〝反発力ゼロのハン マー〟が
中小企業の未来を 輝かす

ソーテックハンマー

これまで本誌で3回紹介している静岡のモノづくり、ソーテック浜松。前回はいまの中小製造業、そしてその経営者に向けて代表の望月仁氏から「喝」と「エール」を頂戴したが、今回はある目的があって四度、同社を訪問することとなった。

その理由とは、同氏が開発した新製品、〝反発力ゼロ〟のハンマーの全貌を知るためだ。

 

有言実行のモノづくり

「取引先から、『こんなものがあればいいのだけど、できないか』と言われたときに、『では、こうしてみましょう』と提案できるのは当たり前。

その後、さらに研究を重ねて『あのときは“あれが最高”だったけれど、今度は“もっと最高”なものができましたよ』と言えるかどうかが、多くの顧客に選ばれるかどうかの分かれ道ですよ」
この話は前回、3度目のソーテック浜松訪問時に、代表の望月仁氏から日本の中小製造業経営者に向けて発せられたものだ。また、筆者に「これぞ真のモノづくり」と思わせた言葉でもある。

 

中小規模であっても、いわゆる提案型企業を目指している経営者は多々いる。しかし、これほどまでの探究心をもつ人物はなかなかいないだろう。だが、言うは易く行うは難し。どんなに素晴らしい言葉を残したとしても、それを実行できないような人間はただの嘘つきになってしまう。

 

例えば経営の神様と呼ばれた松下幸之助、そしてモノづくりの超人と称された本田宗一郎しかり、いわゆる「名言」を残した製造業界の偉人たちは皆、それにともなう実績と行動力を見せてきた。

では、望月氏はどうだろうか。

 

「早速、来ましたか」

 

そう言って、笑顔で4度目の訪問を出迎えてくれた。それだけでもう、ご理解いただけるだろう。同氏は当然のことながら、このモノづくりの偉大なる先人と同様に、「言葉を実現できる人間」の一人である。

 

実は今回、筆者はソーテック浜松が新たに開発した〝ある製品〟の全貌を望月氏本人から直接確認するため、静岡・浜松まで出向いたのだ。それは、冒頭の言葉を体現するような、顧客にとっても同業他社にとっても〝目から鱗〟の新製品だという。

 

「ハンマーをつくったのです。とはいえ、もちろん普通のものではありませんよ。私がつくるのですからね。国内ではもちろん、海外でも同じ構造でこれほどの性能をもつものはまずありませんよ」

 

同氏は開口一番、嬉しそうに説明してくれた。2度目、3度目に訪ねた際に「もう話すことはないよ」と苦笑されたことが思い出される。今回のこの反応を見るだけで、その〝新製品〟にいかに自信をもっているかが分かるというものだ。

 

〝鋸のプロ〟がつくる新しいハンマーとは

ネットで「ソーテック浜松 ショックレスプレスハンマー」と検索すると、実際のハンマーの様子を動画で見ることができる。

新製品について話す前に、ソーテック浜松と望月氏について説明する必要があるだろう。
同社は鋸加工機、ひらたくいえば「のこぎり」の製造を主力とする中小企業だ。その製品の有能性については後述するが、社員数は同氏を含めて6名という、典型的な町工場。

 

「作業するのに担当決めなんてしていない。1から10まで一人で作業するのが当たり前」の世界である。

 

ところが、それほどの小規模、さらには創業10年にも満たない企業でありながら、ソーテック浜松には全国各地から受注や問い合わせが舞い込む。さらに現在では望月氏に「直接出向いて、指導してもらいたい」との話が舞い込むほど、業界では名が知られているのだ。

 

 

その理由は、何か。それは、望月氏の「実力」、その一言に尽きる。

 

もともと大手鋸メーカーの機械部門に所属していた同氏は、柔軟な発想力や技術力が評価され、幹部役員職にも就いていたほどの人物である。だが、「企業のなかでは思い通りの開発ができない」との思いが募り、2005年にソーテック浜松を立ち上げた。

 

「大手企業にいては、自分のやりたいことができないのですよ。製造業なのにモノづくりができない」

 

同氏は、そう振り返る。

 

また、前述で同社の扱う製品を「のこぎり」と述べたが、当然のごとく、「木を切るだけ」の鋸ではない。具体例をあげれば石や鉄、セラミックから、マグロや牛肉などの食材、さらにはドライアイスに至るまで、さまざまなものを切断できる鋸加工機の製造。同社は自他ともに認める、〝鋸のプロ〟なのである。

 

「鋸に関しては負けられないですよ、どこにも」

 

望月氏自身も話すように、以前、本誌で紹介した製品も「耐震強化したアルミサッシを切断できる」との神業の一品。同氏は「頑丈すぎて切れない」とされてきたものまで切断してしまう、鋸製造の神様なのだ。

 

しかし、思い返せば今回開発したのはハンマーだと言う。同氏にとっては専門外の分野ではないだろうか。

 

「いや、私はあくまでモノづくりですからね。必要なもの、求められているものであればなんでも挑戦しますよ」

 

筆者の疑問を吹き飛ばすように、望月氏は笑って話す。

 

 

