オビ ニューフロンティア

捨てられているエネルギーを拾いまくれ!振動、騒音を電気に変えるエネルギーハーベスティング技術

◆取材・文:佐藤さとる(本誌 副編集長) オビ スペシャルエディション

音力発電の発電床

床を踏み鳴らす振動や道路沿いの騒音や工場の排熱、人の体温…捨てられているエネルギーを電気に変えるエネルギーハーベスティングの技術が花を咲かせようとしている。

夜間の非常灯やバッテリーレスセンサーなどに実用化されはじめている。2018年には世界市場51億米ドルに規模が広がるとの見通しもある。「もったいない」文化を持つ日本は、この市場にどう挑むのか。

 

センサー需要の高まりがエネルギーハーベスティングを後押し

あっという間に切れるスマホのバッテリー。せめて1週間もてば……もしかしたらそんなロングランが可能になるかもしれない。それどころか充電不要になる可能性もある。

そんな期待を持たせてくれるのがエネルギーハーベスティングという技術だ。エネルギーハーベスティングとは、世の中で無駄となっている微量なエネルギーをハーベスト(収穫)して電気に変えようという技術。さまざまな環境から取り出す電気ということから「環境発電」とも呼ばれている。

 

日本では2010年前後にメディアで取り上げられ話題となったものの、その後やや停滞していたが、この2年ほどで実用化、商品化されるものが増え出した。この市場に詳しい日本能率協会・産業振興センター和田泰明さんによれば、「この2年ほどで実用化一歩手前の段階から、身近な商品が出てくる段階まで来ている」という。

ここに来て技術の種が続々と誕生しているのは、実需市場が見え始めたことがある。とくに期待されているのはセンサーだ。IoTと言われるモノのインターネット化が進んだことで、センサー需要が高まり、微量電力のニーズが増えた。

 

能率協会 和田泰明

一般社団法人能率協会の和田泰明さん。能率協会では毎年エネルギーハーベスティングの展示会を催している。海外からの参加者も増えている。

「まずコスト面から導入されやすいのは、インフラの管理保守。道路などの振動から発電した電気を使えば、電池や配線なしでセンサーを動かせ、電池切れや停電を気にせずに使えます。無線でデータを飛ばせば人材コストも削減できます。また、人間にセンサーをつけて健康管理するウエアラブル機器などの市場が広がるでしょう」(和田さん)

 

 

さまざまな用途が期待される振動発電

ではどんな発電源が身近な商品になっていくのか。和田さんは次の4つを挙げる。

1つめが振動発電。最も応用範囲の広い期待度の高い電源だ。神奈川県にあるエネルギーハーベスティングのベンチャー「音力発電」は、人やクルマが通る際に発生する振動で発電する「振動床」を開発し実需を取り込んでいる。現在ビルの非常階段や廊下などの誘導灯や、駅などの点字ブロックを発光させて誘導させるシステムなどを提供している。

このほか同社では押すと発電する振力発電を利用したリモコン「振力リモコン」や、歩行すると発行する「発電靴」なども開発している。

 

株式会社音力発電 速水浩平

音力発電の速水浩平社長。社名の通り音から発電する技術を研究し、大学院時代に起業。振動を利用した光るステッキや波を利用した発電などユニークな技術と製品を持つ。ブラジルにも進出した。

「前者はファミリーレストランのコールボタンとして、後者は介護施設などで徘徊する要介護者向け用としてニーズがあります」(同社社長速水浩平さん)

 

2つめが熱発電。工場などの排熱利用などの取り組みはこれまでもあったが、ここで取り上げるのは高温を使わずに発電する体温発電などだ。

たとえばヤマハは腕に発電素子を巻く体温発電システムを開発している。また海外ではカナダの15歳の少女が手のひらの体温から発電するLEDライトを発明し、世界中の注目を集めている。体温発電を電源とする体調管理用センサーなど、医療介護分野、見守りシステムなどセキュリティ分野などでの展開が期待されている。

排熱の回収技術も進んでいる。パナソニックはお湯が通ると発電する発電チューブを開発した。10㎝で1.3W取り出せるという。温泉発電などで利用されるようだが、街中の銭湯やお湯を使う工場やビルなどでも期待が持てそうだ。

 

