オビ インタビュー

系統中央金融機関の理事長に尋ねる地方創生成功への筋書き。全国152信組の連携強化と〝育てる金融〟の実現に向けて

全国信用協同組合連合会 理事長 内藤純一氏

 

 

第一勧業信用組合(東京)が取り組む地方連携事業が各地でさまざまな成果を上げていることは、これまで本誌でお伝えしてきた通りだ。

今回は信用組合の中央金融機関である全国信用協同組合連合会(東京)の内藤純一理事長(写真)にご登場いただき、信用組合同士の連携協定について、そして、これからの信用組合が取り組むべき課題などについて、率直な意見をうかがった。

 

 

全国一大ネットワークを活用せよ

2016年1月より始まった第一勧業信用組合(東京)の地方連携事業は、現在、各地方の中小零細企業にさまざまな形で活気をもたらしている。

実は、同事業が開始される数カ月前、この事業のキーマンともいうべき2人の人物が会話を交わしている。

1人は本誌でも度々ご登場いただいている第一勧業信組の新田信行理事長。

そして、もう1人が今回取材に応じてくださった東京都中央区に本店を構える全国信用協同組合連合会(以下、全信組連)の内藤純一理事長である。

内藤氏は当時のことを次のように話す。

 

「2015年の秋に新田理事長と2人でお話する機会がありました。

そのとき私が申し上げたことは、信組が信組らしさを創出するためには横の繋がりをもっと強化しなければいけないのではないか、ということでした。

すると新田理事長も『私もちょうどそのことを考えていました』とおっしゃいました。

信組は全国に153組合あり(当時)、店舗数を合計すると約1700店舗、預金総額は約20兆円になります。

これは金融機関全体から考えても大きな規模であり、例えば国内の店舗数で言えば、メガバンクであっても多いところで750前後です。

ただ、信組は小さい組合がバラバラと全国に散らばっています。

これを取りまとめるのが我々、全信組連の役割の1つですが、残念ながら、この全国一大ネットワークを活用して地域経済を活性化させるような動きには、これまで至っていませんでした。

そこで、お互いが相互扶助の精神で支え合う信組の原点に立ち返って、東京と地方、あるいは地域と地域の信組間のリレーションを強化する、そんな取り組みをやってみませんかと新田理事長にお話ししました。

それがそもそもの出発点でした」

 

このとき、新田氏とは「意見が完全に一致した」と同氏は振り返る。

そして、両氏がともに感じていたことは、「連携ありき」ということだった。何ができるかを考えてから動くというのではなく、まずは信組同士が膝を突き合わせて連携をする。

それぞれの地域にはそれぞれの悩みや強みがあり、それらを披瀝し合うことで、より具体的で効果のある知恵が出てくるのではないか、そう考えたのである。

結果的に第一勧業信組の地方連携事業は1年足らずで16組合との協定を締結させ、各地域の経済活性の起爆剤として、現在、機能し始めている。

 

「ポイントは東京と地方が結びつくことでした。

東京という大消費地に名前が売れる、あるいは販路ができる、そうでなければ、どんなにいい物を作ってもいずれは行き詰まります。

地方の人たちには東京で市場を開拓するだけの時間も資金もありませんが、信組業界のネットワークを活用すればそれも不可能ではありません。

だから、東京の信組が何かしらの形で関わることが重要であると考えていました」

 

 

信用組合の成り立ち

現在の信用組合は1949年に施行された「中小企業等協同組合法」に基づき設立・運営されている。

しかし、法律に基づく信用組合の歴史はさらに古く、1900年(明治33年)の産業組合法制定時にまで遡る。

明治維新後、近代的金融制度の整備が進む中で日本でも商業銀行が次々と設立された。

ところが、零細な農民や商工業者は安全な取引先とは見なされず、銀行取引から疎外されてしまう。

その結果、庶民の窮乏が社会的な問題となり、それを打開するために生まれたのが同法に基づく信用組合であった。

その後、組合構成員の増加や多様化などにより、戦後になると信用組合から農業協同組合や信用金庫、労働金庫が枝分かれしていく。

 