中小製造業のために

「まず、このハンマーの用途は板金加工向け。一言でいえば、〝反発力ゼロのハンマー〟。そう言えば、ちょっとこの道に詳しい人ならどんなものかすぐに分かるかな」

 

望月氏が説明するように、見た目から素人が想像するハンマーとは少々カタチが異なる。そして、打ち込んだときの〝音〟が違う。板金特有の、金属同士がぶつかり合う「バンッ」という打撃音がしないのだ。

 

「これまでの板金加工用のハンマーは、打撃時の音を聞いても分かるように反動がすさまじかったのです。だから、よっぽど腕のある職人さんではないと仕上がりがなめらかにならなかった。あげく、その反動のエネルギーで機械を壊してしまうこともあったのですよね」

 

反発をゼロに、無反動にすることで打撃音は「ドスン」と鈍い音に変わった。費やした時間は数カ月、寝食も忘れて開発に力を注いできたという。また、特許を申請する際、同じような製品が米国にあることが分かったが、「反発がゼロではなく、3回ほどは振動が伝わるとの話。つまり、低反発のハンマーですよね。これで私たちの製品が世界初の開発であることが分かった」とのこと。

 

「『こういうものをつくろう』といった構想は最初のうちから固まっていたのだけど、それをカタチにするのが困難だった。歪取り機から始まって、最終的には腰入れ機。結果的に考えると、鋸をつくる工程と共通する部分もあったからできたのですよね」

 

そうまでして、開発に勤しんだ理由は何なのであろうか。もちろん儲けだけが目的ではないだろう。

 

 

「まず誰に向けてつくったかって、それはもちろん私たちと同じ中小製造業ですよ。特に、試作規模で板金加工を行うような小さな『工場』。日本の製造業界全体を支えているはずの彼らが人材不足や資金不足で困窮しているのを見て、同じモノづくりとして何とか少しでも手助けしたかったのです」

 

〝モノづくりの神様〟が目指すもの

「まず、同じ用途を目指した大型の機械ならば存在しているのですよ。ただし、価格が500万円や1000万円と、中小企業の設備投資としては高額すぎる。ほんの少しの修正のために、そんな費用をかける必要はないでしょう」と望月氏。
そして、「もう、いまの中小企業にはそういう匠を育てる余裕なんてない。そうでしょう。だったら、職人と同じレベルをもつ機械をつくるしかありませんよね」
なんという発想力だろう。これは「モノづくりを守りたい」との思いが強いからこそ、成せたことだ。

 

「前にも話しましたが、中小企業は大手企業とは違う。同じ業種であっても住み分けがあるわけですよ。中小企業に求められているのは、ニッチの分野。自分たちにしかできないことが必ずあるのに、それをしようとしないのは本当にはがゆいですよね」

 

同氏は「モノづくり」が好きだ。自身がつくることはもちろん、製造業全体が好きなのである。

 

「もともと、日本にはほかの国にはない技術力や発想力があった。それなのに、いまは下請けで満足しているような中小企業も多いじゃないですか。そういう人たちを応援したいとは思わないけれど、がむしゃらになって生き残ろうと、より精度を高めるために必死になっているモノづくりを見ると、『何とかしなくては』と思いますよね。自分も、モノづくりとして」

 

望月氏は、中小製造業に「モノづくりの心」を忘れてほしくないと切に願っているのだ。

 

「自社製品の開発、自分たちにしかつくれないものを探求し続けてほしい。そのために必要であれば、私はいつだって技術やノウハウの話をしに行きます。モノづくりで育った人間ですから、恩返しがしたい。何かできることがあれば力を尽くします」

 

まさに、それは〝モノづくりの神様〟の域に達した者の言葉。

一方で「変わり者なのですよ。一つのことにつぎ込むと、ほかのことが見えなくなる」と、同氏を笑うのが妻・翠さん。「神様の女房」である。

 

 

「でもね、私たちは提案型企業、と言っているもののお客さまのほうから夫を訪ねて『こういうものがほしい』と依頼されるのですから、その点は認めなくてはいけませんよね。よく『ソーテックさんはいつも忙しそうで羨ましい』と同業の方に言われたりするのですが、ここだけの話、それだけの努力をしているのですよ、この人は」

 

 

翠さんの言葉を聞き、さすがの望月氏も照れくさそうに下を向いて微笑む。

 

確かに、日本の製造業は疲弊している。特に中小規模の先行きは不透明で危うい。多くのエコノミストの発表でも、 「製造業界において、大手企業はさておき中小企業の今年度中のプラス回復はまずあり得ない」などと宣言されているほど。

 

それでも、この国のモノづくりが完全に廃れることはないだろうと筆者は思う。なぜなら彼らは強い。本気を出せば、この程度の逆境には負けないはずだ。
そして何よりここに「働き者の、モノづくりの神様」がいる限り、その希望が途絶えることは、絶対にない。  ■

 

ソーテック浜松/代表

望月 仁

<プロフィール>
望月 仁 (もちづき ひとし)…1945年、静岡県生まれ。16歳で機械工となった後、実兄とともに鋸の目立ての工場を起業。その後、大手産業鋸メーカーの子会社社長や本社役員を歴任。2005年、ソーテック浜松を創業、代表として現在に至る。

ソーテック浜松
〒437-1216 静岡県磐田市一色188-5
℡ 0538−58−2860