オビ 企業物語1 (2)

【巻頭】淘汰の時代を生き抜く戦略

印刷産業低迷の時代に見えた兆し。信頼の上に成り立つ70年

東亜印刷株式会社/代表取締役社長 小久保 光八氏

東亜印刷株式会社_小久保光八氏

◆撮影:高永三津子

 

 

長らく低迷が続く印刷産業は、この十数年間に多くの事業所が倒産、廃業してきた。そうした中、小規模ながら創業から70年目を迎える印刷業者が東京都港区芝にある。この地に根を張り70年。印刷業界の酸いも甘いも知る3代目代表取締役・小久保光八氏に同社の現状、そしてこれからの展望をうかがった。

 

 

低迷しつづけた印刷産業

「工業統計調査(経済産業省)」によると、「印刷・同関連業」の「製造品出荷額」(従業者10人以上の事業所対象)は、1997年度の8兆8734億円をピークに縮小傾向が続き、2014年度には5兆807億円にまで落ち込んでいる。

どんな業界であっても景気の低迷は小規模事業所にとって深刻な問題ではあるが、殊に寡占状態にある印刷業界においてはそれが顕著であり、この十数年の間で倒産、廃業した中小、零細企業は非常に多い。

 

「私が入社した1982年当時、港区のこの界隈には印刷業者がたくさんありました。しかし、現在ではそのほとんどが廃業してしまいました」

 

そう語るのは東亜印刷株式会社の3代目代表取締役・小久保光八氏だ。かつて印刷産業は景気動向の影響を受けにくい業種と考えられていた。しかし、90年代後半になると、いわゆる「出版不況」の煽りを受け、そうした常識が覆されることとなる。

インターネットの普及にともない雑誌や書籍などの紙媒体の売れ行きが低迷。若者の「活字離れ」が叫ばれるようになり、さらには失われた20年とも呼ばれる長引く平成不況の影響から企業の広告宣伝費は制限され、チラシや会社案内といった印刷需要も激減した。

最近では、電子書籍やデジタルサイネージなどの紙に代わる新たな媒体が実用化され、これらの登場も印刷産業にとって痛手となっている。実にさまざまな要因が複合的に重なり合い、90年代後半以降は印刷需要そのものが縮小を続けている。

 

「この20年弱の間に印刷・製本に関わる作業工程も変化し、さまざまなものがデジタル化されました。最近ではコンピューターで作られたデータから直接、印刷するための製版を出力するCTPシステムと呼ばれる方式が主流になっています。製版フィルムさえ必要としない、低コストでスピード重視の時代になったのです。

それこそ昔は専門技術を持った職人が一文字一文字、活字を組んでいました。デジタル化によってもたらされた時間と労力の省略は、しかし、裏を返せば、印刷業者にとっての手間賃が消失したことも意味しています。

つまり、以前であれば、組版や版下製作といったアナログ的な作業は作業代としてクライアントに請求することができました。けれども、今ではそうした部分が売り上げに計上できなくなり、それは印刷業者にとって大きな損失となりました。

もちろん、作業工程が省略されたことで生産性が上がったのは確かです。けれども、その分、受注が増えたかといえば、そうではなく、現実は周知のとおり。印刷業界は長い間、低迷が続き、受注量は激減しています」

 

 

ひとつひとつの信頼が 歴史となる

同氏が生まれたのは1951年のこと。青春時代を高度経済成長とともに過ごし、専門学校では農業関連の勉強に勤しんだ。卒業後は畜産業を営んでいた生家の家業を継ぐも、31歳のときに叔父が経営していた同社に誘われて入社する。

時代は1982年、対米輸出の急増などにより世界最大の貿易黒字国となった日本は、バブル景気へと突入しようとしていた時代である。

 

「どの業界もそうだったと思いますが、当時の印刷業界は潤っていて、当社も例に漏れませんでした」

 

その言葉を裏付けするように、6年後の1988年には、同社は現在地に5階建ての自社ビルを建設し、事務所本部も同時にそこへ移転する。

 

「当社は創業の1946年以来、何度かの移転はあるものの、ずっと港区芝の地から離れませんでした。それは中央省庁をはじめ官公庁などの行政に関係した受注が多く、フットワークを軽くし、迅速な対応を心がけるためにも、やはり港区という地の利がとても大切だったからです」

 

最盛期には千葉県や神奈川県にも営業所を構え、中央の各省庁以外にも地域の県庁や市役所の仕事にも携ってきたという。

 

「多くの印刷業者が廃業に追い込まれるなか、当社が70年という歴史を歩んで来られたのも、コストの削減に注力しながら熟練した職人とともに良い内容の印刷物を製作し、品質の維持・向上に努めてきたこと。そして、きめ細かで丁寧なお客様対応を心がけてきたからこそだと自負しています。