「1951年に信用金庫法が施行されると、都市部の中小商工業者のための金融事業を行っていた多くの市街地信用組合が信用金庫に転換しました。

ところが、世の中が高度経済成長へと踏み出す中、より小さな事業者や零細企業は資金を融通してもらえない状況が各地で起こりました。

特に当時は資金需要が旺盛で、預金をどう確保し、いかに必要なところに資金を融通するかが金融機関の大きな役割でした。

日本経済を建て直すために大企業、中堅企業、あるいは基幹産業への貸出が優先されるのは当然ではありますが、日本国民は彼らだけではありません。

むしろ、地域経済の基礎を支えているのは中小零細の事業者や個人の生活者です。

銀行や信金との取引から疎外されてしまった方々の要望に応える形で全国的に信組の設立が相次ぎました。

そして、1954年、急速に増える信組を取りまとめる目的で設立されたのが全信組連になります」

 

 

金融危機により生じた変化

信用組合の数は1960年代のピーク時には542組合にも上った。

全信組連の役割は全国に跨がる信用組合を取りまとめ、サポートすることだ。

具体的には、信用組合との預金・貸出金取引を通じて、資金に余裕のある信用組合から預金などを受け入れるいっぽう、資金を必要とする信用組合に融資することで、業界全体の資金の流れを円滑にすること。

また、信用組合が組合員に融資をする際、不足する資金を全信組連による代理貸付という制度を通じて提供することも増えていった。

そのほか、ATMなどの勘定系システムの運営・管理といったインフラ整備も重要な役割の1つだ。

 

「我々は信組の取引先である組合員の方々とは直接的関係を持って資金をお貸ししたり、預金を預かったりといった業務は行っていません。

各地域の信組が組合員にいいサービスが提供できるように背後からさまざまな形でバックアップすることが昔も今も変わらない最大の役割です。

ただ、時代の変遷とともに業務内容にも変化が生じました。

特に、1990年代後半に金融危機が起こると不良債権問題の処理が経営の最重要課題になるとともに、大銀行をはじめ、信組の破綻も相次ぎました。

過剰債務を抱えていた多くの企業の倒産も激増する一方、健全な企業でも借り過ぎの是正が合言葉になっていました。

こうしたなか、資金需要は大きく落ち込むこととなったのでした。

預金残高からどれだけの貸出をしているかを表した預貸率は、それまで100%を超える信組も多かったところ、金融危機以降は大きく減少し、今では全国平均で50%台です。

かつてのように資金需要がないため、代理貸付を行うことも少なくなり、余剰資金を有価証券運用によって収益を上げ、それを組合に還元することが大事な役割となりました」

 

 

事業者数が減少する中でビジネスチャンスを構築するには

2000年代に入ってからも地方経済の疲弊とともに信用組合業界にとって苦しい状況は続いた。

そこに追い討ちをかけるように襲ったのが東日本大震災である。

同氏が全信組連の理事長に就任したのは震災直後の2011年6月のこと。被災した信用組合を復興へ向けてどう支援するかが同氏にとって最初の課題となった。

 

「全信組連から資本増強支援を行ったり、金融庁に掛け合って公的資金の注入を申請したり、資本基盤を強化する取り組みに奔走しました。

さらに、どうすれば経営強化を図れるか各組合と真摯な議論を交わし、我々から人材の派遣を行うなど、これまで30を超える組合にいろいろな形でサポートを実施してきました」

 

しかし、疲弊しているのは被災地ばかりではない。行き詰まった経済環境の中でどう事業を展開していくべきか。

それは信用組合の主な取引先である多くの中小零細企業にとって、そしてまた、信用組合自身にとっても目の前に横たわる大きな課題である。

 

「人口が減少し、それにも増して事業者の数が落ち込んでいます。つまり、信組のお客さん自体が減っているのです。

その中でビジネスチャンスを見つける努力が我々には求められています。

そこで例えば、『職域ローンモデル』というものを現在、全信組連では推奨しています」

 

職域ローンとは、信組と契約を結んだ企業の従業員に対して金利を優遇する代わりに職場への立ち入りなど営業活動の許可を得る方法でリレーションを強める営業スタイルを指す。

