オビ 企業物語1 (2)

『ダメ人間』が原点、『みずから選んだ』試練の道(前編)

〈経営者兼牧師の半生に学ぶ〉

どんな苦境でも「忍耐」が成長を生む

 

株式会社翔栄クリエイト/代表取締役 宇佐神 慎氏

 

オビ ヒューマンドキュメント

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自分の夢を追って、自分のために起業する人は多い。

しかし、ここに、あえて2億6千万円の負債を背負って起業し、試練を喜び、完成を目指して歩み続ける男がいる。

 

この男は今、オフィスのデザイン・施工、電気工事、太陽光・バイオマス発電所の設計・施工、企業にWeb担当者を育てる事業、その他健康関係・食品関係……等、関連会社を合わせると7つの事業を手掛け、更に次には農業に挑戦しようとしている。

 

『株式会社翔栄クリエイト』、この会社の創業者、宇佐神慎だ。

 

ところが、彼の本業は『牧師』である。そしてこの『牧師 兼 経営者』という肩書きの向こうに、どれだけの経験が詰まっているかを知れば、驚かない人はいないだろう。

この男が、その時々の安泰を求め、試練を回避する道を歩んでいたなら、ただの劣等感を抱いて埋没する人で終わったに違いない。

しかし彼は、苛酷で壮絶な試練の日々を歩み、今も完成を目指して走っているのである。

 

 

高校生と社長の二足の草鞋

宇佐神氏は宮城県・仙台市の生まれで、父は医師。小学2年生で茨城県・水戸市に引っ越し、高校卒業後は、地元の国立大学・茨城大学工学部に進学した。

その経歴だけ聞くと『苦労知らずの医者の息子』というイメージが浮かびがちだが、それはまったく正しくない。

 

苦難の人生の始まりは『医者の息子』であった高校生の頃、人の良い父が患者さんのためと思って押印した白紙委任状が発端だった。

怪我のために中学・高校を4年ずつ通っていた宇佐神氏は、当時20歳の高校生。

 

「家にすごく借金が出来てしまったらしく、強面の事件屋が乗り込んできて。『家が大変な時に、学校なんて行っとる場合か。仕事やれ!』とか言われて、無リン洗剤販売会社の社長にさせられたんです。

高3の夏休みは毎朝4時起きで、その事件屋を車に乗せて、水戸から前橋に通っての営業でした。営業で遅くなった日には、前橋の安宿に他の営業マンも一緒に4人1室で泊まりました」と宇佐神氏。

 

当時、日本全国の河川は洗剤などの家庭排水でひどく汚れ、公害が社会問題になっていた。

事件屋はそこに目をつけ、20歳で高3だった宇佐神氏に手伝わせ、一儲けしようとしたのだが、肝心の商品は『すこぶる汚れ落ちが悪い』。

事件屋は、『落ちが悪い』事実を隠し、公害問題を前面に出して、政治家や地婦連を巻き込み、一気に売りまくろうとしたのだ。

ところが、宇佐神氏が肝心なところで『落ちが悪い』ことを暴露してしまい、商売にならない。

そんな宇佐神氏は、安宿に雑魚寝状態で宿泊中、夢の中で寝ぼけて『そりゃ、まずいですよ!』と大声で叫ぶほど、お客様に正直でありたかった。

 

そこで、宇佐神氏は堂々と売れる『落ちる』無リン洗剤を開発しようと、茨城大学工学部工業化学科への進学を決めた。

 

 

行動の原点は小・中・高時代の劣等感

お客様にそこまで正直な行動を取ろうとしたのは何故なのか?

