2倍まではメドができています。とすると今の半分までは落とせます」

パッケージされたシンプルキャパ(25Wh)を抱える宇山営農組合理事の須山光雄さん。「農閑期の仕事としても期待できる」と笑顔を見せる

 

 

発火しない! メンテナンスフリー! 急速充電! 低価格!

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シンプルキャパは木炭のほか、このような竹炭も使える

木炭EDLCはガタイこそ大きいが、そこを別とすればいいことずくめだ。

まず安全性。リチウムイオン電池などのように化学反応で電気を貯めないので、発火の心配がない。シンプルキャパはもともと中に水を使用しているので、水に濡れても安全だ。

 

「電解液に水溶液を使っています。水を使っているので水に濡れても問題ない。また水酸化ナトリウム、つまり海水と同じ成分も使えるので海水に浸かっても大丈夫」

 

シンプルキャパは、他の木炭EDLCに比べ材料費が安いのが特長。炭と水酸化カリウム、電極に使う鉄板、そして電極を分離するセパレータの紙が基本材料。

 

「ほとんど身近な材料でできているのがウリの1つ」(福間さん)

 

実はこの「身近な材料」でつくったことが、特許取得の最大の理由ではないかと福間さんは踏んでいる。

というのも木炭EDLCには水溶液ではない溶剤(非水系)を使う方法があるが、非水系だと材料的にも高価となり、加工的にも専門の大型機械をつくるなどかなり費用がかかるからだ。

現在、シンプルキャパは農家の倉庫を改造して、手作りの工具や装置で製造している。材料費だけで言えば、充電容量にもよるが「制御回路を入れて2〜3万円程度」(福間さん)。

 

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倉庫を改造した工場には、水酸化カリウムを浸潤させた炭の撹拌に洗濯機を利用するなど、随所に手作り感と工夫が見られる

「いまのところほぼ手作業でつくっているので、相当人件費がかかります。でも効率化して量産化すれば、1世帯、2〜30万円程度でつくれるようになると思う」

 

動作温度の範囲の広さも木炭EDLCの特長だ。マイナス30度でも動作する。

 

「iPhoneの保管温度はマイナス20℃から45℃となっていますが、動作環境を保証しているのは0〜35℃。氷点下ではうまく動作しない。その点シンプルキャパは氷点下でも安心。冬場の北国でも使えます」

 

さらに大きいのが劣化が起こりにくいこと。物質的破損がない限り半永久的に使えるのだ。

現在のリチウムイオン電池が充電回数にもよるが数年で急速に劣化すること(フルに充電できなくなる)を考えると大きなメリットだ。しかも充電が速い。電気自動車の急速充電並の速さだという。

 

 

中山間地域のスマートグリッド、エネルギー自立で描く地域の未来

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水酸化カリウムを吸った炭の粉末は専用の型で1つ1つ固められる。型を変えれば容量や形を自由に変えることができる

福間さんたちは、現在このシンプルキャパを、太陽光パネルと組み合わせたLED街灯システム『くえびこ』を発売、現在松江市内の道路の街灯や公園の防犯灯として使われるほか、シンプルキャパは無料Wi-Fiの独立電源などとしても使われている。

 

農業でも有望だ。シンプルキャパの生産に関わっている雲南市の農業法人宇山営農組合の須山光雄さんは、「イノシシの農作物被害を防ぐために電気柵を張っているが、そのバッテリーとしての利用も始める予定」という。

 

福間さんはこのシンプルキャパをつかった中山間地域のスマートグリッドを構想する。

 

「木炭EDLCはどうしても重く大きくなる。どこかで大量生産して広範囲に販売するよりは、地域地域で生産し、中山間地域などの集落の数軒ごとに置いて繋いでいけば、地産地消型のスマートグリッドができると思います」

 

シンプルキャパの主原料は炭の粉末だ。なので型を変えれば設置場所も庭や床下のほか、壁そのものにはめ込むことも可能だ。

自在に形を変えてソーラーや小水力、風力、温泉熱などいくつかの自然エネルギーと組み合わせ、新しいタイプのエコ住宅やエコタウンとして地方のデベロッパーや工務店が売り出してもいいだろう。

ほかにも農業用の照明や野菜工場の電源、道の駅や公園などの照明、携帯電話の充電施設などのほか、集会所の照明や山間地の街路灯など、場所が確保できるところであれば、さまざまな使い道がありそうだ。

 

センサーやカメラを組み合わせれば農作地の管理も可能だろう。さらに自然エネルギーで発電し、自然由来の木炭EDLCを使った施設で育った野菜やきのこなどが出荷できれば、1つのブランド商品にもなるだろう。

何よりシンプルキャパに使う活性炭の原料は間伐材や竹など、地方にとっては「厄介者」となる材料だから、地域の課題解決の一助となり、産業化も進めば一石二鳥にも三鳥にもなる。

 

安倍政権は地方創生を声高に打ち出しているが、創生の前にはまず地方の自立が必要だ。自立には食料とエネルギーの確保が前提となる。

この2つが自前で調達できれば、あとは自由に暮らしの未来が描ける。地域社会の未来のためにシンプルキャパはどこまで応えることができるのか。期待したい。

 

 

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松江市の宍道湖畔にある「夕日スポット」にかかるシンプルキャパとソーラーパネルを利用したフリーWi-Fiスポット。冬、曇天が続く日本海側の気候を考慮して、数日持つように充電容量を増やしている

 

 

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◆2017年1月号の記事より◆

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