オビ 企業物語1 (2)

自分たちのできることで社会貢献を

ファイン株式会社 – 清水直子さんの作る、誰も見たことのない歯ブラシ

◆取材:加藤俊/撮影:菰田将司

 

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歯ブラシは、数百年も基本的な形を変えずに生活のそばにある。だが、大して気に留めずに使っている道具を、使えない人々がいる。ファイン株式会社・清水直子さんは、大手企業の目からこぼれてしまっているそんな人々に手を差し伸べ、彼らのための道具を作り続けている。

 

 

現場の声から気づかされたオーラルケアの重要性

「1948年に、東大阪でロウソクメーカーとして創業したのが当社の始まりです。当時はすぐ停電する時代だったので業績も伸び、それから手を広げて歯ブラシの製造や、病院経営などを始めました。

その後、それらを分離独立させ、営業所長として東京に進出していた父が歯ブラシ部門の社長になりました。1975年のことです」

 

自社の由来をそう語る清水直子さんは大学を卒業後、一旦、貿易関係の会社に就職していた。

 

「その頃、当社がスヌーピーのキャラクター歯ブラシを作る権利を取得して、版権元のアメリカとのやり取りが始まることになりました。そこで父が、英語ができる人材はいないか、そうだ、直子がいる、ということになって呼び戻されたんです。1990年でした。その後、会社の経営は、父から母に受け継がれ、2010年からは私が社長になっています」

 

清水さんが入社したころ、歯ブラシ業界は大きく変化し始めていた。薬局を1店ずつ回って買ってもらうという営業スタイルだったが、大規模のドラッグストアやコンビニエンスストアが次々と生まれ、本部との商談で棚をもらえない商品は、半年間商品が動かなくなってしまった。

 

「そもそも、ウチの規模では大手メーカーさんに向こうを張って商品を並べることは難しい。だから『売り場を取った取られたで悩むのは止めよう、だったら私たちにしかできないことをしよう』と考えたんです。

子供が歯磨き中に転倒して、歯ブラシが折れてしまう、という事故を聞いたことがあると思います。先代社長の母は、それを解決するべく安全な子供用の歯ブラシを作れないか、試行錯誤していました。安全な上に、歯磨きを嫌がらないように、子供が興味を持って、掴んでくれる形。そこを考えることから始めました。

柄のところを楕円にしたり、四角にしたり。姪っ子たちが保育園に通っていたので、握らせて試したんです。そうして、まん丸がいい、ということに。丸なら自分から握ってくれて、口に入れてくれる」

 

こうして完成したのが、幼児用歯ブラシ「ぷぅぴぃ」だ。発売から約20年経った今も、安全な歯ブラシとして高い評価を得ている。

 

 

製造中止と決めた時、 聞こえてきた声

fine_nature化学物質過敏症の人からの強い要望により、自然素材を使用した歯ブラシの製造を再開した同社。大手メーカーから「こういうものづくりができて羨ましい」と言われたこともあるという(写真は竹を素材とした歯ブラシ)

「エコとか自然素材の開発が盛んになった時期、これを使った商品を開発したんですけど、ああいう素材は成分が分解してしまって耐久年数が短い。

オマケに歯磨き粉との相性もあって、口の中で歯ブラシが割れてしまう、というクレームが多発してしまって、素材を変えて10年くらい続けたけれど、製造は中止に。まァ、ウチらが頑張ったところで、石油の消費量が大して変わるわけでもないしね、と(笑い)」

 

ところが、製造中止しようとすると、思いもよらないところから嘆願が舞い込んだ。

 

「化学物質過敏症の方から『まだ作ってもらいたい』というお願いが来たんです。例え一度使って割れてしまうのでも構わない、生産が終わってしまったんだったら、在庫を全部買い取りたい、という話も聞きました。