その理由は、人と比べ、いつも劣等感に沈んでいたころの小学・中学時代にまで遡る。

 

「茨城に引っ越してきたばかりの小学2年の時、番長と取っ組み合いの喧嘩をしたのが原因で、皆からのけ者にされたんです。

例えば、サッカーをするのにチームメンバーが決まっていく中、僕だけ最後まで残って両方から『宇佐神はいらねえ』と言われて。

成績もどんどん落ちて、『自分はダメ人間!』と刷り込まれていきました」と当時を語る宇佐神氏。

 

そんな中、彼の人格形成に影響を与えた大きな出来事が2つあったと言う。

 

「1つは小学3年の時でした。駄菓子屋で、所持金は5円だったのに1個5円のアンドーナツを買って食べた上、ついもう1つつまみ食いして、黙って店を出てしまったんです。

泥棒をした上、勇気が無くて謝ることさえ出来なかったんです。

もう1つは、中学2年の時に将来の夢を校内外に発表する〝立志式〟というイベントが行われた際、本心は『乞食にしかなれない』と思っていたのに、体裁を気にして親の職業である『医者』と書いてしまったことです」

 

この2つの事件が宇佐神氏に大きな反省と変革をもたらした。

 

「ドーナツ泥棒をした件は、中学1年の時、意を決して謝りに行きました。5円を返したら、駄菓子屋のおばさんが滅茶苦茶喜んでくれて、それまで4年間ずっと重かった心が晴れました。

また〝立志式〟で見栄を張って『実が無いのに形を繕った』件は、『例えダメな自分でも、ありのままの自分を正直に出そう』というその後の決心に繋がったんです。

すると不思議と劣等感も消えて、中学3年の頃には成績も上の下くらいになっていました」と宇佐神氏。

 

それともう1つ、彼の人格形成に多大な影響を与えたのは父親の存在だったという。彼の父は神の存在を信じ、人の行動はすべて神様が見ておられることを常に教えてくれた。

 

ある嘘をついたのがバレたとき、父は『そこに立って歯を食いしばれ!』と言い、平手で力いっぱい殴ってくれた。その頬の腫れは1週間ひかなかったが、それを彼はあたかも勲章かのように誇らしく思い、2度と嘘はつくまいと決心した。

 

そんな宇佐神氏は、中学3年の時、失明するほどの怪我により長期休学し、そのまま卒業するか留年するかということになった。

そこで、『1年勉強して、県内1の高校に入ろう』と決心して留年を選んだが、結局1年遊びまわり、当初入れた高校へしか行けなかった。

また、高校2年の時には、腰椎骨折で数カ月寝たきりとなり、これが怠け心に火をつけ、腰痛を口実に遅刻ばかりでまた留年……。こうしただらしなさから、高校3年で既に20歳になっていた。

 

宇佐神氏は、人が見ていようがいなかろうが、常に正しく意志の強い人間でありたかった。正にこの頃、無リン洗剤販売の社長にさせられたのだ。

 

「僕は『社長になれ』と言われて自分から喜んで受けたんです。『追い込むことで自分を変えられる!』と思いました。

だから、どんなに強要されても『環境には良いですが、落ちは悪いです』と正直に言うことが出来たんです。

それで納得して仕入れてくれる店もありましたが、そんな店に限って『売れなくて在庫になったりするんだろうな?』と、卸したことを悔やむこともありました。

そして、落ちる洗剤をつくるべく、茨城大学工学部に入学したんです」

 

 

生き甲斐を探して大学を中退、別の大学へ編入

だが時代は、若者の挑戦を待ってはくれなかった。大学に入学したその年に、花王やライオンなど大手メーカーから『落ちる無リン洗剤』が発売されたのだ。

宇佐神氏は、工学部に居る意味を失い、茨城大学を中退。だがそれは、同時に彼に転機をもたらすものとなった。

 

ここで会社はたたむ事になり、宇佐神氏は茨城キリスト教大学の3年次に編入。彼は、人のためになる職業を求め、福祉の勉強を始めたのだ。

 

syoei02_fukushiそこでは、老人ホーム・養護施設・精神病院などを、実習で精力的に回った。

しかし、死を前に戸惑う老人に解決を与えることは出来ず、養護施設では個の尊重よりも表面的平等を重んじ、精神病者への対応は〝薬漬け〟と〝監禁〟という現実を見た。

 