そうした部分を評価していただいたことで、行政の大きな仕事にも携ってこられました。70年という歴史が信頼を生むのではなく、丁寧な仕事をひとつひとつ積み上げてきた結果が信頼へと繋がり、そしてそれが当社の歴史となった、私はそう思っています」

 

東亜印刷株式会社_社員の皆さん02

 

淘汰の時代だからこそ

同氏が代表取締役に就任したのは4年前のことだ。先代の甥っ子ではあったものの、もともと跡を継ぐつもりはなかったという。

 

「先代の社長は80歳を過ぎても現役で働いていました。4年前に他界したことで、当社の歴史もそこで幕を引くか否かの選択に迫られました」

 

しかし、誰かが跡を継がなければ30名の従業員が路頭に迷う。そこで熟考の末、同氏が代表取締役に就任することとなる。

「社員だけでなく借金も引き受けることになりました」と冗談めかして笑う同氏だが、「1年を通して繁忙期と閑散期の波があるので、資金繰りにはやはり苦労します」と本音を語る。

企業である以上、利益を追求するのは当然である。そのためには、革新的な事業戦略も必要であるが、ときには忍耐も重要な局面がある。この20年弱の間、中小の印刷事業所にとって淘汰の時代が続いているが、今こそ「頑張り時」だと同氏は語る。

 

「従業員の生活は何としてでも維持しなければならないと思っています。私自身もこの会社で30年間勤め、お世話になったという思いがあります。先代の社長や会社自体への恩返しの意味も込めて、印刷業界が低迷と言われる時代だからこそ、頑張り時だと思っています」

 

同氏は代表取締役に就任以来、時おり社内を歩いてまわり、従業員一人一人に声がけを行っているそうだ。そうした行動も「社員の生活を守る」という強い思いから生まれているものである。

 

東亜印刷株式会社_社員の皆さん01

 

 

見えてきた希望と今後の課題

ところで、印刷産業は長らく低迷していることに違いないが、実は冒頭に紹介した「製造品出荷額」は、前年の2013年度では5兆746億円であり、わずか0・1%ではあるものの2014年度は増加しているのである。

また、公益社団法人日本印刷技術協会が発表した「印刷産業経営動向調査2015」では「好転」という表現が目立ち、実際に同協会によると2015年の印刷会社の売上高は、「年間を通してほぼ前年より微増程度で堅調に推移」と報告している。

つまり、印刷業の経営に関する状況は現在、転換期を迎え、印刷市場の低迷は下げ止まりの気配が感じられるのである。

 

東亜印刷株式会社_小久保光八氏2「今年に入り、希望がいくらか見えてきたようにも思います。徐々にではありますが、受注量も伸びています。今年で私の代になってから4年目ですが、数年後には新分野の開拓など、何か新しいことに打って出られるような状況に持っていけたらと思っています。

そのためには、まずは現在の顧客の要望にきっちりと応えて、今までと変わらない良い仕事を続けていく。また、ただ口を開けて待っているのではなく、いいデザインを作ったり、企画を立案して提案したり、紙屋とタイアップして新たな商品を開発したりするなど、こちらからアクションを起こさないと絶対にいけないとも思っています。

70年間培ってきた当社の技術や知識を活かすためにも、新しい仕事を自分たちで作り上げていく努力が必要です。印刷産業が停滞していることは事実ですし、お客さんも昔のようにどんどん仕事を発注してくれるような時代ではありませんから、なおさらです」

 

同社にとって、もうひとつの課題が若い人材の確保である。

 

「現在、募集をかけているところです。当社には高齢の技術者も多く、皆、今でも現場で頑張っています。しかし、時代についていくためには、やはり若い人の力やアイデアが不可欠です。若い人材を確保し、この業界の厳しさや楽しさを伝えつつ、優秀な技術者を育てること。それは当社にとって大きな課題ですね」

 

 

 

長らく低迷が続き、淘汰の時代を生きる印刷産業ではあるが、紙の印刷物そのものがなくなることは決してないであろう。

東京都港区芝の地に根を張り70年。新体制となり4年。〝忍耐〟の時代が終わりを迎えたとき、同氏の采配がどんな大輪の花を咲かせるのか。同社にとって、さらなる飛躍が訪れることを期待して止まない。

 

 

オビ ヒューマンドキュメント

●プロフィール/小久保光八(こくぼ・こうはち)

1951年、埼玉県生まれ。専門学校を卒業後、畜産業に従事。1982年、東亜印刷株式会社入社。2012年、代表取締役に就任し、現在に至る。

 

東亜印刷株式会社

〒105-0014 東京都港区芝1-7-2

TEL 03-3453-6891〜5

http://www.toa-p.jp

 

 

 

◆2016年7月号の記事より◆

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