3つめは光発電。太陽光発電が知られるところだが、ここでは電卓などでも使われている色素増感技術を使った発電を指す。色素増感技術では室内の灯りレベルでも反応するため、用途はかなり広がる。富士通は体温熱に反応する発電と、この光に反応した発電もできる世界初のハイブリッド発電システムを開発している。

また村田製作所は、手で曲げるだけでリモコンのようにテレビのチャンネルを変えられるプレートを開発した。これも色素増感を利用した技術である。

 

4つめは電磁波発電。市中を飛び交う電磁波をアンテナで捉えて電気に変える技術だ。

東京エレクトロンデバイスはアメリカのパワーキャスト社と共同で、携帯電話から微弱電力を発電するシステムを開発した。発電される電気はわずか数アンペアだが、たとえばタブレット端末ならバッテリーが切れても数分は使用でき、メールの送受信やダウンロードなども可能になるという。

 

 

イギリスでは尿を使った発電も!

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リクシルが東北大学と共同で開発したトイレの流水を利用した発電システム。公共性の高い場所でニーズがありそうだ。

ほかにもまだある。アメリカでは雨滴の振動を利用して光る傘が開発された。雨力発電とも言われるが、原理は振動発電だ。

一方住宅設備機器大手のリクシルは東北大学と共同でトイレの水流を利用した非常時用の発電システムを開発、東北大学構内で実証実験中だ。

 

同じトイレでは、イギリスの西イングランド大学が尿のなかにあるエネルギーを分解して発電するトイレを開発、大学構内で実験中だ。こちらは尿を使ったバイオマス発電装置で、将来的には尿を利用した携帯電話の燃料電池や、難民キャンプでの活用が期待されている。

 

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リコーが開発した発電ゴム。軽く薄く、伸縮するので様々な用途が期待される。

 

オフィス機器のリコーは振動や圧力を感知して発電する「発電ゴム」を開発した。

振動発電ではセラミック素子などが使われるため壊れやすい、重いという難点があったが、リコーの発電ゴムは軽くフレキシブルで、かつ発電量も上がり用途は相当広がりそうだ。

 

 

ヨーロッパの後塵を拝する日本メーカー

期待のかかるエネルギーハーベスティングだが、実は実用分野で欧米に遅れを取っている。とくに存在感を示しているのはドイツ。なかでもエンオーシャンはエネルギーハーベスティングの嚆矢とも言える会社で、無線とハーベスティングを組み合わせたモジュールなどを世界中に提供している。

すでに同社のバッテリーレスのスイッチなどのデバイスは2011年6月の段階で20万棟に導入されており、その存在感は圧倒的だ。同社は規格を公開し、世界200ほどの会社と「エンオーシャンアライアンス」という同盟を組んでいる。

日本でも村田製作所などがこれを利用した照明用のバッテリーレスのリモコンスイッチを開発している。つまり同社の規格が今後世界のデファクトになる可能性が高いのだ。

 

 

注視される自動車業界の今後

さらに海外では、エネルギーハーベスティングを意識した法整備も進んでいる。アメリカではタイヤの空気圧の監視が義務付けられているが、これなどは振動発電を使った対応が十分可能だ。

実はエネルギーハーベスティング市場で最も期待がかかるのが自動車産業。振動や熱、光などエネルギーの取り出し口がたくさんあり、裾野も広いからだ。「ただ技術開発の状況をなかなか開示しない業界なので、実力が見えにくい」(和田さん)とも。

 

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発電靴。こうした発光はLEDが開発されたことで可能となった。「発電量を上げると同時に、機能を省エネ化すること。この両輪を回すことがエネルギーハーベスティングでは重要」(速水さん)

音力発電の速水さんは、福祉分野の可能性を挙げる。「発電靴は当初スポーツメーカーとの限定モデルとして開発しましたが、福祉施設から徘徊するお年寄り向けとして利用したいとの声があって実用化しました。床発電にセンサーなどを活用した見守り機能などを加えれば現場の負担軽減にも役立つはず」

 

このほか農業分野などでの温度や水管理、セキュリティ市場、住宅・ビルなどの省エネ管理など、バッテリーレスなセンシングシステムで相当な市場が生まれそうだ。技術はほぼ出揃っている。

あとはできるだけ広くモニターを募り、イメージを広げてもらうことだろう。

 

オビ スペシャルエディション

2015年8月号の記事より

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