また隣家の住人は、父がアルコール依存症、母は文字が書けず、5人の子供の内4人が知的障害の家庭だったため、よく役所と連携してケアもしたが、役所で出来ることは限られていた。

生活保護の家庭も多く訪問したが、怠け者ほどケアされている実態も見、福祉の『仕組みや制度』に限界を感じていったという。

 

宇佐神氏は、福祉という職業なら人のためになると思って専攻したが、『どの職業に就くか』よりも『どういう心で仕事をするか』の方が重要なことに気付いた。

また『仕組みや制度』で人を動かすのではなく、『愛』の動機という『心』が重要だと感じていったという。

 

ところが『愛』は叫んでも念じても、愛が深い人間になるわけではない。

聖書の中に、『友のために命を捨てる愛』が書かれてあるが、『どうしたらそこまでの愛の人になれるのか?』『どうしたら心が成長するのか?』を宇佐神氏は求め、まず自分自身が『成長』しなければと思い、聖書を真剣に読み始めたという。

 

 

真理を求めた学生時代。まずは『直観』から

何故聖書だったのか? 宇佐神氏は親の影響もあって、聖書を中学の頃から読んでいて、内容も知っていたが、この聖書に『本物の愛がある』と思ったのは直観だったという。

将棋の世界でも『長考に好手無し』と言われるが、長く考えるより直観の方が、一瞬で正解に辿り着くものだ。

 

宇佐神氏は『直観』についてこう説明する。

 

「人間は意外と不器用で、一度に2つのことは考えられません。『論理』では、1つひとつ手順を追うしかなく、正解に辿り着くまで時間もかかります。

一方、全体を漠然と把握して回答を出す『直観』は、無意識の中のあらゆる情報を総合して、瞬時に回答を出します。

だからこそ『直観』を養うには、日ごろから偏らずに情報を摂取することと、何にもとらわれない子供のような感性を持つ事が大事です」

 

宇佐神氏は、聖書に『本物がある』と直観した理由をこう語る。

 

「一般的に『聖書は宗教書』という先入観があるようですが、これが間違いの元です。

確かに聖書から、多くの宗教が出ました。キリスト教・イスラム教・ユダヤ教・正教会の正典で、仏教の半分の宗派や神道も聖書の内容に類似しています。

 

ところが元々聖書は、世界最古の本で『真理の書』とも『歴史書』とも言われていますが、宗教書ではありません。聖書を先入観抜きで読むと『我々のための説明書』って感じです。

その中心テーマは、『無償の愛を知り、愛を与える人に成れ』というものです。しかし世の中には『一時的で限定的な愛』しか見当たりません。

 

ところが聖書は『無償の愛があり、我々は既に受けている』『大自然は神の愛で満ちている』と言うのです。

確かに、水も光も音も空気も植物も動物も気温も、全てが与えられ、しかも絶妙なバランスで成り立っており、全てが最適です。

赤ちゃんは可愛く、男はたくましく、女は美しく、こんな当たり前の中に、神の愛があります。もし子供が親爺みたいな顔や太い声で生まれてきたら育てたくもないし……、男がナヨナヨで女がムキムキだったら結婚したくなくなる。

 

神様の設計は愛に満ちていて、完全。子供のような純粋な目で大自然を見ると、我々は神の愛の中で生まれ、育まれ、成長しているのが分かります。

 

ところが我々には、感謝がない。それどころか、病気になったり、ちょっと行き詰まるだけで『なんで私が?』と文句は早い。

神は、そんな分からず屋の我々に対して、聖書を通して【愛する者を訓練する】とか【参加すべき人生の競走を耐え忍んで走り抜け】、

【試練と同時に、耐えられるように逃れの道も備えている】と愛をもって叱咤激励して下さっているのです。

神は与え、忍耐強く教え戒め、神の性質にあずかるまで成長させて下さる。

 