パッケージのインクの溶剤や、近くに置かれたヘアワックスの香料が歯ブラシに移って反応してしまうし、歯医者が使う薬剤にも反応してしまうから、簡単に歯医者に行くことすらできないのに、反応せずに磨ける歯ブラシがそもそも無い。そういう人たちが私たちの商品を欲しがっているんだ、ということに気がついたんです」

 

しかし、それからの開発もまた苦労の連続だった。

 

「そもそも歯ブラシに適した素材も少ない上に、歯ブラシへの使用を許可しない素材メーカーも出てきて、安全に使っていただける素材を探すのがひと苦労でした。

困った、と思っているときに、竹と生分解性樹脂を混合した素材の売り込みが。これなら使える、と思ったんですが、扱いが難しい。保管だけでなく、製造時の取扱いや発送時の梱包方法にも注意しないといけない。有機溶剤なんかもすぐに吸い込んでしまう。

だから在庫の使用期限を見計らって、製造元に発注して作ってもらい、使用期限が短いものは安く売って、売れ残った分は廃棄。それでも欲しがっている人がいるのなら作ろう、会社の体力がある限りは利益はトントンでいいから、と。そんな気持ちで製造していました。

ところが今度は、リーマン・ショックの煽りを受けて、素材の製法特許を持っていた製造元が廃業。せっかく好評で注文数も伸びてきたところなのに、また生産中止(苦笑)。製造元と連絡がとれなくなってしまったんですが、なんとか伝手を辿って元社長さんと連絡が取れて、今は生産再開しています。

中止していた時は5万本とか引き合いがあったんですけど、他にこの素材を供給できる会社もなくて、逃してしまいました(笑い)」

 

大手のメーカーから「ウチでは作れない。こういうものづくりができて羨ましい」と言われたこともある。 こういった、きめ細かいものづくり開発ができる清水さんの下には、様々な依頼が舞い込んでくるようになった。

 

fine_handy障がい者でも使えるように工夫された歯ブラシ

「九州のとある施設から『障がい者用の歯ブラシを作って欲しい』という依頼を受けたことがあります。元々障がい児施設だったが、入所者が大きくなり、障がい者施設にした、ということでした。

成長したら、子供用の歯ブラシは使えなくなる。歯磨きを自分でできる者にはやらせたいんだけど、危険なものは使えない。このご依頼を頂いて、当社も介護用品や自助具の開発を手掛けるようになり、何回か現地に通ってやっと製品化しました。

また、言語聴覚士の依頼で嚥下障がいのある人用に、痰などを吸引できるチューブを、歯ブラシのヘッドに付けたものも作りました。嚥下障がいがある人は、口の中で雑菌が繁殖しても、それを吐き出すことができない。その雑菌が元で歯周病はもちろん肺炎などの病気になるし、何より口臭が酷くなる。

こういう、オーラルケアの重要性を、言語聴覚士は現場の体験で気づいているんです。だからそれまでは、職員が手作りしたものを使っていたそうです」

 

今でこそオーラルケアの重要性は一般にも認知されてきているが、当時はなかなか理解されていなかった。

 

fine_fuji孫からのプレゼントなど、高齢者の歯磨きのモチベーションを高めるために開発された「富士山歯ブラシ」。歯科衛生士の意見なども取り入れられている

「病院でも、必要とは思っているが、まずはオムツ、と後回しにされていて。ある病院では言語聴覚士が独自に吸引歯ブラシを口腔リハビリの一環として使い始めたんです。そうしたら、抜群に効果が出てきた。患者の抗体力が増して、発熱や、肺炎を起こす数が半分になり、寝たきりの患者さんが一人でご飯を食べられるまでに。

そして何より、病院が臭くなくなったんです! 便臭より口臭のほうが遥かに臭う。それが改善されたんです。口の中を清潔に保つことで、予防医学になる。これを実感できました」

 

そんな清水さんが今、取り組んでいるのは認知症予防だ。

 