信用組合にとっては新たな顧客の獲得になり、企業にとっては福利厚生の拡充につながるサービスとして期待がかかる。

 

「大手企業であれば福利厚生が整備されています。中堅企業であれば労働組合があり、労働金庫が金融サービスを提供しています。

一方、福利厚生が整ってなく、労働組合もない小規模事業者はごまんとあります。

これまで信組は事業金融を中心にやってきましたが、これからは事業者に対してだけではなく、そこで働く従業員の方々にも直接個人ローンを提供しようという取組みが職域ローンです。

事業者だけでなく従業員の生活をもサポートすることで真の応援につなげたいというのがここでの考え方です。

この数年で職域ローンを提供する信組は着実に増え、各地で成果を上げています」

 

 

育てる金融の機能強化を目指して

ところで、同氏が掲げるコンセプトの1つに「育てる金融」なる言葉がある。

これは第一勧業信組が進める地方連携事業の核となる考え方とも言えるものだ。具体的にはどういうことを指すのか。

 

「お金を借りる意志がある人に対して審査を行い貸出をする、言わば〝貸し出す金融〟を行うことが今までの信組の本分でした。

しかし、それでは立ち行かない状況が長らく続いています。

これを打開するために、新規事業や起業を考えている人たちにこちらから歩み寄り、融資はもちろん、コンサルティングなどの各種サポートを提供し、能動的に地域経済の活性化に関わることが〝育てる金融〟です。

例えば、ローンという形ではなく、投資ファンドのようにある程度のリスクを負いながら融資をすることも必要でしょう。

ありがたいことに『自分たちもリスクを負うから、全信組連も協力してくれないか』という声がいくつかの組合から上がっています。

一例を挙げると、ある観光都市で夜でもちょっと遊べるような屋台村を作りたいという話がありました。そうしたものはローンだけで実現するのは難しく、リスクも大きい。

しかし、成長が見込める事業であるならば、全信組連としても後押ししていきたいと考えています。

また、現在、全国で信組を中心とした投資ファンドも立ち上がっていて、こうした動きにも我々は全面的に協力しています」

 

さらに昨年の12月からは購入型のクラウドファンディングも開始した。

毎日新聞社、伊藤忠商事、ミュージックセキュリティーズ株式会社、全信組連の4社提携による「MOTTAINAIもっと」というサービスだ。

 

「各地の信組を窓口に地域に眠るプロジェクト案件の発掘を行い、それに共感した人々からネットを通じて広く資金を集めるというものです。

地域おこしとなるような新しい工芸品や食べ物などが出品され、サポーターからの支援も徐々に増え、順調な滑り出しを見せています。

育てる金融を行うためには、その事業分野や金融面の様々なイノベーションを熟知する必要があります。

しかし、それぞれの信組は小規模な金融機関ですから、自ずと限界があります。

その限界を超えて地域社会のニーズに応えるには全信組連がより多くの情報を集め、より賢くなり、より機動力を高め、全力で信組をサポートしていかなければいけない、そう強く感じています」

 

 

全国の信用組合が取引している小規模事業者を合算すると、324万業者、従業員数は1108万人にも上る(2015年)。

個別の信用組合は小規模であっても、この数字は大いなる力である。

ただし、それが地方創生にとって真の〝力〟となり得るか否かは、系統中央金融機関である全信組連の奮励にかかっている。

これからの全信組連に対する期待は計り知れない。

 

オビ インタビュー

◉プロフィール

内藤純一(ないとう・じゅんいち)氏…1951年生、兵庫県神戸市出身。1975年、東京大学経済学部卒業後に大蔵省(現財務省)入省、銀行局銀行課長などを勤めたのち、2001~03年まで名古屋大学教授。東海財務局長、証券取引等監視委員会事務局長、金融庁総務企画局長などを経て、2011年、全国信用協同組合連合会理事長に就任、現在に至る。

 

《全国信用協同組合連合会》

〒104-8310 東京都中央区京橋1-9-1

TEL 03-3562-5115

http://www.zenshinkumiren.jp/

 

 

 

◆2017年5月号の記事より◆

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