聖書を読むと、神は厳しくも愛をもって育てて下さる本当の親だという感じです。甘いことを言う愛なら偽物でしょうが、この神の愛は本物です」

 

『神から愛を受け、愛の人に成長せよ!』と言う聖書の中に、『真理があるかも?』と、宇佐神氏は思ったという。

こうして彼は、『無償の愛』を自分のものにするために、聖書に掛け始めたのだった。

 

 

仕事でも役立っている『直観』と『論理』の2つの視点

ところが宇佐神氏、直観だけで『聖書は掛けるに値する書物』と納得したわけではなかった。

彼は今、仕事においても「仲間は信じても、やっている事は疑え! お客様に対して責任があるから二重三重にチェックしろ!」と言っている。

宇佐神氏は、名前が『慎』というだけあって、慎重だ。そんな彼が、ミスを起こさないための方法を、社員にこう教えている。

 

それは先ず『直観で見当をつける事』。次に『論理的に値を出す事』。そして『両方が一致する事』だ。

 

「『直観』は、論理で時間が掛かるところを、全てを飛ばして正解に辿り着くが、雑念や損得が入ると間違う。一方『論理』は、計算式や計算が合えば正解に辿り着くが、往々にして式自体や桁を間違える。

人間に右脳と左脳が必要なように、直観と論理も両方必要で、更に、行ってみて検証しないと本当の真偽は分からない」というのだ。

 

実際、宇佐神氏は慎重な反面、驚くほど感覚的で、行動も早く、大胆だ。やってみないと真偽は分からないからだ。論理的には絶対正しいと思えても、たった1つの要素を見落としただけで、結果は間違ってしまうものだ。

 

計算式やロジックの間違いに、机上でいくら考えても気付けない事は多い。

だからこそ『直観』と『論理』の両方による検証が大事で、それにプラス『実践』をして確認する事が、更に重要だと宇佐神氏は言う。

 

彼は、良いとなれば何でも受け入れてすぐ行動に移してみる。やりながらすぐに検証・修正が始まり、前言撤回も恐れない。そこには、『人間は、必ず間違う! 一部分しか見えない!』という前提がある。

 

だからこそ、今の翔栄クリエイトも、報連相をしっかり行い、協議の上で挑戦した結果ならば、それが失敗したとしても評価される。『失敗は成功のもと』だからだ。

 

 

『ダメ人間』が益々露呈

宇佐神氏は、私立大学の3年次に編入し、福祉を学び始めて2年が経過した時点で、卒業に必要な単位は履修していたが、卒論だけは書けずにいた。

愛の心から自発的に行う福祉ではなく、『仕組みや制度』で動かざるを得ない福祉に疑問を持ちつつ、結論は無かったからだ。

 

無償の愛が聖書にあると直観し、聖書を読めば読むほど、自分の偽善の実態に気付いていった。

表面的には良い人で、人のためにしているように周りも自分も思っていた行動が、聖書に照らされ、鏡に映しだされるように、その動機の1つひとつまで見えてくると、

自分の中に無償の愛など無く、むしろそこには、自分を飾ろうとする心と、損得を思う心、自分の安泰を求める心があった。

 

卒論の題名を〝『仕組みや制度』ではなく、無償の愛に動かされた福祉〟としようとしていた宇佐神氏は、結論を見出せずにいた。

無償の愛が無い自分に、これ対して論ずるも何も無いと思っていたので、手が付かなかったのだ。結果、卒業できずに、卒論だけを残して留年となった。

 

しかしこの1年が、宇佐神氏にとって重要な年となった。

この留年期間中、彼は上京し、成功哲学プログラムの販売を行い、その会社の寮に入り、完全歩合の営業をしながら、卒論を卒業のためと割り切って書き上げた。

またこの期間、聖書を読み込む時間が取れ、次の進路を考える時ともなった。

 