「歯磨きで認知症予防っておかしいと思うでしょう? 実は歯周病や歯の本数は、認知症に関わっているといわれているんです。特に体の弱ってきた高齢者は歯磨きが億劫。人に会う機会も減りますし。

そこで、この『富士山歯ブラシ』という商品は、孫がプレゼントしてくれたりして、歯磨きのモチベーションが上がるようにと、歯科衛生士の意見も取り入れて開発したものです。

また、認知症を予防するためには、本当は40代から始めたほうがいい。だからその世代向けの商品も今考えています」

 

 

私たちだからできるコト

「日本は歯医者の料金が海外に比べて低い。けれど、その結果、オーラルケアが軽視されているのが現状だと思います。海外では歯並びを、高額を費やして矯正したりして、歯磨きにも気を配っている。

なのに日本は、正しいブラッシングすら浸透していない。日本人はあまり矯正しないので歯並びが悪く、元々磨きにくいんです。ブラッシングが悪いと、ずっと磨けていない所に歯垢が溜まってしまったり、逆に強く磨き過ぎて知覚過敏の原因になったり。

そもそも、歯医者にもオーラルケアの重要性が認知されてきたのは近年です。保険制度での制限もあって、悪い材質の金属を使ったり、金属によって歯肉が変色してきたりする。昔入れた危険な金属を取り除く安全な方法もまだまだ普及していないと思います。

日本は歯学と医学が分かれているので、互いに交流がない。一方での新発見が、他方ではもうずっと前から常識、なんてこともあるんです」

 

こういう現状を、自分たちができることから改善しようと、清水さんは活動している。

 

fine_care日本では軽視されがちなオーラルケア。清水さんはその重要性を認知させるための活動も積極的に行っている

「力を入れているのはセミナーです。歯科衛生士の先生と共同で、ママたちに乳児の歯磨きを教えるセミナーを行っています。お子さんの口腔ケアに熱心なママ達が集まってくれるんです。もう30回くらいやっていますが、先生の人柄が良くとても人気です。

けれど、そこでも結局、お伝えするのは大人もしっかり歯磨きしないとダメ、ということ。また、『ふぁいん らぼ』という、新しいアイデアの歯ブラシ開発のお手伝いをする事業も始めました。新しいアイデアを持っている人に、植毛機など歯ブラシを作る機械を提供しているんです。

使う人だけではなく、作りたい人にとっても、歯ブラシの『駆け込み寺』みたいな存在でいられたらいいなぁ、と思っています」

 

「聞いちゃった以上は」という気持ちで介護やエコの分野に足を踏み入れたという清水さん。しかし、今は中小であることを逆手にとって商品を生み出している。

 

「薄利多売でやるのにはもう疲れました。今は欲しい人はインターネットで見つけてくれる。『え、この発想はなかったなぁ!』ってお客様から言われるのが快感だ、と当社の社員も言ってくれるのがうれしいです」

 

清水さんは「それがファインの社会貢献かもしれません」と言って笑った。

 

 

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◉プロフィール

清水直子(しみず・なおこ)氏…1967年生まれ。1988年、貿易商社の宝通商に入社。1990年、同社を退社し、ファインに入社。1994年に取締役、2006年に副社長に就任。2010年、父、母に続く3代目の社長に就任。先代の女性視点の経営を承継し「ガイアの夜明け」、「にじいろジーン」などのTV取材の他、経営誌にも多数の取材記事。大学や大学院での講演、経営者向けの講演も年間数本あり。歯ブラシというハードのみならず、乳幼児の口腔衛生セミナーや、歯磨きからできる認知症予防などソフト面にも着目し、心身の関連性を重視するビジネスにチャレンジする。

 

◉ファイン株式会社

〒140-0013 東京都品川区南大井3-8-17 2F

TEL 03-3761-5147

FAX 03-3768-4930

http://www.fine-revolution.co.jp/

 

 

 

◆2016年7月号の記事より◆

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