 

『論理』からの検証

syoei03_seisyo上京した宇佐神氏は、聖書を読む時間が十分取れ、『論理』においても聖書を検証する時間が出来た。

聖書は世界最古の本なのに、今も過去もどの時代も、世界一のベストセラー。つまり、時代が変わっても変わらない『真理』がある。そして、3000の言語に翻訳され、世界中で読まれている。

つまり、民族や文化を超えて『普遍』。

 

またその内容は、天地創造からの歴史が途切れなく、メソポタミア・エジプト文明、ダビデの時代、ペルシャ帝国・ギリシャ帝国・ローマ帝国時代へと連続しており、終末まで書かれている。

つまり初めから終わりまで、部分的でなく連続した歴史、『全体』が書かれている。

 

また聖書の歴史は、考古学や歴史学とも『一致』している。

更に聖書は、その時代時代に生きた人の心までリアルに描写しており、いつの時代も変わらない人間の『根本的問題の解決』を与えてくれるものに思えた。

 

実際に壁にぶち当たり、これによって自分の偽善に気付き、神の手によって変えられた一人ひとりの生き様がそこにはあった。

そしてこの時期、むさぼるように聖書を読んだ。

 

宇佐神氏の話を聞くと、その知識は歴史学・人類学・言語学・化学・数学・生物学・地質学・天文学・農学・考古学・政治学・経済学・哲学・宗教学にまで及ぶ。

彼は、いくら人間が考え、学び、探求しようが「創った神様に聞いた方が早いよね!」と言い、聖書を読んで確認することが知識への近道だと言う。

 

宇佐神氏のこの種の話は面白い。なんと、日本の風習や文化も聖書に由来するというのだ。

それは興味深く、真実味もあるので、そのほんの一部を披露しよう。

 

【聖書に出てくる民は、着物を着、帯を締め、墨と筆で字を書いていた。

聖書には、3000年前にソロモン王が建造した宮が出てくるが、そこには拝殿と本殿があり、日本の神社とまるで一緒。狛犬もいて、神輿が鎮座する。

 

この神輿は、ソロモン王の父ダビデが、「エッサ!エッサ!」と踊りながらエルサレムに持ってきたもの。「エッサ」とは、ヘブライ語で『持ち運ぶ』、ワッショイは『神が来た』という意味だ。

鳥居の由来も聖書に記されており、トリイはヘブライ語で『門』という意味。

 

聖書には正月祭りと夏祭りの起源も書かれていて、約2700年前、ヒゼキヤ王が全国に初詣を呼びかけた記事もある。

それどころか、約2670年前に天皇を引き連れて日本に来た民族のことから、造化三神で始まる古事記や日本書紀との関連等々……】。

 

聖書を開きながらの宇佐神氏の説明には、根拠がしっかりあった。

また、自然科学の分野に関しても、宇佐神氏の話は興味深い。

 

聖書には『地球が北を軸に自転しており、引力があって我々が振り落とされないことや、大気の循環から潮の流れ、はたまた宇宙の構造に至るまで』書かれていると言う。

一部聖書を見てみると【神は北の天を空間に張り、地を何もない所に掛けられる。光に…地の縁々(ふちふち)をとらえさせ、悪人をその上から振り落とさせたことがあるか】というように、

『自転』とか『引力』等の言葉を使わずに、どの時代の人にも分かるように書かれているのが分かる。

かのアインシュタイン博士も『私は、神の創造の足跡を探していく人間である』と言い、聖書からヒントを探していたという。

 

 

『自己啓発プログラム』との出会い

宇佐神氏は、東京で働きながら卒論を書き上げ、郵送で提出した。

その傍ら、聖書も徹底して読み、成功哲学プログラムの営業もした。企業の経営者に対するこの営業は、良い学びとなった。

 

ナポレオン・ヒルという人物が、アンドリュー・カーネギー等500人にも上る成功者の共通項から作り上げたという『元祖成功哲学プログラム』にも触れた。

そのプログラムには、聖書の言葉が都度都度出てくるのにも驚いたが、これらは『自分はライオンだ』『出来るんだ』『強いんだ』と暗示をかける様にも思えた。

 

これら自己啓発プログラムは、外側から形だけの変化を起こさせ、頑張って習慣化は出来ても、内側からの喜びと平安を伴う自発的な愛による変化ではないので、苦しくもちょっと無理を伴い、良い意味での自己洗脳と難行苦行を伴うものに思えた。

 

「僕は、自己啓発プログラムも自分が販売するものですから、徹底して毎日学び、同種のプログラムも読み、その源流と言われる『ナポレオン・ヒルのプログラム』にも触れました。

しかしこれらはいのちに直接繋がるものではなかったので、表面的な習慣化や洗脳で自分を改革するものでしかありませんでした。

 

これに対して聖書は、直接神が【わたしを切に求める者は、わたしに出会う】【神に近づきなさい。そうすれば神はあなたがたに近づいて下さる】と言っており、いのちの元である方に出会うもののように思えました。

 

成功者のエキスをあんちょこに求め、外側からの規制で自分を変えようとしても無理があります。

しかし聖書を読むと、まず自分の内面が暴露され、いのちに触れ、時間はかかっても内側から変革が起こり、本音で気負う事も無く勝利出来る道がある、と思えたのです」

 

 

『ダメ人間』が原点、『みずから選んだ』試練の道(中編)へ続く

 

 

オビ ヒューマンドキュメント

●プロフィール

宇佐神 慎(うさみ・まこと)氏…1959年8月2日、宮城県仙台市生まれ。茨城大学工学部工業化学科を3年次に中退し、茨城キリスト教大学3年へ編入。卒業後、更に心の成長を求めて東京基督教短期大学(現:東京基督教大学)2年へ編入。その後、社会で学びを積むべく1987年に某通信機会社へ入社。1997年8月に株式会社翔栄システムを設立し、同社の代表と、元の会社の営業部長を兼職。2000年5月以降は同社代表取締役一本となる。2005年1月の称号変更に伴い、株式会社翔栄クリエイト代表取締役に就任。現職。

 

●株式会社翔栄クリエイト

〒163-0802 東京都新宿区西新宿2-4-1 新宿NSビル2F

TEL 03-6894-2211

・クリエイティブ事業部 http://www.syouei.net

・設備工事事業部 http://www.syouei-e.net

・クリーンエネルギー事業部 http://www.syouei-ce.net

・ブランディング事業部 http://webtan.jp

・店舗事業部 http://beset-plaza.net

 

●株式会社翔栄ウエルネス http://313599.net

〈本社〉〒163-0802 東京都新宿区西新宿2-4-1 新宿NSビル6F

〈営業所〉〒164-0003 東京都中野区東中野3-1-2

TEL 03-6894-2217

 

●株式会社ビセット http://347029.com

〈東中野店〉〒164-0003 東京都中野区東中野3-8-13 MSR東中野8階

〈荻窪店〉〒167-0051 東京都杉並区荻窪5-28-12 サカエビル8階

〈西荻店〉〒167-0042 東京都杉並区西荻北3-1-9 マルスビル2階

TEL 03-6304-0644

〈鍼治療院〉〒164-0003 東京都中野区東中野3-8-13 MSR東中野8階

TEL 03-6304-0344

 

●Grace21 Ministry(教会) http://www.grace21.net

〒164-0003 東京都中野区東中野3-8-13 MSR東中野9F

TEL 03-3364-0033

・TVレギュラー番組:

「目からウロコ」 千葉テレビ・テレビ埼玉で毎週土曜日放映中

・ラジオレギュラー番組:

「目からウロコ」 エフエム八ヶ岳で毎週土・日放送中

 

 

 

◆2017年2月号の記事より◆

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